ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
暦は二月。世間は豆撒きとチョコレートの話題で溢れる時期だが、桃子は真っ昼間から妖精の国で無水カレー製作に挑戦していた。
材料は全て妖精の畑から収穫した果物と薬草類。あの畑は半ば果樹園と化しているので、無水カレーチャレンジできそうな瑞々しい果実のあてならばいくらでもある。
「水を。いれないで。どうやったら。カレーが出来るんだ?」
「そ、それはですねぇ……果物の水が、カレーに染み出るんですよぉ……」
「ククク……桃子くんは、面白い料理を考えるのだねぇ……」
「えへへ。名づけて『野菜たっぷり無水カレー 妖精風』だよ。まあ、ちょっとした実験だけどね」
野菜たっぷり無水カレー。
言うまでもなく、先日柚花と食べたカフェのカレーの名称そのままである。
無水カレーは文字通り水を加えないカレーだ。とは言っても、あくまで食材に含まれた水分だけを使って作るカレーのことであり、完成品の見た目は普通のカレーと大きく違いがあるわけではない。決して、カラカラに乾燥したカレーを作るわけではない。
「でも桃子。野菜たっぷりって言っても。材料。果物ばっかりだぞ」
「さすがヘノちゃん、いい着眼点じゃん。これはね――」
本日は土曜日。桃子は午前中から妖精の国を訪れ、妖精の畑にて出来るだけ水気が多く、それこそ野菜のように食べられそうな食材を採集して回った。
ダンジョン内には樹木から採取できるタイプの果実は多い。しかしその反面、野菜類は滅多に見ない。
地上に流通する野菜というものは人工的に品種改良を繰り返してきたものが大半なので、自然の環境でその野菜を求めるのは元から無理があるのだが、それにしても甘みのある果物と比べると野菜は少ないのだ。
今までいくつかのダンジョンで見つけて来た、大きな里芋、トウガラシ、松茸、出所不明の干し大根、タケノコ、たくさんのきのこ、等々は分類的には野菜と言えるかもしれない。だがしかし、桃子が欲しいのは、もっといかにもな野菜だ。
トマトやキャベツのように、サラダボウルに入っていてもおかしくないような、野菜らしい野菜なのだ。
そういう観点では北海道のフキには期待できそうだが、流石にコロポックルのためのフキを成長前に収穫するような非道な真似はできない。
なので、本日は野菜たっぷりとかいいながら、材料のほとんどは果物で誤魔化している。
だが、そこで桃子は考える。
そもそも果物と野菜の区別など、人間があとから区別しやすいように勝手に分類しただけものだ。決して植物本人が「ぼくは野菜です」と言ったわけではないのだ。
逆に言えば、桃子がずっと果物だと思っていた甘くてジューシーな果実たちも、分類の仕方次第では野菜なのかもしれないのだ。
「だから、これは野菜たっぷりと言えなくもないんだよ!」
「そうか」
「ククク……酷い屁理屈……」
結論から言うと、無水カレーは完成した。
というか、材料を鍋で火にかけていき、水気が出てきたところでカレールーを投入したのだが、案の定、そこで鍋が光り始める。
そして光が収まったそこには、いつものように調理済みのカレーが存在していた。つまりは、いつも通りの【カレー製作】である。
桃子としては半ば予想していた結果だが、これではどうにも無水カレーを自分で作った気がしない。やはり、スキルのオンオフを操る発動の制御は今後の課題だろう。
「むぐむぐ。今日のカレーは。かなり。甘口だな」
「や、やっぱり……果物ばかりだから、あ、甘さが強いですねぇ」
『カレー』
「……これは、カレー味のジャムだねぇ……」
やはり、果物は果物。野菜ではなかったようだ。出来たのは、ルイの言うようにジャムのように甘いカレーであった。
果物は野菜であるという桃子の屁理屈も、完成品という現実の前では気軽に崩れ落ちていく。
いまこの場にいるヘノ、ニム、ルイの妖精三名。そして周囲でずっとカレーを待っていた小さな妖精たち。
彼女たちはなんだかんだで甘いものが大好きなので、鍋に群がり甘さたっぷり無水カレーを美味しそうに食べている。だが、さすがに人間である桃子の味覚にはちょっと甘すぎた。
「うーん……野菜が欲しいなあ。それかせめて、もう少し甘さの少ない果実かなあ。ダンジョンの果物って全体的に魔力が豊富で甘味も強いから、それが逆にネックになっちゃってるんだよねえ……」
「なるほど。桃子くんは、甘味のない、そして水分の多い食材を模索中なのでは、ないかな?」
「リドルちゃん?」
桃子が一人であれこれ考察をしているとその独り言が聞こえていたらしく、小麦肌のオリエンタルな妖精、リドルが声をかけてきた。振り返れば、いつもの額に指をあてた『賢そうなポーズ』をとるリドルの姿がある。
しかし、今回は彼女の目的はいつもの謎かけではなく、情報提供のようだった。
「ちょうど良いものが、砂漠に生えているのでは、ないかな? その表面は恐ろしいトゲで覆われ、しかしその内部には大量の水を蓄えている、不可思議な植物たち」
「あ、そうか! サボテン!」
「その通り。次に砂漠へと向かうならば、サボテンを探してみると良いのでは、ないかな?」
そう言い残して立ち去るリドルの背中を眺めながら、桃子は思い出していた。
行き倒れ探索者を助けたり、ドライフルーツを作ったりしていてすっかり忘れてしまっていたが、砂丘ダンジョンにはオアシス周辺以外にも、食材のあてがあったのだ。
それはそう、サボテン。
サボテンと言っても多種多様だが、しかしサボテンには食材になるものも多いのだ。国によっては主食の一つになっているものもあるらしい。
そしてここに来て、ダンジョンのサボテンだ。砂丘ダンジョンに詳しいリドルが言うのならば、あの砂漠のサボテンは食材として使えるのだろう。
無水カレーに使えるかどうかは分からないが、甘みのないサボテンなら、念願のサラダとなり得るかもしれない。
これは、採取するしかないのでは、ないかな?
桃子は脳内でちょっとリドルの真似をした。
「桃子くんは……リドルとともに、砂漠へと向かうのかねぇ……?」
そして、リドルが立ち去ると、その様子を見ていた別な妖精が声をかけてくる。毒の妖精――いや、薬草の妖精であるルイだ。
彼女はなんだかんだで妖精の畑の一角、薬草園の管理を買って出ており、もしかしたらヘノよりもあの畑に詳しいかもしれない。
畑の全体の管理はヘノとニム。どこからか果樹を持ってくるのは葉っぱの妖精リフィ。薬草を管理するのは薬草の妖精ルイ。土に武器を刺していくのが火の妖精フラム。こっそり果実酒を作るのはクルラ。それが、今の畑の管理者たちである。
そんなルイが、桃子の横にふわりと飛んでくる。
「私は、あの砂漠は苦手だからねぇ……桃子くんは、リドルをよろしく頼むよぉ……」
「ルイちゃん?」
「リドルは、あの砂漠の遺跡で……ずっと、探しているのさぁ……ククク」
そして、何だか意味深なことを呟いて、クククと笑いながらそのまま立ち去ってしまう。
唖然としてその背中を見送る桃子が、我に返るのはその5秒後のことだった。
「え、いや、クククじゃわからないよ?!」
「というわけで、一週間ぶりの砂漠だよヘノちゃん!」
「そうだな」
「なるほど。桃子くんたちは、本日もこの砂漠で、食べ物を探すということでは、ないかな?」
思い立ったが吉日。
というわけではなく、元から午後はもう一度訪れる予定ではあったのだけれど、砂丘ダンジョン再び、である。
先週と同様に、一反木綿から作り出した真っ白い布――砂漠ポンチョに身を包んだ桃子が砂漠へと降り立った。リュックにも同様の白いカバーを被せて、水筒の中にはニムの水を満タンまで注いできた。準備万端だ。
そして今回は前と違い、砂丘ダンジョンの案内役として、妖精仲間であるリドルも同行している。
「リドル。今日は。案内とか。任せるぞ」
「任せたまえよ。ボクはこのダンジョンで生まれたのだから、このダンジョンについては何でも知っているのでは、ないかな?」
「へえ、そうなんだ! じゃあここはリドルちゃんの実家みたいなものなんだねえ」
「そうとも言えるかも、しれないのだね」
当然のことだけれど、妖精たちにもそれぞれが生まれた場所というのはある。
今はティタニアの国で過ごしている氷の花の妖精たちが、北海道のカムイダンジョンで生まれたように。酒浸りのクルラが、桃の窪地の桃の木から誕生したように。妖精たちも、それぞれが生まれたダンジョンというのはある。
そして、目の前で賢そうなポーズを決めているリドルが誕生したのが、この砂丘ダンジョンだったらしい。言われてみればやや小麦色をしたエキゾチックな風貌も、この砂漠の地にマッチしていると思う。
「ねえねえ、ヘノちゃんはさ、自分が生まれた場所って覚えてるの?」
「ヘノは。最初に気が付いたのは。空の上のほうだったぞ。風が吹いてて。高い場所だったな」
「空……」
そしてリドルの故郷ついでに、実は前から気になっていたヘノの生まれた場所についてもさり気なく聞いてみたのだが、なんとも漠然とした返答が戻ってくる。
空の上、ときた。
空がひらけているダンジョンにも色々あって、例えば一日中太陽が照り付けるこの熱砂砂漠のように、地上とは全く違うルールの空が広がるダンジョンもある。例えば房総ダンジョン第一層の森林迷宮のように、地上と殆ど同様の空が広がるダンジョンもある。他にも、厚い雲に覆われてそれより高みが見えない滝の迷宮や、常に夜空の星が瞬く青い花畑のような特殊な場所もあるだろう。
しかし、ヘノの故郷の空がどのようなダンジョンだったとしても、だ。
空を飛ぶことのできない桃子は、ヘノの生まれた場所を訪れるのは難しいのだろう。
なんとなく空を見上げてみたが、『熱砂砂漠』の空には灼熱の太陽が陣取っていて、ただただ眩しいだけだった。
「桃子くんは、ヘノの生まれた場所に、行きたいのかい? それは、何故かな?」
桃子が空を見上げていると、ヘノと桃子のやり取りを見守っていたリドルが声をかけてきた。
桃子がヘノの故郷を知りたいのは何故か? なるほど、人間と価値観の違う彼女にとっては、これもまた一つの謎なのかもしれない。
しかし、答えは単純だ。
「うーん、ヘノちゃんのこと、沢山知りたいから、かなあ?」
「ヘノも。桃子のこと。知りたいぞ。また桃子の家に行こう」
「えへへ」
桃子とヘノが見つめあって、桃子が頬を緩ませる。
ヘノも無表情ながら、ポンチョ越しに桃子の肩を撫で撫でしているので、きっと彼女も桃子と同じ感情なのだろう。
リドルはそんな、いちゃつく二人を見て、額に指を当てた賢そうなポーズで推理する。
「もしかして。もしかして、なのだが。その感情は『好き』というものなのでは、ないかな?」
「え? うん、そうだね。私はヘノちゃんが大好きなんだよ。だから、沢山知りたいの」
「ヘノも。桃子のこと。大好きだぞ」
「えへへ」
「……なるほど、やはりか。ヘノやニムを観察していると、頻繁にその言葉が聞こえてくる、わけだね。相手を知りたいと思う心は『好き』、なのだね」
リドルは、人間だったらすぐにわかりそうなことを、口のなかで吟味するように呟いた。
いや、人間でなくとも、ヘノやニムも『好き』という言葉は普通に使っているのだから、これはリドル個人の問題なのかもしれない。
リドルは、賢そうなポーズのまま、深く考え込んでしまった。
「お前。単純なことを。色々難しく。考えすぎなんじゃないか」
砂漠の揺らぐ空気のなかで呟いたヘノの言葉は、実に的を射ている気がした。
【フルーツ☆タルト所属 カリンの配信チャンネル】
パティシエのみんな~、お待たせ~! 皆のアイドル配信者、カリンだよ!
今日はほーら、SNSの告知通り、カリンたち『フルーツ☆タルト』は、鳥取の砂丘ダンジョンへとお邪魔してるよ~っ♪ ほら見て~? 今日は頭からなんか……ええと……エジプト人みたいな布なんだよ~♪
あのね、知ってる? 今はね、この砂漠にはメジェド様が降臨しているって、ものすごーい噂になってるんだって!
『うわ、カリンさん、踏み込んで早々配信初めてるんですか?』
『こいつ、タチバナちゃんが大人しくしてる間に巻き返そうと躍起になってるのよ』
『昔馴染みなのにコラボ断られたのまだ根に持ってるんですか?』
あーあー聞こえなーい。
なんかうちのメンバーが変なこと言ってるけど~? ぜーんぜん、カリンはタチバナさんなんて意識してないからね? あれでしょ、確かにすごい動画配信したし、カリンと同じくらい可愛いし、見習いのときは一緒に潜ってた同期だけど? でも別に、カリンはカリンで、意識とかしてないし?
はーい、話を戻すよ~♪
パティシエの皆。今からカリンたち、砂丘ダンジョンの探索を配信しちゃうので、応援してねっ♪
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はぁ……はぁ……。
パ、パティシエの皆……も、もう、この砂丘、歩き辛くて……なんか、ちょっと……うぇ……。
『カリンさん、歩くの下手すぎませんか? あと衣装をもっと軽量化しましょうってあれほど言ったじゃないですか。その馬鹿みたいなリボンとヒラヒラ外しましょうよ』
『視聴者さんたち、うちのカリンが馬鹿でごめんねー。しばらくは疲労困憊のカリンを眺めてあげてねー』
ちょ、まって、まって。
アイドル探索者が、こんだけの、距離で、疲れるわけないじゃん!
はい、パーティメンバーが変なこと言ってるけど、ふぅ……カリンは元気だよ~?
サソリの魔物だってさっき、カリンの力で撃退したもん!
でも、ちょっと……ふう……良い景色だし一度休憩しながら質問コメント読もうかな。疲れたんじゃなくて、コメント読むために休憩してるだけだからね~?
はい、一つ目。
のど飴ちゃんはタチバナさんみたいにコメント読みながら探索できないんですか?
またタチバナの話かい! ……コホン。あのね、カリンはね? 普通の探索者なんだよ? だから、あんなチートじみた子と比較されると、ちょっと困っちゃうな~。
だってあの子、新人の時からなんかおかしいんだもん。いきなり隠し扉見つけるし、へ……へーれつしょり能力? とかいうのがチートだし、カリンにはなんか妙に塩対応だしっ!
っていうか、カリンのことのど飴って呼ばないで! その名前は厳禁! 次また呼んだらパティシエ追放ね! 次!
のど飴ちゃんは試験とか大丈夫なの?
ア、アイドルに試験とかないし! あとのど飴じゃないもん! バ~カバ~カ! 次!
『次、じゃないですよ。試験はあるに決まってるじゃないですか、私たちまだ学生なんだから。馬鹿はどっちですか』
『ごめんねー視聴者さんたち、うちのメンバーが本当にアホで。ほらカリン、そろそろ立って、中継キャンプまで頑張るよ』
ひ~ん、キャンプ遠いよ~。
み、みんな~、カリンのこと応援してねー……。