ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「どこから話せばいいかしら。昔のカムイダンジョンの話は、もうみんなも知っているとは思うけれど」
料理長の氷上は、一つ一つ、昔の姿を思い浮かべるように話を紡いでいく。
まだ雪村が若く、見習い探索者であったころ。当時の氷上はその雪村を教育する立場の先輩探索者だった。
氷上が語ったのは、その頃の話である。
当時はまだこの場所は、『蕗の湖畔』と呼ばれる緑溢れるダンジョンだった。蒼く広い湖と、その周囲には大きな蕗の林があり、ちょっとした迷路のようになっていた。
そしてその蕗の迷路の中に住んでいたのが、コロポックルたちである。
彼らは滅多に人前に出ることはなかったが、それでも迷った探索者を出口へと送り届けてくれたり、薬草を煎じて飲ませてくれたりと、探索者たちにとって良き隣人であり、良き友であったという。
当時は、ここは守り神コロポックルのいる迷宮、カムイダンジョンとして人々に愛されていた。
当時、まだ見習いだった10代の雪村は、この蕗の林の中で、コロポックルたちと出会ったという。
ロビーに飾ってある絵の、老人のコロポックルは当時の長で、雪村が出会い親しくなったのは、男の子と女の子、双子のコロポックルだった。
彼は定期的に蕗の林に訪れては、コロポックルたちとともに時間を過ごしていたらしい。
残念ながら氷上たちの前にはコロポックルたちが姿を現わすことは滅多になかったが、当時は雪村がコロポックルとの仲を取り持ち、コロポックルが探索者たちに認知されたのもこの頃がピークだった。
しかし、その穏やかな邂逅の日々は、長くは続かなかった。
「そんな平和な日にも、終わりが来たのよ。最初は少しずつの異変だったけれど、あの日は唐突だったわ」
本州では幾つかのダンジョンが立て続けに発見されており、世間でダンジョンに対する見方が変わってきた時世である。
本州のダンジョンが注目を浴びる反面、ここカムイダンジョンは吹雪が多くなり、春のように暖かい気候を保っていたダンジョン内も、次第に雪と氷に覆われていく。
それでも探索者たちはこのカムイダンジョンを訪れていたが、しかしある日を境にして、その平穏な日々は決壊する。
その日、唐突に訪れた、迷宮の大規模な変動。
そして、それまでのカムイダンジョンを全て凍らせようとする、猛烈な吹雪。
更には、それと同時に現れた、本来ならば下層に住まう魔物たちの姿。頑強なる氷の像たち。空を泳ぎ人間に喰らいつく氷の魚たち。そして探索者たちは、その奥に佇む、巨大な影を見た。
戦いを選んだ勇敢な探索者たちも居たが、彼らが帰ってくることはなかった。
出口を失い、寒さに凍え、戦いを避けた探索者たちが自然にこの『パイカラ』の前身となる避難小屋に集まったのは自然の道理だろう。
現在ほど魔石技術が発展しておらず、外との連絡も取れない状況で。逃げてきた探索者たちはこの小屋で息を潜めて、止むかもわからないこの吹雪が消える時を待ち続けた。
窓の向こうに見える、コロポックルたちが住まう蕗の林は、魔物たちの手で見る影もなく蹂躙されている。
コロポックルを助けに行くことは出来ただろう。
目の前にいる魔物だけならば、彼らでも戦うことはできただろう。
だけれど、追い詰められた探索者たちは、そこから動くことが出来なかった。
守り神たちが蹂躙されていく光景から逃げ、顔を伏せ、目を閉じ、見えぬふりをするだけだった。
この時、守り神を見捨ててしまった後悔を、彼らは何十年も背負い続けることになる。
「当時は、この小屋に逃げ込めた探索者の中には雪村くんは居なかったわ。だから、その場にいた誰もが、雪村くんの生存は諦めていたわ」
そんな中で、一つの変化があった。
生き残っていたコロポックルの少女が、意識のない雪村を避難小屋まで背負ってきたのである。
雪村の身体には、冷気から守るためだろう、コロポックルの衣装が被せられていた。
コロポックルの少女は、小さな身体で、満身創痍になって、避難していた探索者たちに雪村の身体を預ける。
そして、雪村が保護されるとともに、そのコロポックルの少女もまた、光となって消えてしまった。
吹雪が止み、地上からの捜索隊がやってきたのはその次の日のことである。
多くの死傷者を出し、また隣人であるコロポックルたちは消滅した。
以来、この地は『カムイダンジョン』ではなくなった。
守り神を、失ったのだから。
「というのが、今から33年前にあったお話よ。今日は、まさにその再来だわ」
それが、過去のこのダンジョンに起きた出来事。
急激な大変動と、吹雪の到来。巨大な魔物の出現。
恐らく、この時にコロポックルたちは力を失い、桃子がいま着ている衣装だけを残して消滅してしまったのだろう。
桃子は自分が着ている衣装を見つめて、その無念と、最後まで人間を想っていた優しさに涙する――かというところで、待ったがかかる。
しんみりした空気をぶち壊そうとダイニングに響き渡ったのは、暗い空気を破壊する、エネルギー溢れる大声だった。
「つまりはよ! 俺たちが呼ばれたのは、33年前のリベンジを任せられたってことだな! わっかりやすいじゃねえか!」
「ちょ、ちょっとマグマ……あなたはもう少し深く考えたらどうなの」
しんみりどころか、ただ一人だけ強敵の来訪にテンション爆上げの男。それが炎城寺マグマという男だった。
しかし、そんなマグマのエネルギー溢れる声に、周囲の面々も刺激されていき、場に活気がよみがえる。
「オウカさんの【天啓】が示していたのは、この時のことなのでしょう。乙女たちが集うときに、永き夜を終わらせる選択肢が現れる、でしたか」
「そうだな。選択肢というのは俺には分からないが、なんにせよ、力を貸し、共に戦う。その一択だろう」
イリアとアカヒトも、この追い詰められた状況だというのに、前向きだ。
彼らもまた、マグマに触発されたのだろうか。冷静でありながらも、その瞳に熱を持っている。
「ね、ねえ柚花。意外とみんな、前向きなんだね」
「そりゃそうですよ。ここにいる人たち、もっと絶望的な状況を知ってる人たちなわけですからね」
「そっか……そっか。なんか、嬉しいね」
小声で柚花に話しかけるが、至極納得の答えが返ってきた。
いま、このダンジョンに閉じ込められたとしても。吹雪の中に、巨大な魔物がうろついているとしても。過去にコロポックルたちが消滅した悲劇を聞いたとしても。
それでも彼らは生きているのだ。まだ、何も失っていないのだ。
胴体を貫く大穴をあけられて死に向かっているわけでもない。
毒に蝕まれ生死の境にいるわけではない。
かけがえのない仲間が目の前で命を失ったわけでもない。
それどころか、「永き夜の終焉」などという希望溢れる予言が既に出ているのだ。これはつまり、勝利目前ということだろう。絶望する理由が一つもない。勝った。
「いや先輩、流石にそれは油断しすぎですよ。先輩はもう少し深刻になった方がいいですね」
「ご、ごめんなさい」
残念ながら、勝利確定について話してみた所、慎重な後輩に釘を刺されてしまった。
「皆さん、こんなことに巻き込んでしまって、まことに申し訳ありません。それでも、恥を忍んでお願いしたい、皆さんの力をお貸しください!」
「私からも、お願いします。過去に私たちが弱かったことで、30年以上もこのダンジョンを苦しめ続けてしまいました。でも、それを終わらせたいんです」
目に光が戻った雪村オーナーが、この場に集まった全員を見て、ガバリと頭を下げる。
続いて、料理長の氷上も頭を下げる。彼女は、そして恐らくはマタギの親方は、ずっと後悔し続けていたのだろう。
あの日、自分たちがもっと強ければ。コロポックルたちを助けていれば。逃げて隠れるしか出来なかった自分たちを、ずっと恥じて生きて来たのだろう。
だがしかし、そんな後悔は、これで終わりにしなければならない。
「頭をあげてくれ! 俺たちは、困っている人間を見捨てるような薄情者じゃあない!」
当然のように、マグマが熱い言葉で返す。
さすがは、うどん四天王の筆頭。皆の前に出て、その熱で周囲を引っ張っていく素質にあふれている。
「まあ、何をすればいいのかは全然わかんないけどよ! そういう頭を使う作業は、ツーペアやオウカに任せる! 俺にゃさっぱりわからん!」
ずっこけである。
直前まで熱くて恰好よかったのになあ、と桃子は残念に思ったが、それと同時に、この場に炎城寺マグマがいて本当に良かったと感じる。
どんなときにも前向きで、熱い心を失わず、そして多少のお馬鹿加減で場を和ましてくれる。
自分がそうなりたいとはあまり思えないけれど、彼の存在は、この臨時パーティをぐいぐいと前へ前へと引っ張ってくれていた。
そして、マグマからダイレクトパスを受け取ったのは、オウカとツインペアーだ。
「『護り手と縁ある乙女を集めよ さすれば 永き夜の終焉を示す選択肢が現れん』。これはオウカさんが告げた啓示だそうですが、選択肢ならば、いくつか思い当たりますね」
「一つ目の選択。この吹雪の元凶たる存在を、この場にいるメンバーの力で滅すること。ですわね?」
「実に大味な選択ではありますが、魔物の中核、元凶たる存在を倒せば事態は解決へ進むというのもまた、この世界を形どる一つの真理ではありますからね」
これは、一番わかりやすい選択肢だ。
33年前に現れたという巨大な魔物を、このメンバーで叩く。人数こそ少ないものの、ここにいるのは精鋭ぞろいだ。決して絶望的な話ではない。
「そして二つ目の選択肢。迷宮の護り手、我らが愛すべき隣人たちの再来。つまり、コロポックルをこの地に復活させること。これが本来は雪村オーナーの希望でしょう」
「先ほど救助されたマタギのお爺様は、コロポックルが救ってくれたと仰っているようですわ。真偽のほどはわかりませんが、消えたままのコロポックルの衣装が無関係とは思えませんわね」
「コロポックルが復活しただけでは33年前と状況は変わらないかもしれませんが、彼らが少しでもこの吹雪を抑えている間に、人間たちが共に戦えば良い。先日の、香川ダンジョンのようにね」
ツインペアーの言葉に、マグマとえあろは強く頷く。
香川ダンジョンの事件は、強くなった人間たちと魔法生物が手を組むことによって解決へと至ったのだ。
33年前。氷上は、親方は、当時の探索者たちは確かに逃げるしかなかったかもしれない。だが今は魔石技術も進み、端末で連携もとれるようになった。探索者たちは、魔法生物と肩を並べる程に強くなったのだ。
「とはいえ、僕たちがコロポックルの復活にあたり何か手段を持っているわけではないので、この選択肢は除外するしかありませんが、ね」
コロポックルの復活は、桃子がやろうとしていることだ。
だがしかし、悲しいかな桃子は【創造】を扱いきれてはいない。今までも知らぬ間に発動していることはあっても、自発的に発動できたのはクルラをウワバミ様へと変化させた時だけだ。
しかし今はクルラのように元となる存在がいるわけでもなく、桃子は魔力をどう扱えばいいのかが分からない。
己の力不足に俯いてしまう桃子の手を、柚花がぎゅっと握り占める。
その姿を見つめる一対の視線には気づかない。
「そして、三つ目の選択肢としては、ダンジョンの新たなる護り手を擁立させること。コロポックルでなくとも、何かしらの護り手が存在するのならば瘴気の渦はある程度は抑えることが出来るでしょう」
ツインペアーは、この場にいる面々を順に見てから、言葉を続ける。
「例えばそう、深潭の底に潜む魔女を。化け狸の偉大なる長を。魔法生物たちの王たる妖精女王を。彼らをこの地に呼び寄せる方法さえあれば、或いは」
先代女王りりたんを。化け狸の長を。現女王ティタニアを。彼女らをこの地に呼びさえすれば、この地を治めて貰えば、事態は収束する。可能ならばそれが一番手っ取り早いのは事実だ。
しかし、りりたんは何かしらの事態で足を止められている。というか、そうでなくとも今の彼女はあくまで人間なので、護り手にはなり得ない。
狸の長やティタニアを呼ぶための光の膜は開けない。なので、これが一番可能性がありそうな選択肢だったが、現状では不可能だ。
「とはいえ、これも二つ目と同様に、わたくしたちでは手の出しようがありませんわね。爺やはどう思いますか?」
「……難しいでしょうな」
三つ目が難しい以上は、桃子の心境としては二つ目。【創造】によるコロポックルの復活を目指したいところだが、どうやら何かが足りていない。
人々の想いが足りていないのか、桃子の中のイメージが足りていないのか、はたまた別な要因があるのか。
桃子がうーんと唸って考え込んでいる姿を、柚花が心配げに見つめていた。
【とある妖精たちの会話】
「ポンが来たっすよ。おうどんも持ってきたんだけど、食べるっすか?」
「お、おうどん……め、麺だけだと……寂しいですねぇ」
「たぬき。暇なのか。お前うどんの修行はいいのか」
「いまマグマ師匠とえあろ師匠が旅行先で事件に巻き込まれてて、今日は修行どころじゃないらしいっす」
「や、やっぱり、おつゆが欲しいですねぇ……」
「人間たちは。随分と旅行が好きなんだな。桃子と後輩も。今日は。旅行中だぞ」
「師匠たちは、寒いところに行ってるらしいっすよ。寒い時期に、なんで寒い場所に行くんすかね」
「か、カレーうどんとかも、美味しそうですけど……も、桃子さんがいないから、難しいですかねぇ」
「あ、それでね。爺ちゃんが、薬草たばこのお代わりが欲しいって言ってたから、貰いにきたっす。お礼はおうどんでいいっすかね?」
「まあ。大丈夫だろ。じゃあ。ルイのところに。行くか。この前。新しいのを作ってたみたいだぞ」
「で、でも、普通のおつゆのおうどんも、美味しそうですねぇ……」
「ニム。さっきから。なんでうどんに話しかけてるんだ?」
「ニムさんはおうどん大好きなんすね!」
「え、えぇ……?」