ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
招待された探索者たちが満場一致で戦うことを決意したはいいものの、だがしかし外は例の如く瘴気を含む吹雪の夜。
倒すべき特殊個体すらどこにいるか分からない状況では、さしもの高レベル探索者たちが揃っていてもどうしようもない。
また、吹雪が止まないとしてもやはり夜と昼では条件が違う。昼の時間帯のほうがいくらか人間たちに有利だろうということもあり、結局、討伐隊を組むのは明日、明るくなってからということになった。
それぞれは自室に戻り、来る討伐の時に備えて英気を養っていた。
そんな客室の一つでは、大きなゆるふわ三つ編みのももポックルが、うんうんと唸っていた。
目を瞑っては手に魔力を集中し。目を開いてコロポックルの衣装に手を当てては魔力を集中し。コロポックルの名前を呼びながら魔力を集中し。
うんうん唸りながらなので、本当に集中できているのかどうか怪しいものではあるが、とにかくひたすらに集中していた。
「うーん……。コロポックルを【創造】で復活させようと思ってるんだけど、全然うまくいかないよ」
「やっぱり簡単にはいきませんね。まあ、仕方ないですよ。座敷童子の萌々子ちゃんだって、あくまで口コミとネットで存在が広まったからこそ、生まれて来たわけですし」
桃子の正面のベッドに腰かけて、ひたすら唸る桃子の魔力を観察していた柚花であるが、残念ながら【看破】で見ても、やはりうまくはいっていないようである。
以前、座敷童子の萌々子がその姿を桃子たちの前に表す直前に、柚花は桃子の【創造】が勝手に発動するところを目撃している。その時と比べて、今の桃子の魔力はいつも通り。何の変化もない。
着用しているコロポックルの衣装に宿った魔力のほうが、幾らか猛っているように感じるほどだ。
「コロポックルって知名度低いのかなあ。でもさ、何か、何かは出来る気がするんだよ。全然怖くないっていうかね、根拠はないけど、準備万全っていう感覚はあるの」
「その先輩の根拠のない自信はなんなんでしょうね。心強いのはいいんですけど……」
桃子は、その言葉通りに、何故だか根拠のない勇気が湧いていた。
瘴気の吹きすさぶ吹雪のダンジョンという不利な状況の中、限られた少人数の探索者だけで巨大な特殊個体を討伐しなければならない。
普通に考えれば、これはちょっとした絶望的な状況と言えるかもしれないが、しかし不思議なことに「きっと何とかなる」と信じることが出来る。
柚花はそんな桃子のやけに自信あふれる様子に、驚き半分、呆れ半分という様子だが、桃子本人もそんな自分に驚いている。
きっと。この不思議な気持ちは、自分ではなく、着用しているコロポックルの衣装が感じているものなのだろう。
この衣装に染み付いている、コロポックルの少女の想いが、大丈夫だよと。自分に勇気を与えてくれているのかもしれないなと、桃子は心のどこかで感じていた。
「柚花は、怖い?」
「そりゃあ、まあ……」
そんな、奇妙な位に緊張感のない桃子に反して、目の前の後輩は、表情を硬くしている。
柚花は【看破】などという力があるからこそ、前に戦った鵺という特殊個体の強さをしっかりと理解していた。
そして、特殊個体と呼ばれる魔物に、この状況で挑まなければならないことが、どれだけ無茶なのかを知っていた。
勝てるわけがない。口には出さないまでも、そんな考えが頭から離れない。
そんな柚花の表情を見て、桃子は数秒ほど迷ってから、両手を広げて笑いかける。
「じゃあ、おいで。ハグしてあげる。いいこいいこって、お姉さんが撫でてあげます」
「先輩……お酒でも飲みました?」
「なに言ってるの。ほら、おいで、来なさい。先輩命令」
桃子に誘われて、というか先輩からの命令をうけて、柚花は立ち上がっておずおずと桃子の横へと移動する。
すると桃子は柚花を引き寄せて、ギュッと背中に手をまわし、そのまま柚花の髪を手櫛で撫で始めた。
「……なんか、背徳的でいいですね、先輩のお姉さんムーブ」
「えー、私実際にお姉さんなんだけどなあ。卒業生で、先輩なんだからね?」
体格的には柚花の方が普通に大きいので、桃子がハグをしようとすると柚花はかなり桃子に身を寄せなくてはならないのだが、これはこれで居心地が良い。
柚花は、先ほどまで緊張で硬くなっていた身体が、優しく撫でられるごとにほぐれていくのを感じる。
気づけば、柚花は桃子に完全に上半身を委ねていた。
「じゃあ先輩。いいムードなんで、このままキスしていいですか?」
「こら、こんな時にふざけたこと言わない。でも、頬っぺただったらいいよ」
「やった、言ってみるもんですね♪」
いちゃいちゃしているうちに、不思議と恐怖感は薄らいでいった。
「アカヒト、私は……私の命は、既に人魚姫様と、そして魔女様に捧げています。お父さんには悪いけど」
「ああ、俺もだ。一度は死んだこの身、人魚姫様に捧げているさ。まあ俺の場合は、座敷童子にも恩はあるようだが」
別室。アカヒトの宿泊している部屋では、イリアとアカヒトが武具の手入れを終えて、来る戦いに備えていた。
彼ら二人は、今回の客の中では非常にまじめで、寡黙な方である。
とはいえ決して普段は口数が少ない仲でもないし、なんなら気心の知れた仲間の間ならばもっと砕けた口調で話すこともある。
しかしこの夜はやはり、双方とも言葉が硬かった。
互いに、琵琶湖に住む人魚姫に命を救われた身。その自分の命が誰のものなのか、それを互いに確認する。
「そういえば、アカヒトはタチバナさんから、座敷童子のお話は伺えましたか?」
「いや、彼女はあまり他人と、特に男と慣れ合うのは好きではなさそうだからな。機会さえあれば、話を伺いたいものだったが……」
人魚姫のため、と語っている二人だが、実はアカヒトは人魚姫だけでなく座敷童子にも命を救われている。
一体何がどうなって自分の身が遠野ダンジョンへと運ばれていたのかはアカヒト自身さっぱり理解出来てはいないのだが、しかし恩を受けたことだけは確かだった。
なので、今回の『パイカラ』に集まった人物で、座敷童子に縁がありそうな探索者タチバナに話を聞いてみようかと思ったのだが、どうやら彼女は人を避けている節がある。
アカヒトはマグマのように強引に自分のペースに相手を引きずり込むようなタイプではないので、彼は未だにタチバナと会話らしき会話をしていなかった。
なお、遠野ダンジョンに詳しいオウカにも話を聞いてみたものの、彼女も残念ながら座敷童子についてはさっぱりとのことである。
「ねえアカヒト。もし人魚姫さまがここにいたならば、コロポックルの……カムイダンジョンのために、私の命を燃やすことを許可してくれましたかね」
「どうだろうな。お前は魔女様のために本を作るんだろう? ならば、こんな場所でその任務を破棄するわけにはいかないんじゃないか?」
「……あは、そうですね。ならば勝利して、姫様と、魔女様の元へ帰りましょう!」
彼らの主な探索の場は深潭宮。全てが水に沈んだ階層で、魚人を相手に戦っている。
それに比べれば、吹雪などまだまだ人の行動できる領域だ。
人の行動できる領域で、魔物を倒して帰るだけのことだ。
「ああ。お前は今度こそ俺が守る、だから心配するな」
「背中を任せますよ、アカヒト」
それに、お父さんを何度も泣かせるものじゃないぞ、と。アカヒトは小さく、イリアに言葉を投げかけるのだった。
イリアは、小さく頷き、また二人だけの静かな時を過ごす。
「えあろ。お前はここに残れ」
調理場を借りて、黙々と小麦粉をこねているのはマグマとえあろの二人だ。
他の面子のように自室に戻って心の準備をしても良かったのだが、この二人にとってはうどんを作っている時が一番無心になれる時間だった。
なので今は、【うどん製作】は使わない。ただただ、己の手足で、小麦粉をこね続ける。
だがしかし、突然マグマが言い出した言葉は、えあろには無視できない内容だった。
「は? あなた、この期に及んで私を馬鹿にしてるの? 足手纏いだから、ついて来るなって?」
「ちげえよアホ! 俺は! もう夕凪さんの時みたいな思いはしたくねえんだよ!」
夕凪。
それは二人が若かりし頃、魔物に襲われたマグマたちを守るために命を散らした、二人にとって大切な仲間の名である。
自分たちも重傷で身体が動かせない。助けられない。ただただ、仲間が牛鬼に嬲られるのを見ていなければならない。
マグマはあんな思いは二度と、したくはなかった。
「っ……馬鹿にしないで! そんなの私だって一緒よ! だれか一人を、仲間を犠牲に助かるなんて、もう御免だわ……」
「そう、だな。すまん、お前も同じ気持ちだよな。でも、なんつーか、違えんだ。俺はただ、お前が……」
「つべこべ言わないの! 私だって、二度と仲間を犠牲にしないために魔法を研鑽してきたのよ。お願いだから、ついてくるななんて……言わないでよ」
しかし、そんな思いはえあろとて同様である。
マグマは剣で。えあろは魔法で。そして他の二人の仲間も、それぞれの武器を、技術を磨いて、決して仲間がこれ以上失われないよう研鑽してきたのだ。
ここで、自分だけ残るように言われるなど、えあろにとって許容できる言葉ではない。
マグマが何か言おうとしていたが、えあろは聞く耳を持たなかった。
「……ああ、仕方ねえな。えあろ、俺についてこい」
「なんでマグマがそんな偉そうなのか分からないけど、まあいいわ。帰って、ポンコちゃんにうどんの極意を叩き込まないといけないんだから」
まだ、新たに出来た弟子にうどんの技術を伝えていない。教えたのは、基礎中の基礎くらいだ。
マグマ、えあろ、氷河、二郎の四人の弟子。夕凪の遺児。あの前向きで明るい少女に、出来る限りの技術と知識を叩き込まないといけない。
それが、えあろにとっての恩返しだ。そしてそれはきっと、他の三人も同じだろう。
「そうだな、二郎と氷河だけじゃ心配だからな」
自分たちの後を継ぐ少女のためにも。
無事に帰って、更に自分たちのうどんも研鑽していかねばならないのだと。
そう自分に言い聞かせながら、二人はまた、黙々とうどんを作るのだった。
調理場から聞こえる痴話喧嘩をBGMにしながら、ダイニングではオウカがおつまみをつまんでいる。
オウカにとっては残念ながら、アルコールの類は用意されてはいない。
そしてオウカの横では、同じく爺やが席に座って茶を啜っていた。
普段はオウカの背後に控える爺やだが、ことこの状況では爺やもまた貴重な戦力だ。無駄に疲れるよりは、今は体力を温存すべきという判断である。
「爺や、率直に伺いますけれど、あなたの力でどうにか出来まして?」
「……いえ、難しいでしょうね。口惜しいことに、この身体が持ちません」
柚花は【看破】で気づいていたし、他の探索者ももしかしたら薄々勘付いているかもしれないが、オウカの御付きである爺やはただの執事ではなく、人並み外れた力を持っている。
その爺やならばもしかしたら、とオウカは聞いてみたのだが、しかし残念ながら、この状況は彼の力でもどうにもならないものであるらしい。
無論、オウカとてとりあえずで聞いてみただけだ。この期に及んで、誰かひとりに全て背負わせようなどとは端から考えてはいない。
「そう。まあ、別にあなたを戦わせるために連れてきたわけではないですもの。あくまで【天啓】に呼ばれたのはわたくしですし、あなたに身を削れとは言いませんわ」
「【天啓】ですか、恐ろしい能力ですね。あのツインペアーという者が訪れたのも、もしかしたら最初から決められていた天の采配だったのでしょうか」
「ねえ、あの仮面の彼は、何者なんですの? 味方、と考えてよろしいのかしら?」
そして、爺やとは別にもう一人、明らかに異質な存在がこのペンションには紛れ込んでいた。
ヴェネツィアンマスクで顔を隠し、タキシードにマント姿という、漫画にでも出てきそうな奇抜な服装の男。名はツインペアー。単純に考えるなら、二組のペア、あるいは一対の双子、とでも言う意味合いなのだろうか。
しかしその彼は、名・服装ともに奇抜ながら、見る者が視れば、探索者として――いや、もはや人として異質な何かであるという予感がある。
「……あの者は、いったい何を考えているのかはわかりません。しかし恐らくは、味方でございます。お嬢様」
「あなたも執事が板についてきましたわね。初めて会ったときは、それこそ獣のような雰囲気を纏っておりましたのに」
ふと、オウカは爺やの以前の姿を思い出す。
いまでこそタキシードに身を包んだ老紳士姿だが、彼がこの姿になるより以前は、オウカの価値観で言うならば、紳士とは程遠い獣であった。
変われば変わるものだと、オウカはイカソーメンをつまみながら、感慨深げに呟く。
「お嬢様、おやめください。ここに居るのは、ただの老執事でございますから」
「そうさせて頂きますわ。では爺や、戦の前にホットワインが欲しいわ」
「却下でございます」
老執事は、お嬢様には厳しかった。
「んもう! もう少し時間を考えてくれてもいいじゃないですか!」
時刻は、朝の5時。まだ日が昇る時刻まで、2時間ほどある。
しかし、柚花はこの時間に叩き起こされた。外から聞こえる強烈な破壊音と、緊急事態を告げる雪村オーナーの声に。
どうやら日の出を待たずして、標的のほうからこのペンション『パイカラ』へと足を運んでくれたようである。
今日はさすがに何があるか分からない為、寝間着には着替えずにすぐに動ける服装のままで寝ていたのだが、それが功を奏したようだ。柚花は武器のついたベルトを腰に装着すると、未だに眠っている桃子をゆすり起こす。
「先輩! 襲撃です! 緊急事態です!」
「んー……寝てた。柚花、私の三つ編み変になってない? 大丈夫?」
桃子は寝起きが悪い。
さすがに柚花の声と屋外からの破壊音、そして部屋の外から聞こえる他の宿泊客たちの騒がしい声で目を覚ますが、半ばぼんやりとしていた。呑気に三つ編みの具合を気にしている。
柚花も今回ばかりは甘い顔をしていられないので、強引に桃子を抱き起こして、両脚で立たせて、ベッド脇に畳んであったコロポックル衣装を装着させる。
「可愛いです! ほら先輩、武器持って、コロポックル着て! 行きますよ! 魔物の襲撃です!」
「ふええ……」