ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
リドルが、まさかのチュパカブラ発言で迷宮内のどこかへと転移させられてしまった後。
桃子の脳内には「どうしてチュパカブラなの?!」というツッコミがけたたましく鳴り響くが、しかし残念ながらそのツッコむべき相手はいない。
スフィンクスの間には、試練の担い手であるスフィンクスと、このダンジョンに直接関係を持たない桃子とヘノだけが残されてしまった。
そして予想外すぎる展開に言葉を失っている桃子の前に、スフィンクスがのそりと再び獅子の身体を屈ませて、彼女もまた大きくため息をついてから、桃子に向き直る。
『……して、モモコ。其方も我が試練を受け、下層を目指すか?』
「え? いや、私はただリドルちゃんの付き添い……だったんですけど」
「どうする桃子。リドルのやつ。いなくなっちゃったぞ」
「ど、どうしようかあ……」
この場所には、元々リドルの手助けとしてついて来ただけである。
もちろん、一人の探索者としては未知の秘宝が多く隠されているというこのピラミッドこと『地下遺跡』に興味が無いわけではなかったが、だからと言ってまさか最深部であるスフィンクスの間に置いて行かれるのはいくら何でも想定外だ。
別に罠で閉じ込められたわけでも、スフィンクスに襲われているわけでもない。ただただ、所在が無いだけだ。
ヘノさえいれば迷宮の罠をかいくぐって妖精の国へ帰ることは出来るのだろうが、どうしたものかと桃子は困惑している。
『ならば、我の客人としてしばらくここで休んでいくが良い。リドルもそのうち、この部屋へと戻ってくるであろうて』
「あ、戻ってくるんですね」
「そう言えばあいつ。いつも一人で。すひんくすに会いに来てるって。言ってたな」
どうやら、リドルはこのスフィンクスの間へと戻ってくるようだった。
ヘノと二人で帰ることも選択肢にはあったのだが、リドルがここに戻ってくるというのならば話は変わってくる。
リドルがここまで戻ってくるのを待ち、彼女と共に、妖精の国へと帰るだけだ。
「おい。すひんくす。どうせリドルが戻ってくるって知ってるなら。わざわざ転移させなくて。よかったろ」
『試練に敗北したものを迷宮内に排除する。リドルが我に敗北したならば、迷宮内に転移させねばならぬ。それが我が役目故に、な』
「すひんくす。お前。こんな場所で一人でそんな役目してて。面白いのか?」
『うむ。我には主らのような自由はないが、それでも面白いぞ。この遺跡に挑む人間たちはみな、勇敢であり、賢いのだ。奴らの成長を覗き見ているだけで、我は満足よ』
ヘノは相手がどれだけ格上の存在だとしても、物怖じせずに気になることをどんどんつっこんでいく。それが女王ティタニアだろうが、魔女りりたんだろうが、スフィンクスだろうが、だ。
桃子はヘノのそういう所も好きだが、しかし横で見ていると少々心臓に悪い。
なんならヘノが呼んでいる名前もなんだか間違っている気がするが、当のスフィンクスは全く気にしていないようだ。
先ほどのドライフルーツを食べているときにも思ったが、気を抜いているときのスフィンクスは、かなり大らかな性質のようである。
「お前。そんなに探索者が好きなら。なんで。助けてやらないんだ? そこの石も。探索者なんだろ?」
「あの、私もそれがわからなくて。スフィンクスさんは探索者さんの敵なのかなって思ってたんですけど……」
それは、桃子が先ほどからずっと疑問に思っていたことだった。
インディたちとのやり取りを見ている限り、彼女は探索者たちを敵視などしていない。むしろ、慈愛を持って接しているようにすら見えた。そして実際に今も目の前で、探索者を褒め称えている。
だがしかし、探索者の壁となって行く手を阻むその在りよう。そしてこの部屋に並べられた、絶望の表情を見せる探索者たちの成れの果ての石像たち。スフィンクスは、何を思ってこの石像を並べているのだろうか。
彼女の心が、桃子には分からない。
しかし、問われたスフィンクスはそこに何の感情も乗せずに、淡々と応えるだけだった。
『我は、この迷宮の一部なのだ。この階層にて探索者を選別し、更なる深みへと送り出す役目を司っている、な。そこには敵も味方もありはせぬ』
「でも、その下層には、探索者さんたちを石にしてしまう魔物がいる……んですよね?」
この部屋に並べられた石像を見ればわかることだ。
彼女に認められて第四層へと潜っていった探索者たちは、決してそこで満足いく結果に出会えたわけではない。
むしろ、絶望し、死ぬことも許されず、石像となって永劫の時を過ごしているのだ。
何のための選別なのだろう。スフィンクスは、何を思って彼らを送り出したのだろう。
『我も、己が役目に思うところが無いわけではない。しかし、それ以上は我には許されぬのだ。せめて、勇敢なものたちが下層に住まう悪鬼を打ち倒せる日が来るのを、我も願っておるのだよ』
「そんな……」
役目。
先程からそのようなことを口にしながら、部屋に並ぶ石像へと視線を向けるスフィンクス。
そこには確かに、慈愛があった。そして、深い悲しみの色もあった。彼女もまた、下層に住まうモノの打倒を願っているのだ。だけれど、その役目がそれを許さない。
人として生まれた桃子には、自分の役目というものはなく、自由に生きている。
だからこそ、桃子には『役目』というものを背負わされた魔法生物に対して、言葉を紡ぐことができなかった。
「そんなことより。すひんくす。リドルはどうなんだ? あいつ。昔から。お前と知り合いみたいだったぞ。鍵だかなんだか知らないけど。酷いことしてないだろうな。許さないぞ」
『落ち着くが良い、緑の妖精よ。リドルか。あやつも、今でこそ其方らのように自由な妖精として振る舞っておるが、本来は我と同じく役目を持つ、迷宮の一部であったのだよ』
「鍵っていうやつだな。もう少し。分かるように説明して欲しいぞ」
『そうだの、昔語りでも聞かせてやろう』
桃子が言葉を失っているのを知ってか知らずか、ヘノはスフィンクスにどんどん質問をしていく。
ヘノは探索者についての話にはさほど興味はなかったようで、仲間であるリドルのことを聞きたがっていた。
リドルがスフィンクスに酷い目に遭わされていないかと危惧しているようで、桃子の肩からスフィンクスへと向けた声は、実に強気なものだった。
勇敢な者が好きだというスフィンクスにはそのヘノの姿が逆に好ましかったのか、それとも単に小さい生き物が強気に出ている姿が微笑ましいのか、まるで子供に話すように、優しく話をはじめる。
それは、リドルが生まれるまでの、物語だ。
『主らがリドルと呼ぶものは、元々この迷宮の鍵と呼ばれるものよ。意思をもつ鍵が探索者を見定めて、この扉へと導く。そして我が試練を与える。この遺跡は、鍵――リドルと我の二人が管理者となり、選別を行う。そのようなダンジョンであった』
スフィンクスは語る。リドルは『鍵』だと。
先ほどまでこの場所にいた探索者、インディたちも言っていた。以前の鍵は意志を持っていたはずだ、と。
その鍵は己の判断によって素質のある探索者を探し出し、導いていた。つまり、探索者たちは鍵を探しているようでいて、実は意志ある鍵にその素質を見定められていたのだ。
そしてその意志ある鍵こそが、リドルだった。
『そこへ現れた異端が、あの男よ。あの砂園という男は、鍵に見初められてこの部屋へとやってきたはいいが、我の話を聞くだけ聞いて試練を受けずに帰りよる。下層を目指さぬのかと聞いても、まだその時ではない、とな』
どうやら砂園教授は、このダンジョンにおいての最重要人物のようである。
探索者たちも、スフィンクスも、そしてリドルまでもが砂園教授を中心に動いている。
しかし聞く限り、実に変わった人物のようだった。探索者というのは、得てして未知の下層を目指すものだ。その下層への入り口を前にして、話をするだけで撤退してしまうという。
スフィンクスからすれば、教授こそが謎に満ちた存在だったことだろう。
『その間、幾度か季節は廻った。砂園は遺跡を調べ、この遺跡の礎となった過去の文明についての研究を進めていった。その間、あの男は鍵に名をつけておったよ。リドル、とな。いくら意思ある道具とはいえ、鍵に名をつけ、語りかける男はあやつくらいだの』
砂園教授がリドルに名前を付けたのだという。
いくら意志ある鍵とはいえ、それに名前をつけて話しかけるというのは、やはり相当な変人だったのかもしれない。周囲からの視線も相応に痛いものだっただろう。
それでも、その日々が今のリドルの礎となったのならば。砂園教授の行いが、結果的にリドルを育てたということになるのだろう。
『そしてあの日、あの男はようやく我の試練を受け、あっさりと突破して行きよった。鍵であるリドルに別れを告げて、の。漸く役目を終え我が手元に戻ってきた鍵には、既にただの鍵ではなく、リドルという名を持つ自我が生まれはじめておったわ』
そして、リドルとの別れ。
教授は下層へと向かっていった。恐らくだけれど、この階層で調べたいことは調べ終えたのかもしれない。
それとももしかしたら、やはり下層への好奇心が勝ってしまったのかもしれないけれど。なんにしても、教授は仲間と共に下層へと降りていく。
その時に共に降り、そして呪われた状態でどうにか第三層まで這い上がってきたメンバーが、今そこにいる石像なのだという。
『あの鍵に開いた穴は、核となる珠が妖精と転じて抜け出た名残よ。皮肉なことにあ奴……リドルは、砂園にもう一度会いたいという、たったそれだけの願いを糧として、妖精と転じたようだの』
教授が戻ってくることはなく。
そして皮肉なことに、鍵は、教授を求めて妖精となった。
つまりリドルは文字通り、教授を探すために、生まれて来たのだ。
『しかし、砂園の影響を受けたといえど、あやつ自身が知恵をもつ訳ではない。鍵としての役目を忘れ、己の生まれた目的も忘れ、我の出す試練を突破できぬままに、はや数年よ。不憫なことではあるが、奴が下層へ降りたとて何も出来ぬのだ。これで良い』
そして、妖精は己の心が分からぬまま、何度も、何度も。下層へと降りるためにスフィンクスに挑んだ。
残念ながら、スフィンクスの出す試練の内容はその叡智を問うものである。お世辞にも、砂園教授のように本当の叡智を持つわけではないリドルは、試練においてスフィンクスの手のひらの上だったのだろう。
なお、スフィンクスの出す出題は相手によって変えているらしく、リドルと同じ試練が人間の探索者たちに出されるわけではないらしい。
確かに、リドルに出された問題が試練の内容だとしたら、スフィンクスという神話生物のことを少しでも知っている探索者ならば全員が答えてしまえるだろう。それでは試練にはなりはしない。
しかし。なにはともあれ、スフィンクスはやはり、リドルが下層へと降りることを阻止したい気持ちはあったようだ。
だからこそ、己の役目を利用して、リドルを阻止し続けてきたのだ。
「もし、もしですけど……リドルちゃんが試練を突破しちゃったら、スフィンクスさんはリドルちゃんを下層まで送り出すんですか? 下層には、何がいるかわからないのに……」
「でも。そんなの。リドルが絶対答えられない問題を出せば。いいだけじゃないのか?」
『賢い妖精よの。しかし残念だが、そのような卑怯な真似は出来ぬ。リドルの叡知を正しく問う。そしてそれが認められるならば、下層への道を開く。それが我が『役目』であり『制約』よ』
「役目。役目って。お前。やっぱり。リドルとそっくりだな。余計なことばかり考えてるけど。好きで応援してきた人間たちが石にされて。平気なわけないだろ」
「ちょ、ヘノちゃん……」
『良い。それこそ。あの男から似た話を何度も聞かされたわ。むしろ懐かしさで耳が心地よいぞ』
スフィンクスは、役目に縛られている。ここで少し会話しただけの桃子にもそれが解かるのだから、何度も会話をしたという砂園教授なら、当然気づいていたことなのだろう。
それでも彼女は、変わらなかった。変われなかった。魔法生物としての役目は、存在意義は、そう簡単に抗うことを許さなかった。
もしスフィンクスに感情というものが無ければ、彼女はもっと楽に、冷徹な守護者として生きていけたことだろう。
だけど、桃子の目には、スフィンクスがとても。
悲しそうに見えた。
『次はモモコ、主がなにか面白い話を聞かせよ。我の知らぬことならば、なおのこと良いぞ』
「え、ええ……?」
「桃子。せっかくだから。カレーの話はどうだ。桃子と言えば。カレーだし。すひんくすはカレーを食べたことないしな」
リドルの過去の話は、リドルの話であると同時に、スフィンクスの在りようの話だった。
しかしそれがひと段落すると、場の空気も再び穏やかなものになり、今度は桃子へと話題の矛先が振られる。
面白い話、といきなりリクエストされても困ってしまうものだが、しかしヘノの言う通り、桃子といえばカレー。桃子=カレーだ。
ならば、折角なのでスフィンクスにカレーについて色々と語ってみるのも悪くはない。
「じゃあ、カレーのお話なんですけど――」
「じゃあ、火からいったん下ろしますね。よいしょ、と」
カレーの話をしていたのだが、気づけば本物のカレーを作り始めていた。
というのも、実はこのスフィンクスの間には、いくつかの調理道具があったのだ。無論それはスフィンクスが用意したものではなく、このスフィンクスの間を根城としていた探索者が置いていったものや、インディたちが失くしたはずのアイテム類であるが、そこには様々な調理器具があった。
大鍋とまでは言わないものの、カレーを作るには十分な鍋なども揃っていたのである。
「桃子。カレールーは。準備しておいたぞ」
「さすがヘノちゃん! 大好き!」
ヘノも桃子のサポートは慣れたもので、桃子が材料を投入してぐつぐつ煮込んでいる間に、リュックに常備してあったカレールーを先んじて取り出し、細かく砕いておいてくれた。
火からおろした鍋に、さっそくその細かく砕いたカレールーを入れていく。
今日のカレーは、ドライフルーツとサボテンを入れた、砂漠カレーだ。どのような出来栄えになるのかは分からないが、調理自体は【カレー製作】に一任することにする。
多少の欠点もあるスキルだが、しかし自動で最適の調理をしてくれるこのスキルは、やはり非常に便利な代物である。
『して、次はどうするのだ? 我にもその秘技と言うものを、見せてみよ』
事前にスフィンクスには【カレー製作】について話してあった。
カレー鍋そのものはスフィンクスの体躯と比べて非常に小さいものではあるけれど、どうやらかなりの興味を引いてくれているようで、桃子もやる気が湧き上がってくる。
あとはいつも通り、混ぜるだけだ。
「信じて混ぜる! 信じて混ぜる!」
すると、カレールーを投入した鍋がまばゆい光を放ち始めて。
数秒して光がおさまったときには、桃子特製砂漠カレーが、その鍋の中に完成しているのであった。
そしてちょうどそのタイミングで、スフィンクスの間へと続く石扉が、ゴゴゴ……と低い音をたてて、ゆっくりと開き始めた。
「やれやれ。キミたち、ボクがいない時間に、とうとうカレーを作り始めてしまったのでは、ないかね?」
ようやく、リドルが戻ってきたようだ。ある意味ナイスタイミングである。
手慣れた様子でスフィンクスの間へと続く石扉を開くリドルだが、先ほどの話を聞いた後では納得しかない。
なんせ元々はリドル本人が鍵なのだ。今でこそ鍵が手元にあるけれど、鍵が行方不明とされていたこの十年の間も、鍵の妖精であるリドルの意思ひとつでこの扉は自由に開閉が可能だった、というわけである。
「あ、リドルちゃんお帰りー」
「お前。どこまで行ってたんだ。遅いぞ」
後から桃子が聞いた話では、どうやら遺跡の罠には、時間の経過を待たねば解除できないタイプのものもあったらしい。
運悪く、スフィンクスに飛ばされた先は、そのような罠によって閉ざされていた区画だったのである。遅いと言われたリドルは、とても憮然とした表情を浮かべていた。
「思うのだが。ボクはいつでもここに入れるのだから、試練に失敗したからと言って遠くへ飛ばさずとも良いのでは、ないかな?」
『すまんの。だが、それが我の役目よ。役目は果たさねばならんのだ』
「なるほど。それなら仕方ないのでは、ないかな?」
桃子が二人のやり取りを見ていると、いつもの賢そうなポーズであっさりと納得するリドルがそこにいた。
なるほど確かに。こう言ってはなんだが、リドルという妖精は、スフィンクスの手のひらの上で簡単に転がされているようである。
桃子は思う。
リドルが教授に会えないのは、可哀想なことだ、と。
だけれど、現実問題として、教授はもう生存してはいない。いたとしても、冷たく硬い石としてだろう。
桃子とて、それについて何も思わないわけではない。
けれども。けれども、だ。
桃子は、そのような恐ろしい場所に、リドルが単身で向かっていってしまう未来こそを、恐れてしまう。
リドルが人知れず、冷たい石となってしまう未来を、恐れてしまう。
だから。
哀しみに蓋をして、絶望をカーテンの裏に隠してでも。
こうしてスフィンクスの手のひらで転がされながら、いつまでも仲間と一緒に過ごしていて欲しいなと、笑っていて欲しいなと。
心の中でそう願った。