ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ふぅー……さ、さっきはびっくりしちゃった」
「なんだか。魔物と勘違いされてた。みたいだな」
「こっそり救助するのも、見えない人から勘違いされちゃうから結構大変だねえ……」
第二層『熱砂砂漠』の中を数キロほど爆走してから、さすがにここまで走れば探索者たちも追いかけてくることはないだろうと判断して、桃子とヘノはようやくつむじ風を解く。
実のところ、テントにいた探索者たちは謎の砂嵐に恐怖し、そして突然現れた怪我人の発見で混乱状態に陥っていたために、追いかけてくる者などは当然ながら一人もいなかった。
なのだが、後ろを振り向かずに逃げて来た桃子たちにはそれに気づくこともなく、ただただ逃げ回っていたのである。
そしてそのうち走って逃げている間に二人してテンションが上がってしまい、とにかく走れるだけ走ったのだ。そこに論理的な理由などない。
「とりあえず。リュックを回収しに。戻るとするか」
「ふぅ、息も整ってきたし、戻ろっか。ドライデーツ、たっぷりあるから持って帰らないと!」
さすがに魔力が身体能力を補っているとはいえ、先ほどは怪我人を背負って砂漠を横断し、今は探索者たちから逃げるために砂漠を爆走してきたのだ。
砂漠ポンチョがどれだけ優れていようと、そして桃子の魔力がどれだけ多かろうと、これだけ砂漠を爆走し続ければ桃子とて普通に疲労するし、ポンチョの中は普通に汗だくだ。熱中症になるほど緊急ではないが、普通に水を飲みたい。
どうにか息を整えながら、先ほどのリュックを置いてきたカートへと向かって、二人足を進めていく。
ヘノがしっかりと場所を把握してくれているようで助かった。ヘノがいなければ、砂漠の中で一台のカートを見つけるという難易度の高いミッションを迎えるところだった。
誰もいない砂漠の中をヘノの示す方向へと歩いていけば、熱で揺らぐ空気の向こうに豆粒ほどのサイズのカートの姿が見えて来た。
「水筒のお水も使い切っちゃったし、リュックを回収したら私たちも今日は帰ろうか」
「まて。桃子。何だか。覚えのある魔力が。リュックをいじってるぞ」
「え? 覚えのある魔力?」
カートへと歩きながら、今後の予定を考える。
時間的にはまだ日暮れまで余裕はあるけれど、先ほどの怪我人の治療のために水筒の水を全て使い切ってしまった。
いくら砂漠ポンチョがあると言えど、空気の乾燥したこのダンジョン内を水も無しに探索していくのはやはり危ない。
オアシスまで行けば水自体はあるけれど、そこまでするくらいなら今日は大人しく、妖精の国に帰った方が良いだろう。
そのような話をしていたのだが、ふと、ヘノが何かに気付いた。
ヘノはリュックのあるカートを探知で確認していたのだが、そこに何者かの――いや、ヘノはよく知っている魔力が存在しているのだ。
覚えのある魔力と言われても桃子には分からないのだが、しかしヘノも特にツヨマージを出すわけでもないし、何かしら警戒しているわけでもない。
ならば、危険なわけではないのかな? と桃子は首を傾げながら、ヘノとともにカートへ近づいていく。
「ふむ、砂漠の真ん中に、枯れた木の実が大量に入った白いカバン。これは大いなる謎では、ないかな?」
カートの中には、桃子の白い断熱カバーで包んだリュックが一つ。
しかし、閉じていたはずのそのリュックの口は開かれており、そこからうっすらと薄黄色の魔力光が漏れ出ていた。
更に、その開かれたリュックの中から小さく、少女の声が聞こえてくる。桃子も、その声には聞き覚えがある。
「もぐもぐ。なるほどなるほど。これは、オアシスの木の実だね? 一体だれが、何のために、これほど大量にここに隠して行ったのか。興味深い、ものだね」
「おい。そこにいるのはリドルだろ。桃子の食べ物。勝手に食べちゃ。駄目だぞ」
「え? リドルちゃん?」
「おや? そこにいるのはヘノに桃子くんでは、ないかな? このような場所で出くわすとは、不思議な運命だね」
ヘノの呼びかけに、リュックの中に潜っていた存在がひょっこりと顔を出す。それは、妖精の国に存在する妖精の中でも、ヘノやニムと同じように自我の育った妖精の一人だった。
何かと個性の強い妖精たちの中でも、ことさら特殊な言動の多い妖精として桃子も覚えている。彼女は、口を開くたびに『謎』について語り、その本質は掴みどころがなく、まさに『謎』の妖精だ。
その身に纏うのは薄い黄色の魔力光。濃いめの茶色がかった黒髪はショートカットで、その肌の色は小麦色というより褐色だ。他の妖精たちと比べると全体的にボーイッシュで、そしてオリエンタルな雰囲気を持つ妖精だ。
その名は、リドル。
「おいリドル。お前。リュックの中でなにやってるんだ」
顔を出した彼女の姿をよく見ると、彼女はもぐもぐとリュックの中で袋に詰めていたはずのドライダンジョンデーツを味わっていた。
桃子たち二人が声をかけると、ようやく彼女も思考に耽るのをやめて顔をあげる。そこで二人にようやく気付いたようだ。
そしてリドルは、自分の額に人差し指を当て、まるで推理ドラマの主人公が考え込むようなポーズを決めた。
「ボクは、この謎の白いカバンを見ていたところ、なのさ。砂漠に現れた、謎のカバン。この中に隠されていたこれは、乾燥させた木の実では、ないかな?」
「あ、ごめんリドルちゃん。それは私のリュックなんだよ」
どうやら、リドルはたまたま桃子のリュックを発見したらしく、それを調べていたようである。
確かに、無人のカートに放置された白い布に包まれたリュックと、その中に大量に隠された木の実らしきもの。怪しさ満点だ。
謎が大好きなリドルならばその謎にロマンを感じとり、文字通り食いつくことだろう。
だがしかし、真実はロマンもなにもない。このリュックは桃子が一時的に置いていただけのものだった。
「そういうことだから。その木の実も。桃子のものなんだぞ。ちゃんと。桃子にいただきます。言わなきゃダメだぞ」
「なんと。謎の答えは、実に身近にあったのだね? 桃子くん、木の実を頂いているよ。ありがとう、だね?」
「どういたしまして。まあでも、木の実を採ったのも乾燥させたのもヘノちゃんだから、私のっていうかヘノちゃんのフルーツだけどね」
「ヘノのものでも。桃子のものでも。たいした違いはないだろ。むぐむぐ」
話している間に、ヘノもリュックの中へと入っていって、デーツを一粒頬張っている。そして器用にプっとその種だけを砂漠に飛ばしていく。
ヘノはもう一粒取り出すと、なにも言わずに桃子に差し出した。桃子はその小さい手からドライデーツを一粒受け取ると、自分の口に放り込む。
黒糖のような甘みがあり、疲れが癒される気がする。いや、これもまたダンジョン食材なので、本当に疲れを癒す効果があってもおかしくはないだろう。
「麗しき二人の絆、だね。ところで、二人はこれからピラミッドかな? それならば、ボクが案内をしても構わないの、だがね?」
「ううん、今から帰るところなの。お水が無くなっちゃったし、色々走り回って疲れちゃったからね」
ピラミッドというのは、この砂丘ダンジョン第三層『地下遺跡』の通称だ。どうやらこのリドルは、この砂丘ダンジョンについて詳しいようで、ピラミッドの案内を買って出てくれた。
オリエンタルな外見のため、リドルはこのダンジョンによくマッチしている。もしかしたら、彼女はこのダンジョンで生まれ育った妖精なのだろうか。
だがなんにしても、案内を申し出てくれたリドルには悪いけれど桃子たちは第三層までいく予定はない。
このジリジリと砂を焼く日差しの下で手持ちの飲料水が尽きてしまったので、本日は無理をせずに妖精の国へと帰還するところだった。
「おいリドル。謎はないけど。そのドライフルーツは幾らでもあるから。お前も一緒に帰って。みんなで食べないか」
「ほほう。砂漠で作られた、謎の味覚を皆で頂くのだね? ボクも、それに参加しよう」
「謎じゃなくて。オアシスでとってきた。デーツの。ドライフルーツだけどな」
「リドルちゃんて、本当に謎が好きなんだねえ……」
桃子は実は、リドルのことをよく知らない。
彼女がどのような属性をもつ妖精なのかもわからない。
ヘノがいつもニムと共にいるように、リドルは普段は大地の妖精であるノンと共にいることが多い。
ヘノやニムとも決して仲が悪いわけではないのだが、やはり普段の行動範囲や彼女らの各属性の差違が影響しているのか、彼女らとヘノたちが行動を共にすることはあまりない。
なので、ヘノのパートナーたる桃子がこうしてリドルと面と向かって会話をする機会も、やはりこれまで少なかったのだ。
そんなこともあって、桃子はこの機会にリドルと色々と話をしてみることにした。手始めに、妖精の国へと帰るまでの砂漠の道のりだ。
光の膜の出現地点までヘノのつむじ風で一足飛びで帰ることもできたのだが、今回はあえて砂漠のなかをゆっくりと歩いて帰ることにする。
リドルと、互いの話を交わしながら。
「なるほど。謎の二人組が、カートで行き倒れていた、のだね?」
「そうだ。お前。このダンジョンに来てたなら。何か知らないか?」
熱せられた砂の上をざく、ざくと歩きながら、リドルに今日あった出来事を話す。
カートで行き倒れていた探索者。あのとき桃子は目の前のことでいっぱいで、あまり彼らについて深く考える余裕もなかったのだが、今思えば桃子たちが助けた探索者の状況は不自然なことが多い。
随分とボロボロになっていたが、いったい何処で何と戦ったというのか。そして彼らの武器や端末はどこへ行ってしまったのか。
テントで治療を受けて元気になった本人に聞き取りをすればすぐにわかることだろうが、残念ながら桃子は正体不明の白い布の人でしかないので、聞き取り調査には参加できないのだ。
なので、彼らに何があったのか。謎のままなのである。
話を聞いたリドルも、残念ながら砂漠を二人で渡っていた探索者というのには覚えがないようで、首を横に振る。
しかし――。
「行き倒れは見ていないけれど、ボクが第三層の遺跡を見ていたときに、罠に閉じ込められて弱っていた二人組を救助、したのさ」
「え? 待って、どういうこと? 閉じ込め? 罠って?」
砂漠で行き倒れていた探索者どころではない話が飛び出した。
罠で閉じ込められるとは?
「そういえば。桃子は。ここの遺跡に降りたことは。なかったな」
「桃子くん。このダンジョンの第三層は、多くの罠が仕掛けられた巨大な遺跡、なのさ。魔物こそ少ないけれど、罠を解いて行かねばならない、謎に満ちた迷宮、なのだよ」
「大きな岩が転がってきたり。いきなり別な場所に転移したりするぞ。ヘノたちは。そういうの。わかるけど。桃子だけで入ったら危険だから。駄目だぞ」
「はぇー、そうなのかー」
「しかし、遺跡の罠は全て魔力を持っているから、ボクたちがついていれば安全に潜れるのでは、ないかな?」
「後輩だったら。ヘノたちみたいに魔力が見えるから。すいすい進めるダンジョンかも。しれないな」
多くの罠が仕掛けられた巨大な迷宮、それが第三層『地下遺跡』だった。探索者たちはその迷宮を、畏怖を込めて『ピラミッド』と呼んでいる。
しかしだ。実際のピラミッドにももしかしたら多少の侵入者避けくらいはあるかもしれないが、そこまで大規模な罠なんていうものはないだろう。ピラミッドに対する酷い誤解が窺える。
大岩が転がってくるだなんて、それはもはやハリウッド映画を再現したようなものだ。それとも順序が逆で、桃子が昔みた映画はどこかのダンジョンがもとになったノンフィクション映画だったのだろうか。
そしてそこまで考えて、桃子はふと気がつく。
「ねえリドルちゃん。その閉じ込められてた人たちって、フード付きの外套を着てて、首に赤いスカーフつけてた?」
「その通り。赤い布を巻いた二人組、だったね。哀れに思い助けてあげたボクに、礼も言わずにふらふらと立ち去って、いったのさ。失礼な話だと、思わないかね?」
「なんだ。助けてもらって。礼も言わないのか。失礼な探索者だな」
どうやら、基本的に人間に無関心な妖精たちであっても、いざ自分が救助した相手から無視をされるのは不快なようである。
桃子が考えるに、極限状態だったために宙を漂う小さい妖精の姿まで注意力が働かなかっただけではないかと思ったが、しかし重要なのはそこではない。
「そうか、地下遺跡で罠にやられたからボロボロだったんだよ!」
「どうした。桃子。なにかあったのか?」
「ふむ。どうやら、桃子くんは何かの謎の答えにたどり着いたのでは、ないかね?」
「そうなの! リドルちゃんが助けた人こそが、カートで行き倒れてた人なんだよ!」
どん!
桃子は真実にたどり着いた!
「おやおや。どうやら。全ての謎がつながった、ようだね?」
額に指を当ててなんだか賢そうなポーズのリドルも、どうやら桃子の語る謎の真相に気付いたようである。別々な被害者が二組いたのではない。被害者は共通の一組だったのだ。
「うん、リドルちゃんのお陰で、人が二人も助かったんだよ。あの人たち、救助がもう少し遅かったら危なかったからね。ありがとう、リドルちゃん」
死にかけていた探索者はリドルに礼を伝える機会のないままテントへと戻っていった。
だから、同じ人間の探索者として。桃子はリドルにお礼を伝える。
同胞を助けてくれて、ありがとう、と。
「リドル。お手柄だな。戻ったらドライフルーツを沢山食べていいぞ」
「おやおや。それはまた、光栄なのだね?」
ヘノも、わかっているのかわかっていないのか、横を飛んでいるリドルを褒め称える。ドライフルーツを沢山食べる権利がご褒美だ。
なぜか桃子に礼を言われて、リドルも少々不思議そうではあるものの、しかし褒められて悪い気はしないらしい。
小さな謎解き少女は、笑顔で目を細めていた。
「ところで、このドライフルーツだけれどね。たまに、食べられないくらい硬いものが混ざっているのでは、ないかね?」
「ドライフルーツなんだから。たまに。食べられないくらい硬いものも。あるだろ」
「それはドライフルーツに対する風評被害じゃない?」