ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「できたっ! どうかな? どうかな?」
チクチク、チクチクと。
リュック内の探索者用基本セットから針と糸を取り出して、黙々と一反木綿の布に糸を通していた桃子が、ようやく声をあげた。
午前中にヘノとともに熱砂砂漠の様子を見学に行き、その際には10秒もせずに帰ってきた桃子だが、その後はずっと妖精の国の寝室に籠って裁縫作業を進めていたのだ。
「お。出来たのか。これは。どうやって着るんだ?」
「お、大きい布が、重なってるように……み、見えますねぇ……」
桃子が加工していたその布地は、遠野ダンジョンに現れる一反木綿の落とす魔物素材である。
一反木綿の特殊素材の入手方法は、その布の身体を一切切断せずに一反木綿を倒すこと。
一般的な、剣や槍を主流とする探索者ではかなり難しい条件だが、相手に気付かれずにハンマーで布を叩くことが出来る桃子ならば高確率で布地を入手できるのである。
その白く大きな木綿生地を切り抜き、縫い付け、それらを組み合わせて、桃子は黙々と砂漠用の衣装を制作してきた。しかし、妖精たちにとってはいま桃子が掲げている布地はただの大きく白い布であって、それが人間の服だと言われても今一つピンと来ない。
だが、それを掲げる桃子がにこにこ笑顔なので、これは恐らくそれなりに自信のある完成品なのだろう。
ヘノとニムは、桃子のそばに近寄って、まじまじとその布地を近くから眺めてみる。
「ええとね、これを下から捲って……っと。ほら、こっちから両手は出せて、ここの穴から外を覗くの」
桃子はその布地を持ち上げて、ぺらりと端っこの布地を一枚捲る。するとそれはどうやら二枚重ねになっているようであり、その重なった布の隙間に桃子は身体を通していく。
それは、一言で言ってしまえば、大きな布袋を逆さにして、全身に被ったような姿だった。
袋の胴体部分の左右にも穴が空いているのだが、それはどうやら桃子の両手を通す穴らしい。内側から桃子の両手がニョキっと生えてきたと思ったら、飛び出た腕がぴょこぴょこ動いている。
そして桃子の顔がくる位置には小さく丸い穴が二か所くりぬいてあり、そこからは桃子の両眼が見えた。
一言でいえば、巨大な布を被った不審者だ。左右から飛び出た桃子の小さい手がどうにか可愛らしさを補っているが、それ以外はただの不気味な姿である。
「うぅ……な、なんだか、お化けみたいで、こ、こわい……」
「桃子。お化けの。親分みたいだぞ。でも。なんだか布が大きすぎて。大きさがあってなくないか」
桃子は白い布を全身に被ると、両手をぴょこぴょこ、両足はステップ、その場でひょこひょこ踊ってみたのだが、ニムは怖がって距離をおいてしまった。
そして実はヘノの言う通り、サイズもあっていなかった。
足元には長すぎた布がだらりと垂れ下がってしまっていて、すぐにでも踏んづけて転んでしまいそうだ。この長い布が妖精たちの言うところのお化けらしさを更に演出しているのだが、桃子は別にお化けに扮装するのを目的としているわけではない。
あくまで、砂漠を移動するための衣装である。
だがしかし、どうやらデザイン・使い勝手共に、いまいちなようであった。
「うーん、やっぱりそうかー。デザインがお化けすぎちゃってるし、サイズ的にも布地に余裕を持ちすぎちゃったねえ」
ずるりとお化けの衣装を脱いで、中からはいつもの桃子が出てくる。お化けの正体は桃子だった。
実は桃子も自分で作っておいてなんだが、見た目も変だしサイズが大きすぎるだろうな、ということには薄々気付いていた。
でもせっかくだし、という気持ちで最後まで作ってみたのだが、どうやら駄目なものは駄目らしい。
「まあ、今のは試作品ってことで。一反木綿はもう少し余ってるし、次はもうちょっと丁寧に型紙から作ろうね」
何事も、最初からうまく行くことはない。
桃子は今のは試作品として割り切って、一応は丁寧に畳んでリュックに入れておく。そして次はもっと丁寧にサイズを測ってから制作しようと心がける。
「その前に桃子。ずっと集中してて。大変だろ。ひとまずは。ご飯でも食べないか」
「ありゃ、本当だ。もうお昼もかなり過ぎちゃってるね。言われてみればお腹空いてきたかも」
ダンジョン内では、その場で時間を測れるものが少ない。
時計を持ち込んでも、ダンジョン内ではその電気エネルギーが大気中に拡散してしまい、すぐに電池が尽きたりバッテリーが駄目になったりで、基本的に通常の地上の機械類は持ち込んだとしても使用できないのだ。もちろん探索者用端末に時計機能を入れようと思えば入れられるのだが、毎回端末を取り出す手間や、地上に戻るたびに魔石バッテリーが眠りにつき時刻がリセットされる手間があり、実用的かというと意外と面倒くさいのだ。
使いやすさと手軽さという意味では、ぜんまいで動力を動かすタイプの、いわゆる機械式時計を持ち込む探索者もいるようだが、残念ながら桃子はそのタイプの時計を持ってはいなかった。
房総ダンジョンの第一層「森林迷宮」や、ここ「妖精の国」のように、空の明るさが地上の時間と連動しているような階層ならば、空を見れば大体の時間はわかるのだが、そうだとしても空だけで具体的な時間を当てるというのはなかなか難しいだろう。
そんなわけで、桃子は時間が過ぎていくのも気づかずに裁縫作業をしていたので、どうやらお昼ご飯の時間がとっくに過ぎてしまっていたようだ。
「こ、氷部屋に……ポンコさんが持ってきた、おうどんがあるので、温めて、た、食べませんかぁ……?」
「氷部屋が出来てから。ポンコのやつ。練習で。作りすぎたうどんを。氷部屋に置いていくことを。覚えたぞ」
「ポンコちゃんたら、ちゃっかりしてるなあ。でも、それなら冷凍うどんには困らないね」
どうやら、氷部屋の完成によって冷凍うどんには困らない状態になったらしい。
ポンコの作るうどんは、まだまだ香川県の人々と比べたら粗があり、完成度もお世辞にも高いとは言えない。
だがしかし、それでもとても美味しいのだ。冷凍状態とはいえ、きちんと温めれば、きっと美味しく頂けるだろう。
「うーん、氷部屋のあとは電子レンジが欲しくなるなあ」
お鍋で煮込めば冷凍うどんも解凍できるだろうが、しかしやはり現代っ子の桃子としては、こういう時こそ電子レンジが恋しくなる。
誰か頭のいい研究者が魔石動力の電子レンジでも開発してくれることを願いながら、桃子はヘノたちと連れだって調理部屋へと向かうのだった。
時間は進み。
やや遅いお昼の煮込みカレーうどんを食べ終えて、さっそく午後の作業に取り掛かる。
カレーうどんついでに【カレー製作】の発動のオンオフについて試してみたものの、いまの所まだコツがつかめないままで以前と変わらない自動発動になってしまった。
とはいえ今日の目的は衣装の作成。【カレー製作】についてはまた後日である。
チクチク。チクチク。
試作品の失敗を経て、今度はきちんと最初からもう少し丁寧な型紙を作り、デザインもお化けではなくなった。
桃子が今回作っているのは、形状としてはフード付きの大きな袖付きマント。型紙としては、前に琵琶湖ダンジョンに行くときに着用していたポンチョタイプの雨合羽をそのまま真似る形で参考にしている。
最近は滝の水飛沫にも慣れてしまったので、わざわざ雨合羽を着用することが無くなった。その雨合羽はと言うと実はずっとこの寝室にしまってあったのだが、今回は新衣装の参考として久しぶりに引っ張り出されている。
「さて、どうかな? さっきのと比べて、この雨合羽を参考にして作ったからサイズもピッタシじゃない?」
「そうだな。ちょうど。ぴったしだと思うぞ。なんか変な形だけど。似合ってるんじゃないか」
「そ、そうですねえ。び、微妙にデザインがお化けっぽいところも……逆に、お洒落さんですねぇ……?」
新しく作った衣装をさっそく被って、その場で一回転して見せる。
形状としては雨合羽を真似て作ったものの、やはりどうしてもプロの作った雨合羽には劣る。というか、あくまで見様見真似で作っただけなので、どことなく先ほどのお化けの被り物のように、そこはかとなく白い布がだらりと垂れ下がっている感が強い。
まあとはいえ、問題は見た目ではない。砂漠で快適に活動できるかどうか、である。
妖精たちの感想の言葉は少々引っかかる部分はあるものの、悪いものではなかった。あとは、着心地だ。
試しにこの衣装を着た状態でその場でジャンプしたり、オリジナルのダンスをぴょこぴょこ踊って見たりしたが、どうやら動くうえでも問題はなさそうだ。
「うん。これはなかなか、自分で言うのもなんだけどすごく良さそう。じゃあこれは『砂漠ポンチョ』と命名しようかな」
「砂漠ポンチョか。お昼前に作ってた。試作品よりも。断然使いやすそうだな」
「えへへ、我ながら凄い! っと、じゃあ、これにスライム粉を定着させれば完成だね」
この衣装はまだ完成ではない。
これに、先日制作したスライム素材から作った断熱材を散布して、最後に【加工】でそれを定着させなければならない。
とは言え、スライム粉を水で溶いて振りまくだけなので、後の作業はほぼ単純作業のようなものであるが。
桃子はいそいそと砂漠ポンチョを脱いで、瓶に入ったスライム粉を用意する。
「桃子。これを着たなら。暑い砂漠でも。一緒に砂漠に行けるようになるのか? 本当に。無理とか。してないか?」
「もちろん! 桃子特製の砂漠ポンチョで、砂漠もエンジョイしちゃうからね! ようやくヘノちゃんと一緒に遊びに行けて嬉しいな」
「そうか。それならいいんだけどな。もし砂漠が。桃子にとって危険なら。無理してまで――むぐぐ」
実のところ、ヘノは砂漠に行きたいと言い出した張本人ではあるのだが、朝の桃子の様子を見てから少しだけ心配になっていたのだ。
ヘノはあくまで、桃子が最優先である。今回は風の噂で砂漠でとれる食材の噂を聞いたのがきっかけだけれど、砂漠が桃子にとって危険な場所だというのなら、無理して行くことはないと思っている。桃子に無理をさせてまで、砂漠に行きたいというわけではないのだ。
どうやら桃子もそんなヘノの気持ちを感じとっていたようで、ヘノが喋っている途中でヘノを捕まえて、胸元に抱きよせる。
「あのね、ヘノちゃん。私は、ヘノちゃんと一緒に色んな場所に行くのが楽しみなんだよ。ダンジョンだし、どこに行っても危険があるのは承知の上で、ヘノちゃんと一緒に冒険したいの。ヘノちゃんが心配しないように、私も頑張るから。ね?」
「むぐぐ」
「う、美しい、友情ですねぇ……」
準備されていた桶に水をちょろちょろと注ぎながら、ニムは桃子とヘノの抱擁姿に感動し、目元を潤ませている。
なお、胸元に押し付けられていたヘノは普通にむぐむぐ苦しがっていて、あまり感動どころではない。
ヘノが解放されたのは、桃子が存分にヘノの抱き心地を味わって満足した後である。
「桃子の。愛情は。相変わらず。苦しいな」
「えへへ……それだけ大切なの」
「じゃあ。さっそく。砂漠に行くか」
「待って待って」
納得すればあとは行動だ。ヘノは基本的に、考えるよりも行動したほうが早いだろというタイプなので、難しい葛藤なども長続きしない。
砂漠ポンチョ姿の桃子の手を引っ張って、さっそく砂丘ダンジョンへと連れて行こうとする。
だがしかし、流石に桃子も分かる。日差しはもう傾いている時間で、今から新しい場所に行くような時間ではない。
「ヘノちゃん、今日はもう夕方だしさ、新しいダンジョンは明日にしようよ。その方が、朝からいっぱい探索できるでしょ?」
「うーん。そうか? でも。砂漠は。一日中明るい場所なんだろ?」
しかしヘノは時間など気にしないので、桃子は更に交渉に出る。
「私、ポンチョ完成記念にヘノちゃんと一緒にゆっくり過ごしたいな。氷部屋にいま、冷凍された果物があるから、一緒にシャリシャリ食感の果物食べてみない?」
「なんだそれ。果物が。シャリシャリするのか。よし。砂漠は明日にしよう」
「ど、どうやら、ヘノの食い意地が勝利しましたねぇ……」
どうやら、砂漠にある新しい食材よりも、氷部屋にある凍らせた果物のほうが優先されたらしく、桃子はほっと一息ついた。
ただでさえ今日はお昼が大分遅くなってしまったのに、日が暮れる時間に一日中明るい砂漠などに入り込んだら、時間感覚がマヒしてしまうのは確実だ。
砂漠に行くなら、時間経過にも気を付けないといけないなと、桃子は新たな注意点を心のメモ帳に張り付けるのだった。
【砂丘ダンジョン専用 雑談スレ】
:誰か第二層まで行ってる人、今日はオアシス出てる?
:出てた。大体真ん中くらいだから、カートで楽に行けると思う。
:ごめん、徒歩なんだ
:お、おう。なんかすまん。
:砂丘ダンジョンの格差あるあるだな
:俺も実績積んで、カートを購入したい
:うちのパーティと同じ、購入してすぐにサンドワームに襲われる呪いをかけてやる・・・
:やめて
:草
:ところで誰か、遺跡発掘行ってるパーティから連絡が途切れてるらしいんだけど知らない?
:どこのパーティ?
:チームインディ。午前中から入って行って、流石にそろそろ連絡があってもおかしくないんだけどな
:中継テントにはいないな
:オアシスにも今日は誰もいなかったぞ
:ピラミッド内でキャンプでも張るんじゃない? 砂漠よりも過ごしやすいわけだし、魔物自体は少ないし
:スフィンクスの間かな、あそこ広くて安全だし
:鍵を見つけて4層へ行ったんじゃないか
:鍵が見つかったら大ニュースだよ
:鍵なんて本当にあるの? 噂でしか聞いたことない
:一応、過去に何度か見つかってはいるんだよ
:でも最後は10年以上前だっけ?
:スフィンクスの鍵を使って第四層に降りるというのは皆が知ってるけれど、第四層のことを知る探索者はいない
:不思議すぎる