ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ヘノちゃん、人がいるのって、あそこ?」
「そうみたいだな。あの乗り物から。うっすらと。人間の魔力を感じるぞ」
灼熱の砂漠を駆け抜け、ヘノの案内で桃子が進んだ先にあったのは、灼熱の砂漠に佇む一台の探索者用カートだ。
視線の先に、ゴマ粒ほどの小ささに見えたそのカートだが、どうやら中に人がいたとしても、動いてはいないようだ。
桃子は一瞬だけ、砂嵐で驚かせてしまうことを考えてヘノのつむじ風の魔法を解いて貰うことも考えたが、しかし今は人命優先だ。多少驚かせるくらいなんということはない。
「よし、このまま真っすぐ行っちゃおう。ヘノちゃん、周囲に魔物とかはいない?」
「ああ。いまの所は。この周囲には。魔物は潜んでいないみたいだぞ」
「おっけ!」
そして、そのまま砂嵐を引き連れて最速で向かうという桃子の判断は功を奏したようである。
桃子がカートに辿り浮いてその座席を覗き込むと、そこにはぐったりと座席に倒れ込む二人の探索者の姿があった。
「行き倒れが二人で。他には誰もいないな。一応。生きてはいるみたいだけど。なんだか。死にそうだな」
「わ、本当だ! ちょ……ええと、そうだ! ニムちゃんの癒しの水!!」
辺りの砂漠には人影はなく、熱せられた空気が揺らいでいるだけで誰かが隠れられるような場所はない。どうやらこの探索者たちは、ここまでカートで移動してきたところで力尽きたようである。
フード付きの外套の下から見える顔を覗けば、二人とも見た所はまだ若そうな、探索者としては一番波に乗っている二十代半ばといったところだろう。パーティを示す目印なのか、首元に真っ赤なスカーフを巻いている。
そしてその姿は、何やらただならぬ状況であることを如実に語っていた。
何があったかは分からないが相当な危険な状況だったらしく、ボロボロになった外套の中には、その武器も、そして探索者用の端末さえも身に着けてはいなかった。
そのボロボロになった外套には所々に乾いた血が赤黒い染みを作っている。服に隠れているだけで、相当な傷を負っていることが予想出来た。
桃子は慌ててカートに乗り込みその赤スカーフ探索者たちの脈を確認するが、ヘノの言う通りでまだ息はある。だがしかし身体は熱く、しかしこの熱波の中だというのに汗もかいていない。危険な兆候だ。
なにはともあれ、水だ。背に背負ったリュックを下ろし、中から水筒を取り出して、その男性の口に近づけ、そっと水滴を垂らしていく。
「……う……み、水……」
「うん、お水。ゆっくり飲んで!」
身体も動かせない男性の口に、少しずつ、水筒の水を注いでいく。
その喉が、コクリ、コクリ、と動くのを確認すると、そのままゆっくりと水筒内の水を飲ませていく。
一人目がある程度飲んだのを確認したら、もう一人の口にも注いでいく。
今の二人の状況からすれば水の量が明らかに足りていないだろうが、だが、これはニムが注いでくれた癒しの力のある水だ。魔力の力で、男性の生命の危機をどうにか救ってくれると信じたい。
「だ、誰……ありが…」
「喋らなくていいから、今のは魔法の、癒しの力のある水だから、大丈夫だからねっ」
掠れた声で何か伝えようとする男性に叱咤し、水筒に残った僅かな水を交互にゆっくりと飲ませて行く。
そして水筒の中身が空になる頃には、癒しの水の力が効いてきたのだろう。少なくとも、先ほどよりは呼吸が楽そうである。
「……どうか……地上に……」
「わかったから、ちゃんとみんなの所に連れていくから。今は休んでて大丈夫だからね」
「すま……い……白い布の……人……」
「た……たすか……」
桃子がその対象の身体にしっかりと触れている間は【隠遁】も効果を及ぼさない。
赤スカーフの探索者たちは、うっすらと開いた目で、全身を白い布――砂漠ポンチョで包んでいる桃子の姿を一目見て何かを呟いてからから、しかしすぐにその瞼を閉じる。
恐らく、緊張状態でどうにか意識だけは保っていたのだろうが、白い布の人物に助けられたことでその緊張が解けたのだろう。
彼は、すぅ、とその意識を手放した。
「こいつら。水飲んで。寝ちゃったぞ」
「きっと、身体も限界だったんじゃないかな。癒しの水を飲んでもらったから、しばらくは大丈夫だとは思うんだけど……」
「でも。どうする。このままじゃ。また。暑さでやられちゃうだろ」
桃子は砂漠ポンチョで暑さをあまり感じていないので失念してしまいそうになるが、そもそもこの場所は灼熱の砂漠だ。
カートに屋根があるからといっても、屋根で防げるのは直射日光だけだ。砂漠から反射する光も、そして空気の熱も防げるわけではない。
そう、問題はこの熱さだ。如何に癒しの水を飲んだところで、この熱をどうにかしないとどうにもならない。
だがしかし、桃子には秘蔵の奥の手があった。
「ええと、ええと……ほら出て来た、試作品ポンチョーっ!」
砂漠ポンチョの失敗作。
無駄にサイズが大きく、成人男性二人なら包み込めそうな布袋だ。腕や顔の部分には穴をあけただけという、あらためてみるとなかなか酷い有様の試作品。
だがしかし、見た目や動きやすさはともかく、この布も一反木綿の布を使い、念のため最後に余ったスライム粉の断熱材を散布しておいた。
なので、断熱効果抜群の布袋としては問題なく使用できる。
この大きなポンチョもとい断熱布袋を、気を失っている男性たちに被せてみる。
するとどうだろう、熱砂砂漠の真っただ中で、気を失った男性二人が押し込まれた大袋の出来上がりだ。袋の左右に開いた穴から、どちらかの男性の腕がひょっこり姿を覗かせている。中はどうなってしまっているのだろうか。
これが地上だったら職質、あるいは通報間違いなしの光景だが、今は緊急事態で、これは救助活動だ。何ら恥じることはない。
「なんだか。面白いことに。なっちゃったな」
「なんか見た目は凄いことになっちゃったけど、暑さは防いでくれてる筈だから大丈夫……だと思うよ?」
見た目だけで言うとちょっとした事件性の高いビジュアルではあるが、この袋の中は魔法的な力で砂漠の熱を完全に防いでくれているはずだ。
この袋に詰め込んでいる限りは、この二人が砂漠の熱で命を削られる可能性をだいぶ下げられる。
「じゃあ。この袋をみんなの所に。連れていくんだな?」
「うん。何があったのかは分からないけど、とにかくはこの人たち助けないと。じゃあ、袋ごとだけど背負っていくよ」
さすがに、カートを桃子が運転していくよりも、袋を背負って走っていった方が速い。
なので桃子は、男たちがこぼれ落ちないように袋の口をまずはギュッと縛り上げる。次に、袋から出た男性の両腕をとると、よいしょ、とその身体を背中に抱えて持ち上げる。
スキル【怪力◎】のお陰で重量はどうにかなるのだが、例のごとく体格差はどうしようもないので、袋の下のほうは引き摺って行くことになるだろう。幸いここは砂しかないから、衝撃も最小限に抑えられると信じよう。
袋の中はもみくちゃで大変なことになるかもしれないが、それくらいは救助の犠牲として我慢して欲しい。
確か、このダンジョンの第一層には中継キャンプというものがあったはずだ。
探索者が常に待機しているキャンプならば、医療道具や、非常時の水や食料も揃っているだろう。
この男性たちをその中継キャンプまで連れていくこと。それが、今のやるべきことだ。
「そいつらを背負っていくなら。リュックはどうする? ここに置いていくのか?」
「そうするよ。さすがに、人を背負いながらリュックを持つのは大変だからね。あとで回収に戻って来なきゃだけどね」
「わかったぞ。じゃあ。つむじ風で。さっさと上層まで行くか」
白い断熱布を被せた桃子のリュックは、しばらくはこのカート内で留守番だ。
中には大量のドライデーツが入っているが、無人のカート内に置いていくだけだし、すぐに戻ってくれば置き引きなどの心配は無いだろう。人間がいない以上、魔物が来たとしても無人のカートを襲うことなどないはずだ。
食いしん坊の原生生物などがいればまた別だが、この砂漠にそんなものがいるとも思えない。
「よし! どうせ人もいない砂漠だから、つむじ風最大で行っちゃおう!」
ヘノのつむじ風を最大出力にすると、桃子が飛ばされそうな勢いで追い風が吹き荒れる。
森や洞窟タイプのダンジョンでは危険すぎてこのような魔法は使えないが、この砂漠にはどうせ砂しかない。
巨大な砂嵐を引き連れて、桃子は特急列車の如くスピードでダンジョン第一層へ続く階段を目指し、熱砂の砂漠を横断していくのだった。
なお、背中に背負った男性たちは袋の中で大変なことになっていたのだが、幸いにも彼らは気絶していたのでもみくちゃ地獄を体感することは避けられたようである。
「うわあ、ここが第一層なんだ? 第二層と同じ砂漠だけど……涼しいを通り越して、かなり冷えてるね」
「ここの気温は。下の砂漠と全然違うんだな」
袋に詰め込んだ男性を背負い、桃子たちが訪れたのは第一層『巨大砂丘』である。
その名の通り、この階層は巨大な砂丘だ。地形だけを見るならば第二層の『熱砂砂漠』と大差はないのだが、第二層の気候がアフリカ大陸のサハラ砂漠ならば、この第一層はあくまで鳥取砂丘だ。
ただただ広い砂丘というだけで、灼熱の太陽もなく、夜になれば日も沈む。また、ダンジョンとしても珍しい部類で、ダンジョン入り口である地上の鳥取砂丘と季節ごとの気温もリンクしているらしい。
つまりは、ただただ広くなった、一月の鳥取砂丘そのものである。
「日本はまだ冬の真っただ中だし、そりゃ寒いか。息も白くなっちゃう」
「探索者たちも。暑かったり寒かったり。大変だな」
桃子が、空気中に向けて大きく口を開き、ハァー、と息を吐くと、ふわっと一瞬その息が白い湯気となる。
先ほどまで灼熱の砂漠に居たのが嘘のように、普通に一月の日本の気候、つまりはそれなりに寒い場所に来てしまった。
寒暖差の激しさで、砂漠ポンチョがなければ身体を壊していたかもしれない。
「あ、ヘノちゃん。中継キャンプってあそこだね。でっかいテントがあるよ」
「本当に。でかいな」
「なんだか、サーカスみたい」
砂漠に佇む巨大なテントの姿。
日本で普通に暮らしている分には、このような巨大なテントはサーカスの巡業くらいでしか見かけることもないだろう。
もしかしたらテント内には巨大な綱渡りや、空中ブランコの装置が用意されているのではないかと、桃子はつい変なことを考えてしまう。
「まあでも、とりあえずはこの人たちをこの中継キャンプの人たちに預ければ、いまの所はミッション完了かな?」
「桃子。まて。人間が来るぞ」
いま、桃子たちが居るのはテントの裏手側だ。男性らを中継キャンプに預けるなら、一度ぐるりとまわって入り口側に移動する必要がある。
なので男性袋を改めて背負いなおし、テントの外周をなぞるように歩き出した桃子だが、そこでヘノのストップがかかる。
どうやら、誰かしら人間――探索者がこちらへと向かってきているようである。
「おい! 誰かいるのか!」
「誰か来てくれ! 何かの気配を察知した!!」
「例の現象に関係しているかもしれん。誰か、手の空いている奴来てくれ!」
気配の察知に秀でた探索者がいる。
柚花の【看破】が相性の問題で桃子の【隠遁】を打ち消すように、もしかしたら他にも桃子の【隠遁】を貫く探知系スキルの持ち主というのがいたのかもしれない。
あるいは、桃子ではなくこの布に包まれた男性たちの気配を察せたのかもしれない。彼らは別に【隠遁】で守られているわけでもないのだから。
何にせよ、なんだか聞こえてきた声は妙に緊張感を持っており、物々しい感じがした。
「桃子。なんだか。武器を持った連中が。集まってきたぞ。今にも。襲われそうだぞ」
「えええ?! なに? なんで? 私たち討伐されちゃうの? 私、悪い桃子じゃないよ?」
ヘノが、珍しく眉をひそめた表情を作る。
桃子や柚花と付き合うようになってからはヘノも人間に対する価値観を改めつつあるが、だがしかし妖精からみて人間たちが野蛮で感情的なものだというイメージは覆せない。
武器を持って、何もしていない桃子やヘノを囲おうとするその気配は、ヘノにとっては非常に不快なものであった。
「桃子。こいつらをおいて。桃子とヘノは。さっさと離れよう。あいつら。気がたっていて。見つかったら碌な事にならないだろ」
「そ、そうかあ。なんか残念だけど、不審者なのは間違いないし、仕方ないねえ。この人たちはじゃあ、ここに寝ててもらおうか」
探索者たちがどうして気が立っているのかは分からないが、しかしどのような誤解であれ、人間たちに襲われる危険性など回避するに越したことはないのは桃子とて理解している。
なので、探索者たちをこちらから変に刺激したりしない様に、桃子もこの場は離れようというヘノの意見には賛成だ。
桃子は背負っていた袋をゆっくり下ろす。するとどうやら袋の中の男性たちも半ば朦朧としているもののその意識を回復させたようだ。
「う……こ、ここは……なんだ、これは布……?」
「つ……身体中が……もみくちゃにされたみたいに痛い……」
「あ、気が付きました? ここは、砂丘ダンジョン第一層の、中継キャンプです。すぐに人がきますから、安心してくださいね」
「あ、ああ……」
「ど、どうなってんだ……俺の身体はどうなってんだ?」
冷静な方の男性は、覗き穴から外の景色が見えたのだろう。自分の身体を支える桃子――白い布に身を固めた人物に、男性は頷いて返す。
訳が分からないなかでも、どうやらこの白い布の人は自分を助けてくれたのだということまでは理解してくれているようだ。
「桃子。この試作品の布。どうするんだ?」
「あっ、忘れてた! 回収しなきゃ! ごめんねっ」
「な……な、何が……うわあっ……!」
「どうなってんだ?! どうなってんだ?!」
あとはこの赤スカーフの探索者たちをここに残して、自分たちが立ち去れば任務完了。桃子はそう考えていたのだが、ヘノに言われて思い出す。
男性たちに被せている布は、試作品といえど桃子が一反木綿とスライム粉を合わせて最後に【加工】で処理した一品ものだ。作った桃子が言うのもなんだが、これは地上においそれと流出させて良いものではない。
一反木綿だけならまだしも、新素材であるスライム粉は駄目だろう。足がついたら困る。
というわけで、回収だ。
少々急ぎなので荒っぽくなるが、布の結び目を力任せにほどくと、中から男性たちが地面の砂地へと転げ落ちる。怪我人に対して酷い仕打ちだが、下は砂だから更なる怪我はしないだろう。
力ずくで引っ張ったので、布の一部がビリっと破けてしまったが、これは仕方がない。後ほど縫い直すことにして、桃子は大急ぎで布を回収する。
「……き、消えた……や、やっぱり今の姿は……」
「どうなってんだ?! ど、どうなってんだ?!」
桃子が触れるのをやめると、【隠遁】の効果も息を吹き返す。地面に転げおちた男性たちは桃子の姿を見失い、きょろきょろと周囲を見回している。
どうやらニムの癒しの水の効果があってか、それともこの気温の低い第一層で熱が冷めたからか、先ほどよりは元気そうだった。
流石に二転三転する状況について来れず困惑しているようだが、そればかりは仕方がない。いまの彼らの記憶からは、急速に桃子の情報が失われていっているのだ。声も、体格も、交わした会話も。ただただ抽象的な『白い布の人に助けられた』というその漠然とした情報だけが、二人の記憶に刻み付けられていた。
「そこか! 誰かいるのか!?」
「桃子。急げ。さっさと退散しよう」
転げおちた二人の悲鳴が聞こえたのか、テントの入り口の方向から武器を構えた探索者グループが走ってくる。
桃子は人間なのだから、本来ならば恐れることはないはずだ。【隠遁】スキルにしても、直に接触して説明すれば少なくとも魔物扱いはされないだろう。
だがしかし桃子には、姿が見えないのをいいことに好き勝手やってきている自覚がある。サカモトの剣の修復費用は踏み倒したし、松茸も勝手に食べた。妖精の助力があるのをいいことに、そして魔物から認識されないのをいいことに、効率よく魔物を狩って稀少な素材集めをするというズルいことも頻繁にしている。
そのような数々の後ろめたい気持ちの積み重ねが後押しとなり、桃子はヘノとともに探索者たちから逃走することを選択した。
「布も回収完了! あとはここの人たちに任せて、私たちは逃げよう!」
「桃子。つむじ風だ。つむじ風で逃げるぞ」
桃子とヘノは、迫りくる探索者たちからさっさと離れるために、つむじ風の魔法を発動させて急いでその場を離れ、第二層『熱砂砂漠』へと戻って行く。
袋で無造作に運ばれ、突然そこから転げ落とされた上に唐突な砂嵐の餌食となった怪我人たちには申し訳ないが、砂まみれになってしまったのは救助料として我慢してもらおう。
桃子たちは猛ダッシュで砂嵐を纏いながら駆け出し、そのままの勢いで熱砂砂漠へと降り、勢いを殺さないままに灼熱の砂漠を駆け抜けていく。
今の桃子の心は、いたずらが見つかった子供が、怒られたくないばかりに無駄に遠くまで走って逃げてしまう心境に似ていた。