ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
砂丘ダンジョン第二層『熱砂砂漠』。
灼熱の太陽が照り付ける砂漠に、猛スピードで移動する砂嵐が発生していた。
砂嵐の正体は、妖精たちを引き連れたメジェド神――いや、白い砂漠ポンチョに身を包んだ桃子である。
桃子はその両脚に全開にしたつむじ風の魔法を纏い、砂嵐を引き連れるようにしてピラミッドの入り口へと真っすぐに砂漠を駆け抜けていく。
「ありがとう二人とも、ついてきてくれて! 危険があるかもしれないのに……!」
「桃子! それはアタシたちの台詞だ! 妖精のために! 桃子が一番頑張ってくれてるだろ!」
「リドル、そんなに思いつめてたなんてねぇ、言ってくれればいいんだよぉ」
「あいつ。なんでもかんでも。自分で解決しようとするからな」
桃子と共に居るのは、ヘノだけではない。
リドルの緊急事態という話を聞きつけ、二人の妖精がついてきてくれている。
赤い魔力光を纏うのは、火の妖精フラム。
赤い髪を後頭部でまとめているその妖精は見た目もまだ年若く、その上でやんちゃでまっすぐな性格もあり、ともすればヘノやニムより子供っぽい印象を受ける。
そしてその中身は、少年漫画の如き熱さを持つ、苛烈な武器マニアである。
薄黄色の、リドルのそれとよく似た魔力の色を持つのは、大地の妖精ノン。
茶色のふんわりした髪に、他の妖精たちよりも豊かな体つきが特徴的な妖精である。彼女は普段からリドルと行動を共にすることが多く、今回は真っ先に同行を買って出てくれた。
彼女たち二人はその属性上、この熱砂砂漠を苦にしない妖精たちである。
水の妖精ニムをはじめ、薬草の妖精、緑葉の妖精、桃の木の妖精といった面々は残念ながら熱砂砂漠を駆け抜けることが出来ない。なので、今は妖精の国にてティタニアとともに桃子たちの帰りを待ってくれている。
ティタニアの見通したところ、リドルは単独でやはり、ピラミッドの更に下層へと向かっていったらしい。
教授に会いたい。ただその願いのために、妖精へと変化したリドルだ。その彼女が己の生まれた意味を知り、下層へと向かってしまったのを責めることはできない。
でも、それでも、仲間としては。彼女がいなくなることなど、許容できるわけもない。
スフィンクスの間を潜り抜けてしまえば、そこから先はティタニアの領域から外れてしまい、瘴気の溢れる下層領域となる。
その場所へリドルが踏み込む前に、どうにか引き止めるのが、今回の桃子たちの目的だった。
「桃子。リドルは酒に酔って。ヘロヘロらしいから。きっと。すぐに追いつくぞ」
「うん! 足止めしてくれてたクルラちゃんに感謝しよう!」
幸運なのは、試練の答えを知ったリドルを、クルラが長時間にわたり引き止めていたことであろう。
人の良いリドルは、どうやらクルラの飲酒に長時間付き合っていたようで、決して今も本調子ではないとのことである。
クルラが妖精の国の果実等から作っている酒は、人間はもとより、妖精でもなかなかにキツいものが多い。今回は、いつものクルラの暴走が功を奏した形であった。
「桃子さん、前のほうに大きなミミズがいるよぉ!」
高速で駆け抜ける桃子の視界の先に、砂から躍り出る巨大なミミズの魔物の姿が見える。
その横にはカートも止まっており、どうやら探索者たちが戦っているようだが、しかし今は申し訳ないが彼らに気を使って立ち止まっている場合ではない。
「えい! 邪魔ぁ!」
砂嵐に探索者たちを巻き込みつつも、跳躍して巨大ハンマーに魔力を込めて、一撃。
桃子が魔力を叩きつけた胴体の部位を中心に、サンドワームの身体が凍り付いた冷気の粒とともに弾け飛ぶ。
サンドワームそのものは持ち前の生命力で、今の一撃で胴体の半分ほどを失ってもなお活動を再開するが、しかしダメージは大きいようでその動きも精彩を欠いている。
あれならば、この地の探索者たちが苦戦するようなことはないだろう。
「さすが桃子だな! 通りすがりにでかいミミズが弾け飛んだぞ!」
「た、頼もしいよぉ」
「桃子は。本気になれば。ミミズの十匹や二十匹。どうってことないぞ」
「すっげえ! さすが桃子!」
「なんか、勝手に話が大きくなっていってない……?」
脳内麻薬でテンションが跳ね上がっており、一撃でサンドワームを撃破した桃子だが、いざ褒めちぎられると流石に恥ずかしくなってしまう。
というか、流石の桃子でもサンドワーム二十匹などと対峙したら、どうってことないどころか、どうにもできない自信がある。なんだかヘノの中の桃子評は上方修正が効きすぎている気がする。
だがしかし、今はそんなことにいちいち訂正を入れている暇もない。桃子の偉業を称える妖精たちを余所に、桃子は熱せられた砂の上を走っていく。
桃子たちが第三層『地下遺跡』への入り口たる巨大階段まで辿りつくのは、それからすぐのことだった。
さすがに、障害物や特殊な地形の多いピラミッド内では、つむじ風の魔法は抑えめだ。桃子が真っすぐ駆け抜けていって壁や柱に正面衝突では本末転倒である。
だがしかし、それでも桃子は小さなつむじ風を脚に纏い、壁や地形にだけは気を付けて駆け抜けていった。
「ええと、ヘノちゃん、場所はこっちだっけ?」
「リドルの魔力はこっちだ。クルラの酒の魔力もあるから。わかりやすいぞ。罠は。力づくで防ぐから。無視してくれ」
「うー、わかった! 信じてるね!」
前回訪れたときは、罠を踏まない様に。罠に触らない様に。
とにかく罠に気を使った状態でゆっくりと進んで行ったものだ。
だがしかし、今日は時間がない。罠が怖いだとか、そういうことを言っている場合ではないのは桃子も承知していた。
なので、怖い、怖いけれど、罠の対処は妖精たちに一任する。彼女たちを信じることにした。
「矢でも槍でも! 武器は全部防いでやるからな! アタシに任せろ!」
「岩や地形の罠なら、私が抑えておくよぉ」
ヘノの風の防御も当然張ってあるが、今回はそれ以上に、火の妖精フラムと大地の妖精ノンが、桃子の守備に力を割いてくれている。
風の魔法というものは比較的万能型の力ではあるのだが、攻撃性においては火の力の方が上で、防護性では大地の力のほうが上なのだ。
そんな二人が、桃子の守備に専念するということは――。
「ぎゃー!!」
桃子目掛けて飛んできた矢が、降ってきた槍が、桃子へとたどり着く前に弾け飛び、消し炭になる。
桃子の足もとに突如開いた落とし穴は開ききらずに再び地面に戻り、桃子を潰そうと迫ってきた壁や天井は、壁から出っ張る別な岩塊によってせき止められる。
「ひぃいっ!!」
落石は全て桃子を避けていき、謎を解かねば開かない隠された扉の罠は、妖精たちが力を合わせて強引に魔力で扉のスイッチを誤作動させる。
棺の中から現れたミイラたちは、桃子に近づく前に全身から火の手を上げて、乾燥したその身体はあっという間に焼失していく。
桃子目掛けて降ってきたギロチンの刃は、桃子の目の前に突如現れた岩ブロックによってせき止められる。
「……」
途中までは襲い掛かってくる罠、降りかかってくる凶刃に悲鳴を上げていた桃子だけれど、途中からは妙に静かになっていく。
具体的には、炎上したミイラたちが桃子の正面で文字通り煤へと変わっていった辺りからだろう。
桃子の顔から表情が薄れていき、ただただヘノを追いかけて走る存在になってきた。
「も、桃子さん、大丈夫なのかねぇ?」
「桃子! 大丈夫か! おい!!」
「……はっ?! な、なんか私、悟りを開いてたよ」
「走りながら悟りを開くとか、やっぱり桃子! すごいな!」
桃子は気づけば、ただただ無心でヘノの背中を追いかけるマシンと化していた。
というか、罠が多すぎて、いちいち驚いていると無駄に疲れていくことに気づいてしまったのである。
あとは、心を無に。心を無に。特に、目の前で炎上するミイラの集団を出来るだけ記憶に残さない様に。桃子はホラーは苦手なのだ。
そうこうしているうちに本当に心が無になり、ちょっとした悟りを開きかけていたのだった。
「この坂道。大きな岩が転がってくる。場所だな」
ヘノが到着したのは、先日も通ったはずの、長い下り坂だ。
ここを下り切れば、そこはもうスフィンクスの間である。そして、そこでは巨大な扉が探索者たちの行方を阻んでいるはずである。
鍵の妖精たるリドルならば、当然ながら自由にその扉を開くことは出来るはずだ。
だがしかし、桃子はそうはいかない。リドルに先に行かれてしまっては、桃子には扉を開く手段がない。
「どうしよう。リドルちゃん、もうスフィンクスの間まで入っちゃったのかな……」
「大丈夫だ。扉が閉まってても。桃子のハンマーなら。壊せるだろ」
「桃子! お前本当に! 破壊神なんだな!」
「え、なにそれ、知らないよ?!」
破壊神呼ばわりはさすがに寝耳に水である。
だがしかし、ハンマーで壁を壊せるかどうかで言えば、多分どうにかなってしまう可能性があるだろう。
如何にダンジョンの扉の厚みが物凄かろうが、丈夫な岩で出来ていようが、桃子のハンマーはダンジョン内の壁を破壊し、崩落させる程度には威力があるはずなのだ。
なので、如何にその壁が強大でも、妖精たちの力も借りれば、石壁だろうが巨大扉だろうが、恐らく破壊は可能だろう。
惜しむらくは、ここが琵琶湖ダンジョンでないことくらいだろうか。何故だか、琵琶湖ダンジョンだとハンマーの魔力のノリが良い気がするのだ。
「でも、そろそろあの岩がくるかと思ったんだけど、転がってこないね」
この下り坂では、解除不能の大岩トラップが探索者たちを追い立てるはずである。
前回はおよそここら辺りで、地面をゴロゴロと転がってくる大岩の振動が響いてきたものだが、しかし今回は大岩が転がってくる気配を感じない。
罠が発動しなかった? それとも、何か異変が起きているのか? 桃子は何があっても大丈夫なよう、懐から縮小されたハンマーを取り出し、すぐに動けるようにギュッと強く握りしめるが――。
「さっき、転がりそうで危ない岩があったから、四角くしておいたよぉ」
「え? ああ、うん。四角かったら、転がらないもんね。ありがとうね、ノンちゃん」
やはり、普段と違う同行者がいると、なんだかリズムが狂ってしまうのだった。
「扉が開いてる!」
岩の転がってこない通路を駆け下りると、そこにはスフィンクスの間が待ち構えている。
そして問題の扉だが、しかしどうやらそれについては杞憂なようで、桃子たちが駆け込んできた時点ではまだ、巨大な石の扉は大きく開かれていた。
しかしそれは、既にリドルがこの部屋へと踏み込んだ後ということでもある。
視線の先には、恐らく彼女も桃子たちが訪れるのを待っていたのだろう。
第四層へと続く階段の前で、スフィンクスがその巨体を起こし、ジッと桃子たちが入室してくるのを待ち構えている。
階段は目の前にある。だがしかし、それはスフィンクスの力であろう光の壁で塞がれていた。
「おい。すひんくす。リドルはいるか」
『あ奴は既に、第四層へと向かった。一歩、遅かったようだの……』
「スフィンクスさん、私たちリドルちゃんを止めに来たんです! ううん、せめて……止められなくても、一緒に帰るために、迎えに来たんです!」
スフィンクスに訴える桃子の背後で、石扉が低い音を立てて閉まっていく。
この場所を初めて訪れるフラムとノンが扉を振り返り、焦った様子を見せた。
「おい! あのでかいのに! 閉じ込められたぞ!」
「た、大変だよぉ」
「大丈夫だ。あのすひんくすは。敵じゃないぞ。まあ。味方でもないけどな」
敵ではない。彼女はこの迷宮を訪れる探索者たちを大切にしている。本質的には、彼女は人間を好いている。
しかし、味方ではない。彼女の役目は、来訪者の選別を行うことだ。資格なきものを振るい落とし、資格を得たものを第四層へと送り出す。彼女の感情がどこにあろうと、その役目は絶対だ。
『モモコよ。これより先へと進みたくば、我が試練を乗り越えて見せよ』
「……わかりました。試練を受けます!」
リドルを追いたければ、スフィンクスの試練に勝利する必要がある。
それが何かは分からない。リドルのときは一つの問いかけだったけれど、人間相手に同じ試練を出される保証もない。
桃子は先ほどから握っていたハンマーに魔力を通して巨大化させておく。何があってもすぐに振り抜けるように。何がきてもすぐに防御できるように。
しかし、それは杞憂であった。
スフィンクスの口から出たのは、一つの問いだった。
『問おう。其方らは、何を求めて下層へと向かう。何の為に、危険へと踏み込む』
「私が下層へ向かう理由は……一緒に、リドルちゃんと帰るためです!」
「仲間を。連れ戻しにきたんだぞ。他に理由なんてないだろ」
「そうだ! アタシたちの仲間だ! 危険ってのなら、なおの事! 放っておけないだろ!」
桃子たちは、問いに答える。口々に、己の心をスフィンクスに叩きつける。
謎を解きたいわけではない。下層に住む魔物を打倒しに来たわけではない。教授がいるのなら流石に救助したいとは思うが、それでも最優先ではない。
桃子たちは、ただ、リドルを迎えに来たのだ。
そして最後に、リドルの親友であるノンが、スフィンクスの前に進み出て、ぽろぽろと、ぽろぽろと、涙を零しながらもスフィンクスに懇願する。
「リドルは、私の大切な、友達なんだよぉ。馬鹿だけど、格好つけだけど、一番の親友なんだよぉ。だから……ここを通して欲しいよぉ」
スフィンクスは、何も言わない。答えない。ただ、そのノンの言葉に、黙って耳を傾けていた。
そして、眼を瞑り。天を仰ぐと、漸くその唇から言葉を紡ぐ。
『合格だ……勇敢なるものたちよ。これより先は、我の力も及ばぬ。其方らの母の力も届かぬ。それでも行くのならば……』
光の壁が消え、今ここに。
『帰ってこい。それが我との、約束ぞ』
砂丘ダンジョン第四層。未だ名もなき魔境への道が、開かれた。