ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
週末の金曜日。工房にて。
桃子はこの工房の見習い技師である。
ダンジョンの武具を中心に加工、制作する小さなアイテム工房だけれど、そこで指揮を執る親方は業界の第一人者だ。
その親方の弟子として、時には孫として、桃子は日々この工房で技術を磨いているのだが。
「親方。こっちに余ってる強化アクリル、いらないの貰ってもいいですか?」
桃子は、作業場の端に積まれた不要在庫や廃品の山から、50cm角ほどのアクリル板を発掘していた。
先日の柚花との会議にて、石像を上層まで運び込んで現地の探索者に発見してもらおうという話はまとまった。だがしかし、それはそれとして、念のためダンジョンに持ち込める鏡も作っておこうかなと思い立ったのだ。
もし第四層にいる存在の攻撃方法が鏡で反射できる呪いだったとしたら、対策として鏡が必要だ。なので先んじて鏡の装備を作っておき、それをスフィンクスの間にでも置いておけば、未来の探索者たちの命を救うことになるかもしれない。
大袈裟に言えば、未来への保険である。
しかし、鏡を持ち込むにしても、ダンジョン内で大きな鏡など持ち歩くのは普通にかさばるし、それが一般的なガラスの鏡だとすると割れたときに危険である。ついでに言えばガラスはそれなりに重い。
そこで桃子が選んだのが、丈夫で軽く、加工も容易なアクリル板であった。
「なんでェ桃の字、手製の装備でも作るのか? そんならもっといい材料もあんだろ」
「あ、いえ、そういうわけじゃ……なくもないんですけど。ちょっとアクリルじゃないと都合が悪くて」
「あら、桃ちゃん。さては前に話してた鏡を作るんですかー?」
「はい。まあテストっていうか、実験で、簡単に装着できる鏡のバックラーみたいなのを作ってみようかなって」
桃子と親方の会話が聞こえたのだろう、和歌までが作業場へと入ってきて会話に参加する。
和歌には先日、石化の話や鏡の話をしていたので、桃子が作ろうとしているものもすぐに気が付いたのだろう。桃子が手に持っていたアクリル板を横から覗き込み、興味津々な様子である。
桃子は、そのバックラーを左手の手首のあたりに重ねて、自分が装着しているイメージを二人に伝えてみる。
なお、バックラーと言っても桃子はそれを本当に盾として使うつもりはない。単に、手に固定できれば楽かな、と思った程度である。の、だが――。
「鏡のバックラーだァ? なんに使うのか知らんが、面白ェじゃねえか。アクリルで作るなら、ミラースプレーか? 曲げ方はちゃんと解かるかァ?」
「桃ちゃん、盾はただ板を装着すれば良いというわけじゃないですよー? ちゃんと力の分散とか、安定性とか、考えないとダメなんですよー?」
「え? え? あ、いや、そこまで本格的なのじゃ……」
何故か、親方と和歌の二人が食いついてしまった。これは桃子も想定外の展開である。
親方の言う通り、桃子はミラースプレーで簡単な鏡の盾を作るつもりだった。ミラースプレーというのは透明なアクリル板やガラスなどにスプレーすることで、簡単にミラー調の表面を作ることができる特殊なスプレーである。
桃子は板状のアクリル板にスプレーを吹き付けて簡易的な鏡を作り、それをベルトか何かで手首に固定するだけの簡素なものを自作するつもりだった。
だがしかし、そうは問屋が卸さない。
その業界の大御所である親方。曲がりなりにもプロの設計士である和歌。
その二人が、孫あるいは娘として可愛がっている桃子に、そのような貧相なものを装備させるわけがないのである。
「おい和歌、おめェちょっくら桃の字にちょうどいい鏡のバックラーを設計出来ねェか? アクリルの加工くらいはやってやるからよォ」
「え? え?」
「あいあいさー! うふふ、桃ちゃんにピッタシのバックラーを考えてあげますからねー」
早速、和歌と親方は阿吽の呼吸で連携を取り始める。当の本人である桃子は置いてけぼりだ。
状況に目を白黒している桃子が、縋るように工房の所長へと視線を向けると、会話をきちんと聞いていたであろう所長は桃子に向けて親指をグッと見せる。サムズアップだ。
仕事は? 仕事は? とオロオロする桃子だったが、どうやら今日の工房の仕事は、桃子の鏡の盾制作ということになってしまったようである。
そして、トンテンカンと時間が過ぎる。
自分の一言で始まってしまった鏡の盾制作だが、流石はプロの設計士と業界の大ベテランだ。
本当に、その日のうちに。むしろ、たいした時間もかけずに、あっという間に仕上がってしまった。
「ほれ、出来たぜ。まあアクリルのオモチャみてェなもんだが、房総ダンジョンの小鬼程度を相手取るなら釣りが出らァ」
「いやあ、久しぶりに充実する仕事が出来ましたねー」
「早い! なんで当日の内に完成しちゃってるんですか?! しかもなんか、ちゃっかり仕事時間中に……」
手渡されたのは、桃子が最初に作ろうとしていたものとはかけ離れた、もはやすぐに商品化できるんじゃない? というくらいに見栄えの良い鏡の盾である。
ただの余った板だったアクリルは大皿程のサイズの円に切り抜かれ、更にはその表面は程よく曲面へと加工されている。桃子には分からないが、これが盾としてちょうど良い形状なのだろう。
腕に固定しやすいベルトが装着されており、更には鏡面の邪魔にならない程度に、細部に小さな飾り金具も追加されていた。
そして鏡面はテカテカに光って、盾を覗き込む桃子の顔を映しだしていた。
なんだか綺麗でお洒落な装備品として売り出せば人気が出ることは間違いない。むしろ、盾として使ったら傷がついてしまうので、戦闘時に外しておきたいくらいである。
「たまにゃ普段と違う材質のもんを触るのも必要なことだからよォ。勘を鈍らせないための、適度な準備運動に使わせてもらっただけでェ」
「そうですよー。今回はアクリルですけど、小型バックラーの試作設計としては、意外と悪くない出来ですからねー。改良して、売り込んでみましょうかー」
「は、はぁ……なら、ありがたく貰っていきますけど、本当にいいんですか?」
「まあ、ただの試作品ですからー。今度使用感を聞かせてくださいねー」
かなり突発的ではあったものの、オリジナル装備の試作品ということならば、これは仕事の一環である。桃子が気にするようなことはない。
所長は相変わらず親指をグッと立てているので、工房としても別に問題は無いのだろう。所長はいつも親指を立ててばかりである。
とりあえず、桃子は新装備『アクリル・ミラー・バックラー』こと鏡の盾を手に入れてしまった。
「っていうわけで、たった一日で鏡の盾を作って貰っちゃったんだよ」
金曜日の仕事を終えるとすぐ、桃子は自宅に戻ってダンジョン用の装備を整え、急ぎ鏡の盾を持って房総ダンジョンへと足を運んだ。
ダンジョンへ行くのは土曜日まで待ってからでも良かったのだが、折角の新装備をヘノに真っ先に見せたかったのだ。
第一層の森林迷宮へと踏み込んでしばらく歩くと、桃子の気配を察知したヘノが真っすぐに飛んで来たので、さっそく工房で作って貰った鏡の盾をヘノに披露する。
「凄いな。面白いぞ。ヘノの顔が。うにょんって映ってるぞ」
「曲面の鏡だから、どうしてもある程度はうにょんってなっちゃうけどね。でも、想像以上に綺麗じゃない?」
ヘノは桃子のバックラーに張り付くようにして、その鏡を覗き見る。
桃子の知る限りでは妖精の国には鏡などないし、大抵のダンジョンにも鏡は設置されていない。なのでヘノにとっては、自分の姿がくっきりと映り込むそれはかなり珍しいものだったのだろう。
熱心に、鏡に向かって高速で目を瞑ってみたり、鏡の自分に負けじと手をパタパタ動かしたりとしている。その姿はとても可愛らしかった。
「桃子。これ。すごく面白いぞ。はやく妖精の国の他の連中にも。見せに行こう」
「そうだね、リドルちゃんにも提案があるし、行ってみようか」
ヘノも気に入ってくれたようで、桃子も作って貰った甲斐があった。
和歌にはこれを実用した感想を聞かせてくれと言われたけれど、せっかくヘノが気に入っている鏡に傷をつけるなんてとんでもない。
桃子は戦闘時はこの鏡の盾を外しておこうと心に決めた。
そして、妖精の国ではとあるサプライズが桃子を待ち構えていた。
「桃子♪ 見て♪」
「あ! クルラちゃん……! その姿……!!」
そこにいたのは、神力を帯びた金色の光を帯びた妖精。白に近い黄色の髪は、光の具合によってはピンクにも見える。そして、酒臭い少女であった。
それは、桃の木の妖精クルラ。
力を失い、小さな魔力光だけの姿になってしまったクルラが、再び少女としての姿を取り戻していたのである。
とは言っても、いつか見たときよりも遥かに小柄だ。サイズとしては氷妖精たちと同じくらいの、まるで生まれたての妖精サイズだ。
「ようやく、妖精の姿に戻れるようになったのよ♪ まだ身体はとても小さいのだけど、お酒が飲みやすくなったわ♪」
「良かった……良かったよぉ、これでまた、おばあちゃんたちの所に行けるねえ」
クルラは、妖精としての力を取り戻すために、その力の依り代である桃の木の新芽を妖精の国の畑に移し替えている。
とはいっても、桃の窪地にある桃の木もまだ、今の所はただの切り株状態だけれど、根っこのほうは生きているはずだ。あちらはあちらで、いつの日か再び芽吹くことだろう。
その時はクルラの本体がどちらになるのかは桃子にはよく分からないが、なんにせよ、とても良かったと思う。
「うふふ♪ 今は桃の窪地には人が多いみたいだけれど、今度一度、夜中にこっそり行ってみようかしら♪」
「今は色んな人が増えてるから、前みたいに堂々と人前に出ちゃ駄目だよ? でも、村の人たち、喜ぶね」
今の桃の窪地には、建築業者やギルドの職員、そして深援隊メンバーに加え、化け狸のクヌギがダンジョンの門番として居座っており、あの時の村とは既に様変わりしてしまっている。それでも、クルラがあの村の守り神であることに変わりはない。
きっと、クルラが舞い戻ってきたら、村の人々は喜ぶだろう。恐らくその日は、村中の年寄りたちが酒浸りだ。
そんな風に桃子がクルラの復活を喜んでいると、その間に妖精の国の中を飛び回っていたヘノが戻ってきた。
「おいクルラ。リドルのやつ。知らないか?」
「リドル? さっきまで一緒にお祝いのお酒を飲んでいたわよ♪ 今頃はどこか別な場所に、お酒でも飲みに行ってるんじゃないかしら♪」
「そんなの。お前だけだと思うぞ」
「クルラちゃん、お酒は控え目にね?」
「わかったわ♪ 少しずつ飲むわ♪」
桃の木の妖精という名の、実質お酒の妖精クルラは、小さな少女の姿でも飲酒は続けている。
これはちょっと、ビジュアル的に問題があるのでは? と桃子は訝しむが、妖精の子供がお酒を飲んだところでそれを取り締まる法律などはない。セーフだ。
そして、ふいに。にこやかにお酒の話をしていたクルラが次に口にした『謎』に、桃子は意表を突かれ、凍り付く。
「あ、そういえば桃子。リドルと言えば、こんなの知ってるかしら? 朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、これなーんだ♪」
「え……?」
それは、つい先日も耳にした、謎だ。
それは、スフィンクスが、リドルのために用意している試練だ。
朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。
答えは『人間』だ。幼いころは四つ足でハイハイをし、成人になれば二本足で歩く。そして年老いたら、杖をついて三本足になる。
リドルはそれをチュパカブラだと断言し、スフィンクスが落胆していたのだ。
そして今、妖精の国で。クルラがその問題を出している。
「答えはね、『人間』なのよ♪」
それは、ダンジョンの中しか知らない妖精には、そして人間のことを知ろうとしない妖精には、永遠に解けるはずのない謎だった。
だからこそリドルがそれを知るためには、より人間というものを見て、人間の一生を知り、彼女自身が成長する必要があったのだ。
きっと、それこそが、スフィンクスの望みでもあったはずだ。
だがしかし、今。目の前で。クルラがその正解を言い当ててしまっている。
そうだ、クルラは知っているのだ。
彼女は見てきた。赤ん坊がハイハイをする姿を。老人が杖をついて歩く姿を。村に赤ん坊が生まれた日も、老人がこの世を去った日も、彼女はずっと見守ってきていた筈なのだ。
「え……待って、リドルちゃんはその答え、聞いたの?」
「ええ、リドルも感心してたわ♪ さっきまではお祝いのお酒を一緒に飲んでいたのだけれど、もうどこかに行っちゃったのかしら?」
桃子は、急激に己の体温が冷えていくのを感じる。
スフィンクスにミスがあったとすれば、クルラという、人間を見守り続けて来た妖精がいるのを知らなかったことだ。
もしもスフィンクスが、リドルが答えをクルラから聞いてしまったことに気付かないまま、再びこの謎をリドルに出してしまったなら……。
きっと。正解を言い当てられたスフィンクスは、リドルを留めることは出来ない。それが彼女の背負う役目であり、制約だから。
しかし、その下の第四層には――。
「桃子。桃子。しっかりしろ。桃子!」
「どうしよう……どうしようヘノちゃん、リドルちゃんが、第四層に潜っちゃう!」
「そうだな。桃子。すぐに。リドルを追いかけるぞ」
青ざめる桃子の頬を、ヘノがぺちぺちと叩いて落ち着かせる。
今この場で、その事情を知っているのは桃子とヘノだけだ。しかし、唐突に青ざめた桃子の様子に、事情を知らぬ周囲の妖精たちも何事かと集まってくる。
「あら……♪ 何か深刻な話みたいね、皆を集めた方がいいかしら……?」
『呼んでくるね! 呼んでくる!』
『集めるの、集めるの!』
『女王様にも、言ってくるね!』
「お願いね♪ あとで美味しいお酒、分けてあげるわね♪」