ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「和歌さん。例えばなんですけど……人間を石にしちゃうような魔物って、どんなのがいますかね」
二月のとある平日。
桃子は仕事中も、あのスフィンクスの間で目にした石像たちの姿を忘れられずにいた。
あの日、リドルと再び合流してから皆でカレーを食べた後、スフィンクスの転移の魔法陣にてピラミッド入り口まで送り出して貰い、そのまま何事もなく妖精の国まで帰還できた。
その際、桃子も探索者たちのように記憶を消されるのではないかと危惧したが、どうやらスフィンクスは桃子の記憶を消す気はないらしい。というより、桃子が【妖精の加護】を持つ限り、スフィンクスは桃子の記憶には手出しが出来ないのだそうだ。
そして己の過去を全て思い出した上、スフィンクスに敗北してしまったリドルだが、意外にも彼女は以前とほぼ変わっていなかった。妖精の国に戻った後も、相変わらず、様々な謎を見つけては頭を悩ませるということを繰り返していた。
どうやら、第四層を目指すことを諦めたわけでないけれど、スフィンクスの試練に敗れたという事実は受け入れているらしい。しばらくは色々な謎を解いていき、その中で試練の答えを見つけるつもりなのだと語っていた。
実のところ桃子はあの出題の答えを知っている。だがしかし、リドルは人間に答えを聞くのを禁じられているらしく、桃子は口出しすることが出来ない。
チュパカブラだ、ムカデだ、ゴブリンだと話し合うリドルとヘノの姿を見ながら、桃子はやきもきした気持ちでいっぱいであった。
ヘノと桃子は、あれ以降は砂丘ダンジョンに踏み込んでいない。
リドルの安全のためとはいえ、桃子もスフィンクスと同様にリドルをうまく言葉で誘導して、下層から距離を置かせることに賛同しているのだ。結果的にそれは、石像になった人々から目を逸らし、見捨てるということでもある。
桃子の後ろめたさをヘノも感じとっているのか、あの次の日曜日も、ヘノが桃子を砂丘ダンジョンへ誘うことはなかった。
だがしかし、それで石像になった人々を忘れられるわけではない。
桃子は休憩時間に、やはりどうしても気になってしまい、同僚の和歌にも意見を求めてみたのだった。
「石にしちゃう魔物……ダンジョンのお話ですかー? それとも、ゲームか何かのお話ですかねー?」
「あ、えと……そ、そうだなあ。あくまでダンジョンにそういうのがいるとしたら、っていうもしも話です」
「ふむー。まあ、石化と言えばやっぱり、バジリスク、コカトリス、あとはゴーゴンなんかのお話が有名ですねー」
「やっぱり、そこら辺の神話になりますよねえ」
バジリスク、コカトリス、ゴーゴンあるいはメデューサ。やはり、石化能力を持つ魔物といえば真っ先に浮かんでくるのはそのラインナップだろう。
半ば駄目もとで知識量の豊富な和歌に聞いてみたのだけれど、やはり出てくる名前は予想通りのメンバーである。
「どうしましたー? 今度はどんなお悩みですかー?」
「あ、いえ! ええと……その、もしもですけど。探索者さんたちが人知れず石化させられていて、その元凶の魔物が潜んでいる場所があるとしたら、どう対処すべきなのかなーって」
「桃ちゃんて、そういう『もしも』遊びが好きなんですねー。いいですよ、想像を忘れた大人にならないその姿勢、素敵ですよー」
桃子は、しばしば和歌にこのような形で質問を投げかけることがある。
少し前にも、「ダンジョン内で氷室を作るとしたら?」という『もしも話』を相談したばかりだった。
年齢としては成人しているはずの桃子だが、見た目が子供、そして突発的に飛び出てくる『もしも話』も子供じみていて可愛らしいものなので、本日もますます和歌の中の桃子の印象がお子さまになっていく。
和歌は見た目はまだ二十代そこそこでも、実年齢はそれなりだ。桃子くらいの小学生の娘がいたとしても不思議ではない年齢だ。
なので、和歌は心のなかで桃子を自分の愛娘、あるいは姪っ子というカテゴリにセットしている。今日もまた、溢れる母性を抑えきれず桃子の頭を撫で回す。ハグをする。豊かな胸元に顔を抱く。
「ふわわわわあ」
「まあでも、やっぱりそこは『鏡』でしょうねー。バジリスクの伝承には鏡で視線を跳ね返すお話がありますし、ゴーゴンの場合でも鏡を利用した筈ですが、どういうお話でしたかねー」
抱き寄せ、思うままに頭を撫でながらも、和歌は桃子の質問への答えを忘れない。
とは言っても、実際に神話で討伐されている魔物だ。その倒し方として真っ先に思い付くのも、やはり神話で結果を残している『鏡』だろう。
石化の視線を跳ね返されたバジリスク。視線を合わせぬよう、反射越しに姿を捉えられたゴーゴン。用途は違えど、やはり『鏡』というのは重要なキーワードだ。
「そっか、鏡か。やっぱり、石化能力には鏡が有効なんですかね?」
「あくまで石化の視線が相手の武器ならば、ですけどねー。コカトリスなんかは毒の息を吐く鳥ですから、鏡があったところで意味はないかもしれませんしー」
「うーん、そうですよねえ……」
それもそうだ。
魔物の視線による石化だったならば、視線を跳ね返す鏡などで対処出きるのかもしれない。けれど、毒の息が相手では鏡など何の意味もない。
息に巻き込まれたらそこで終了だ。
「でも、そんな危険な魔物がいたとしたら、桃ちゃんは近づいたら駄目ですよー? 近づけない魔物は、遠隔で倒すっていうセオリーがありますからねー。遠くから攻撃すれば、大体の場合は怖くないんですからねー」
「あはは、そうですね。近づかないようにするのが一番、ですね」
和歌の言う通りで、犠牲を出したくなければ近づかない。これが一番だ。
過去に遠野ダンジョンにて鵺の討伐隊が結成されたけれど、あれもあくまで遠隔攻撃部隊で結成されていた。
鵺の場合は、実際に語られている伝承でも弓矢によって倒されていたはずなので、あれはあれで、正しい撃退法とも言えはするのだが。
だけれど桃子は知っている。
遠隔攻撃だけでは、『撃退』止まりなのだ。
呪いを解くには、『討伐』をせねばならない。逃がしてはならない。そして恐らく、近距離で直接的に魔力を叩き込む攻撃でなければ、特殊個体は討伐できない。
無論、全ての特殊個体がそれに当てはまるわけではないだろうけれど。
「でも、コカトリスか、バジリスクか、ゴーゴンかあ。ヒントもなしにそんなのと戦うっていうのは無茶だよねえ」
和歌と話してみて出た結論としてはやはり、鏡が有効かもしれない、ということだけ。桃子は流れ作業で武器の山に魔石加工を施しながらも、考え事が止まらない。
だがしかし、現状ではあまりに情報が少なすぎた。
「それに、私が思い付くくらいだもん。砂園教授なら、石化に備えて鏡くらい持っていってるだろうしなあ……」
そう、桃子がいくら考えたところで、どう考えても砂園教授のほうが知恵が回り、頭も良いはずなのだ。
桃子が考え付くようなことなら砂園教授はとっくにやっているだろうし、砂園教授がやって駄目だったことなら、自分が真似たとて成功することはないだろう。
しかし、そこまで考えてから、桃子は己の考えの矛盾点に気づく。
砂園教授は、石化に備えておくことなど、本当に可能だったのだろうか?
砂園教授が第四層に潜るときの状況は?
「違う……違う! あそこの石像は砂園教授の仲間の人たちなんだから、教授たちが潜る前はまだ石像はあそこになかった。っていうことは……」
ノーヒントだ。
教授一行は、石化に関する事前情報を持たずに第四層へと挑んでいった。
そして、石化の呪いを持つ魔物と遭遇し、呪いをかけられて。そのとき、教授はどうした。話に聞く、賢く勇敢な教授が、そこでなにもしないわけがないのだ。
桃子は必死で、教授の行動を考える。教授が最後に、何を行ったのかを推理する。勇敢で賢い教授の行動を予測する。
最後まで、足掻くはずだ。諦めないはずだ。
ただ負けるのではなく、次へと繋げるはずだ。
鍵に導かれ、再びあの扉を開く探索者たちに、繋げるはずだ。
どうすれば、その者たちに情報が伝わる。
そしてまさに今、その情報を得ているのは、誰だ。
「あ、私か……」
桃子はその教授の残した『情報』に、ようやく気づくことができた。
「そっか……スフィンクスの間に残された石化した姿そのものが、教授たちが命がけで遺した情報なんだ……」
教授たちは何者かに襲われた。そして、石化の呪いは止められない。
そこで彼らは、いつの日か鍵を手にするであろう未来の探索者たちに、託すことにした。
せめてものメッセージとして、石化していく自分たちの姿を第三層に残すことにした。
スフィンクスの間に石化した自分たちが居さえすれば。第四層に石化の呪いを持つ魔物がいることを、後の探索者たちに伝えることが出来る。それはまさに、命がけのメッセージだ。
恐らくスフィンクスは、その意味を知った上で、あの石像をあの場に残したのだ。暗に、後に続く探索者たちにメッセージを伝えるために。
しかし、スフィンクスの間に訪れて試練に失敗した探索者たちは、その記憶を失ってしまう。それはきっと、スフィンクスの『役目』だから、抗えない。
探索者たちは、その情報を持ち帰ることができない。
今のところ、情報を持ち帰っている人間は、【妖精の加護】によって記憶の消失を免れた、桃子だけだ。
命がけのバトンを受け取っていたのは、他でもない、桃子自身だった。
「……私がどうにかして、砂丘ダンジョンの人たちにこの情報を伝えないと。教授が遺した情報を広めていかないと!」
その夜。
『その石像を運び出して、現地の探索者さんたちに発見してもらうのはどうですかね』
「なるほど、言葉で伝えるんじゃなくて、石像そのものを運び出すんだね。確かにそれはいい案かも」
情報を伝えないと! と意気込んでみたはいいものの、結局のところ意気込みだけでは具体的な案は固まらないため、桃子は手始めに柚花に相談することにした。
事情を話して、現状知っていること、分かっていることを伝える。
そして更に、桃子の考えた作戦『人魚姫のときみたいに、メジェド様になりきって探索者を捕まえて、強引に情報を伝える』というのを柚花に聞かせたのだが、早々に却下されてしまった。
どうやら、大変面倒臭いことになる未来が視えたのだという。【看破】は未来すら視えるようになってしまったようだ。
そして桃子の代わりに柚花が考えたのが、石像を発見させる作戦、であった。
『遺跡調査の人たちは考えるのが仕事ですし、私たちよりよっぽど知識がありますからね。石化した探索者を見つければ、そこから元凶の割り出しに進むかもしれませんし。それに……』
「それに?」
『呪いなら、人の手で解くことは可能なんですよ。私は妖精の皆さんに治して貰いましたけど、世の中には呪いを解く魔法を使える探索者さんもいるはずなんです』
「なるほどー」
呪いを解く魔法。
柚花に言われるまで、桃子はその可能性に気づかなかった。
あまりに痛ましい石像姿を直接目撃してしまい、それらがあまりに現実離れした呪いだったものだから、人の手で対処できるという発想そのものが出てこなかったのだ。
しかし、呪いに対処できる魔法があったとしても、確かに何もおかしいことはない。
ただ、そのような魔法を使う人間が簡単に見つかるわけがない、というだけで。
『聞いた話では、魔法協会の会長さんは、物凄い規模の浄化魔法を使いこなせるらしいですよ。石化の五人や十人、どうにかなりそうな気もしますけどね』
「そうなの? 魔法協会ってそういえば、私あんまり知らないんだよね。会長さんも魔法使いなんだ?」
『ええ。クリスティーナ・E・ウィンチェスター会長。不老の魔女だとか、実は魔法生物だとか言われてるみたいですけど、滅多に表舞台には出てこないらしいです』
「すごいねえ。まあでも、私が会うことはなさそうだけど。魔女なら、りりたんのほうがいくらか身近かな」
桃子は魔法の素質を持たないので、魔法協会についてもあまり詳しくは聞いたことがない。
最初に探索者としてデビューする際、魔法の素質を持っていた探索者はその日のうちに魔法協会の会員となり、以降はスクロールなども魔法協会を通して入手が可能になるのだと言う。
とはいえ、いくら魔法協会の会員価格だと言っても、スクロールそのものが破格の値段なので、なかなかそう簡単に手を出せるものではない、とは同僚の和歌の談である。彼女は現役時代は、炎の魔法をバンバン使いこなす魔法使いだったらしい。
魔法協会の会長は、表社会には滅多に現れない人物だというのは桃子も聞いたことがある。
まさかりりたんのように前世が妖精女王だなんていうことは無いだろうが、世の中上には上がいることを桃子は知っている。魔法協会の会長がりりたん並の魔女だったとしても、不思議なことではないだろう。
『あ、そっか。先輩、りりたんにお願いしたらどうですか? 石化くらい、どうにかしてくれませんかね?』
「うーん……どうかなあ。まあでも、ダメもとで頼ってみてもいいのかな」
そしてりりたんだ。
りりたんは、なんだかんだで桃子のことを気にかけてくれているので、今回も桃子が本当に危険な目にあったならば、彼女は助けてくれるのかもしれない。
或いは人間でなく、魔法生物であるリドルやスフィンクスが助けを必要としているのならば、手を貸してくれるかもしれない。
だがしかし、石化しているのは人間だ。救いが必要なのは人間だ。そして、名も知らぬ人間たちのために、わざわざ彼女が動いてくれるイメージが湧いてこない。
これは桃子が薄情なのか、それともりりたんを正しく認識出来ているのか、果たしてどちらなのだろうか。
『前から思ってたんですけど、りりたんって人間の味方じゃないんですか? なんでそんな不穏なんですか?』
「あはは……どうかな、気難しいのは確かだよ」
「でもさ、柚花。よく知らないっていうのは、幸運なことだよね」
『なんですか? 急に』
「私、石像になってるのがよく知ってる人だったらさ。それこそあれが、柚花だったら、今頃は辛くて、耐えられなくて、心が壊れちゃってると思う」
『……そう、ですね』
それが身近な人間じゃないから、一歩引いて考えられる。耐えられる。
冷たい話にも聞こえるが、実際にあれが柚花や杏、和歌のような身近な人間だったならば、桃子は今ごろ半狂乱になってスフィンクスの元へと挑んでいたかもしれない。
しかし、だとしたら。
大切な人を失ったリドルは。いつものように謎を解きながら飄々としているリドルの心の中には。いったい、どれほどの激情の嵐が吹き荒れているのだろう。
今の桃子には、想像もつかないことだった。
【とある妖精たちの会話】
「しかし、朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。一体、どのような生き物、なのかね? 人間に聞いてはならないと言われているが、人間でもこんな謎は解けやしない、だろうね」
「リドルは、相変わらず謎が好きだねぇ。そんなの、チュパカブラくらいしかいないよぉ」
「しかしだね、ノン。ボクも最初はそうかと思ったのだけれど、よくよく考えると、あれは昼も三本足では、ないかな?」
「それもそうだねぇ」
「うふふ♪ いま、お酒のお話をしてたのね? 私も混ぜてほしいわ♪」
「お酒の話はしてないねぇ。妙な生き物の、話をしていたんだよぉ」
「お酒じゃないのね♪ 変な生物って、なんのことかしら♪」
「ボクたちはね。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足という、怪生物が何なのかという話をしていたのでは、ないかな?」
「あら? それは『人間』だわ♪」
「……なんだって?」
「クルラ、人間はどう見ても、朝から夜まで二本足で歩いているよぉ?」
「うふふ♪ ノンとリドルにだけ、教えてあげるわね♪ 地上の街に住む人間はね、朝は二日酔いで立てなくて、四つん這いなのよ♪ お昼は普通に二本足で歩いてて、夜はほろ酔いで電柱にしがみつくから三本足なのよ♪ だから、それは人間だわ♪」
「へぇ~……さすが、人間の村の神様だけのことはあるねぇ。知らなかったよぉ」
「……なるほど、なるほど。人間を深く知るクルラだからこそ、すぐに解ける問題だった、わけだね」
「よかったねぇ、リドル。何だかよく分からないけど、謎が解けたよぉ?」
「ああ。答えがわかったなら、ボクは――」
「お祝いのお酒ね♪ いいわ、飲みましょ♪」
「よかったねぇ、リドル。何だかよく分からないけど、お酒を飲めるよぉ?」
「はて、そんな話をしていたのだろうか? 覚えがないのでは、ないかな?」