ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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邪悪で強大なもの

 突然の轟音と爆発に、氷のゴーレムの足元で戦っていた者たちの足がとまり、反射的に全員が身を守るように地に伏せる。

 彼らの背にはいくつかの氷の破片が降りかかるが、しかししばらくするとそれも治まっていく。

 そして、彼らが顔を上げると、鳩尾から右腕、そして頭部を失った氷の巨像が、その動きを止めていた。

 吹雪の中で佇む、ただの氷像と成り果てた。

 

「こ、これは……何が起きたんだ?! 大丈夫かイリア!」

 

「アカヒト、私は見ました! いま、コロポックルが空を飛ぶのを……!!」

 

「コロポックルが……」

 

 全身に降り注いだ雪と氷の破片を振り落として、イリアがアカヒトの元へ歩み寄る。

 魔物の攻撃の直撃こそなかったものの、細かい傷などは多く、イリアもアカヒトもボロボロの有様だ。所々から血も流れているが、しかしすぐに氷点下の気温で凍り付く。

 それぞれに残った魔力と【環境耐性】によって冷気の影響をどうにか退けてきたが、流した血液や汗は凍り付いていく。

 これ以上の長丁場ならば、二人とも魔力が尽きて、魔物ではなく冷気にやられていただろうことが伺える。

 

 イリアは、先ほどコロポックルが空を駆け抜け、巨像に突撃していくのを見たという。

 アカヒトは、身体の大半を失ったゴーレムを見上げる。

 イリアが見たというコロポックルの姿を吹雪の中に探し求めるが、そこにはただ、風のなか巨大な氷像が佇むだけであった。

 

 

 

 

 

 マグマは氷のゴーレムの真下で戦っていたために、真上で起きた魔力の爆発に一時的に前後不覚に陥っていた。

 しかし、爆発が過ぎ去って顔を上げればそこには、たった今まで暴れまわっていた氷の巨体が、ただの氷像のように動かなくなっている。

 さっぱり、何が起きたのかは分からない。分からないが、自分の元へと駆け寄ってくる仲間の姿だけは間違えない。

 

「えあろ! 何がなんだかわからんが……やったか!」

 

「もも……ええと、コロポックルがやってくれたのよ。それよりマグマ、大丈夫なの?!」

 

 先ほど、えあろの操るつむじ風の魔法で空を駆け、氷のゴーレムを撃破した少女の姿が、えあろの中で急激にかすんで行く。この記憶に対する影響も彼女の能力なのだろうとは思うのだが、その「彼女」をそもそも思い出せなくなっていく。

 真っ先にえあろの脳内に浮かんだのは「ももポックル」という言葉だが、そんな意味不明な名称なわけがないと思い直し、とにかくあれはコロポックルだったのだと己の記憶を整理する。

 しかし、今はそれよりも目の前の仲間だ。

 彼は、イリアたちのようにこの過酷な環境に対応するためのスキルを所有しているわけではない。炎の剣の魔力で冷気はどうにか防いでいるようだが、それにしたっていくら何でも今回の戦いは危険すぎた。

 えあろが近づいて見れば案の定、マグマの左腕はどす黒く腫れあがり、既にぶらりと垂れ下がっているではないか。

 

「おっと、忘れてた。あとでオウカに治して貰わねえとな!」

 

「わ、忘れてたじゃないでしょう?! 待って、とにかく薬草ならあるから! はい、口あけて!」

 

 えあろは青ざめて、とにかく常に携帯している薬草を懐から取り出す。

 オウカに治療をしてもらうとしても、早めに薬草などで処置をするに越したことはない。それによって、後々の状態に天と地の差が出るのだ。

 彼の腕は、うどんを作るための大切な腕なのだ。こんなところで失うわけにはいかない。

 

「おお、悪ぃな……っておい、ガチガチに凍り付いてるぞこれ!」

 

 

 

 

 

「やったよ、柚花!」

 

 白い息を弾ませて、桃子が雪に足跡を残しながら柚花の元へと駆け寄る。

 ヘノのつむじ風の魔法はまだしばらく継続しているようで、氷のゴーレムを破裂させたあとは再び一足飛びで柚花の元へと跳んできた。

 今の桃子が幅跳び競技に出たら、計測不能で金メダルが確実だろう。

 

「先輩、流石です! コロポックルの仇がとれました!」

 

「えへへ、やったね! これで平和になるかな!」

 

 吹き付ける瘴気の風など知らぬとばかりに、桃子は明るい笑顔で柚花に抱き着いた。

 桃子と柚花は抱き着いたままその場で社交ダンスのように一回転して、ゆっくりと桃子は雪の上へと着地する。

 

 そして、その二人の姿を見て、目を白黒させているのはマタギの親方だ。

 彼にとってみれば、状況が全く分からないまま、突如としてゴーレムが弾け飛んだのである。

 突如爆発した氷のゴーレムに愕然としていると、更にはコロポックルの少女がいきなり飛んできて、探索者の少女と戯れ始めたのだ。

 親方は何か言おうとして、しかし言葉が出ず。どうにか自分で心を落ち着かせてから、もう一度口を開く。

 

「コ、コロポックルよぉ。今のはおまえさんがやったのか? その、仲間の、仇を……」

 

「……え?! マタギのお爺さん、私のこと見えてるんですか?」

 

「あ、ああ……昼間に助けてくれた、コロポックルだろ」

 

「えへへ、な、なんだか恥ずかしいな」

 

 柚花に抱き着いていた桃子だが、マタギの親方が自分をしっかりと見て、自分に対して話しかけてきたので驚いてしまう。

 柚花やポンコなど、ダンジョン内で桃子の姿が見える相手というのは居ないことはないが、しかしこの老人に自分の姿が見えているとは思いもしなかったのだ。

 なので気にせず柚花に抱き着いてしまったのだが、見られていたのかと思うとちょっと恥ずかしくなってきた。

 

 しかし、照れて恥ずかしそうにはにかむ桃子と反対に、何かに気付いて唖然としているのは柚花である。

 柚花は、目を見開き。その瞳に魔力を宿して、桃子を。そして周囲の状況を見回す。

 

 そしてみるみる内に、柚花の顔色が青ざめていく。

 

「……せ、先輩、ちょっと待ってください。どういうことですか?」

 

「柚花?」

 

「なんで、瘴気が止んでないんですかっ?! さっきよりも酷い瘴気で、先輩の【隠遁】が吹き飛ばされてますよ……!」

 

 柚花は、半ば叫ぶような声を上げ、桃子の肩にしがみつく。

 桃子も言われてはたと気が付く。この吹雪は、あの氷のゴーレムを倒せば止むのではなかったか?

 平和な摩周ダンジョンに戻れば、瘴気の吹雪など吹かないのではなかったか?

 

 柚花の言う通り、周囲には吹雪が吹き続けている。氷の巨像も、吹雪の中に佇んでいる。

 

 破壊されたはずの氷像は、一欠片とも、煤に戻らない。

 

 

 

 

 桃子がその事実に気付いたのとほぼ同時に、ペンションから一人の人影が駆け出してくる。

 とてもこの吹雪の中に出てくる姿とは思えないパリッとした黒のスーツにモダンな丸眼鏡。両の手には白い手袋をはめている。

 オウカと共に建物内で怪我人たちの様子を見守っていたはずの、老執事こと爺やである。

 

「皆さん、まだです!」

 

 爺やは、老人とは思えないほどの速さでゴーレムの足元に集まる探索者たちの元へと真っすぐに駆け寄っていく。

 マグマたちも、その爺やの姿に気が付いて振り返り。

 

「爺さん! どういうことだ?!」

 

「まだ何も終わっていません! 真の敵……下層に住まう、邪悪で強大なものが、現れようとしています……!!」

 

「な……」

 

 爺やの言葉に、一同は言葉を失う。

 今、ようやく倒したと思った巨大な氷のゴーレムが、ただの斥候だというのか、と。

 これより上位の敵がいるのか、と。

 

 しかし、爺やに言葉の真意を問いかける前に、それは起こる。

 

 

 

 

 

 急激に、その場の空気が重くなった。

 いや、空気そのものは何も変わっていない。先ほどから変わらず吹雪が吹き続けている。

 しかし、そうではない。重圧。そう、これは重圧だ。ただならぬ悪意のような重圧が、その場にいた者たちを襲う。

 

「せ、先輩、駄目……あれは、無理……」

 

「柚花……?」

 

「お……い、俺の見間違いじゃねえ……のか……?」

 

 柚花とマタギの親方が、桃子の背後――遥か先に視線を向けて、声を震わせる。その眼は恐怖に見開いていた。

 桃子も二人の向く方へと振り向くと、それは、そこにいた。

 

 遥か遠く。湖畔の向こうに、うっすらと。しかし重苦しい存在感と共にそこに佇む、巨大な人影が見えた。

 桃子の視力がおかしくなっていないのなら。

 遠近感がどうかしてしまっているわけでないのならば。

 

「な、なに、あれ……大巨人……?」

 

 もはや、遠すぎて、巨大すぎて、具体的なサイズなど分からないけれど。

 だがしかし、小さな雑居ビルなど軽く超越しているであろう巨大な人影が、湖畔の向こうに姿を現していた。禍々しい、目に見えぬ重圧と共に。

 そしてそれは、高々とその両の腕を天へと伸ばして。そして、それを大地へと向けて振り下ろす。

 

「駄目、先輩っ!! 掴まっ――!」

 

 そして、その腕が振り下ろされると同時に、大地が揺れ、大気は嵐のような衝撃となって面々を襲う。

 何が起きたのかもわからないまま、桃子は柚花と共に吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされる最中に見たのは、自分たちと同じように衝撃でバラバラに吹き飛ばされる、仲間たち。

 イリアとアカヒトは共に抱き合った状態で吹き飛ばされた。マグマとえあろはゴーレムの下半身を支えにして衝撃を耐えたようだが、その氷のゴーレムが、ゆるりと動いているように見えた。

 

 しかし、桃子の意識はそこまで。

 ガツンと、頭に重たい衝撃が走ったと同時に、その意識は深い闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……! な、なんだ……今のはよう」

 

 マタギの親方が吹き飛ばされた先は『パイカラ』の正面玄関近く。そこに降り積もり、また前日に雪かきで積まれた雪がクッションになり、幸運にも身体的なダメージはほぼないに等しい。

 精神的なショックは大きいが、もはや現実味がなく、恐怖もなにもが麻痺しているのが自分でも理解できた。

 そして、ふらふらと起き上がったマタギの親方に気付いて声をかけて来たのは、先ほど共に協力して銃弾を放った少女だった。

 

 少女はぐったりとしているコロポックルを背負って、雪の中をズルズルと這うように進んでいた。

 吹雪で視界は悪いものの、少女も、コロポックルも、赤黒い色が染み付いている。二人が、決して無事ではないことがわかる。

 

「おじさん! 無事……ならっ、手伝ってください……!!」

 

「嬢ちゃん! ……に、コロポックルか! わかった、俺が建物まで担ごう」

 

「お願い……します、私、ちょっと無理……」

 

 マタギの親方は慌てて少女の元へと駆け出す。先ほどまでその手に抱えていた猟銃は既にどこかへと吹き飛ばされてしまったが、今はそれどころではない。

 親方は少女へと近づき、その背に眠る小柄なコロポックルを抱き上げる。いくら年老いたとはいえ、このダンジョンで戦い続けてきた身体は、まだまだ少女の一人や二人くらいなら抱え上げられる。

 そしてもう片方の手を、這う這うの体の少女へと伸ばすが。

 

「お、おい! その眼はどうしたっ?!」

 

「スキルで……視すぎちゃいました。あの巨人……診るだけで障りがあるみたいで……」

 

「っくしょうが! よし、行くぞ、俺に掴まれえ!」

 

 少女の、活発で、時折不思議な光を放っていたその左の瞳が、真っ白に凍り付いていた。

 その瞳はもう何も映してはいないだろう。親方はグッと表情を歪ませるが、しかしすぐに気合を入れ直して、少女へと手を伸ばす。

 強引にむんずとその胴体に手をまわして、力ずくで掲げてペンション『パイカラ』の中へと入っていく。

 既に扉は吹き飛ばされていたため、扉を開けるために両腕に抱えた少女たちを下ろす必要がなかったのは、不幸中の幸いだろう。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「お嬢ちゃん、しっかりせんか! コロポックルも……!」

 

 既に、窓や扉は吹き飛ばされて、ロビーもダイニングも滅茶苦茶だ。

 だが、それでも風よけにはなるため、マタギの親方は二人をロビーの奥へと抱えていき、ガラスなどの散らばっていないスペースを選んで床へと下ろす。

 奇しくもそこは、コロポックルたちが描かれた絵画の正面である。

 

「はぁ……はぁ……おじさんがいて助かりました。おじさん、結構タフなんですね」

 

「俺ぁ……これでも、長年ダンジョンで戦い続けてるんだ……体力は、若ぇモンには負けねえよ」

 

「体力があるのは、羨ましいですよ。……さてと、何はともあれ、先輩の治療をしましょうかねっと」

 

 少女――柚花は、どうにか呼吸を整えると、自分の懐の奥にしまってあった革袋を開けて、そこから一つの魔石を取り出した。

 魔石の無事を確認すると、柚花は安心したように、ようやく少しだけ、頬を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある妖精たちの会話】

 

 

「うぅ……あ、ああぁ……! ど、どうしよう……!!」

 

「今度はニムさんすか!? 落ち着いてください、何があったんすか?!」

 

「後輩に。何かあったのか」

 

「いま……ゆ、柚花さんが……私の癒しの水を……! あ、あれは、大きな怪我をしたときの……!!」

 

「な、なんっすか……?! も、桃子師匠たちはいま、何をしてるっすか?!」

 

「いま。北海道のダンジョンで。桃子たちが。何かと戦ってるのは。間違いないぞ」

 

「ええ?! 父ちゃんもいま北海道に行ってるんすよ?! な、なんなんっすか?!」

 

「うぅ……ゆ、柚花さんが、柚花さんが……っ!!」

 

「どうにか。どうにかならないのか。そうだ。女王なら……!」

 

「ポ、ポン……!!」

 

 

 

『まったく。メッセージを伝えに来てみたら、随分落ち着きのない子たちなのだワ。本当にこれが、今の女王の……ティタの子たちなのかしらネ』

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