ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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答えあわせ

「おじさんも手を出してください。これ治癒の水なんですよ。傷に振りかけてもいいですし、外傷が無ければ飲んじゃってください」

 

「あぁ……すまねえ」

 

 柚花が取り出したのは、ニムから渡されていた『癒しの水』の力が込められた魔石である。

 それを取り出して、柚花が真っ先に治療したのはコロポックル姿の桃子だ。どうやら当たり所が悪かったのか、頭から血を流している。

 装着しているコロポックルの頭巾は簡単に脱がすことができたので、傷口と思われる場所に癒しの水を振りかける。氷点下のダンジョンで水を振りかけるのには躊躇いもあったが、そこは流石にニムの癒しの術だ。どうやら冷気で凍ることもなく、優しく桃子の傷を癒してくれているようだ。

 千切れたカーテンの切れ端を利用して桃子の顔に付着した血の跡をふき取り、血で汚れた桃子の三つ編みも一度ほどいて、布で綺麗に汚れをぬぐい取る。

 そこまでしてようやく柚花は自分の傷にも水をかける。

 凍り付いた左目にも目薬の要領で癒しの水を垂らしてみたものの、しかしこれはやはり魔法的な呪いらしく、残念ながら癒しの水の効果は及ばなかった。

 

 そして最後に、マタギの親方にも水を差しだした。

 親方を最後にしたのは彼を軽んじているわけではなく、単に彼が見た目上は無傷だからである。

 

 

 マタギの親方はゴツゴツしたその両手を器にして癒しの水を受け取り、それを一気に飲み干せば、ようやく一息付けたらしい。

 瘴気の風が渦巻く外の景色に目を向けながら、何の感慨もなく、もはや恐れもなにもない淡々とした声色で、呟いた。

 

「あのバケモノは、倒せねぇよなあ」

 

「そうですねえ、私たち人間じゃ、流石に無理ですよ……」

 

 親方も、柚花も。様々な魔物と戦ってきた経験があるし、話だけならば様々な特殊個体について聞いたこともある。

 だがしかし、あそこまで巨大な。それこそ全長100メートルを超しそうな巨人など、聞いたことがない。

 腕を振るうだけでダンジョン中に衝撃波を放つ魔物など、打倒できるとはとても思えない。

 不思議と恐怖を感じないのは、あの存在が現実感をとうに追い越してしまっているからか。それとも、ニムの癒しの水に鎮静効果でもあったのか。

 

「すまねえな、折角他所から来てくれたのによ。こんなダンジョンの都合に、巻き込んじまって」

 

「おじさん、まだ終わってないですよ。だって、私たちそういう【天啓】……まあ、未来予知で集められたんですよ。コロポックルを復活させるために」

 

「ああ、雪村から聞いとった。俺も動画とかよ、知っとるよ? ドワーフが若モン助けた映像とか、人魚姫が映り込んだライブ配信とか、どっかの鎧のでかい奴が、座敷童子の名前呼ぶところとかな」

 

「……配信、全部見てるんですか?」

 

「まあ、そういうの好きでな。切り抜き動画って奴だけどよ」

 

 戦うでもなく、何をするでもなく。柚花とマタギの親方は、雑談を続ける。

 このマタギの親方は、年齢に似合わずにダンジョン配信の文化にも理解があるようで、聞けば様々な『魔法生物』絡みの動画も見ているという。

 ならもしかしたら、萌々子ちゃんの声が入ってしまった自分の配信も、この親方はどこかで見たことがあるのかもしれないなと、柚花は思った。

 

 そういえば、と柚花は思い出す。あの萌々子ちゃんの声の切り抜きだけで数十万再生か、あるいはもっと上の桁まで再生されていたかもしれない。

 やはり、現代社会において配信動画とは凄いものだなと、柚花は思う。草の根活動で噂を広めるよりも、ずっと――。

 

「あ……そっか。ドワーフも、座敷童子も、人魚姫も。全部、最初は配信動画なんだ」

 

「どうした、嬢ちゃん」

 

 ふと、柚花は頭の中で何かの重要なピースが揃った気がした。

 

 この三日間、足手纏いになっていた自分が【天啓】に呼ばれた理由。自分が呼ばれたのは、あくまで桃子のオマケだと思っていた。でも、どうやらそれだけではなかったようだ。

 コロポックルの復活に足りないピースは、もしかしたら自分が握っていたのだと。柚花はいま、ようやく理解した。

 

「わかったんです、コロポックルに足りないもの! あと、私がここに呼ばれた理由も……!!」

 

 マタギの親方は目を丸くして少女を見る。

 コロポックルを「先輩」と呼ぶこの不思議な少女は、化け物みたいな巨人に片方の瞳を凍らされ、勝ち目などないようなこの絶望的な状況で、つい今しがたまで自分と同じく感情のこもらない声で淡々と雑談に興じていたのだ。しかし、その少女が突然に、熱を取り戻した。

 少女の残された瞳は希望を取り戻している。親方には分からないが、それは決して自暴自棄などではなく、何かとても重要なことなのだろう。

 

「先輩、起きてください、あとは先輩が目を覚ますだけですよ!」

 

 親方は思う。

 数十年前に、吹雪が過ぎるのを震えて待っていた避難小屋は、まさに今と同じこの場所だ。

 しかし、あの時にここで震えていた探索者たちの眼には、諦めの色しか浮かんでいなかったことだろう。コロポックルを助けることもなく、行方不明になっている仲間を探しに行くこともなく。ただ震えていたあの日を思い出した。

 それと比べて、目の前の少女のなんと眩しいことか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桃子は夢を見ていた。

 

 

 真っ白く染まった湖畔のふもとで。小さなコロポックルの少女が、己の魔力を大地に降り注いでいた。

 決して、大それた力ではない。ほんの一握りの、雀の涙のような魔力。

 しかしその力は、小さな花を咲かせる。白い、氷の花びらの、美しい花を。

 

 桃子の見ている夢の中では、何年も。何十年もかけて。

 コロポックルの少女が、氷の花を育てていた。

 いつしかそれは、ダンジョン中に咲く、氷の花となる。

 

 そしてある日。コロポックルの少女が振り返り、ずっとその様子を見ていた桃子に話しかける。

 

 

『桃子、最後、お願い。私、もう、消えてしまうから』

 

 

 コロポックルの少女は、桃子の手を取って、最後の力を桃子へと託す。

 少女は桃子の目を、じっと見つめて。

 

 

『みんなのこと。守る、お願い――』

 

 

 コロポックルの少女は最期にそう伝えて、風に溶けるように消えていく。

 残された桃子は、強く頷く。

 受け取った想いの強さを感じる。

 何十年もの間に紡がれた、コロポックルの、そしてこのダンジョンを愛する人々の想いを込めて、桃子は【創造】という奇跡の力を、その氷の花へ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽたり。

 

 ぽたり。

 

 水滴が、桃子の頬に垂れる。

 氷点下のダンジョンで顔にかかる水滴は、とても冷たい。

 でもそれなのに、不思議と温かみを感じる。

 

「ん……」

 

 桃子の意識は朦朧としていた。

 風の音は轟轟と響いている。まだどうやら、吹雪は止んでいないらしい。

 朝になっていないのか。それとも、朝になっても吹雪が止まないのか。

 

「よかった。先輩、目を覚ましましたか?」

 

 そこに、慣れ親しんだ後輩の声が聞こえた。

 桃子は急激に意識を覚醒させて、目を開く。

 そこはペンション『パイカラ』のロビー。しかし先ほどの衝撃により、扉は破壊され、窓も幾つか割れて弾け飛び、館内にも容赦なく風雪が入り込んでいた。

 柚花の後ろにはマタギの老人が多少疲れた様子で腰を下ろしている。どうやら彼も、桃子を助けるのに一役買ってくれたようである。

 そして横たわる桃子を上から覗きこむのは、愛すべき後輩、柚花である。

 

「ニムさんの魔石があって良かったですよ。先輩ったら、頭からすごく血が出てたんですよ? 目覚ましにもなるなら一石二鳥ですね」

 

 どうやら先ほど桃子に振りかけられた水は、柚花がニムから受け取っていた癒しの水のようだ。

 柚花の手には、見覚えのある魔石が握られている。目覚まし代わりに水を振りかけるのはどうかと思うが、実際にそれで目が覚めたのでなんとも言えない。

 しかし、桃子はそんなことよりも、柚花の顔を見て驚愕した。

 

「柚花?! その眼、どうしたの?! なんで……?!」

 

「あはは、ちょっとばかし、【看破】で眼を使い過ぎました。残念ながら、ニムさんのお水でもどうにもならなかったので、多分これは怪我じゃなくて魔法的なものだと思いますよ。大丈夫です、意外と苦しくないですから」

 

 柚花の左目は、真っ白に凍り付いていた。

 これは桃子でもわかる、これはただの凍傷やそういうものではない。魔物による魔法。氷結の呪いだ。

 桃子は慌てて起き上がり、柚花にしがみつく。今すぐにでも治療して欲しい。治す手立てが分からなくても、見ているだけで辛い。

 だがしかし、柚花はそれよりも先に言葉を続ける。

 

「先輩……どうやら私たち、選択肢を間違えちゃったようですね」

 

 

 

――『護り手と縁ある乙女を集めよ さすれば 永き夜の終焉を示す選択肢が現れん』

 

 

 ツインペアーの語った選択肢の一つは、原因となる魔物の討伐。

 桃子たちは、これに失敗したのだ。

 

 巨大な氷のゴーレムは、原因たる魔物ではなかった。先ほど湖畔の先に見た巨大な人影。ゴーレムなど比較にならないような大巨人。あれこそが、真の悲劇の元凶。

 だがしかし、いかな前向きな桃子でもわかる。

 あんなものは、倒せない。

 この選択肢は、完全なる間違いだった。

 

 残る選択肢は二つ。

 二つ目の選択肢は、コロポックルを復活させること。

 三つ目の選択肢は、別な護り手を擁立させること。

 

 

 

 

「柚花、私ね。夢をみたの。きっと、この衣装の、コロポックルの女の子が見せてくれた夢」

 

 桃子は、先ほどの夢で確信したことがある。

 自分がこのダンジョンに呼ばれた理由。それはやはり、コロポックルの少女の意思を継いで、このダンジョンを救うためだ。

 そしてそれは、魔物を倒すことではなかった。

 

「どんな夢だったんですか?」

 

「三番目の選択肢の答え、かな? 私が、新しい護り手を生み出す夢。今ならわかるよ、私がなんで呼ばれたのか」

 

 三番目の選択肢『別な護り手を擁立させること』。

 それは、ティタニアをこの地に呼び寄せることだと思っていた。しかしそうではなく、この地に新たな護り手を生み出す、ということで良かったのだ。

 

 コロポックルの少女が、何十年もかけて守護し、育てて来た氷の花。そこに住まう、子供たち。

 桃子は、その最後の一押しを託されたのだ。

 桃子の持つ【創造】は、いつだって最後の一押しを手助けする力なのだから。

 

 しかし、そんな桃子の言葉を聞いて、柚花がなんだか首を傾げつつ、しかしすぐに笑顔を浮かべ。

 

「……奇遇ですね。私も先輩が寝てる間、二番目の選択肢の答えが分かったんですよ」

 

「え……?」

 

 二番目の選択肢『コロポックルを復活させること』。

 桃子が眠っている間に、目の前の後輩はその答えを見つけたという。これには流石に、桃子もびっくりだ。

 ならば、今の自分たちがするべきことは……どっちだ? 桃子は困惑した。

 

「先輩、大丈夫ですよ。答えは一つじゃなくて『どっちもやる』でいいじゃないですか。そのほうが、絶対いいですもん」

 

「あはは、そうかも。選択肢三つのうち二つが正解。私たち、三分の二で間違っちゃったんだね」

 

 テストだったら赤点だね、と小さく冗談を付け加えて、笑い合う。

 外は瘴気の渦。湖畔の向こうからは、ゆっくりと、ゆっくりと、大巨人が近づいてきている。あれがこちらへやってくるのも時間の問題だろう。

 だがしかし、桃子には何の不安もなかった。まるで、答えを知っているテストに向き合うかのような気持ちだ。

 

 桃子は立ち上がる。何故だかいつもの三つ編みがほどかれていて、緩やかなウェーブのかかった栗色の髪が暴風に靡くが、それを気にしている場合ではなさそうだ。

 既に扉のない玄関から先を除けば、初日に見た木は倒れずに立っている。

 

「柚花。あそこの木には、まだ妖精の子供たちはいる? あの花は、コロポックルの女の子がずっと、最後の力で守ってくれてたみたい」

 

「ああ、そういうことでしたか。やだな、答えは目の前にあったんですね。大丈夫、今もフワフワ集まってますよ」

 

 桃子に聞かれて、柚花もそちらに視線を向ける。破れた玄関の更に向こう。まだ倒れずに立っている、一本の木。

 あれは、初日に柚花と桃子が見た場所だ。

 あの木の根元には、氷の花が咲いている。そして、氷の花に集っているのは、妖精になる日をずっと待ち望んでいた、小さな光たち。

 その子たちの進化の後押しをするのが、桃子の得た答えだった。

 

 柚花が残された右目に魔力を込めると、木の根元には小さな光たちが舞っている。まるで全てわかっていたかのように、光たちがそこで、桃子を待っている。

 

「あの子たち、ずっとあそこで待ってますから。先輩の、出番です」

 

 永き夜の終焉を示す選択肢の答え。

 姿すら失ったコロポックルの少女が、この衣装に残った最後の力だけでどうにか守り抜いたもの。それは、小さな氷の花と、そこに集まる光たちだ。

 彼女たちが妖精の姿へと進化したならば、それは新たなる護り手となるのだろう。

 

 

「先輩、気づいてました? ドワーフも、人魚姫も、座敷童子も。デビューは配信動画なんですよ。コロポックルだけ、まだ動画が存在してないんです」

 

「あ、そっか、それが足りてなかったんだ。草の根作業よりも、動画配信すればよかったのか。じゃあ……ちゃんと、可愛く撮影してね?」

 

 桃子が【創造】をするために足りなかった最後のピース。それは、配信だ。

 配信に伴う、数百、数千、数万以上の人々の想い。それが【創造】に足りない要素だった。

 

 柚花は、まだ壊れていないのを確認すると、配信カメラを桃子へと向ける。

 ドローン機能はさすがに壊れてしまったようだが、その手で持てば今すぐにでも動画を撮影することは可能だろう。

 今は、桃子の【隠遁】が封じられている為、コロポックル衣装の桃子の姿は、はっきりとカメラに捉えられることだろう。

 

 瘴気の嵐が吹き荒れているのでどうなるかは分からないが、通信が繋がりさえすれば生配信も可能なはずだ。

 カメラを準備する柚花と眼を合わせて、互いに頷きあうと、桃子は吹雪の中に踏み出した。

 結局のところ、氷の花も、動画撮影も、気づきさえすれば初日から可能だったのだ。やりようだって、いくらでもあったはずなのだ。

 その答えに気付くのに随分と回り道をしてしまったものだと、桃子は自分の判断ミスに小さくため息をついてしまう。

 

 吹雪のカーテンの向こう、湖畔の中央には、巨人の姿が見える。湖畔の中央で、巨人は立ち止まっている。

 だがしかし、今はあなたに用はない。

 

 桃子は巨人の影を一瞥すると、吹きすさぶ吹雪の中に足を踏み出し、一つの木へと向かっていくのだった。

 

 

 

「さあ、おじさん。ドローン壊れちゃったんで、端末持つの手伝ってくださいね。配信者タチバナ、一世一代の奇跡の生配信を撮りますよっ」

 

 柚花もまた、端末が動くことを確認し。

 マタギの親方を巻き込んで、ももポックル作戦のクライマックスへと、取り掛かるのだった。

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