ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
イリアの精神は、冷たい闇の中を漂っていた。
突然の衝撃に飛ばされて、どうにか受け身を取り致命傷は避けたものの、そこで魔力が尽きてしまったのだ。
そこから先の記憶はなく、気づけば暗い闇を漂っていた。
「さて、レディの心臓はしっかりと動いているようだ。あとは温めておけば大丈夫でしょう。凍える魂に灯を与えん――【癒しの火】」
冷たい闇の中を漂っていたイリアの意識に、どこからか男の声が届く。
それと同時に、闇の中に橙色の暖かい光が生まれて、イリアの意識はその光へと近づいていく。
そこは暖かく、それまでただの意思体でしかなかったイリアは、自分が肉体を持つ人間だということを思い出し。
そして、薄らと、その瞳を開く。
「イリア、眼を覚ましたか……?」
「アカヒト、無事です。ただ、もう身体は動きません。ここは……天国ですか?」
眼をひらくと、視界に映るのは自分を覗き込むアカヒトの顔。
先ほどまで吹雪の中にいたはずなのに、今は風も吹いておらず、焚き木かなにかのような、暖かい光でアカヒトの顔がオレンジ色に照らされている。
「天国ではないぞ。もちろん地獄でもないが……。どうやら、俺たちは彼に助けられたようだ」
「お二人とも流石は深潭宮へと挑む探索者だ。回復もなかなかに早くてなによりですね」
「ツインペアーさん?! 一体なにが……ぐっ」
アカヒトの後ろから聞こえた声は、仮面の男ツインペアーのものだ。ツインペアーは、その手に魔導書のようなものを持っている。
イリアは彼に話を聞くため、起き上がろうと力を入れるが、だがしかしその途端に全身に強烈な痛みが走る。
「ふふふ。無理はしないほうが良いですよ、レディ。先ほどまで心臓が止まりかけていたのを無理やり蘇生したばかりですから、動かないでください」
「し、心臓が……?」
「俺も目を覚ましたのはつい先ほどだが、どうやら彼の魔法によって、俺たちはかなり危ない状態から助けられたらしい。実は俺も、こうして座っているのが限界で、これ以上は動けない」
「魔力の枯渇です。あなた方は【環境耐性】というスキルにより冷気から守られていましたが、そのスキルを常時発動させるのにも、魔力は消耗していたんですよ。魔力が枯渇すれば、ただの人間の身体ではこの瘴気の渦の中では5分と持たないので、ご注意を」
アカヒトの横には、不思議な火の玉が浮いている。とても暖かく、その光に照らされているだけで、冷え切った身体から疲労と苦痛が消えていくように感じる。
これは言うまでもなく、自然にあり得る炎ではない。魔法による癒しの炎だ。
そしてようやく気付いたのだが、イリアが寝かされているのは湖畔のふもと。まだ瘴気の風が吹く待っただ中の湖畔の先には、100メートルを越えようかという巨人がゆっくりと、こちらへ近づいてきているのが見える。
イリアたちが吹雪の風を受けていないのは、自分たちを囲っている薄い光の壁のようなものがそれを防いでいるからなのだろう。これもまた、ツインペアーの魔法だろうか。
「ツインペアーさん、あなたは一体……」
イリアは寝たままツインペアーに問いかけるが、ツインペアーはこちらを向いていなかった。気づけばいつの間にか、彼の手から先ほどの魔導書は消えている。
その視線の先に存在するのは、巨大な人影。まるで水たまりを踏み抜くようにして湖を踏みしめて、ゆるりと近づいてくる巨人。
「そうですね。あなた達には、真相を知る観客となって頂きましょうか。僕の……いえ、私のツインペアーという名には、三つの意味があります。ひとつ目の意味は、一対の双子。互いに消え去る間際の残滓となっても尚、この地を護り続けた一対の双子に、私は敬意を表します」
ツインペアーが語りながらマントを翻すと、それは幻のように姿がブレて、別な生地が姿を現わす。白い布地に、鮮やかな赤い染料で独特の紋様が刺繍されている。
イリアとアカヒトは、それに見覚えがあった。それは『パイカラ』のロビーの絵画に描かれていた、コロポックルの衣装である。
ロビーに置かれていた衣装がコロポックルの少女のものならば、ツインペアーがマントのように羽織っているものは、コロポックルの少年のものだった。
あの絵に描かれたコロポックルの子供二人は、まるで双子のように顔立ちが似ていた筈だ。
「『彼』はこの湖畔の底で、三十三年もの間、アレを封印する鍵となっていました。誰もそれを知らない、賞賛もない、孤独な戦いです。しかしそこに私という、『彼』の意思を継ぎ、アレを消滅させ得るパートナーが現れた」
コロポックルの羽織を纏ったツインペアーが、イリアたちへと向き直る。
そのマスクの奥にあるのは、深海のように暗く蒼い瞳。イリアはその色に、見覚えがあった。
「時を同じくして『妹』の方も、己の力を託せるパートナーを見つけました。そして、二組の鍵を握るペアが生まれた。それが二つ目の意味ですよ。最後の三つ目の答えは、あなた方にはわかりませんから、割愛しますが」
ツインペアーがそこまで語ると、今度は彼の姿が幻のようにブレる。
そしてそこには、既に仮面の男はいなかった。そこに居るのは、少女であった。
闇色のドレスの上に、白いコロポックルの衣装を羽織っている。闇を纏うような漆黒の髪。深い、深い、海の底のように蒼く暗い瞳。
イリアは、その姿を知っていた。いや、前に目にしたときには彼女は小さな妖精で、黒い蝶の羽根を背負っていた筈だ。
だがしかし、それでも、見間違えるわけがない。
「ま、まさか……魔女さま……!!」
「なっ……?!」
イリアの言葉にアカヒトも、突如現れた少女――ツインペアーの正体に目を丸くする。
魔女たる少女は二人に少しだけ視線を向け、微笑んだ。
「イリア。私との契約の途中でその命を散らすなど、許しませんよ。そしてアカヒト、あなたの命も私の所有物。このような場所で無駄に散らすことは許可しません」
深海の魔女は、二人ににっこりと微笑みかけるが、しかしイリアとアカヒトは言葉が出なかった。
いや、何か言葉を発しようと思っても、口が動かないのだ。これはこの魔女の魔法の一つなのか、それともただ単に、圧倒的格上の存在に、イリアとアカヒトが動けなくなってしまったのか。
そんな二人の反応に満足したのか、深海の魔女は楽しそうに目を細める。
「ふふふ。ミステリアスな仮面の男の役は、とても楽しかったですよ。そうですね、折角ですしあなた方はこの特等席でご覧ください。一人のコロポックルが三十三年もの間、水の底で封じて来た邪悪なるモノ、霜の巨人が滅びる様を」
そうして、魔女は己の頭にコロポックルの少年の頭巾を被り。
最後に、イリアとアカヒトの目をみて、付け加える。
「せめて、あなた方くらいは英雄たる『コロポックルの少年』を賞賛し、覚えていてあげてくださいね。ああ、これも本として残して貰いましょうか」
羽衣も含めて、魔女の羽織るドレスに似合うものではなかったが、しかしコロポックルの羽織とコロポックルの頭巾、双方を装着することで、ようやくその姿が一つになった気がした。
イリアとアカヒトの瞳には、そこには魔女しか見えていない。だがしかし、この場にはもう一人。そこのコロポックルの少年が存在しているのだと、不思議と理解することが出来た。
「では、『妹』のほうもちょうど良いタイミングですし。私もようやく炙り出せたあの忌々しい霜の巨人を、華々しく散らして差し上げましょうか。提示された条件は、全て攻略するに限りますからね」
そして、こともなげに深海の魔女はその場からふわりと浮き上がり、蒼い光を纏う。そしてそのまま、湖畔の中央へと近づいてきた巨人の元へと、空を駆けていく。
それはちょうどペンション『パイカラ』にて、新たな護り手を生み出すために、桃子が。そして、コロポックルを復活させるために、柚花が。
それぞれの役目を果たそうと動き出すのと同時であった。
ペンション『パイカラ』。
扉が吹き飛ばされたその玄関口から、ほんの20メートルほど進んだところには、それはある。
桃子は吹雪の中、コロポックル少女の衣装に身を包み、目的地――氷の花へと、一歩、一歩と進んで行く。
「貴女が、ずっと長い間、この花を育ててくれたんだね。ありがとう、お陰でみんな、助かるよ」
誰に話すわけでもない、独り言。いや、魂というものがあるのならば、いまこの場に居るであろう一人の少女へと、桃子は話しかける。
33年前。コロポックルの少女は、若かりし雪村を助け出して力尽き、その身は消失してしまった。
だけれど、彼女はまだ、消えてはいなかった。
永い、永い間。この日、このカムイダンジョンを救うための布石として、小さな魔法生物たちの力の拠り所となる氷の花を育て続けていたのだ。
己の意思を、ただ残された衣服に宿したまま、この日を待っていたのだ。
いま思えば、最初にこの頭巾を装着した時から、彼女はずっと桃子と共に居た気がする。桃子の中にあった安心感も、勇気も、様々な感情が、桃子とコロポックルの少女、二人のものだったのだ。
「私ね、【創造】ってまだ使いこなせてないし、原理もよく分かってないんだけど。今回は大丈夫だよ、あなたがずっと護ってくれていた子たちがいるなら、【創造】は最後の後押しをするだけ。だから、安心してね」
桃子は、木の根元に顔を見せている氷の花を、覆うように、護るように、その小さな両手を当てる。
そして、ソウゾウする。
夢の中で見た、白い氷の花が咲き誇る、美しい湖畔と、緑色の平原。
そこで笑い合う人々と、そしてその白い花々と共にある、氷の妖精たちの姿。
きっと今、遠くから見ている柚花には視えているのだろう。桃子の魔力と、そして桃子が所有する魔石に残る、ティタニアとヘノの魔力が、混じりあい拡散していく。
この吹雪のダンジョンの各所に顔を覗かせた、氷の花の元へ。
そして、氷の花へと集う、成長の時を待っていた妖精少女たちの元へと。
そして、約束された奇跡は起こる。
「こんにちは、美少女探索者のタチバナでっす! ……えっと、今は朝なのかな? もう朝日は昇ってるのかな、ここからじゃわかりませんけどね」
桃子が氷の花の前で屈みこんでいるその時、柚花もまた自分の役目を果たしていた。
ドローンカメラは既に死んでいるが、端末についているカメラはまだ動く。
マタギの親方にカメラを任せて、柚花はそのカメラの前で、明るく、皆を力づけるように、恒例の挨拶をする。
「今現在、生で配信を見てくれてる人がどれ程いるのかはわかりませんが、こんな早朝からごめんなさい。実は知っている人もいるかもしれませんけど、摩周ダンジョンはいま大変なことになってます。御覧の通りですけどね」
恐らく、カメラの画角には、扉や窓の吹き飛んだ『パイカラ』のロビーが映り込んでいるだろう。
吹き付ける氷雪も。瘴気を纏う、どんよりとした雲も。全てが映り込んでいるだろう。
柚花の白く凍り付いた左目もまた、世界に発信されてしまっているだろう。
そして、遠くから近づいてくる、人ならざる巨人の姿も映り込んでいるだろう。
「でも、大切な配信です。奇跡を、信じて欲しいんです。このダンジョンを、今なお守護し続けてくれているコロポックルの力を、皆にも知って欲しくて配信してます! おじさん、カメラはあっちに向けてください!」
マタギの親方が、慣れない手つきでカメラの向きを変える。恐らく一瞬だけ親方のドアップが配信に写り込んでしまったが、それはそれで視聴者の皆の話題になることだろう。
親方はカメラを外の、氷の花に手を添えるコロポックル少女へと向ける。
「皆さん。奇跡は、あるんだって、信じて欲しいんです。摩周ダンジョンは……ううん、カムイダンジョンの永い夜は終わり、今ようやく、朝を迎えるんです」
その配信は、奇跡を捉えていた。
それは時間にして、たった数分の配信である。
吹雪の中、ひとり佇むコロポックル少女を中心に、明るい、お日様のような光が広がっていく。
光は雪を溶かしていく。雪解けを迎えた大地に、緑が蘇っていく。
そして同時に、湖畔に存在していた巨人が、苦悶の雄たけびとともに消滅していき、それまで吹き荒れていた吹雪が消失していく。
最後に一陣の風が吹き、青い、青い花びらがゆるりと、空から降り注ぐ。
大地には白い花が咲き始め、それはみるみるうちに、広大な花畑となる。そしてそこに映るのは、先ほどのコロポックルの少女と、その周囲を飛び回る、白い光を放つ妖精の少女たちだ。
そして、コロポックル少女の元に、緑色の光を放つ妖精が真っ直ぐに飛んできたところで、画面にはノイズが走り、映像は何も映さなくなる。
配信はそこで、終了した。
この映像は瞬く間にネット上で広がっていき、摩周ダンジョンの、いや、カムイダンジョンの奇跡を、人々に知らしめることになる。