ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
マイクロバスが、ゆっくりと銀世界の中を走る。
「いやあ、それにしても大変な二泊三日でしたね、先輩」
「うん、本当。しばらくは、気楽な房総ダンジョンでまったり過ごしたいよ」
今回の騒動は地上ではそれなりの話題となっているらしく、ギルドのマイクロバスは今回の英雄たる探索者たちをメディアや野次馬から守るべく、かなりの大回りルートで空港まで向かってくれている。
なので、空港まではまだまだかかりそうだった。
桃子と柚花は、摩周空港からダンジョンへと向かった時と同じ座席に座り、背もたれに身体を預けて、ふぅー、と大きくため息をつく。
それくらい、今回は疲れた。
今日は早朝からの大決戦で、既に朝から疲労困憊だったのだが、それからもなかなかに大変であった。
湖畔のふもとには氷の花が咲き乱れ、新たに少女の身体を得た妖精たちが楽し気に飛びまわる姿はとても美しかったし、摩周ダンジョン――いや、カムイダンジョンをずっと苦しめて来た悪意が去ったことを実感できた。
が、何が大変かといえば、それからの後始末である。
まず柚花だが、結論から言うと、光の加減次第では左目だけが銀色に見えるという、ちょっとしたオッドアイのようになってしまった。
左目を凍らされてしまった柚花はニムに連れられて急いで妖精の国へと足を運び、そこで癒しの力を持つニムやルイ、そして女王ティタニアの助力により無事に氷結の呪いを解くことが出来た。
後遺症という意味では左目の色合いが少々変わってしまったが、しかし健康上の問題は無し。柚花が無事に帰ってきた時には桃子も安堵のあまり泣いてしまった。
その後は、治癒魔法のエキスパートたるオウカにも左目を見て貰ったが、オウカの見立てでも健康上の問題は無いだろうという判断が下された。オウカも柚花の瞳が凍りついているのを例の動画で確認していたようで、それを短時間で治癒させた妖精の力には感心しきりであった。
その柚花の相棒たるニムは、オウカが診察している最中にもそれはもう泣いて、騒いで、何があっても柚花から離れないという勢いだったのだが、どうにか皆の説得で渋々柚花から離れてくれた。
流石に、泣きわめくニムを連れて地上に帰るわけにもいかない。診察していたのが桃の窪地の一件でニムと既知の間柄であるオウカだったから良いものの、普通の病院で妖精に喚かれたらそれこそ大騒ぎになってしまう。
そして桃子。
なんだかんだであの後【隠遁】の効力が戻ってきたので、えあろやマタギの親方にあれこれ追及されるようなこともなく、その点は助かった。
しかし問題は桃子ではなく、共に居る妖精たちである。
コロポックルのあとを継ぎ、ダンジョンの護り手として誕生した氷の花の妖精たち。彼女たちが、ヘノから離れてくれないのだ。
しかも、人間たちに対する警戒心なども薄く、『パイカラ』の人々や探索者のメンバーが表に出てきても、彼女たちは隠れようともしない。
桃子とて、『パイカラ』の人々が妖精たちに害意を持つようなことはないと分かってはいるけれど、さすがに今後もこの調子では不味い。
また、妖精たちが纏わりつくのでヘノの存在も目立ってしまい、バレバレである。
そしてそれに輪をかけて困ったのが【隠遁】だ。【隠遁】は妖精が共にいると効力が薄くなる性質があるため、ヘノに加えて氷の花の妖精たちまでもが大量に群がってくると【隠遁】がほとんど消えてしまうのだ。
姿が見えるようになるだけでなく、下手をすればゲストメンバーたちが桃子のことを思い出してしまい、そうなったら色々と説明とかが面倒くさいことになってしまう。
これは不味いと、ヘノが小さい妖精たちを引き連れて光の膜へと帰る判断を下すのは早かった。
ヘノは桃子ともっと話をしたかったようだが、「桃子。帰ってきたら。話を聞かせてくれ」と言い残し、小さな氷の花の妖精たちを引き連れて、人間たちから逃げるように妖精の国へと帰っていった。
戦いの間は裏の施設に避難していたペンションスタッフ達、そして昨日の負傷者たち。
彼らは最初、外の光景に驚きで声も出なかったようだ。雪村はあまりの状況に腰砕けになり、緑の芝生に大の字に倒れ込んでしまい、皆に心配されていた。
その後、芝生に仰向けに寝たまま、ただただ泣きながら笑い続ける雪村の姿は、本来ならば感動のシーンだったのだろうが、ちょっと不気味だった。
あと、残念なこととして。
あの夜のメンバーが全員揃う機会は、二度と訪れなかった。
まず、オウカの御付きの爺や。
オウカ曰く「腰を痛めてしまい部屋で療養中」とのことであるが、桃子は本人から聞いて知っている。爺やは化け狸のクヌギだった。魔法生物についてのアドバイザーとして、オウカの家の執事に化けた状態で連れてこられたのだという。
しかしあの瘴気の風で変身を解かれてしまったという彼は、ヘノたちと共に妖精の国へと戻って行ったため、このダンジョンには既に爺やは居ないのだ。
ももポンと同じ原理である。化け狸が他者に化ける際は、その対象本人に触れた状態でないと化けられない。なのでクヌギは、妖精の国を経由して一度桃の窪地に戻り、そこで本物の爺やに触った状態で変身してからまた戻ってこなければならないという、大変面倒臭い事態に陥っていた。これは柚花の診療の間にオウカ本人がぼやいていたことである。
そのような事情があるため、オウカはクヌギの到着を待つため更に1日2日ほど追加で宿泊していくつもりらしい。
ホットワイン飲み放題ですわと本人は喜んでいたけれど、キッチンあたりも衝撃波により滅茶苦茶になっていたので、ワインが無事かどうかは定かではない。
そしてもう一人、仮面の男、ツインペアー。
彼はもう、戻ってくることはなかった。
彼を最後に目撃したのは、イリアとアカヒトだ。二人はあの衝撃波の際にはツインペアーに危ないところを救われたらしい。
そして、その後に続いたイリアたちの証言は、その場にいた全員を驚かせる。なんと、ツインペアーの正体は、コロポックルの少年だったというのだ。
奇しくも、コロポックルの少女が奇跡を起こし、氷の花の妖精たちが新たな護り手として誕生したのと時を同じくして。湖畔ではあの恐ろしい巨人をツインペアーことコロポックルの少年が撃破し、少年もそのまま光になって消えていったのだという。
イリアたちの証言には所々不自然な場所もあり、柚花も怪訝そうな目で見ていたけれど、だがしかしここでイリアたちが嘘をついても仕方がない。
コロポックルの男の子と、コロポックルの女の子。小さな二人の力で、このダンジョンは救われた。
それだけが、確かな事実として皆の記憶に残ることとなる。
「ねえ、えと……タチバナさんのお迎えの、笹川さん、だったかしら。貴女、どこかで会ったことないかしら?」
「奇遇ですね。実は私も、笹川さんにはどこかでお会いした気がするんです」
「うーん、他人の空似じゃないですかね? 珍しい顔じゃないと思いますし」
バスの中で、前の方に座っていたえあろとイリアが、後ろに座る桃子の顔をまじまじと見て、話しかける。
彼女たちの記憶が桃子にとっての心配の種の一つだったのだが、何故だかダンジョンを出た段階で、桃子は「柚花をギルドまで迎えに来た柚花の友達」ということになっていたのである。
これは、コロポックルの少女が彼女らの記憶を書き換えてくれたのか。それとも、別な誰かが桃子のために気をきかせてくれたのか。
はじめは状況が理解できずにポカンとする桃子と柚花だったが、とりあえず誤魔化せるならちょうど良いと思い、その話に乗っかっている。
初日と同様に、イリアとえあろの二人は桃子の姿に見覚えがあるようだが、こういう時は誤魔化すに限る。
「しかしポンコが人間に化けてた姿にそっくりだな!」
「こら、馬鹿マグマ! ポンコちゃんのことをベラベラと喋っちゃダメだってあれほど……!」
そして初日と同様、マグマは口が軽い。
果たして彼にはポンコの秘密を守る気があるのかどうか、桃子もポンコの一人目の師匠としてはその部分が非常に心配である。
「まあまあ、えあろさん。マグマも怪我人ですから、ここは俺が抑えておきますから」
「おお、なんかすまねえなアカヒト!」
「マグマさん、あんまり迷惑かけてますと、えあろさんにそっぽ向かれちゃいますよ?」
そして珍しく、柚花が男性陣のやり取りに声を挟んだ。柚花は基本的に、自分からわざわざ他の探索者に、しかも男性陣に声をかけるようなことはない。
なので、何か意図があるのかなと桃子も少し不思議そうに柚花を見るが、柚花は何やら悪い顔でニヤついている。
桃子がきょとんとしていると、更に意外なのは、声をかけられたマグマの反応だ。
「お、おう……そ、そりゃまあ、困るな。すまないな、えあろ」
驚愕だ。そこには、シュンとなり素直に反省する炎城寺マグマの姿があるではないか。
頬をぽりぽりとかきながら、バツが悪そうにえあろから顔を背けつつも、小さな声で謝罪する。
それはまるで、素直になれない思春期の少年のように見えた。
「何よ、タチバナさんの言うことは素直に聞くじゃない。マグマ、あなたまさか、女子高生に……」
「ち、違ぇって! 俺はだな、同年代が好みなんだよ!!」
そしてこの三日間で聞きなれたうどん職人たちの言い争いに、桃子は眼を丸くした。
というか、流石の桃子とて、こんなやり取りを見させられては、柚花の悪い笑顔の意味くらい察することが出来る。
色恋だ!
「柚花、マグマさんてもしかしてっ、もしかしてっ……!」
「そのとーりです。まあ私は【看破】で初日から分かってたんですけど、イリアさんとアカヒトさんもニコニコして見てるあたり、周囲にはバレバレなんじゃないですかね?」
「えー、私気づかなかったよ?」
「まあ、先輩はそういうのは早いですからね」
年下の後輩に子供扱いされてしまうが、色恋に関しては桃子の人生で殆ど縁が無かったのでグウの音も出ない。
もっと早くから知っていれば、ダンジョン内でももっとあの二人を観察したのになと、今更ながら惜しいことをしたと残念がる桃子だった。
なお、柚花の見立てではえあろも桃子並に鈍いらしい。例えとしては分かりやすい反面、なんだか複雑な気持ちになる桃子だった。
バスの前方では、マグマが静かになったタイミングで、イリアがえあろに話しかけていた。
「そういえばえあろさん。お仲間に作家の方がいるというのは本当ですか?」
「作家? 作家……まあ、作家と言っても漫画とかイラストの方だけど……」
「実は、折り入ってお願いがあるのです! その方に、人魚姫と、そしてコロポックルの双子の物語を作品として世に――」
何やら話は長くなっているようだが、どうやらイリアはえあろの知人に、人魚姫の話の書籍化をお願いしようとしているらしい。
人魚姫のオリジナルである桃子も当然知っていることだが、イリアの役目は『人魚姫の物語を本にすること』だ。その役目こそが、命を救われた代償、魔女との契約である。
わざわざ『本』に拘る意味だけれど、それはなんのことはない、魔女様たるりりたんの趣味活動の一環である。
彼女は【製本】という独自の固有スキルで、本という形状ならば己の魔力でそれを再現することが出来る。なので、コレクションとして、自分が関わった琵琶湖ダンジョンの一連の事件を本にして取っておきたい、というだけなのだ。
りりたんの趣味を人生の目的とされてしまったイリアとアカヒトには少々同情しなくもないが、とはいえあくまで本を作るというだけの話だ。危険なわけでもなく、彼らの人生をすり減らすほどの内容でもない。なので桃子はそれについては黙認している。
そして聞こえてきた話では、知らない間にイリアの目的に『コロポックルの双子の物語』も追加されているようだ。
「コロポックルの双子、か……」
桃子は、己のこの三日間の相棒でもあったコロポックルの少女、パイカラの姿を思い出す。
ロビーに飾られていた絵には、パイカラと顔立ちのそっくりな男の子も一緒に描かれていた。
イリアの証言通りならば、ツインペアーの正体はコロポックルの男の子。つまり、少女パイカラの双子の片割れ、ということになるが……。
「先輩。ツインペアーさんて、コロポックルだったんですかね?」
「んー、イリアさんたちはそう言ってたけど、私ね。多分、それだけじゃないと思うんだよね」
「と、言いますと?」
それだけじゃない。
桃子が知らない場所で、コロポックルの男の子もずっと、長い間ダンジョンを護っていたのだろう。それはきっと、事実なのだと思う。
だがしかし、桃子は思う。コロポックルの男の子にもまた、相棒が居たはずだ。コロポックルの女の子であるパイカラに、桃子という相棒がいたように。
桃子のそんな推理を柚花は不思議そうに聞いている。そして桃子の推理では、その相棒の正体としてとある人物が浮かび上がっていた。
「状況証拠としてはこれ、青い花びら。あと、あの独自の……その、一部の中学生が好みそうな、言い回し?」
「中学生って……まあ、でもツインペアーさんて、そういう感じはしましたけど」
あの時は気にならなかったけれど、巨人が消滅したときに、空から青い花びらが舞い降りて来たのだ。気のせいなどではなく、実際に今も青い花びらが一枚、桃子の手元に残っている。
そしてもう一つの重要なプロファイリング。
ツインペアーという人物像は、あまりにもコテコテ過ぎた。
タキシードにマント、そしてヴェネツィアのマスク。更に彼は、何かとミステリアスなポエムのような言い回しを多用していた。改めて考えると、いくらなんでも独自性が強すぎる。
しかし、桃子はそれと似た雰囲気をもつ人物を知っている。ダンジョン内でガチめの漆黒のドレスを纏い、紅茶を嗜む。魔法を使う時にはオリジナルの詠唱を唱える、必要とあらばノリノリで、ミステリアスな魔女を自称してしまう少女を。
あれは、完全にそっち系の――オブラートに包んで言うと、中学生くらいに多い趣味だ。
そしてダメ押しで、もう一つの推理。
「それに加えてね。英語で『梨』って、ペアーって言うんだよ。P、E、A、R。それで、梨が二つで『ツインペアー』」
「はあ。でも、なんで梨が二つなんですか?」
「漢字でこう……『梨々』って書くとさ。女の子の名前っぽくない? りりちゃん」
「りりちゃん……あー……そういう」
これに関してはあくまで、桃子の思い付きであって、違うかもしれない。
だけれど、仮にそうだとしたら。
ツインペアーという名前は色々と複雑な意味が込められているようでいて、実はただの本名をもじっただけだとしたら。なかなか愉快である。
というか、まあ十中八九でツインペアーの正体はりりたんだろう。
名前はともかく、蒼い花びらで、例の疾患を患っていて、魔物の大ボスより強くて、イリアたちに何かしらの指令を出せる人物。
そこまでの条件に合う存在など、他にいない。やけに魔法生物の生態やらアイルランドのスタンピードやらにも詳しかったが、当事者なのだから当然だ。
「りりたんさ、初日に電話で『いつも通りがいい』って言ってたじゃない? 実際、初日にツインペアーさんが来た時点で、私たちの安全面だけで言えば本当に『いつも通り』を保障してくれてたんじゃないかなって」
「いや、私は片目を失うところでしたし、先輩もかなりの重傷でしたからね? 安全どころじゃなかったですからね?」
桃子ののほほんとした物言いに、柚花は真顔でツッコミを入れる。
柚花とて、ツインペアーが皆を助けてくれたことにはもちろん感謝しているし、そこに文句はない。
だがしかし、彼がいたからこの三日間は安全だったなどとは、口が裂けても言えない。この先輩は、自身が頭から大量の血を流して意識を失っている状況を見ていないからそんなことを言えるのだ。
それに関しては、柚花は目の前の先輩とまたじっくり話し合う必要を感じる。
「まあ、結果的に無事だったしね。終わりよければ、だいたい大丈夫なんだよ」
「先輩、私は騙されませんよ。終わりが良かったとしても、過程が滅茶苦茶だったらテストでは減点ですからね?」
「私、もう学生じゃないからテストの点数関係ないしなあ」
数日ぶりに、地上の日光を浴びながら。
マイクロバスではそんな、探索者たちの楽し気な会話が続いていくのだった。
「ねえ、柚花。春休みになったらさ、また予約して、『パイカラ』に泊まりに行こうよ」
「え、いいですけど……でも、先輩ならもう自由に妖精の国から出入り出来るんじゃないですか?」
飛行機の窓から、北海道の広大な大地が見える。
空から見ると、やはり摩周湖は広大で美しかった。思えば、ダンジョンばかりで外の景色を全然見ていなかったなと、今更ながら桃子は思い出す。
「ダンジョンはそうだけど、ペンションの宿泊客としてもさ、正式に泊まりたいじゃない?」
「そう……ですね、わかりました。じゃあ今度、雪村オーナーに予約しておかないといけませんね」
柚花と、また再びここに訪れる計画を立てる。
桃子だけならば、ペンションの人々に見つからずに内部に侵入することは可能だろうが、別に桃子は建物に侵入したいわけではない。
事件もなく、安全な宿泊を。いや、ダンジョンである以上は絶対安全とはいかないだろうけれど、それでも今回のような騒ぎのない、本来のペンションを満喫したいと思う。
「その時は、蕗も大きく育ってるかな。気づいた? 氷の花の中に、いくつかふきのとうがあったんだよ」
「そうなんですか? やったじゃないですか。例の配信動画、多分ドワーフとか座敷童子以上に広まってますから、次代のコロポックル……蕗の小人たちが誕生するのも時間の問題ですしね」
氷の花とともに、ひっそりと地面から顔を出していたのは、ふきのとう。
ふきのとう、つまりは蕗の花だ。花が顔を出しているということは、地下茎を通じて、蕗そのものが育つ準備をしている、ということだろう。
今は真っ白な氷の花畑になっているけれど、いつの日か、蕗と氷の花が咲き乱れる、白と緑のダンジョンになる未来が来るかもしれない。
「……コロポックルのフキカレーか、うん。悪くないかも」
フキは、食材。じゃがいもは無かったけれど、フキも悪くない。
桃子はさっそく、ふきのとうやフキを使ったカレーを想像して、それをコロポックルや氷の花の妖精たちに振る舞う未来を想像して、ついつい頬を緩ませる。きっと美味しいカレーになることだろう。
「楽しみだね、柚花」
「はい。また来ましょうね、先輩」