ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子たちが鳥取のダンジョンにて灼熱の太陽の下を歩いている頃。
遥か遠く、北海道は摩周湖の麓にあるダンジョン内には、とある妖精たちのグループが姿を現わしていた。
「ククク……いいかい、キミたち。あまり遠くへ……行くんじゃないよぉ……?」
「に、人間がいたら、見つからないように……か、隠れてくださいねぇ?」
摩周ダンジョン第一層、白い湖畔。
今年の初めに起きたとある出来事をきっかけに、真っ白く凍り付いていたその迷宮内には緑が戻り、白以外の色も増えてきた。
しかしそれでも、夜になれば白い粉雪が降り積もり、湖畔の麓には白い氷の花が咲き乱れている。そういう意味ではやはり、白い世界なのは相変わらずである。
そのダンジョンの湖畔の奥の茂みに姿を現わしたのは、薬草の妖精ルイと、水の妖精ニムの二人。
そして――。
『氷のお花! 氷のお花があるよ!』
『隠れて人間、みてくる、ね』
『氷の花みてくる!』
『カレーらいす』
この第一層、白い湖畔で誕生した、その背に薄い氷の羽根を持つ小さな少女たち。氷の花から生まれた氷妖精たちの姿が、そこにあった。
光の膜を潜り、ティタニアの住む妖精の国から、氷妖精たちが一斉に里帰りをしている最中であった。
「しかし、どうやら桃子くんの言う通り……まだ、このダンジョンには人間が入れないようだねぇ」
人の気配の希薄なその第一層を、ルイとニムはふよふよとゆっくり飛んでまわる。
いま、このダンジョンには人間の探索者というものが入り込んでいなかった。厳密には、調査のための探索者や、ペンション『パイカラ』を立て直すための業者やらはそれなりに入り込んではいるのだけれど、それでも他のダンジョンと比べれば大した人数ではない。
これはこのダンジョンを広範囲に破壊し、変貌させた『霜の巨人』の影響だ。
ダンジョン内の地形が大きく変わり、ペンションは半壊状態。出没する魔物や原生生物の生態にも変化が見られる。
このように急激にダンジョン内の環境が変化した状態では、ギルドが主体となってある程度の安全性を確認出来るまで、探索者の自由な出入りを許可するわけにはいかない、というわけである。
特にこの摩周ダンジョンは国立公園内に存在するため、ルールの改訂も一筋縄ではいかないようだ。
危険が当たり前のダンジョンで安全性の調査というのも妙な話ではあるが、それでもしばらくは調査に時間を使わなければならない。それが社会のルールだった。
恐らく、2月いっぱいは一般の探索者は入れないのではないか、とは房総ダンジョンギルド職員、窓口杏の見立てだ。
「向こうに見える、あの建物が……桃子くんたちが泊まったという『パイカラ』だねぇ?」
「あ、あそこだけ人が多いですね。こ、怖い……」
「ククク……近くで、見てみるかい……?」
「こ、怖いけど……行ってみましょうかぁ」
そして本日。
ある程度情操教育が終わり、以前よりもきちんと会話が成り立つようになった氷の花の妖精たちの里帰りの引率担当になったのが、ニムとルイの二人、というわけである。
里帰りと言ってもあくまで一時的なもので、夕刻までには妖精の国へと戻るつもりではあるが、氷妖精たちはいつかはこのダンジョンへと戻るのだ。それがいつかは分からないが、今の内からこうして少しずつ慣らしていったほうが良いだろう。
そんなわけで引率だが、肝心の氷妖精たちはこのダンジョンに訪れた途端に各々が好きな場所へと飛んで行ってしまったため、引率のニムとルイは、来て早々やることがなくなってしまった。
もともと氷妖精たちに危険さえなければあとは好きに過ごす腹積もりだったのだけれど、先ずは二人で遠くに見える『パイカラ』を覗いてみようということになった。
「あ、あそこに柚花さんが、宿泊してたんですねぇ……」
「手前側は、随分とボロボロになってしまっているけれど……ククク……悪くない建物だねぇ……」
湖畔の麓をぐるりと半周して、二人は件のペンションへと近づいていく。
第一層中央に陣取るその大きな湖畔のペンション側には、真っ白い氷の花の花畑が広がっていた。
先ほど好き好きに散開していった氷妖精たちの半数ほどは、どうやらこの花畑に集まっているようである。
人間の建物から近い位置なのがやや不安要素であるが、今の所は探索者もほぼ居ないため、気にすることはないだろう。
ルイたちは、花畑で遊ぶ妖精たちに時々声を掛けながら、『パイカラ』へと近づいていく。
どうやら、正面部分が半壊してしまったのを機に、今回改めて全面的な改修を行うことにしたようで、ひっきりなしに荷車に乗せた建築材などが運ばれてきている。
ダンジョン内には探索者が少なかったが、この建物に限っては、建築業者を含めるとかなりの数の人間たちが入り込んでいるようである。
「な、中はどうなっているんでしょうかぁ?」
「気になるなら、入って見てみるかい……?」
「むむむ、無理ですよぅ……こ、怖くて……あ、あんな、恐ろしい人たちの中なんて……めそめそ……」
柚花たちが宿泊した部屋というものを見てみたかったニムであるが、流石にこの大勢いる人間の中に入り込む勇気はない。
今でこそ人間のパートナーを得ているニムだが、彼女はティタニアの子供たちの中でも人一倍、人間を恐れている妖精なのだ。
ニムが柚花と初めて出会った日も、最初はやはり怖かった。ヘノや桃子という緩衝材がいなかったら、もしかしたら泣いてしまっていたかもしれない。
ただ、そこでポツリポツリと柚花と頑張って会話をしてみれば、彼女はニムが人間を怖がる気持ちを理解してくれたのだ。というのも、彼女もニムと同じ恐怖を感じていたのである。
二人で人間の悪口を言い合って、桃子のおかしさを話し合って、そうしている内に何となく打ち解けることができて、仲良くなった。それがニムと柚花の馴れ初めである。
そんなわけで。ニムは柚花に対して心を開いたけれど、それは人間が怖いという共通点があったからこそなのだ。なので、なんだか声が大きくて荒々しい建築業者の群れなど、ニムからみたら恐怖の蛮族の群れでしかない。恐ろしすぎた。
「ククク……探索者以外の人間が、ここまで多いのも珍しいねぇ。これはこれで、面白い光景なのだが……おや?」
「ど、どうしましたぁ……?」
金槌で柱をガンガン叩いている人間や、大声で柱の上に立っている者たちに指示を出している人間など、普段は見ることのないタイプの人間をルイがねっとりとした視線で観察していると、ふと、一人の人間が目にとまった。
どうやら建築業者ではなく、このペンション『パイカラ』の人間なのだろう。暖かい湯気のたつお茶を皆に配りまわっている。皆でお昼がどうこう、という話し声が聞こえる。
そして、その男性だが、よくよく見ると、独自の魔力を帯びていた。これは、ティタニアの娘たちの中でも年長者であるルイだからこそ気づけたことかもしれない。
「ククク……あそこの人間。妖精ではない、何か見知らぬ魔法生物の……加護が、ついているねぇ」
「そ、そうなんですかぁ……? 私には、何も違いはわからないですけど……」
「あれは、この土地の魔法生物、だねぇ。ククク……消滅してもなお、大切な人間を守るとは……コロポックルというのは、素敵なものたちだったのだねぇ……」
ニムには分からないままなのに、ルイは一人で納得してしまっている。ニムは疎外感で泣きそうだ。
だけれど、ルイの言葉でなんとなくだけれど、その言葉の意図することは想像できた。
柚花と桃子から、このダンジョンで起きた事件のあらましは聞いている。そこにいた魔法生物、コロポックルのことも聞いている。
だからきっと、あの人間にはそのコロポックルの加護がついているのだろう。ルイは命に関わる話で嘘をついたりはしない。
そんなコロポックルと人間の絆について考えていたら、ニムはまた無性に柚花に会いたくなってきた。
「うぅ……わ、私もはやく、柚花さんに会いたいですよぅ……うぅ……めそめそ」
「やれやれ。ヘノも、クルラも、リドルもだけれど。人間というのは……相変わらず、妖精にとって、毒だねぇ……」
柚花を想い、めそめそしてしまったニムにため息をつきながらも、ルイはニムの頭を優しく撫でてあげるのだった。
『不思議な草! 不思議な草!』
『薬草。薬草だ、よ』
氷妖精たちが、小さな草を採ってルイたちの元へとやってきたのは、二人が『パイカラ』見学を終えて湖畔へと戻ってきてしばらくのことだ。
湖畔を眺めながら取り留めのない雑談に興じていると、何人かの氷妖精たちがルイとニムの姿を見つけて真っすぐに飛んできたのに気が付いた。
何事かと思いそちらを見てみると、彼女らは、その小さな身体の何倍も大きい草を抱えて真っすぐに飛んでくると、それを二人の先輩妖精に差し出してくる。
薬草。それはルイの属性そのものであり、そして当然ながら、ルイの専門分野である。
「おやおや、良い子たちじゃないか。これは……ふむ、寒い地域に自生する……薬草、だねぇ」
「さ、寒い場所だと……や、薬草も、変わるんですねぇ」
「ククク……薬草どころか、毒草だって……色々と……」
ルイは個人的な趣味として、毒草を集めたり、毒草を研究、調合したりしているが、それでもその属性は薬草の妖精だ。
なので基本的には、彼女の知識は人を癒す方面で発揮されることが多い。とはいえ、ルイ自体は人間をさほど好いているわけではないので、もっぱら桃子や柚花の手伝いとして、ではあるが。
そんなルイに対して、氷妖精たちはこの地で採れる薬草を探してきてくれたらしい。実によくできた子供たちである。
だがしかし、そんなよくできた子供たちだけでなく、氷の花の群生地には困った子供たちもいるわけで――。
『ヘノねーさま、ヘノねーさまがいないの』
『ヘノねーさま、人間に捕まっちゃったの……?』
何人かの氷妖精たちは今更になってヘノの不在に気が付き、氷の花の花畑をあちらこちらと飛び回って、ヘノを探し始めた。
先ほどまではヘノのことなど忘れて故郷の空気を楽しんでいた割に、思い出したとたんにパニックになるので、主にその対応を任されているニムは大変だ。
「ヘ、ヘノはいま、とっても暑いところに行ってるから……最初からここには来てないですよぉ? あなたたちがついていったら、し、死んじゃいますからねぇ……?」
ニムが慌てて子供たちを落ち着かせてまわると、子供たちは意味が分かっているのか分かっていないのか、一応は落ち着きを見せたようだ。
ヘノを探しまわるのを諦めて、いまは再び氷の花畑で遊びまわっている。
「ニムも……立派に、お姉さん、だねぇ……ククク」
「うぅ……な、なんだか、変な気持ちですねぇ」
ニムは、どちらかと言えば妖精の国の、強い自我を得た妖精たちのグループ内では新参にあたる。一方、ルイやクルラはティタニアの娘の中でも古参の妖精だ。
妖精たちがわざわざ仲間の年齢を気にすることなどほとんど無いのだが、ルイとニムでは、今の姿になってから過ごした時間が、10年、もしかしたら20年を超える差があるかもしれない。
なので、新参であるニムが更に小さな子供たちの世話をしているというのは、ニムにとっては不思議で、ルイにとってはなかなかに感慨深い光景である。
「こうしていると、思い出すねぇ……リドルを拾ったときのことを……ククク」
「え……り、リドルですかぁ?」
「そうさ。彼女は……私が砂漠のオアシスへと、薬草を探しに行ったときに……出会ったのさぁ」
「え、ルイ、あんな暑いところに行ったんですかぁ……? し、死にますよぉ?」
「好奇心に負けてね……二度と行きたくはないけどねぇ」
ルイは、小さな氷妖精たちの姿を眺めながら、ふと。今頃ヘノと共に砂漠でサボテンを収穫しているだろう仲間のことを思い出していた。
彼女、リドルはティタニアの娘たちの中では異質で、肌の色も違うし、その誕生した経緯も特殊なものなのだ。
年長であるルイはそれをよく覚えている。というのも、リドルを拾ってきたのはルイだったのだ。
「あの時のリドルは……まだこの氷の花の妖精たちと同じように、生まれたてで、自我も薄かったねぇ……」
「そ、想像つかないですねぇ」
ニムの知っているリドルは、いつも物知り顔で、何かと賢そうな物言いをしている。つまり、とても賢い妖精なのだ。
その賢いリドルが、この目の前ではしゃぐ氷妖精のような何も知らない頃があったのかと思うと、今一つ想像できない。
「小さかったリドルは、ずっと砂漠で……当てもなく人を探していたのさぁ。きょうじゅ、きょうじゅ、とねぇ……」
「キョウジュさん、ですかぁ……?」
「なぞの教授……だったかねぇ? 私は、そんなリドルを不憫に思い、その日は手伝ってあげたのさぁ……」
「や、優しいですねぇ」
ニムはルイの話を聞いて、こくこくと頷いたり、ルイの優しさに感動したりしている。
周囲の氷妖精たちにも話は聞こえているはずであるが、彼女たちは全くと言っていいほどこの話に関心を持っていないので、今の聞き手はニム一人だ。
「ククク……しかしだねぇ、探索者たちの声を聴いた限り、リドルの探している人間は。どうやらその時既に、いない人間だったのさぁ……」
「え、えぇ……?! そ、そんな……悲しい……」
「私は仕方なく、半ば強引にリドルを女王の元に連れてかえり……あの国に住まわせたのだけれどねぇ……」
既にいない人間に執着する、小さな妖精。
砂漠のオアシスで毒草を吟味していたルイがたまたま見つけたその小妖精は、特異な状況であった。
ダンジョンに満ちるティタニアが浄化した魔力を糧にしているので、ティタニアの魔力も少なからず受け継いでいる。なので、ティタニアの娘であることには間違いない。
だがしかし、その核となるものは他の妖精たちとは明らかに違うものであった。
ルイはしかし、そんな彼女を保護する。
会えるはずのない人間に執着するのをやめさせて、平和な、妖精の国で過ごすことを教えた。
そんなリドルが成長し、確固たる自我というものを得るのはそれからおよそ1年後のことであった。
「やれやれ……今思えば、その時に教えてあげるべきだったのかもしれないねぇ……」
「な、なにを……?」
「ククク……いや、何でもないさぁ」
今日のルイは、珍しく口数が多い。
ニムは不思議そうにそんなルイを眺めるが、しかしそんな静かな時間はすぐに、再びやってきた氷妖精たちの喧騒にかき消される。
『あっちに、でっかい人間がきてるよ!』
『しんじてまぜる! しんじてまぜる!』
『人間いた、人間いたよ、怖い?』
どうやら、調査で訪れている探索者か、はたまた建築作業者が息抜きに来たのかは知らないが、この湖畔の畔まで人間が向かってきているようである。
ルイとニムは辺りに散らばる氷妖精たちに呼びかけて、そろそろ帰宅を促すことにした。
「ククク……私たちも、少々長居をしてしまったねぇ。ニム、今日のところは、帰るとするかい?」
「あ、あのぉ。ま、前から思っていたんですけど、この氷妖精たちの中に……ひ、一人、変な子いませんかぁ……?」
「ククク……数が多いから、わからないねぇ。気のせいではないかい?」
「そ、そうですかねぇ……うぅ……き、気のせい、気のせい」