ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「大丈夫かタチバナ! 未成年にゃあこの時間からの戦いは辛いだろ!」
「マグマさんは朝から元気ですねっ」
「おう! うどん職人は朝が早くてなんぼだからな!」
「マグマは朝も夜もこんな感じよ。タチバナさんは……準備は大丈夫そうね」
柚花が準備を終えてロビーへと向かうと、そこには装備を固めたマグマとえあろが丁度準備を終えたところだった。
玄関扉は開け放たれ、外から瘴気を纏った暴風が吹き込むが、炎の剣を携えたマグマはどこ吹く風で、その風に立ち向かっている。
玄関扉から見える先には、10メートルはありそうな氷のゴーレムが、一心不乱にペンションの外周を守る塀に拳を振り下ろしているのが見える。
「……で、やっこさんは今は外のペンションを囲う塀に御執心のようだぜ。塀が無けりゃいきなりペンションが潰されてたかもな」
「マグマさんとえあろさんだけですか? 他の方々は?」
「戦えない連中と怪我人は全員、裏の別棟に避難させてきたところだ。オウカと爺さんも別棟だ。回復役は前線には出させられねえ」
先ほどまでは雪村や氷上をはじめ、ペンションの常駐スタッフたちの声も館内には響いていたけれど、マグマの言うように今は彼ら非戦闘員の姿は見当たらない。
どうやら、戦えないメンバーは裏の別棟へと避難しているようである。別棟なら襲われないという保証もないが、少なくとも目の前で氷のゴーレムが暴れている本館より幾らかは安全だろう。
「イリアさんたちは既にあの氷像の方へ向かってるわ。彼女たちは【環境耐性】で、ある程度軽装でも動けるみたいだから、身軽で羨ましいわね」
「俺もすぐに行くが、えあろとタチバナは後方支援を頼むぜ!」
「タチバナさんは、出来れば私と一緒に後ろからの援護と、皆の目になって欲しいの」
どうやら、マグマたちも今から戦いに出るタイミングだったようだ。
柚花は残念ながら、今回は戦闘力としては期待できない。彼女の【チェイン・ライトニング】はこのダンジョンの氷を纏った魔物たちには効果が薄く、相手があの巨大な氷のゴーレムでは当てたところで大したダメージは期待できない。
しかし、どうやら柚花に求められているのは【看破】による情報のようだ。
ゴーレムには核がある。その核を見通すことが出来れば、少人数での攻略が現実的なものになっていく。
「分かりました! ……で、例の仮面の人は?」
「ああ、あいつなら雑魚狩りだ。周囲の雑魚を全部足止めしてくるとよ」
ここにいないもう一人の宿泊客。仮面の男、ツインペアー。
マグマが言うには、彼は単独で塀の外へと飛び出て、氷のゴーレムと共にペンションを襲いかねない数多の魔物たちの相手をしているという。
言われてみれば、あれだけ特殊個体が暴れているのに、いつもいるような魔物の群れが見当たらない。たまたまかと思ったが、これはツインペアーが魔物を狩っている故の状況だった。
「ええ……それって、大丈夫なんですか?」
「わからん。が、雑魚がいなけりゃ俺らはあのデカブツに専念できるからよ! 信じてやろうじゃねえか!」
ツインペアーは、強い。それは柚花も知っていることだ。
だがしかし、単独で吹雪の中、数多の魔物を抑えるというのは、柚花には想像もつかないことだった。
下手をすれば特殊個体と一対一のほうがいくらか勝ちの目はある気がするが、しかし今はあの仮面の男を信じるしかなさそうだ。
そして、説明を終えたらマグマは颯爽と玄関扉を抜け、先んじて戦いの場に出ているイリアとアカヒトの元へと向かって行く。
えあろもまた、援護のためにその背を追っていった。
「私も、準備したらすぐ行きますねっ」
柚花がえあろたちの背中に声をかけた所で、ようやく準備を終えた桃子がとてとてとやって来た。
準備と言っても、何があってもすぐに出られる服装で就寝していたため、起きて、武器を持って、シャキッとする、というだけの準備である。どうやら最後の「シャキっとする」に時間がかかってしまったようだ。
「先輩、起きてますか?」
「んー、大丈夫! 目覚ましに、カレー粉舐めて来ちゃった!」
「さすが先輩ですよ。忘れ物はないですか? 薬草と、ハンマーと、ヘノ先輩の魔石と、ティタニア様の魔石、持ってます?」
「うん、大丈夫! まあ……ヘノちゃんの魔石はちょっと、使えなかったけどね」
ヘノの魔石には、風の妖精ヘノが手ずから風の魔力を込めている。
しかし残念なことに、昨晩試しに触ってみたのだが、桃子にはそれを使いこなす技量がなかったのだ。同じく試してみた柚花も同様で、魔力を込めれば緑色の風が吹き出るのだが、それをヘノのように自在に使いこなすのは人間業では難しい。
宿泊客には風祭えあろという風魔法の使い手がいるが、残念ながら【ウインドスラッシュ】と【ドライ】が使える程度の技量では、ヘノの足元にも及ばないだろう。
なので、今のところは桃子はお守りとして、ヘノの魔石を大事に持っている。
戦う分にはティタニアの魔力が借りられるだけでも十二分に頼りになるのだ。今はとりあえず、それでいいだろう。
そして柚花と言葉を交わした桃子は、コロポックル装備を身にまとい。己の武器たるハンマーをギュッと握りしめ。
マグマの背を追うように、吹雪の中を駆け抜けて行った。
巨大な氷のゴーレム。
イリアたちが昼間に戦ったときより、それは一回り巨大な姿になっていた。
ツインペアーたちは夜の吹雪を「瘴気の風」なる言葉で表現していたが、恐らく夜のほうが魔物に対して有利になる環境なのだろう。明らかに、昼間に戦った時よりも、大きく、強い。
単に別個体だという可能性もあるが、こんな巨大なゴーレムが複数いる可能性があるとはあまり考えたくないものだ。
「マグマ、あいつは昼間より動きが激しい! いまは左足を重点的に攻撃してるが……!」
「おう、ゴーレムなら香川でしょっちゅう相手してるから任せろ! あいつらは、核を壊すか、中身を狂わせるのがコツだ!」
氷のゴーレムは、10mはありそうな巨体で、その両腕をひたすら振り回している。先ほどまであった塀はすでに崩れ落ち、無残な瓦礫の山と化していた。
アカヒトとイリアはゴーレムの腕が届かない死角に回り続けることでそれを回避し、とにかく一か所――左足を重点的に攻撃しているが、しかし巨大な氷像の足を砕くには、いくら本人たちの才能があろうと探索者二人ではやはり難しい。
しかし、マグマが参加することで、その戦いに変化が起きようとしている。
「マグマさん、狂わせるとはどういうことですか!?」
「まあ見てろ! えあろ、サポート頼むぜ! 吹雪を抑えてくれ!」
マグマの声が吹雪の中に響くと同時に、阿吽の呼吸でえあろがマグマたちに魔法の風を送る。
これは特別に何か名称のついたスキルではなく、純粋な風の魔力によるサポート、風の操作である。
誰にでも出来ることではないが、本人の才能と努力次第では、スクロールが無かったとしても素養さえあればある程度はその属性の魔力を操作することは出来るのだ。
えあろの横では、彼女の魔力操作の巧みさに柚花が目を丸くしていた。
えあろの風と打ち消し合う形でマグマの周囲から瘴気の吹雪が消え去り、マグマの炎の剣に彼の魔力が宿る。そして一気に、力と魔力を籠めた一閃。
刃が氷のゴーレムに食い込んだ瞬間に、マグマはそこから更に剣を通して炎の魔力を流し込む。食い込んだ部位からは、氷を内部から焼き尽くす高熱の魔力が噴き出ていることだろう。
マグマが与えた傷自体は氷のゴーレムの巨体からすれば大した傷ではない。
しかし、ゴーレムに痛みを感じる機関があるのかどうかは定かではないが、マグマの斬撃に反応したのか巨体は腕を振るうのをやめ、怯んだように後ずさる素振りを見せた。
「すごいな、何をしたんだ?」
「ああ、ええとな……えあろ説明任せた!」
しかし、氷のゴーレムが動きを止めたのは一瞬のこと。再びその腕を振るわせ、己にダメージを与えたマグマに掴みかかろうとする。
身体が大きい分だけ、腕の届かない死角も大きい。マグマたちはその足元を周回するように、死角へ、死角へと足を運ぶ。
マグマの剣の熱で周囲の氷はとけ、ゴーレムの周囲は瓦礫と泥にまみれていた。
その間、えあろが大声でアカヒトとイリアへ向けて叫ぶ。
「ヒットの瞬間に、内部から魔力を放出してください! ゴーレムは破壊するのは難しいけれど、内部の魔力の循環を狂わせることは出来ます!」
氷で出来ていようと、岩で出来ていようと、ゴーレムはゴーレム。いわゆる造魔と分類される魔物であることに変わりない。
マグマらのホームとする香川ダンジョンの第二層は、巨大なゴーレムが守護する闘技場だ。そして、そこに現れる魔物たちもまた、動く鎧や岩のゴーレムといった、造魔が主体だ。
だからこそ、マグマたちはその戦い方を熟知している。
「すごいじゃないですか! ……マグマさんって意外と器用なんですね」
「ええ。昔、スパルタ気味に教えてくれた仲間がいたのよ。おかげで香川ダンジョンの造魔を相手にするのはかなり楽になったわ」
えあろと共に後方から戦いの成り行きを見守っていた柚花が、マグマの魔力の運用に感嘆の声を上げる。
彼らには、ただの人間以上に魔力に精通した仲間――夕凪という化け狸がいたのだ。彼女はパーティの仲間であり、うどん作りの弟子であり、魔力について学んだ師匠でもあった。
似た例で言えば、深援隊のリーダーである風間は幼いころから桃の木の妖精クルラに師事を仰いでいた。そして奇しくも、うどん四天王たちも若かりし頃に魔法生物から教育を受けていたのだ。だからこその、後の躍進であると言えよう。
柚花の視線の先では、左足を攻撃するマグマらが。
そして、彼らの邪魔にならない位置で、人知れず右足にハンマーの打撃を与え続ける桃子の姿が見える。しかし、氷のゴーレムは単純な打撃に対して強い耐性があるようで、戦果は芳しくない。
「こうかな? えーいっ!! っと、なんか違うなあ」
桃子も彼らの会話が聞こえていたらしく、ヒットの瞬間に魔力を放出しようとしているのだが、残念ながらハンマーは剣のように敵の内部に食い込ませることが難しい。
マグマの様に炎属性の魔法の武器ならそれでもやりようはあったかもしれないが、桃子のハンマーに付与されているのは【氷結】だ。残念ながら、この敵に対しての効果は皆無であろう。
「このっ! 魔力っ! とまれっ! ばかぁっ!! ……はぁ、はぁ、このゴーレム、硬すぎない?」
氷のゴーレムにも【隠遁】が効いているのか、桃子に向かってはゴーレムの拳が飛んでこないのをいいことに、桃子はひたすらに魔力の循環を狂わせる攻撃というのを試していた。
だが、やはり結果は全敗だった。結局はそのやり方は諦めて、桃子は力任せに叩き続けることにする。頭を使わなくていい分だけ、その方がまだ叩きやすい。
恐らく、桃子同様に打撃主体のイリアの【鉄拳】も、敵の内部に魔力を放出して循環を狂わせるには適さないだろう。今はだから、マグマとアカヒトこそが主戦力となる。
「ところでタチバナさん、あのでかい奴の核ってわかる?」
「魔力が固まってるのは頭とみぞおちの二か所です。ただ、外装が分厚くてより具体的な場所までは分からないです!」
「まいったわね……」
柚花は【看破】で常に戦況を確認している。
マグマやアカヒトの攻撃は、確かに確実にダメージを与えているし、氷のゴーレムの動きは本当に些細なものではあるが、鈍くなってきている。
だがしかし、これは決定打にかける。サイズが違いすぎるため、マグマたちが何をどうしようが、彼らの攻撃はゴーレムの核まで届かないのだ。
魔力の循環を狂わせる攻撃も、それが核まで届けばまた違うかもしれないが、所詮は末端。ゴーレム本体へのダメージとして考えるのは難しい。
体力的にも、魔力的にも。このままでは人間側のほうが力尽きるのは時間の問題だと、柚花は頭の片隅で理解してしまう。
そして、そうしているうちに、危惧している事態が起きてしまう。
泥に足を取られたアカヒトが、氷のゴーレムの拳に吹き飛ばされてしまったのだ。
打撃でつぶされる形でなく、あくまで衝撃で後方へと吹き飛んだだけなのは僥倖だが、しかしアカヒトのダメージは大きい。少なくとも、肋骨の数本はやられているだろう。
「アカヒト、一度戻ってオウカの治療を受けてこい! 長丁場だ!」
「ぐ……すまん!」
足手纏いになることだけは避けなければならない。
アカヒトはよろめく足でペンションへと向かい、オウカの治療を受けに下がっていく。
えあろの追い風でアカヒトの足取りは多少は軽くなっているのだが、しかしあのままではすぐに復帰するのは難しいだろう。
「くうっ……巨大なだけで、こうも戦い辛いとは……!!」
「大体こういう奴は上半身が弱点なんだが、こりゃ届かねえな! 参ったぜ!」
マグマとイリアが、そして桃子が、ゴーレムの足に攻撃を続ける。
だがしかし、残念ながらその相性の問題で効果的なダメージを与えられるのはマグマだけであり、そしてそれだけでは焼け石に水、決定打にかけている。
しかし、そこに響いたのは、一発の銃声。
「上半身を撃てばええんだな!」
気づけば、昼間にゴーレムに襲われて怪我をしていたマタギの親方が、柚花の横で猟銃を構えていた。
彼はオウカの治療を受けて、今も奥の別棟に避難しているはずではなかったか。
「おじさん! 無理しないで、ここは危険ですよっ!!」
「寝てられねえよ!! あいつが、あいつがコロポックルを殺したんだ!! 俺らはそれをよぉ……!!」
薬草とオウカの治癒により、身体の怪我は回復している。だがしかし、失われた血液が戻ったわけでもないし、体力もこの年齢ではとてもではないが万全とは言えないだろう。
だがしかし、親方はその目に、その手に、まるで命を燃やすような、気迫を纏っていた。
彼は、この何十年もの間、ずっと後悔を背負って生きてきたのだ。コロポックルを助けなかったこと。見殺しにしてしまったこと。
今が、その後悔に終止符を打つときだ。あの日、立ち向かうことすら出来なかった仇との、決戦のときだ。
親方の、何十年もの経験をもつ探索者としての、決して逃げるわけにはかない最後の戦いだった。
「わかりました……おじさん、手伝います」
ならば。
柚花は親方の老いた手に、自分の手を重ねるように差し伸べた。
「私がおじさんの弾に魔力を込めます! 撃つのはおじさんの仕事です、合図をしたら撃ってください!」
「嬢ちゃん……よしきた!!」
銃を持つ親方の手に、柚花が手を重ね、ゆっくりと魔力を送る。銃身ではなく、弾丸に。敵を貫く、魔法の弾丸へと変えていく。
昼間は軽薄な老人だと思っていた。女の子にデレデレする情けない年寄りだと思っていた。
でも、銃を構えた親方の手は、どっしりと構えた、大ベテランの手だった。
瘴気を切り裂く銃声が響く。
そしてそれは氷のゴーレムの胸元に着弾すると、決して少なくない量の氷の装甲が砕かれ、弾け飛ぶ。
繰り返す銃声と同時に、強大な防御力を誇る氷のゴーレムの装甲は、着実に削り取られていった。