ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子が『パイカラ』のロビーで意識を取り戻すよりも、多少時間を遡る。
湖畔の向こうに現れた謎の巨人の放った衝撃波により、氷のゴーレムと戦っていたメンバーは各々吹き飛ばされてしまった。
だが、ゴーレムの足元にいたマグマとえあろの二人は、ゴーレムの身体を防壁とすることで衝撃に耐え、身を守ることが出来た。
そして、衝撃の波が収まると同時に、それまでピクリとも動かなくなっていたそれが、再び起動を始める。
氷のゴーレム。湖畔の向こうに見える巨人と比べれば大したサイズではないが、それでも人間が戦うには巨大すぎるその氷像が、マグマたちを排除しようと再び動き出した。
桃子のハンマーの一撃によって頭部と右腕を吹き飛ばされてもなお、残された左腕を振り上げて、足元にいる人間たちをその拳で捉えようとする。
「えあろ、避けろ!」
「きゃっ?!」
いち早くそれに気づいたのはマグマだった。
先ほどまでは動かなくなっていたマグマの腕も、えあろに強引に飲まされた薬草の効果か、痛みが大分治まっている。
まともに動くかと言えばさすがに不安が残るが、痛みが戦いの邪魔をするよりは遥かに楽だった。
マグマはえあろを半ば突き飛ばすように押しのけて、己もギリギリでゴーレムの振り下ろされた拳を回避する。
地面が割れ、雪や氷が激しく飛び散る。
「っつぅ……この野郎、まだ動きやがるのか!!」
「ま、マグマ?! 無理よ、逃げましょうよ! その腕じゃ無理よ……!!」
マグマのお陰でゴーレムの凶腕から逃れたえあろだが、しかし彼女の表情は冴えない。
彼女の目の前には、ボロボロになった身体で、右腕一本で炎の剣を構えるマグマの姿があった。
先ほどまでは他の仲間もいて、マグマたちも魔力にはまだ余裕があったから勝負にはなっていた。
しかし今はどうだ。
動けるのはマグマだけ。自分の魔力にも限界が来ている。勝てるわけがない。死んでしまう。えあろはそう判断する。
事実、氷のゴーレムとマグマが平等に片腕のハンデを得たとして、どちらが有利かなど火を見るまでもなく明らかだ。
せめて、先ほどの風の妖精の魔力が、100分の1でもえあろの中に残っていればと思うが、あの魔力は残さず主たるコロポックルのもとへと行ってしまった。自分の元にはすでに残っていない。
「勝てねえかもしれないが、そういう問題じゃねえんだよ! 俺は! お前を守るって決めてんだよ、だから守らせろ! お前は今のうちに逃げやがれ!!」
「マグマ……」
えあろに何を言われようが、マグマは退かない。
えあろは接近戦は出来ないし、残念ながらゴーレムの攻撃を避けながら戦うという芸当は、魔法使いとしての技術を主なものとしている彼女には難しい。
だから、えあろを無事に逃がすためには、誰かがゴーレムの囮になる必要があるのだ。
マグマは迷わず、その役目を買って出た。
しかし、その熱い覚悟があったとしても、現実というのはそう簡単なものではない。
半身を失ったはずの氷のゴーレムだが、しかしそれで弱体化したわけではなかった。むしろ、吹き荒れる瘴気が強くなったことで、腕を振り下ろす速さが先ほどまでとは違う。
避けられない。
マグマは眼を見開き、己に振り下ろされるその巨大な拳を睨みつける。
すると、時間が止まったかのように、その拳の動きが止まって見えた。
いや、その巨大な拳がマグマの寸前で、目の前で、確かに静止していた。
「やれやれ。その精神は立派ですが、命を無駄にするような真似は感心できませんね」
その拳の裏から出てきたのは、執事姿の爺や。彼が、ゴーレム胴体に緑色の何かを貼り付けることで、ゴーレムが動きを止めたのだ。
緑色の何か。よく見ると、それは植物の葉だ。針葉樹しかないこのダンジョンでは入手できそうにないが、しかしそれは、葉だ。緑色をした、葉っぱだ。
そしてそれを為した爺やであるが、挙動がおかしい。いや、爺やの挙動というよりも、その姿そのものがぼやけていく。
瘴気の風の中で、爺やの姿が蜃気楼のようにぶれていく。僅か数秒後には、既にそこには爺やの姿はなくなっていた。
爺やの代わりにそこにいたのは、人間大の巨大な狸。
両の腕と脚だけが黒く変色し、痛々しい火傷のような痕になっている化け狸。
その姿を、えあろとマグマは知っていた。
「爺やさん……じゃない、あなた……まさか」
「おま、狸……クヌギか?! な、なんでここに?!」
「やれやれ。まさか変化が解かれるとは想定外ですが………夕凪との約束を、守りに来たんです」
クヌギ。
マグマたちの新たな弟子である、ポンコの父親。
そして、香川ダンジョンにて魔物たちを操り、マグマたち四天王を亡き者にしようとした首謀者である化け狸である。
とはいえ、マグマたちは知っている。彼は、瘴気に心を乗っ取られていただけなのだ、と。愛する妻を亡くした無念に付け入られ、香川ダンジョンの深淵に潜む邪悪なる蜘蛛、牛鬼に利用されていただけなのだ、と。
ポンコとともにどこかへ消えていったクヌギとはその後、言葉を交わすことも、互いに出会うこともなかったのだが、彼が本当の意味では敵ではなかったことはマグマたちも知っていたのだ。
だが、思いもよらぬ場所での再会に、マグマとえあろは言葉が出てこない。
実は、マグマたちの知らないことであるが、クヌギは現在は桃の窪地と呼ばれる新ダンジョンにて、深援隊の新メンバーとしてダンジョンの管理役を務めている。
それを知っていれば、爺やがクヌギだとは気づかないにしても、クヌギについてオウカに話を聞くことも出来たのかもしれない。
そのクヌギだが、彼は「夕凪との約束」と口にする。
彼の亡き妻である夕凪は、マグマたちにとっては友であり、弟子であり、師匠だった。今でもずっと、尊敬している女性だった。
――あっちの子たちも、助けてあげて……あれでも、仲間……。
クヌギの脳裏に、死に際の夕凪の声が響く。
あの時は、瀕死のマグマ達を前にしても尚、その頼みを聞くことは出来なかった。
「あなたたちを助けてあげて欲しいと、頼まれていたんです。その約束を、今度こそ……ぐっ……げほっげほっ」
「ちょ、クヌギさん、あなた大丈夫なの?!」
目の前の化け狸が唐突に苦しそうに咳き込むと、えあろが駆け寄りその背中をさする。人間と身体構造が違いすぎるので、こういう場合はどう対処すればいいのかわからない。
そういえば、夕凪の夫であるクヌギは、もとから非常に身体が弱かったとポンコからも聞いている。
爺やに変化している間は老体の衰えを理由に屋外へ出ることはなかったが、もしかしたら本当にクヌギの身体はこの極寒のダンジョンでは厳しいのかもしれない。
「大丈夫では、ありませんね……術も持って、あと30秒……ですか」
「……そんだけ止まってくれりゃ、十分だ。えあろ、サポート頼むぜ!」
氷のゴーレムの動きを止めているのは、化け狸の術だろう。過去に夕凪にも見せてもらったことがあるし、最近はポンコも同じ術を使うことがある。
さすがに巨大な特殊個体となると1分も止められないのかもしれないが、マグマにはそれだけあれば十分だった。
拳を振り下ろした姿勢なため、ボロボロの上半身にも刃が届く。恐らく、残された核は左胸。人間で言えば心臓のあたり。
「マグマ、さっきコツをつかんだ魔法があるのよ! これが最後のサポートよ、【風走り】!」
えあろは残りの魔力を振り絞り、風の魔力を発生させる。
スクロールで正式に魔法スキルを習得したわけではない。けれど、あのときの、風の魔力の神髄に触れた感覚は身体が覚えていた。
妖精の魔法とまではいかないが、マグマの両足に、えあろの優しい風の渦が発生する。
「おっ?! 身体が軽ぃな! これならいけるぜ、デカブツ、お前のその丸出しの核に、炎をたっぷり食らわせてやらぁ!! いま必殺の、炎・神・――」
「炎城寺マグマ、さっさとしろ!」
「マグマ、ここでふざけないで!!」
この期に及んで必殺技の口上を語りだしたマグマに、クヌギとえあろから容赦のない叱咤が飛ぶ。
「あー!! うらぁあっ!!!!」
技名を途中で止められてしまったマグマは、そのやり場のない悔しさも炎の剣に乗せ。
装甲の剥がれた氷のゴーレムの左胸に深々とその灼熱の刃を突き刺し、内部から炎熱で焼き尽くした。
「クヌギ、手を出せ。握手だ。新しい仲間と、初めての共闘祝いの、な」
氷のゴーレムは、末端から煤へと帰っていく。この巨大な敵は、もう動くことはない。
その消え行く巨体の下で、マグマは人間大の大狸姿のクヌギに右手を差し出している。
「僕は今、もう満身創痍なんですがね」
「ポンコちゃんよりも毛皮が硬いのね……」
クヌギは、その獣じみた右足――いや、右手を差し出して、マグマの握手に応じる。
マグマは一人で熱い握手をしているが、クヌギはもはや握手もしんどいようで、その右手にも力がない。
なお、えあろは無遠慮にクヌギの毛皮を撫で始めている。
「なあ、他の連中はどうなった? あの巨人、どうすりゃいい?」
氷のゴーレムは撃破した。
しかし、湖畔の向こうから迫ってくる桁違いの巨人は、さすがのマグマでも勝てる気がしない。
マグマは、今後の方針をクヌギに委ねる。彼は魔法生物で、曲がりなりにも香川ダンジョンの護り主である化け狸の長の血を継ぐものだ。いまのマグマたちよりも、よほどこの状況を正しく理解しているだろう。
「それは、きっと大丈夫ですよ。僕よりもずっと強い存在が、人間の味方として紛れ込んでいますから」
しかし、クヌギはまるで、なにも心配いらないとでも言うように。
まだ消えずに残っているゴーレムの脚に寄りかかり、安心したようにその身を休めるのだった。
その頃。妖精の国の花畑にて。
桃子たちの異変を察知したヘノとニムが、女王ティタニアの元へと駆け出そうとしていたのだが。
『アナタたち、本当に女王の娘なノ? もっと落ち着いたらどうかしらネ』
「ポンッ?! ど、どなたっすか?」
「誰だ。見たことない妖精だな。なんだか女王に似てるな……?」
「うぅ……」
ヘノたちに声をかけたのは、見知らぬ妖精だった。
ティタニアと同様に、大きな蝶の羽根をつけた妖精だが、その大きさはヘノと同等くらいだろう。赤い艶やかな髪の、華やかな妖精だった。
そして、その身体はうっすらと透けていた。ヘノはその言葉を知らないが、まるでそこに姿はあれど実体のない、ホログラフのような姿である。
さすがのヘノも、見たことがない相手とは言え妖精相手にツヨマージを抜くことはなく、怪訝そうな視線を向けるに留まっている。
『私は、言付けを伝えに来たのヨ。女王……ううん、ネーレイス様からのネ』
「ネ、ネーレイス様……? うぅ、そ、その方が私たちに……な、何を……?」
「すまないけど。今は。それどころじゃないんだ。話なら。今度にしてほしいぞ」
『待ちなさいヨ! それでもツヨマージの所有者なノ?! モモコさん、ユカさんは大丈夫だから、話を聞きなさいよネ!』
用件も聞かずにさっさと立ち去ろうとするヘノに、その赤い髪の妖精もいきり立つ。彼女はどこで知ったのか、ヘノが神槍ツヨマージの現所有者だということを知っているらしい。
だがしかし、ヘノたちの気を引いたのは、そこではない。
「おい。桃子は大丈夫なのか? お前の言う。ネーレイスとかいうのは。桃子の知り合いなのか?」
「ゆ、柚花さん……だ、大丈夫、なんですか!?」
ヘノもようやく、赤い髪の妖精の言葉に耳を貸す気になったらしい。
ニムは縋るようにその赤い髪の妖精を見て、ポンコはポカンとして妖精たちのやり取りを眺めている。
『場所は、調理室のあたりヨ。そこで待っていれば、そのうちヴェールが開くわヨ。だから、待ってなさいネ!』
「おい。お前。何消えようとしてるんだ。まだ話は終わってないぞ」
「うぅ……この方、身体が消えていってますよぅ……?」
『私は、今回はただのメッセンジャーなノ。だから……あとは、任せるわネ、ティタ』
赤い髪の妖精は、最後にヘノたちではなく、その背後に向かってにっこりと微笑むと、その場から溶けるように消えてしまった。
どうやら、本当に何かしらの魔術で作られていた姿らしく、用件を伝えると同時に役目を終えてしまったようである。
ヘノたちが背後を振り返ってみると、そこにはヘノたちの母親である、妖精女王ティタニアがいた。
「ええ、分かったわ。相変わらず、騒がしいわね……あなたは」
女王が、砕けた口調でヘノたちの知らない妖精のことを口にし、既に誰もいなくなった空間を見つめたまま、瞳を潤ませていた。
ヘノとニムは困惑し、ポンコはただただ、ポカンとしていた。