ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「あいつら。本当に。この前の二人組なのか?」
「うん、あの赤いスカーフは覚えてるよ。それに、顔も確か、あんな感じの人だったような気がするけど、リドルちゃんはわかる?」
「そうだね。彼らの顔はよく知っているから、間違いないのでは、ないかな?」
リドルと共にピラミッドこと、第三層『地下遺跡』へと潜ることに決めた桃子とヘノだが、今回のルートはあくまで先に侵入しようとしている探索者たちの追跡である。
具体的な理由はわからないが、どうやらリドルたちは彼らのことが気になっているらしい。
それが何を意味するのかはさておくとして、とりあえずは距離をおいて大人しく探索者たちの後をつけていこうということになった。
砂漠のとある場所でカートを止めた探索者たちの前には、大きな四角い石で囲まれた、地下への巨大な階段が口をあけていた。
カートから降り立った2人の探索者たちは、何やら階段前で話し合ってから、神妙な顔つきでその階段を下りていく。どうやら胸元に外付けのカメラを装着しているので、何かしらの記録を撮影しているのだろうか。
二人ともが頭から大きなフード付きの外套を被っていたため、遺跡に挑む表情までしっかりとは分からない。期待にワクワクしているのか、それとも悲壮な覚悟を決めているのか。桃子からは見えない。
先日カフェに行ったあとに柚花から追加で聞いた話では、救助されたのはチームインディという二人組パーティなのだそうだ。この砂丘ダンジョンの遺跡調査を主な活動にしているパーティで、過去に失踪した探索者を除けば、彼らは一番この遺跡に詳しいらしい。
「そうか。わかったぞ。あいつら。自分を閉じ込めた罠を見つけて。再挑戦するつもりなんだな」
「うーん、流石にそれは違うと思うけどなあ」
彼らは大きなリュックを背負い、ゆっくりと石の階段を下りていく。
その先には、オレンジ色の魔法光がまるで松明のように並んだ、第三層の巨大なる地下遺跡が待ち構えていた。
探索者たちから数十メートルほど距離をおいて、桃子たちも地下遺跡の通路を進んで行った。
エジプトのピラミッドは石灰石や花崗岩で構成されているというが、このダンジョンも見た感じほぼ同じような岩から構成されているようだ。
きっちりと並べられた四角く切られた岩と、そこに彫られた数々の彫刻。そして所々には古代文字のようなものもある。
これが古代エジプト文字なのか、それともまた別な文明形態に由来する文字なのかは桃子には判断がつかないものの、まさに、ハリウッド映画に出てくるようなピラミッドだった。
「すごい、ピラミッドそっくり」
「桃子。本物のピラミッド。見たことあるのか?」
「ううん、実は見たことないの。だから本物にそっくりかどうか本当はわからないんだけど、なんか映画で見たことあるピラミッドっぽいなって」
「そうか」
そんな珍妙な会話を続けながら、ゆっくりと通路を進んで行く。
ピラミッドそっくりなどと桃子は話しているけれど、恐らく本物のピラミッド内にはこのような装飾と古代文字で覆われた巨大な通路など無いだろう。完全に映画の影響である。
しかし本物のピラミッドではないにしろ、この迷宮が何らかの古代文明を再現している、或いはその影響をうけて構成されているのは確かだろう。
左右に並ぶオレンジ色の魔法光は時折ゆるりと揺らぎをみせ、まるで本物の松明で照らされているような錯覚に陥る。
砂漠とは打って変わって、ここは冷たさのある硬質な空間だ。カツン、カツンと、先を進む探索者たちの立てる音が迷宮内に響く。
「先を行く彼らなら、遺跡の罠の多くを対処できるはずさ。あとをついていくだけで楽ができるのでは、ないかな?」
「魔力が見えないのに。罠に気付けるなんて。あいつら。凄いんだな。なんで閉じ込められる罠なんて。引っかかっちゃったんだろうな」
「私には、ただの石壁の通路に見えるけど、ここに沢山の罠が仕組まれてるんだねえ」
桃子たちが進んでいるのは、大きな石で構成されている通路だった。
というか、入ってからここまでの間もある程度のバリエーションはあれど、基本的にはこの内部の全てが大きな石で構成された迷宮だ。恐らく、このダンジョンはどこまで行っても、基本的な構成物質は大きな石なのだろう。
数十メートル先を行く探索者たちはゆっくりと慎重な足取りで進んでいる。時折彼らは床や壁を調べ、そして何かしら道具を使って床や壁に何か仕掛けたり、インクか何かで印をつけたりして進んで行っている。
どうやらリドルの言うように、あれはしっかりと罠に対処しながら進んでいるのだろう。
「桃子。ちょっとそこの右の。四角い床を。踏んづけてみろ」
「え? だ、大丈夫なの?」
壁同様に、このピラミッドは床もやはり四角く切られた岩で構成されており、並べられた岩にあわせて縦横に多数の溝が入っている。
だがしかし、桃子の目にはどれも同じような岩にしか見えず、この中のどれかが罠のスイッチだと言われてもとてもではないが判別がつかない。
とりあえず、ヘノに誘導されるままに右へと移動して、ヘノの指さす床の岩に足をかけてみる。
すると、桃子の右足が一瞬、ガコン、と1、2センチほど下に沈み込んで――。
バシュッ
「ひっ?!」
横の壁に小さく空いた穴から、鋭い矢が桃子目掛けて発射された。
桃子には一瞬すぎて何が起きたのか分からなかったのだが、鋭い音とともに発射された矢は、桃子の周囲に張り巡らされていた魔法の防護壁を貫くことが出来ずに、そのまま見当違いの方向へと吹き飛んでいってしまったのだ。
これは、ヘノの魔法。桃子を守護する風の結界だ。
「ほほう、なるほど。矢が飛んでくる程度ならば、ヘノの風でどうとでもなるという、ことかな?」
「そうだぞ。だから桃子。矢の罠なら。好きに踏んづけても。いいからな?」
どうやら今のは、矢が飛んでくることを分かったうえでヘノが桃子に罠のスイッチを踏ませたようである。
結果的にはそれで、ヘノの魔法の凄さが理解できた。できた、が。
「いや、心臓に悪いから! お願いだから罠の場所あったら教えてね?!」
目の前で弾き落とせるから矢が飛んできても大丈夫――などということはない。普通にこれは心臓に悪い。
実際にはあまりに一瞬の出来事だったので、瞬きでもしていれば見逃したことだろう。だが、ただの一瞬、残像のように矢が向かってくる軌跡が桃子の視界に映り込んだ。そしてその数秒後にようやく、自分目掛けて射出された凶器だったのだと理解する。
理解すると同時に一気に恐ろしさが湧き出てきて、桃子の寿命は今のショックでちょっとだけ減ったかもしれない。肌年齢が少し老化したかもしれない。
「ならば教えるけれど、桃子くん。キミのかかとの下は。罠のスイッチでは、ないかな?」
「んぎゃぁぁーっ!」
今度は桃子の頭上からにょろにょろとした蛇が大量に降ってきて、乙女ならざる悲鳴がダンジョン内にこだまする。【隠遁】のおかげか前を行く探索者たちには何かの音の反響としか認識されていないようだが、だとしても乙女としては問題のある絶叫だった。
落下してきた数多の蛇たちは、先ほどの矢と同様にヘノの張り出した風の防護壁で四方へと吹き飛んで行く。なお、蛇たちは吹き飛びはしたものの無事だったようで、地面に着地すると慌てて地面を泳ぐように滑り逃げていった。
「なんだあれ。蛇じゃないか。あんなのも罠なのか?」
「わ、私、一人だったら今頃5回くらいは死んでるかもしれない……」
すんとした表情で蛇を見送るヘノとは裏腹に、桃子にとっては蛇ショックはなかなかの刺激だったようで、未だに呆然としている。
ぎこちなく、恐る恐る足を動かして、踏み出した先が何かの罠のスイッチでないことを確認したら、ようやくほっと大きく息を吐くのだった。
「凄く広いけど、本当に魔物とか出てこないね」
「このピラミッドは。たまにミイラが襲ってくるくらいで、魔物は殆ど襲ってこないのでは、ないかな?」
「あ、ミイラはいるんだ?」
先に聞いていたことではあるのだが、このダンジョンは罠が多い代わりに、本当に魔物が出てこない。
魔物と罠、どちらのほうが探索者としてはマシなのだろうかと桃子は考える。
少なくとも桃子の場合は【隠遁】で大半の魔物の認識から外れることが出来るため、場合によっては魔物の巣の中で寛ぐことすら可能なのだが、それに反して罠に対しては全くの無力だ。
反対に、いま前方を進んでいる探索者たちは的確に罠を回避、或いは解除して進んで行っている。彼らくらいになれば、魔物がいないこのダンジョンの方が楽なのだろう。
まあ、ミイラは出てくるようだが。
「そういえば、このピラミッドって秘宝とかお宝が多いって聞くけど、特に見かけないね」
「まだ探索されていない区画を探せば、宝があるかも、しれない。しかし彼らは今日は、既に開拓されたルートを真っ直ぐ進んでいる、ようだね」
桃子たちは、的確に罠を避けていく探索者チームを数十メートル後ろからずっとつけているのだが、今のところ、噂に聞くようなお宝というものを見ていない。
桃子としては、お宝の中身は財宝などでなくとも、ただの薬草一切れでもいいのだ。ダンジョン内で発見する宝箱というものにはロマンがある。そのロマンを味わいたいのだ。
しかし、残念ながら本日のルートは既に全て調べ尽くされたルートであり、新たなお宝というものはなさそうだ。
「それに、彼らは遺跡の調査をメインとした探索者さ。古代の歴史を知るのが目的だからね。秘宝目当てで、あちこち荒らすような探索者では、ないのさ」
「なんだ。遺跡の調査って。ここのダンジョンなんか調べても。昔のことなんて。わからなくないか?」
ヘノの言うことはもっともで、ダンジョンは決して昔の人間が作ったものではない。
なので、ダンジョンを調べたとしても、昔の人間のことなどわかるわけがない。それもまた道理である。
だがしかし。
「あ、聞いたことあるよ。ダンジョンのつくりを調べることで、ダンジョンの構成の由来になっている古代文明のことが、なにかしら解明出来るはずだっていう論文があるんだって」
「ろんぶん?」
「桃子くんの言う通り。このダンジョンで見られる古代文字も、そこには何かしらの意味が、あるのさ。読み解けば、古の神々の戯れについて、記載されている可能性もあるのでは、ないかな?」
「そうか」
難しい話が続いて、ヘノの返答がだんだん御座なりになってきた。
しかしリドルの言う通りで、今歩いている場所はただの無機質な何も描かれていない石壁だが、しかしこのピラミッドに入った最初の通路や、或いは所々に存在する小部屋には、様々な壁画や古代文字が記されているのを桃子も確認している。
それもまた、解読さえ出来れば様々な新事実が導き出せるのかもしれない。
桃子が知っている論文というのは、ダンジョン内のそういったものを調べることで、エジプトなり、あるいは別な古代文明なりについての知識を得ることが出来るはずである、という趣旨のものだった。
桃子が子供の頃、有名な考古学者の教授がテレビで説明したのを見た記憶がある。
「キミたちがよく遊びに行く、マヨイガという迷宮も、そうだね? あの迷宮の構造を調べると、過去の日本の技術が、色々と出てくるのでは、ないかな?」
「そう言われてみればそうだねえ。私、江戸時代の建物の実物なんて見たことないはずなのに、マヨイガのお陰で何となく詳しくなった気がするもん」
マヨイガは、あくまでダンジョンだ。決して江戸時代の人たちが作った建物ではない。
だがしかし、どのような力が働いているのかは分からないが、あの場所には江戸時代、もしくはそれより前かもしれないが、過去の日本の文化が息づいている。
建築様式はもとより、あの建物内にある様々な道具類なども含めて、その全てが日本の昔の文化を再現していると言える。
仮に地上で江戸時代の文献が全て失われたとしても、あのマヨイガを調べることで未来の人間は江戸時代を知ることが出来るのだ。それはなんだか、とても不思議なことだと思う。
「つまり。昔の日本は。松茸が。うまかったんだな」
「過去の食文化の謎が一つ、解明されたのだね? まさに、これこそが考古学というものでは、ないかね?」
「ええと……んー、あの……まあ、それでいいや」
違う。マヨイガで知れる過去の文化というのは、決して松茸のことではない。それは決して考古学ではない。
だがしかし、江戸時代でも七輪で焼いた松茸は美味しかった。それもまた否定できない、確固たる事実の一つではあるのだろう。
なので、桃子は訂正するのをさっさと諦めるのだった。