ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
日曜日。
朝はヘノに起こされて、水浴びなどをして、妖精の畑へと向かう。
前から薄々感じてはいたのだが、ここは桃子もヘノも『妖精の畑』と呼んでいるものの、この畑のメインは現状では果物だ。そして果物というのは、大半が樹になるものである。植物学的な分類方法はさておくとしても、この場所には野菜がなくて、果物だらけだ。
なので、妖精たちが至る所からダンジョンでとれる果物を集めてきたこの場所は、もはや半分くらいは『畑』ではなく『果樹園』の様相になってきているのだった。
一応は苺やメロンのように地面に近い位置に実がなる植物もあるので、きちんと畑っぽい区画もあるのだが、どちらにせよ桃子が最初にイメージしていた畑とはもはや別物の空間である。
そんなわけで、果樹園化している畑までやってきて、朝食だ。
今日は苺のようなものと、マンゴーとパッションフルーツを足して二で割ったような果物を食べた。皮を調理用ナイフではぎ取ると、あんずのような香りが漂ってくる。
中央に大きな種があり可食部が思いのほか少なかったが、心地よい酸味が癖になる。なんという果物なのだろうかと気にもなったが、地上にはない果物だとすると調べるのは大変そうだ。
そして、朝の準備を一通り済ませてから、昨日制作した砂漠ポンチョを羽織る。
更に、ポンチョの上から背負うリュックにも、余った布地でカバーを付けている。名付けて砂漠リュックだ。もちろん、スライム粉で耐熱性も万全だ。
「じゃあ桃子。さっそく。行こうか。準備は大丈夫か」
「うん。ちゃんとご飯も食べたし、砂漠ポンチョも今か今かと出番を待ってるよ。準備は万全だよっ」
桃子は自作の砂漠ポンチョが嬉しいのか、砂漠ポンチョ姿でくるりとその場を一回りする。
ふわりと浮いた白い布地の下からは、ちらりとショートパンツから伸びる生足が覗き見えるが、残念ながら妖精たちには桃子のサービスショットは効果が無かった。
「お、美味しい食べ物……み、見つけてきてくださいねぇ……?」
ニムが、余った布地で制作した数センチ角の白い布ハンカチを振って、桃子とヘノを見送っている。
捨てるのがもったいなくて作っただけなのだが、ニムがハンカチを持つと妙に似合っているので、ニムへのプレゼントと言うことにしてしまおう。
桃子はそんなニムに手を振り返して、ヘノと共に砂漠へと続く光の膜を抜けていった。
「うわー、暑いはずなんだけど、快適! ヘノちゃん、この衣装は大成功だよ」
「よし。それなら。どんどん進んでみるか」
光の膜で抜けた先は、一面の砂漠であった。
鳥取県、砂丘ダンジョン第二層『熱砂砂漠』。通称、サハラ砂漠である。
広さとしてはさすがにアフリカ大陸に広がる本物のサハラ砂漠と比べたら足元にも及ばないが、それでもここは鳥取砂丘の何倍も広い。情報によれば、他の一般的な規模のダンジョンと比べても、この砂漠はかなり広いはずである。
この熱と広さだ。少なくとも、生半可な装備で第二層を進もうとすれば、魔物以前に広大な砂漠の環境に負けて力尽きてしまうのは確実だろう。
しかしそこは新装備、砂漠ポンチョがいい仕事をしてくれている。
砂漠の気温自体は事前情報通りに50度を超えているはずなのだが、しかし布に包まれている範囲はたいして暑さを感じない。さすがに涼しくて快適とまでは言わないものの、これならば砂漠の暑さで熱中症になるということは避けられそうだ。
背中のリュックも今や耐熱カバーを被せた砂漠リュックなので、水筒の中身がお湯になるということも無いだろう。ハンマーでボコボコにされた一反木綿と、鼻歌とともに殲滅されたスライムたちに感謝だ。
さて、そのような完璧な砂漠装備に身を包み、いざ探索をはじめよう、と思った桃子であるが。
さて、と途方にくれる。光の膜が出現したのは、砂漠の真ん中。周囲も見渡す限りの砂地である。
ここが平たんな土地ならばそれでも遠くまで見渡せたかもしれないが、しかしこの『熱砂砂漠』は思いのほか地面の凹凸、いわゆる砂丘が多い。さすが、砂丘ダンジョンと言うだけのことはある。
上を見れば、空には灼熱の太陽が浮かんでいる。
ダンジョン内に見える太陽や星々は、果たして本物の太陽と同じものなのか、はたまた魔法的なものなのか、全く地上とは違う別な空間のものなのか。これは様々な識者によって意見の分かれている部分であるが、しかし今の世の中では殆どの探索者が「そういうものだ」と気にしていない。
ただ少なくとも、ダンジョン内の太陽も地上のものと同じく人体に有害とされる紫外線などを含んでいることは判明しているので、日焼け対策は必須だった。
「これが砂丘かあ。もっと地平線までずっと平坦な砂が続いてるイメージだったけど、結構凸凹が激しいんだねえ」
「これじゃあ。どこに何があるのか。よく分からないな。とりあえず。高い場所に登ってみるか」
「うん。それならまずは正面にある大きめの砂丘に上ってみようか」
早速、日差しで熱された砂の上を踏み歩く。
さすがは和歌が選んでくれたダンジョン探索者用の新作ブーツだけあって、砂地でもしっかりとグリップが利いており、滑りもしない。思えばこの靴は、カムイダンジョンの吹雪の中でも滑ることなく桃子を支えてくれた。選んでくれた和歌に感謝だ。
とはいえ流石に砂漠だけあって、歩く際に変に力を入れると足が沈んでしまうが、そこは桃子の慣れの問題だろう。
「見える範囲は砂ばっかりだけど……見た所、ここら辺には魔物もいなさそうだね」
「このダンジョンの。魔物なら。砂の中にいるみたいだぞ」
「えっ?! それって大丈夫なの? いきなり出てきたりしない?」
「大丈夫だぞ。ヘノがちゃんとわかってるからな。近くにいたら教えるから。安心しろ」
砂丘ダンジョンの魔物と言えば、サソリや蛇。それに空飛ぶ虫タイプもいるらしい。
だがしかし、それらはあくまで第一層の魔物である。第二層『熱砂砂漠』にはそれらよりも巨大で危険な、この砂漠の代名詞ともなる魔物が存在する。それは、サンドワーム。
様々なゲームや物語にも出てくるような砂漠に潜む大ミミズだが、それはこの第二層にも住み着いているのである。
大型だけあって魔物としても強いらしく、サンドワームを討伐できるかどうかが、この砂丘ダンジョンに挑む探索者パーティの一つの壁となっているようだ。ただし、大型の魔物だけあって入手できる魔物素材が多く、その価値も高いので、サンドワーム狩りをメインにしているパーティも少なくはないのだそうだ。
そんなサンドワームだが、しかしいま桃子から見える範囲にはそのような姿はなく、また砂の中を泳いでいるとしたら桃子が目を凝らしたところでどうしようもない。
ここはヘノの索敵能力を信頼することにする。
「んー、そうだね。見えないものは気にしても仕方ないか。じゃあヘノちゃん、いつものつむじ風お願いしてもいい?」
「任せろ。じゃあ。いくぞ」
「行こう!」
ヘノが、神槍ツヨマージを現出させて、その手に高々と構える。
その槍は、妖精の女王ティタニアが、妖精の国の奥に存在する精霊樹の若木を削りだして抽出した、大いなる力を秘めた槍だ。
見た目はおよそ6センチほどの小さな木の槍だ。太さは数ミリ、尻側のほうには簡単な装飾として溝が彫られている。
まさに、どこからどう見ても爪楊枝であるその槍こそが、神槍ツヨマージである。
ヘノがツヨマージを掲げて魔力を込めると、そこから緑色の風が吹き出し、つむじ風となって桃子の脚を包み込んで行く。
「じゃあ行こう……って、ヘノちゃん? なんか、後ろが凄いことになってるよ?!」
いつもの見慣れたつむじ風の魔法――なのだが、なんだか今日は凄いことになっていた。
桃子の足もとにはつむじ風が吹いているのだが、それと同時に、桃子の後方になかなかの勢いで砂が巻き上げられているのである。
まるで、桃子の背後を追尾する小型砂嵐のようだ。桃子にとっては優しいつむじ風程度のイメージの魔法だったのだが、どうやら砂漠の砂にとってはそれなりに激しい暴風だったようである。
「砂が。ものすごい。吹き飛んでるな。派手でいいな」
「派手だけど! 派手だけど! まあいいかっ」
派手なことは間違いない。
ヘノが喜んでいるならこれはこれでいいかと桃子も考えるのをやめて、小型砂嵐を引き連れながら、視線の先にある大きな砂丘の頂上へと向けて駆け出して行った。
傍から見れば物凄い速度で移動する謎の突風。多量の砂を巻き上げる、砂嵐だ。
しかも、その先頭たる桃子には【隠遁】が働いているため、物凄い速度で移動する砂嵐があるのはわかるがその発生源が認識できない、という怪現象である。今の所、このわけのわからない砂嵐に巻き込まれる探索者がいなかったのは幸いだろう。
「とうちゃーく! うわあ、すごい景色」
砂丘の頂上へとたどり着くと、ヘノも魔法をいったん抑えて、砂嵐はなりを潜める。
そして二人で周囲を見渡してみたのだが、なかなか面白い景色だった。見渡す限りの砂漠。遥か先のほうは白い霧で見えなくなっているので、そのあたりがダンジョンの端だろう。
崖などで囲われていないダンジョンの場合、ダンジョンの端まで行くと不思議な霧に覆われているのが一般的だ。そしてそのまま進むと、気づけばダンジョンの中へと向かって歩いて戻って居るのだ。場所によってはUターンする形だったり、或いはダンジョンの逆側から出てきてしまう場所もあるのだが、なんにせよダンジョンの端というのは「そういうもの」だと現代の探索者たちは受け入れている。
昔の探索者たちは不思議がっていたようだが、今の時代の人々は生まれたときからダンジョンが存在し、元からそういうものだったので、そこまで不思議には感じていないというのが本音である。
ダンジョンの端はさておき、砂丘から見渡した景色は一面の砂漠。ではあるのだが、所々に何か別なものが確認できた。
「ところどころに。なにか。変なのがあるな。岩はわかるけど。木みたいのはなんだ? なんか変な形だ」
「それはサボテンかな? とげがあるからちょっと危ないんだけど、ものによっては食べられるみたいだよ」
サボテン。言わずと知れた棘を持った多肉植物だ。アメリカ大陸を中心に数千種は存在するサボテンだが、更に細かい品種まで分けていくとその数は3万種を超えるとも言われている。
その数あるサボテンの中には、現地の人々から食用として利用されているものも多数あり、中にはドラゴンフルーツのように、日本でも今やメジャーな食品として流通しているものもある。
とはいえ、流石に桃子も食用サボテンに対する知識まではないため、この距離から見ただけでは何とも言えないのだけれど。
ただ、砂丘ダンジョンの情報としては、確かにサボテンが食べられるという情報もあったような気はする。
「じゃあ。あれをとりにいってみるか?」
「あっ、待ってヘノちゃん。あっちの反対側にあるのオアシスじゃない? えと、砂漠にある湖なんだけど」
そして、サボテンに向かって移動しようとヘノが桃子の手を引いたところで、桃子が見つけたのはオアシス。
反対方向だったので気づかなかったが、遠目にも明らかにそこだけ緑が茂り、日の光を反射しているのは恐らくは大きな湖なのだろう。
サボテンも気にはなるが、恐らく食材の有無という意味では、オアシスの方が確実性がある。
「砂漠なのに。湖があるんだな。緑色の木も多いから。食べ物もありそうだな」
「ええとね、オアシスには確か、食べられる木の実と、あとそこでしか取れない薬草があるんだって」
「ん。見ろ桃子。そのオアシスっていうやつの近くに。何か乗り物が走ってるぞ」
「えっ、なにあれ? 車? いや、荷車?」
ヘノの言うように、オアシスの周囲を見てみると、確かに何か不思議な人工物が走っている姿が見える。
木の枠で作られたような車体に、大きなタイヤがついている。中には探索者が乗っているようだが、流石にここからだと遠くて桃子の視力では判別が難しい。
「どうなってるんだろう。さすがにガソリンで走る車がダンジョンにあるなんて話は聞いたことないけど、人力で走ってるのかな?」
恐らく、柚花が言っていた『砂丘ダンジョン仕様の乗り物』というのがあれだろう。
なるほど確かに、このダンジョンの為に作られた乗り物のようだ。地上の車ほどの速度が出るわけではないようだが、しかし大きなタイヤで、砂の上をすべるように走っていく。人間の足で砂漠を渡るよりは断然、快適だろう。
「桃子。あの乗り物の下に。おおきな魔物がいるぞ。今にもきっと。砂から出てくるぞ。正面衝突だな」
「え!?」
桃子は呑気に探索者たちを乗せた乗り物を眺めていたのだが、ヘノからの爆弾情報が飛び出した。
どうやら桃子も、あまり呑気に景色を眺めてはいられないようであった。