ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
――桃子のこと。大好きだぞ。
ここ数か月。仲間である風の妖精ヘノが、水の妖精ニムが、大きく成長したのを見て来た。
彼女たちに何があったのか。ボクはずっと、観察してきた。
その謎。その答え。
それは人間のパートナーを『好き』という感情、だった。
――俺たちは、砂園教授を探すために、あの人に恩を返すために、この迷宮を調べてるんだ!
彼らのことはよく知っている。ボクが鍵だった頃、彼らは砂園教授の弟子だった。
きっと、彼らはずっと、今でも。砂園教授を『好き』なの、だろう。
だから、何があろうとも。命を天秤にかけられようとも。
スフィンクスにも、第四層にも。勇気を持って、立ち向かえる。
――リドル。君はいつの日か、鍵という役目から解き放たれ。自分の心で自由に動けるようになる日が来るのでは、ないかな。
ボクは、砂漠でルイに出会い、妖精の国へと迎え入れられた。そこが、ボクの始まりだと思っていた。
でも、本当は、もっと前から、ボクは始まっていたんだ。
名前をつけてくれた。謎というものを教えてくれた。未来を信じてくれた。ボクに愛情を注いでくれた。そんな人がいたんだ。
ボクの始まりは、教授と過ごした日々だったんだ。
その時のボクは、ただの道具でしかなかったから、思い出すのがとても、遅れてしまった。
スフィンクスには桃子に危害を加える危険性がないと判断したヘノは、未だに一人で黙ってしまっているリドルの隣へと移動した。
桃子とスフィンクスはドライフルーツがどう、カレーがどうと、雑談で盛り上がっているのだが、リドルは先ほどから動きもしない。
幾ら感情の起伏が薄いヘノでも、さすがに仲間がここまで動かなくなってしまうと、やはり心配する気持ちもあるのだ。
「おいリドル。そろそろ心配になってきたぞ。お前が動かないうちに。桃子とすひんくす。仲良くなっちゃったぞ」
「ヘノ。ボクはね。ずっと、この下の第四層に行きたかったのさ。そのために、スフィンクスに挑んでは、負け続けてきたのさ」
ヘノが問いかけるが、リドルは唐突にヘノの言葉とは無関係なことを話し出した。
妖精の国の妖精たちは、基本的に人の話を聞かないタイプが多いとヘノは思っているし、それは事実である。なんならヘノも人の話はあまりきちんと聞かない。
だがしかし、今日のリドルはいつにもまして会話が成り立たない。まるで、心ここにあらず、という言葉そのものが今のリドルだ。
「相変わらず。会話が難しい奴だな。いきなり話を変えるな」
「そう言わず、聞いてくれたまえよ。何故第四層へと行きたかったのか、ボク自身も理由が分からなくて、ずっと謎だったのさ。ボクはずっとそれが分からずにモヤモヤして、いたのさ」
「そうか。なるほどな」
ヘノはいま、内心ちょっと面倒臭く感じている。話しかけたことを後悔している。
しかし、リドルが今語ろうとしていることが、彼女にとって大切な話なのだろうということくらいは理解できる。
なので、少し口に出しかけた余計な言葉を飲み込んだ。興味はなかったけれど、リドルの言葉に適当に頷き、静かに聞いているフリをすることにした。ヘノの優しさだ。
しかし、言葉少なくなったヘノの代わりに、妖精たちの会話に加わってきたものがいる。
『リドルよ。其方は長い間、己の心の謎を解けずにおった。その答えが、漸く見つかったということかの?』
それは、この部屋の主。第四層への門番。リドルと瓜二つの容貌を持つ巨大な獣。スフィンクス、その人であった。
彼女は先ほどまでの余裕の態度は崩さず、しかし真剣な瞳でリドルの答えを待つ。
スフィンクスの横では、口をまっすぐに閉ざした桃子も、二人の妖精の会話を真剣に聞いていた。どうやら真剣じゃないのはヘノだけのようだ。
「ああ、スフィンクス。ボクはずっと、自分が第四層を目指す理由が分からなかったのさ。そう。まさについ先ほど、まではね」
『……今は、違うと?』
リドルの心の謎。
話を聞いて桃子は思い出す。今までも、リドルは何度かそのようなことを言っていた気がする。今になって思えば、彼女は桃子やインディたちの感情について、知りたがっていた。
桃子やインディたちを通して、自分の心を知ろうと足掻いていた。
「ボクは、ヘノと桃子を見て可能性に気づいたのさ。インディたちを見てそれを確信したのさ。心という、理論で説明できない謎を、ね」
目を瞑り、額に指を当てる賢そうなポーズでリドルは続ける。
「スフィンクス。ボクはただ、ボクに知識をくれた、名をくれた、心をくれた砂園教授に。彼に、もう一度会いたいのでは、ないかな?」
桃子は思い出した。あのポーズは、遥か昔にテレビでみた、考古学者の教授――砂園教授がものを考えるときのポーズだ。そしてリドルの口癖は、砂園教授の口癖と同じものだ。
「あの人は、まだ第四層にいるのでは、ないかな?」
『それならば……だ。リドルよ。その抱えていた謎の名を、言うてみろ』
この答えに、桃子には心当たりがあった。
桃子はリドルの過去を知らない。砂園教授とリドルがどのような関係性なのかもわからない。
だけれど、それでも分かる。リドルにとっては、教授はとても大切な人間に違いない。そして、リドルはずっと気づいていなかっただけで、リドルのそれは――。
「ボクは教授が『好き』なのさ」
好き、という気持ち。
「断言するよ、ボクは教授に会いたい。会いたいんだ! ボクはそのために、そのためだけに、この身を! ただの鍵から、妖精へと進化させたのさ!」
リドルの言葉が、熱を帯びていく。
「あの人がボクに名をくれた! ボクに愛情をくれた! ボクを呼んでくれた! 教授がどんな姿になろうとも、何度キミの試練に阻まれようとも、ボクは……自分の意思で、教授に会うために下層を目指しているのさ!」
好きだから、大切だから。ただただ、会いたいという気持ち。
妖精であるヘノだって、ニムだって持っているその感情は、リドルにとっても決して難しいものではなかったはずだ。人間と関わることがなかったとしても、妖精同士にだって、好きな気持ちはあるはずだ。
だけれどリドルは、不幸にも。
それを伝えるべき対象が既にいなくなってしまった人だから。
ヘノやニムのように、その心を伝えるべき相手がいないから。
だからこそ、迷子になってしまったのだろう。その心の名前が、分からなかったのだろう。ずっと、ずっと。
『ふん……ようやく、己の心を見つけたか。成長したな、リドルよ』
スフィンクスが、どことなく嬉しそうに呟いて立ち上がる。
すると、空気が変わった。
たった先ほどまでは、ドライフルーツを味わい、カレーの話に耳をそばだてていた巨大な猫のようだったスフィンクスが、この瞬間から、偉大なる門番へと変貌した。魔力を視ることが出来ない桃子すら、その違いを肌で感じる。
これが、本当のスフィンクス。下層への道を閉ざす、遺跡の門番。勇気と叡知をもつものを選別する、強大なる第三層の主。
ヘノが桃子を守るように桃子の前に陣取ると、神槍ツヨマージを現出させる。
桃子も己の懐に手を入れて、愛用の武器であるハンマーをいつでも出せるようにと心を構える。
しかし、そんな桃子とヘノを気にもせずに、スフィンクスはリドルへと言葉を続けていく。
『ならば、解るな? いかな其方とて、この先へと降りるには、我が試練を乗り越えねばならん』
「承知の上、なのだよ。ボクは今日こそ、試練に打ち勝つ、のだよ」
そして仁王立ちするスフィンクスの前に、リドルもまた、躍り出る。
残念ながらそれは、桃子でもわかるほどの絶望的な戦力差だ。
いかにリドルが人間よりも上位に位置する妖精という存在だったとしても、相手のスフィンクスはそれよりも更に上位の存在だ。
桃子扮する偽メジェドなどではなく、本当の意味での、このダンジョン、この階層の王である。いち妖精にすぎないリドルに勝ち目など、あろうはずがない。
だがしかし、リドル一人で勝てないかもしれないが、ここには仲間がいる。
「おいすひんくす。試練が何なのかは知らないけど。リドルは仲間なんだ。リドルに何かするなら。ヘノも黙ってないぞ」
「わ、私だって……!」
『ふふ、勇敢なる、素晴らしき友よの』
ニヤリと口元を歪めて、スフィンクスが漸く桃子たちへと視線を向ける。
そして、何の予備動作もなく。何の詠唱もなく。桃子とヘノが光の檻に包み込まれる。
『しかし、この試練に助太刀は許さぬぞ』
痛みはない。苦しいこともない。むしろ優しく包み込む光の箱だ。だがしかし、桃子とヘノはその優しい光の中に閉じ込められてしまった。
「っ!? リドルちゃん、リドルちゃん!」
「おいリドル。無理するな。逃げないとダメだぞ」
檻の中で動きを封じられた桃子たちは、リドルへと半ば叫ぶようにして呼びかけた。
逃げてほしい。立ち向かわないで欲しい。だけれど、そのような言葉がリドルに届くことはなかった。
「大丈夫だ、ヘノ、桃子くん。今のボクなら、試練に打ち勝てるのでは、ないかな」
自信に満ち溢れたリドルの表情が、燃え上がるオレンジ色の魔法光に照らされる。
そして彼女が対峙するのは偉大なる巨獣だ。絶大な魔力を隠そうともしなくなったスフィンクスは、その余裕を見せていた口元をキリリと引き締め、リドルの前に立ち塞がる。
『リドル。貴様に試練を与える』
「来い、スフィンクス。ボクは、負けない」
『朝は四本足。昼は二本足。夜は三本足。これはいったい、何者ぞ』
「……ん?」
「なんだそれ。そんな生き物。いるわけないだろ。さては。デタラメだろ」
ヘノがヤジを飛ばす。
そして桃子の頭の横にはクエスチョンが浮かぶ。
魔法生物同士の激しい戦いを覚悟していた桃子の頭は、唐突に出されたスフィンクスのなぞなぞに、思考を停止してしまった。
その間にもスフィンクスは真面目な顔でリドルの答えを待ち、一方のリドルは額に指をあてた賢そうなポーズで、ニヤリと不敵な笑みを見せる。
「スフィンクス。今のボクは、心の謎を解いたのさ! 『好き』という心は、ボクに無限の力をくれるのさ! だから、今ならその試練に打ち勝てる気が、するのさ!」
『ならば、リドルよ! 答えよ!』
室内に魔力が充満する。これが、試練。これが、第四層へと繋がる重要な戦いだ。
リドルもまた己の魔力を絞り出し、その身体からは薄黄色のオーラが発せられているのが見える。
いよいよ激突のとき……なのかなあ? 桃子は光の檻のなかで、一人首を傾げている。
そして。
リドルの答えが、今――。
「スフィンクス。その答えは『ちゅぱかぶら』では、ないかね!」
「……ん?」
「さすがリドルだな。よくわからないけど。賢いな」
この広い空間に、静かな空間に、リドルの自信満々の声が響き渡った。
しかし、その答えは『ちゅぱかぶら』。桃子もその名は知っている。西洋の、人間の血を奪うという恐ろしい魔物……というか、都市伝説だ。
ヘノはその答えに感心しているが、残念ながら桃子には断言できる。
その答えは、絶対に間違っている、と。
『ふはははははははははははは! ……はぁ。出直してくるがよい』
「な、なのだね?!」
答えを聞いたスフィンクスは高らかに笑い出したかと思えば、スゥ、とその笑顔の表情が消えて、それはそれは残念そうなため息をついている。答えを間違えたリドルよりも、出題した側のスフィンクスの方ががっかりしているように見える。
さすがに、いくらなんでも、チュパカブラはない。
いや、桃子が知らないだけでチュパカブラが実在し、足を増減させる生き物である可能性ももちろんあるだろう。だけれど、あの出題はそういう意図ではないはずだ。
しかし、そんな桃子の心の中で繰り返すツッコみの甲斐もなく、スフィンクスの操る光る魔法陣にリドルは包み込まれて、そのまま消えてしまった。
「あ。リドルまで。どっか行っちゃったぞ」
ヘノがぼんやり呟くように、リドルもまた、インディたちと同様に何処かへと飛ばされてしまった。
魔法陣の光が消えると、そこにはやはり、もう誰の姿もない。
「え、どうするの? この状況……」
結局、この試練に挑んだ関係者たちは皆してどこかへ飛ばされてしまい。
本来このダンジョンに無関係な桃子の声だけが、静かな空間内にむなしく響き渡るのであった。