ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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スフィンクス

 オレンジ色の魔法光に照らされたその巨大な獣。いや、獣と呼ぶべきではないのかもしれない。

 黄金色の毛並みを持つ獅子の身体に、鷲の翼。そして小麦色の肌を晒す美女の上半身。まごうことなき、スフィンクスの姿がそこにはあった。

 その上半身の美しき女性部分は豊満な胸を隠そうともしていないが、しかしこの異形の生物を前にして、インディたちも劣情を催す余裕など欠片もない。

 

『ふあぁ……我の眠りを妨げるのは誰かと思ったが、おや。其方らはつい先日に試練に敗れたものたちではないか。何故ここにいる?』

 

 のそりとその獅子の巨体を起こして、二人の探索者たちを見遣るスフィンクスの姿は、どことなく猫を思わせた。

 少なくとも、寝起きに伸びをして、後ろ足で後頭部をぼりぼり搔いている仕草は巨大な猫そのものである。

 だがしかし、その尊大ともとれる言葉遣いは、彼女が人間より遥か高みの存在であることを意味しているのだろう。

 

 

 そして、彼女の周囲には、何人かの人間が立っていた。

 いや、それはよく見たら人間ではない。石像だ。

 まるで、何かから逃げ出すように。這う這うの体の姿をとった石像が、スフィンクスの周囲には並べられていた。

 あれがオブジェなのだとしたら、スフィンクスは相当な悪趣味の持ち主なのだなと、離れて見ていた桃子は思う。

 

 そう。あれがただのオブジェならば。

 

「ヘノちゃん、あれって……」

 

「まて。桃子。今は話とかしてる場合じゃないぞ。いくらリドルの知り合いでも。桃子が何もされない保証はないぞ」

 

「桃子くん。今はとりあえず、彼らの話を聞いてみるのが良いのでは、ないかね?」

 

「……う、うん」

 

 桃子は後ろ髪を引かれるような思いを堪えつつ、ヘノに手を引っ張られるままにスフィンクスから一番遠い柱の影へと移動する。

 この距離ならば、スフィンクスが何をしてきても多少は時間が稼げるだろう。

 リドルは警戒もせずに宙に浮きスフィンクスの姿を眺めているが、ヘノは既にツヨマージを現出させている。

 いつでも戦えるように、いつでも桃子を逃がせるように。

 

 柱の周囲に、静かに、緑の風が渦巻いていた。

 

 

 

 

「スフィンクス……俺たちは、お前に挑みに来た! 前回何があったのかは覚えてすらいないが、目的は変わらない!」

 

「どうなってんだ? 俺たちは前回試練に失敗してたってのか? まあ、失敗したならもう一度挑むだけだがな」

 

 扉を開けた二人の男性探索者、インディとジョーンズはスフィンクスと対峙していた。いつでも刃を抜けるよう、その腰に佩いた曲刀に手を掛ける。

 そして対するスフィンクスは、殺意を滲ませるその二人をまるで実験動物を見るかのように上から冷たく観察するが、それも一瞬だけ。すぐに興味を失ったように、彼らから視線を外してしまう。

 そして、ふむ、と一言呟くと、また猫のようにその場に座り直して独り言ちる。

 

『しっかりと、記憶は消えておるようだの。ならば、単に鍵の問題か? やはり核が抜け出た鍵では駄目か……』

 

「スフィンクス! こちらを見ろ!」

 

『やれやれ。其方らは、あの男の縁の者にしては随分と短慮よの』

 

「なんだと?! ……いや、そうだな。礼儀を欠いた、済まない。俺たちは、まずあなたと話がしたい」

 

「おい、インディ!」

 

「思い出せジョーンズ、教授はこの鍵を使ってスフィンクスと対話をしたと言っていただろう! 俺たちは、戦いに来たわけじゃないんだ!」

 

『……良いぞ。続けよ』

 

 その巨体を広々とした床の中央に下ろしたスフィンクスは、実に、暇そうに。実に、興味なさげに。人間たちの方を見てすらいない。

 だがしかし、彼女の呟きに思う所があったのだろう。インディは武器に手をかけるのをやめて、スフィンクスとの対話をすることに決めたようである。

 

 猫のように床に腰を下ろしたスフィンクスは、ちらりと一瞬だけ奥の柱に視線を向けると、インディたちの言葉の続きを促した。

 

 

 

 

「桃子。あいつら。いったい何の話をしてるんだ?」

 

「……聞いてる限りだと、あのインディさんとジョーンズさんは、先週もここに来てたんだけど、試練っていうのを突破できなくて記憶を消されちゃってたみたいだね。今日は戦おうと思ったけど、やっぱりお話をしましょうって思い直したりして、ちょっと混乱してるね」

 

 そのインディたちから離れてそのやり取りを聞いているのは、桃子とヘノ、そしてリドルの三人だ。

 念のため円柱の柱に隠れるような位置で覗き見ているが、ここは非常に静かな空間である。インディたちの焦りを伴う言葉が壁に反響し、必要以上に彼らの会話が大きく聞こえてくる。

 当事者であるインディたちは混乱の真っただ中のようだが、傍から聞いているだけの桃子のほうがある意味では冷静に状況を判断出来ていた。

 

「かわいそうに。あいつら。物覚えが。おかしくなっちゃったんだな」

 

「んー……まあ、そうだね。つまりは記憶が曖昧だから、どうしたらいいのか分からないんだろうね」

 

 ヘノの言い草はどうかと思うが、しかし、つまりはそういうことだ。

 妖精の国の女王であるティタニアと同様、あのスフィンクスは人間の記憶を消去することが出来ると考えるべきだろう。

 ティタニアの場合は、妖精たちの平穏を守るために。スフィンクスもまた何かしら、訪れた者たちの記憶を消去する理由があるのかもしれない。

 

「教授……鍵……スフィンクス……」

 

 そして、リドルはひとり。深く、深く、考えていた。

 

 

 

 

 インディは、ゆっくりと。腰にかけた武器から手を離すと、そのまま無手の両手を頭上にあげる。降参、白旗のポーズである。それを見たジョーンズも、渋々武器から手を離した。

 インディはスフィンクスへ敵対心が無いことをアピールしてから、深く大きく深呼吸をし、気を落ち着かせてから言葉を紡いでいく。

 

「まず確認させてほしい。俺たちは、前回もここに来た。そしてあなたの試練を突破できずに、その記憶を消去された。そこまではいいかな」

 

『凡そ、その理解で構わぬ。本来ならば試練に敗れた時点で鍵も消え、其方らが二度ここへ訪れることはあり得ぬ話だったのだがの』

 

「あ、鍵が……勝手に浮きやがった! どうなってんだ?!」

 

 インディたちが己の記憶を確認する。やはり彼らの想定どおり、二人は前回この場で試練に敗れ、その記憶を失ったのだ。

 しかし、どうやらスフィンクスの想定外の出来事が一つあった。

 それは、鍵の存在だ。インディが今でもまだ鍵を所有しているというのは、スフィンクスの想定とは外れた出来事である。

 スフィンクスの想定としては、インディの所持している鍵は、試練の失敗と共に消えているはずなのだ。

 

 スフィンクスがその巨大な獅子の右前足をくいと持ち上げると、インディが懐に入れていた石の鍵がふわりと宙に浮かび、スフィンクスの眼前へと飛んでいく。

 そして、スフィンクスの目の前で白く光ったと思うと、その場から消失してしまった。

 十数年ぶりの発見となったスフィンクスの鍵は、しかし今再び、行方を晦ましてしまったのである。

 

『試練は一度きりぞ。鍵は再び、我が迷宮の何処かへと隠しておこう。今の其方らには、試練に挑戦する権利はないのだ。大人しく人の住む大地へと帰るが良い』

 

 そして鍵を消したのと同様に、スフィンクスはインディたち二人の周囲にも、光の陣を浮かび上がらせ、彼らを捕えにかかる。

 だがしかし、そこで大人しく陣に束縛されるほどインディたちは腑抜けた探索者ではない。すぐさまその位置からそれぞれが反対方向に飛びのき、そしてもう一度、腰に佩いたままの曲刀の柄に手をあてた。そして、いつでもその武器を振るえる姿勢のまま、静かにスフィンクスへ問う。

 

「もう一つ聞かせてくれ。あなたの周囲にある石像は……人間、なんだな? 彼らは皆、教授と共に第四層へと挑んだ顔ぶれだ」

 

 インディはここでようやく、この部屋に踏み込んだ時から気になっていた存在について触れる。気づかないわけがない。気にならなかったわけがない。

 スフィンクスの周囲に並んでいる数人の石像。皆が皆、必死の表情だ。何かから逃げるような、助けを求めるような姿の石像だ。

 彼らは、インディたちが見たことのある人物ばかりだった。あれは忘れもしない、教授と共に遺跡へ挑んでいた探索者たちだ。教授と共に自分たちに様々なことを教えてくれた先輩方が、石となり、助けを求めているのだ。

 彼らが、絶望を浮かべた顔で、石像へと成り果てているのだ。

 

『この、恐れ慄く者たちが。石化した人間だとしたら、其方らはどうする?』

 

「俺たちの恩師が、過去にスフィンクスの鍵を使いここに来たはずなんだ。もし、その恩師が同じように石と化しているのだとしたら、もとに戻してもらいたい。地上へ連れて帰らせてもらいたい。もちろんそこにいる先輩方もだ」

 

「ああ。俺たちは、砂園教授を探すために、あの人に恩を返すために、この迷宮を調べてるんだ! まさか石になってるとは思わなかったが、ならば命がけでも助けてやる。そこだけは譲れねえ!」

 

『断ると言ったら?』

 

「ならば、力づくでも!」

 

 インディたちが、鈍く光を反射する曲刀をその手に構え、吠えた。

 

 石化とは、呪いだ。

 日本のダンジョンではまず滅多に見れるものではないが、しかし世界のダンジョンの歴史の中には、石化の力を操る恐ろしい魔物の伝説は各所に残っている。

 そして、その解除方法は二つ。一つ目は力のある魔法使いによる解除。そしてもう一つが、元凶の撃破だ。

 

 この場で刃を構え、スフィンクスの撃破を目論むインディたちの判断は、他者から見ればただの自殺行為として映るだろう。

 ここは退くべきだ。何の準備もなしにスフィンクスのような巨大な特殊個体に二人だけで勝てる道理はない。賢い彼らが、それを分からない筈もない。

 だがしかし、彼らには退けない理由があった。もう彼らには、この扉を開く『鍵』がないのだ。彼らを助けるどころか、この場に踏み込める機会そのものを失ったのである。

 

 これが教授を救う最後のチャンスかもしれないという、強い、強い想いが、彼らに退くことを許さない。逃げるという選択肢を破り捨てていく。

 

 

 

 

「ど、どうしようヘノちゃん、あの石像、みんな人間なんだって……!」

 

「あれは。呪いだな。北海道で。後輩の目が氷になっちゃったろ。それと同じだぞ」

 

「呪いなら、その元凶を倒せば解除できる? でも、流石にあの人たちだけじゃ、あんな大きなスフィンクスには……」

 

 呪いは、元凶を倒せば解除できる。それは探索者ならば漠然と知っている、ある種の常識だ。

 だがしかし、呪いを使ってくる魔物というのは得てして強者なのだ。簡単に勝てる魔物ではない。それだけの魔力と強さを兼ね揃えている場合が殆どだ。それこそ、いま目の前にいるスフィンクスは、桁外れに強い。

 魔力を目視できない桃子にすら理解できる。このスフィンクスは格の違う存在だ。鵺や霜の巨人と同様に、人間がたった二人で戦えるようなものじゃない。

 だけれど目の前に、それでも二人だけで戦おうとする探索者がいるのだ。そんなもの、むざむざ見捨てられるわけがない。

 

 桃子は彼らを援護するように、自分を鼓舞するように、ハンマーを強く握って――。

 

「桃子。カレーのことでも考えて落ち着け。あの呪いは。すひんくすがやったわけじゃないぞ」

 

「えっ?!」

 

 

 

 

『あははははははははははははははは!!! これは愉快だ!! まさか二度も全く同じ問答で、我に刃を向ける者が居るとはな』

 

 曲刀を構えるインディとジョーンズを前にして、スフィンクスは構えるでも、恐れるでもなく。その場で愉快そうにその瞳を細めて、大きな高笑いをその空間に響かせる。

 

『だがしかし、これもまた前回と全く同じ問答であるが、其方らは大層な勘違いをしておるよ。前回の焼き直しのようで、実に滑稽ぞ』

 

 唐突な狂笑にインディたちも一瞬怯むが、しかしすぐに彼らは気を取り直し、そのスフィンクスの言葉を理解する。

 勘違い。彼女はそう言っている。勘違いとすると、ではあれは石化した人間ではない? いや、それは無いだろう。インディは即座に判断する。あれは明らかに、消えた探索者たちだ。

 ならば、自分たちが勘違いしているのは――。

 

「石化は、スフィンクスがやったんじゃないのか?」

 

「どういうこった? スフィンクスじゃねえっていうなら……」

 

『いやはや、楽しい余興であったわ。其方らは賢く、そしてその賢さを裏切るほどに勇敢だ。我はそのような人間たちを愛おしく思うよ。命まで取るつもりはない。先日と同じく、記憶を消した後に迷宮内へ放り出してやろう』

 

 一通り笑い終えたスフィンクスは、その獅子の四つ足をまっすぐに延ばして立ち上がると、満足げに目を細めて探索者たちを見下ろす。

 それは先ほどの冷たい目線ではなく、まるで可愛らしい子供たちを見つめるような、どこか優しい瞳だ。

 少なくともそこには敵対心はなく、慈悲の意思だけが存在していた。

 

「く、この魔法は……でかいな」

 

「どうなってんだ? どうなってんだおい!」

 

 気付けば、先ほどの光の陣が、今度は二人を大きく囲むような巨大なサイズで展開されていく。

 10メートルを超えるであろう陣に囲まれ、インディたちは逃げる先もなく、そのまま光に束縛されていく。もがこうとするが、束縛は強力で手足を動かすことも敵わない。

 

『鍵は再び。この迷宮の何処かへと隠そう。いつか其方らが再び叡智を駆使して鍵を手にしたならば。その時こそは……試練を突破出来ることを、期待するぞ?』

 

「くそっ! スフィンクス! 俺たちは、また絶対に鍵を探し出す! そのときは――」

 

「10年たとうが、20年たとうが、絶対に俺たちは教授を――」

 

 そして、彼らの言葉が最後まで発されることなく。

 光の破裂と共に、二人の姿はその空間から消失したのだった。

 

 

 

 

「あ……インディさんとジョーンズさん、消えちゃった……大丈夫かな」

 

『心配せずとも良い。今回は我の不手際であるからの。危険のない階層の入り口へと送り返してやったわ』

 

「えっ……?!」

 

「さすがに。すひんくすには。桃子が認識出来てるんだな」

 

 インディたち二人が消え去ったその空間を眺めて桃子がポツリと呟くと、その声に返答をよこしたのは、そう。スフィンクスである。

 のそりとその巨体で立ち上がり、彼女は桃子たちの方へと近づいてくる。近づけばよくわかる、彼女はとても巨大だ。

 エジプトの巨大スフィンクス像ほどではないだろうが、しかしその体躯は大型トラックよりもあるだろう。美女の姿をとる上半身だけでも、桃子の数倍はあるに違いない。これだけの巨躯だと、カレーが大鍋で何杯食べられるのだろうか。

 あと、下着もつけていない上半身なので、ボリュームがすごい。桃子はショックで言葉も出ない。

 

 そして桃子は気が付いた。

 桃子を見下ろすその瞳は。小麦色の肌に、濃い茶色の髪は。桃子がちょうど最近友達になった、とある誰かを彷彿とさせる。

 いや、彷彿とさせるどころではない。髪型の違いや途方もない全身サイズの違いがあるだけで、その顔立ちだけで言うならば殆ど同じ要素しかないではないか。

 

 桃子がそのもう一人の友人に目を向けると、同じくスフィンクスもその相手に視線を向ける。

 そして、スフィンクスは問いかける。

 

『鍵も持たぬ来訪者など本来ならば追放ものだが、この者らは其方の客人ということでよいか? のう、リドルよ。そろそろ己の出自を思い出したかえ?』

 

 謎の妖精リドル。

 

 スフィンクスと瓜二つの姿をした彼女は、ただ静かに。つい先ほどインディとジョーンズが立っていた空間を、思いつめた瞳で見つめていた。

 

「スフィンクス。今しがたのキミたちの問答を見ていて。ボクは一つだけ、思い出したことが、あるのさ」

 

 しかしすぐにスフィンクスの声に向き直り、リドルは顔を上げる。

 そしてリドルが静かにその手を翳すと、小さな小麦色のその手の先の空間が白く輝き出し。

 そしてその光が止むと、そこには一つの、石で出来た鍵が現れた。それは先ほどスフィンクスが魔法で消失させた鍵だ。

 桃子は驚愕する。スフィンクスが消失させたその鍵を、何故かリドルが己の魔法によって、再び召喚してみせたのだから。

 

「懐かしい、わけだね。こうして触れ合うと、ありありと思い出せる。この鍵はボクの一部さ。スフィンクスの鍵。意思を持つ鍵。それがボク――リドルの正体では、ないかな?」

 

 リドルは、お得意の額に指を当てた賢そうなポーズで。

 左手には、己の身の丈を超える石の鍵を構えて。

 

 スフィンクスに、ものすっごいドヤ顔を向けるのだった。

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