ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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暗く冷たい場所

「桃子。瘴気が濃くて。魔物の居場所が掴めない。ここからはゆっくり進むぞ」

 

「わかった、仕方ないよね……」

 

 スフィンクスに見送られて降りた階段の先は、魔法光こそ灯っているものの、全体的に薄暗い迷宮だった。

 ダンジョンの造形そのものは第三層『地下遺跡』と似たような、古代文明を思わせる巨大な石で作られた遺跡である。

 だがしかし、オレンジ色の揺らぐ光で照らされていた第三層と違い、この第四層は青白い光で染められ、全体的に暗く、冷たい。

 天井からは水滴が滴りおち、所々に苔や、見たこともない植物が壁に根を広げている。

 

 水滴の音と桃子の足音が静かな空間に響く。

 

「くそ! 仕方ないな! リドルはどこだ!」

 

「フラムは、もう少し静かにした方がいいよぉ。敵がいたら、見つかっちゃうよぉ」

 

 広範囲を感知できるヘノは、パーティの先頭となってリドルの魔力を追いかける。防御に秀でたノンと炎で周囲を照らせるフラムは、桃子の左右を守るような位置取りだ。

 どんな敵がいるのかも分からず、またどのような地形や罠があるかも不明なため、今はつむじ風の魔法は使用を控えている。

 慎重に。一同は先を警戒しながら、暗闇にでも呑まれそうな雰囲気を滲ませる第四層の遺跡を進んでいった。

 

「ピラミッドと構造は似てるけど。なんだか暗くて、冷たいダンジョンだね……」

 

「瘴気さえなかったら。ニムが喜びそうな。じめじめしたところだな」

 

 桃子には瘴気を読み取ることは出来ないけれど、しかしそれでも全身にのし掛かるような、おぞましいような、寒気を伴う不快な感覚がある。

 きっとこれが、濃密な瘴気というものなのだろう。

 

 過去にも桃子はこの感覚に覚えがあった。

 岩手、遠野ダンジョン第三層『深淵渓谷』で、鵺と対峙したとき。

 北海道、摩周ダンジョンで、あの嵐の夜。巨大なる霜の巨人があの地に現れたとき。

 それらと同じだった。

 

 恐らくこの階層にも、存在するのだろう。

 鵺や霜の巨人のような、瘴気を司る存在が。人間を、妖精を、魔法生物たちを、食い物にする存在が。

 

 桃子は、ハンマーを握る手に、じわりと汗をかくのを感じた。

 

 

 

「アタシ、静かにするの、苦手なんだよな……」

 

「フラムが静かにするのなんて、初めて見た気がするよぉ」

 

「あー……大きな声を出したい……」

 

「ダメだよぉ。その口、閉じておいたほうがいいよぉ」

 

 しかし、緊張するだけでもない。

 左右を舞う妖精たちの会話はいつも通りの柔らかい雰囲気で、桃子の心をゆるく解してくれる。

 大声を出したくてソワソワしているフラムが可愛らしくて、不謹慎かとも思ったが桃子はくすりと笑ってしまった。

 フラムがそわそわしているのにあわせて、彼女の頭にある小さなポニーテールのような赤い髪が、ぴょこぴょこ跳ねるのだ。

 先ほどまでの嫌な気持ちが、少しだけ霧散していく。

 

「フラムちゃん、妖精の国に帰ったら、大きな声でお話しようね。私、フラムちゃんが好きそうな武器知ってるんだよ」

 

「え、本当か桃子。あれ、でもなんでアタシが武器好きだって知ってんだ……?」

 

「なんで知らないと思ったの?」

 

 ちょうど、桃子の知っている探索者の武器が、フラムの好みにピッタシなはずだ。

 炎の形状を模した赤い剣で、炎の魔法も付与されているという、まさに炎の剣だ。ついで持ち主はフラムに似て大声で、真っ直ぐで、作るうどんは辛口だ。

 さすがにフラムにプレゼントは出来ないけれど、剣の持ち主はポンコの師匠の一人でもあるので、ポンコに頼んで貰えば間近で見る機会を作って貰うことも出来るだろう。

 

「よし! アタシ、帰ったら! 桃子に武器を教えて貰うんだ!」

 

「しーっ、しーっ、次叫んだらフラムは口を縫い付けるよぉ」

 

「や、やめて……静かにするから……」

 

 ついテンションが上がり大きな声で叫んでしまうフラムに一瞬どきりとしたけれど、しかし幸い周囲に魔物の気配は無さそうだ。

 帰ったら、フラムに武器の情報を話してあげなければならない。桃子はしっかりと、心にその予定も刻み付ける。

 

 無事に皆で帰る理由は、多ければ多い方がいいのだから。

 

 

 無事に帰ったら。フラムとも楽しく武器の話をするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「所々に、石が落ちてるね……」

 

「ノン。一応聞いてみるぞ。あの石。なにかわかるか」

 

 遺跡を進んでいくと、所々に歪な形の石が落ちている。

 もちろん、石で作られた遺跡なのだから、石のひとつや二つが落ちていてもおかしいことなどない。

 しかし、今歩く通路には、それが多すぎた。そして、その石は明らかに、遺跡の壁や床の材料とは違うものである。

 風化して、砕かれて、既に原型はわからない。

 けれど、元々何かの形を模していたような石が、ひとつの通路にまとまって、落ちているのである。

 石の周囲には、ボロボロになったリュックや、ランタンが落ちている。

 砕けた武器が、道具が。誰かがそこにいた形跡が、落ちている。

 

 桃子も、妖精たちも。それがなんなのかは、薄々予想はついている。

 この階層に、人を石化させてしまう魔物が住み着いているというのは、初めから分かっていたことなのだ。

 教授の仲間たちはスフィンクスの間まで逃げられたが、それ以前に訪れた幾人もの探索者がどうなったのかなど、今さら考えるまでもない。

 その重たい事実に、いかに呑気な妖精たちといえども口数も少なくなっていく。

 

 そして、案の定。

 石にも関わりの深い大地の妖精ノンの声は、実に落ち込んだものだった。

 

「あれは……ひと、だったものだよぉ。でも、あんな状態じゃあ、呪いが解けたとしても、もう……」

 

「……そうか」

 

 ノンに確認をとったヘノも、無表情のままだけれど、声が沈んでいる。

 名も知らぬ探索者のことを思っているのか、それとも今いる仲間たちのことを思っているのか、相棒たる桃子にも、ヘノの心の奥底までは読み取れない。

 

 そして桃子も、なにか言おうとしたけれど、言葉はなにも口をついて出てこない。

 ただ、名も知らぬ探索者だったものの成れの果てを見て、悲しげに目蓋を下ろすしかなかった。

 

「なあ、リドルの探してる教授ってのは……大丈夫なんだろうな……!」

 

「……信じるしかないよぉ。リドルの教授だったら、きっと大丈夫だよぉ」

 

 そう。今は、リドルだ。そして、彼女が会いたがっている教授だ。

 

「リドルの魔力も見つけた。近いぞ。あっちだ」

 

 桃子は、無理矢理にでも思考を切り替える。今は、名も知らぬ誰かのことではなく、大切な仲間のことを考えよう。あなたたちを連れていくことはできない。ごめんなさい。ごめんなさい。

 桃子は後ろ髪を引かれる思いのまま、風化した石の並ぶ通路を後にするのだった。

 

 

 

 

 ヘノに続いて暗い遺跡を進んでいくと、それは聞こえてきた。

 水滴と、桃子の足音と、それに混ざって聞こえてくるのは、少女の嗚咽の声。

 しゃくりあげ、愛する人の名を呼び続ける、聞き覚えのある少女の声だ。

 

 逸る気持ちを押さえて円柱の立ち並ぶ遺跡通路を進むと、そこにはひとつの石像があった。

 通路の角で、なにか大きな、金属的な板を構え、身を屈めている男性の石像。

 そして、その男性にすがり付くようにして泣いている、小麦肌の妖精。リドルの姿があった。

 

「……ぐす……こんな場所にまで、どうしてノンたちが……ぐす……なのかな?」

 

「リドルを追いかけて来たんだよぉ……ひっく……」

 

 リドルの姿を見つけると、彼女の親友であるノンが周囲を警戒もせず真っ直ぐに飛んでいく。

 そして、リドルに体当たりをする勢いで、親友へと抱きつき、泣きじゃくる。

 

「ぐす……ノン……なんで……」

 

「バカ、バカ、リドルはバカだよぉ……一人で、こんな……うぅ……う……」

 

 困ったように、ノンを抱きよせて、その髪をぽんぽんと撫でさするリドル。

 リドルとて、ノンの言いたいことくらいは分かっているのだ。こんなのは謎でもなんでもない。大切に想う相手がいるならば、誰だって分かることだ。

 でもリドルは、教授に会うために生まれて来た存在だ。だからこそ、何よりも教授を優先してこの第四層までやって来た。もしここで時間が巻き戻ったとしても、リドルは何度だって同じ選択をするだろう。

 けれど、そのために親友を泣かせてしまった。ノンの涙がリドルの心に突き刺さり、そこからジワリと後悔に似た痛みが込み上げてくる。『好き』という感情は、とてもとても、難しいものだった。

 

「リドルちゃん、この人が、砂園教授なのかな?」

 

「ぐす……ああ、そうだよ。ボクに、名前をくれたんだ。今はこんな石みたいだけど、優しくて、温かくて……」

 

 ノンを抱き寄せるリドルに、桃子が静かに声をかける。

 どうやら、目の前で号泣するノンをあやすことで、逆にリドルの方は心が落ち着いてきたようだ。

 まだ目元に、ほんの小さな涙が残っているけれど、それでもリドルはしっかりと桃子を見上げて、笑うことが出来た。砂園教授を、紹介することができた。

 

「きっとこの人は、リドルちゃんのお父さんなんだね」

 

「そうか。これが……お父さん……なのだね」

 

 ティタニアの元に集う妖精たちは、それぞれがダンジョンに漂うティタニアの魔力の影響を受けて生まれて来た。

 それはリドルとて例外ではなく、元々の意思を持った魔法結晶があったとしても、妖精としての身体を得たのはティタニアの魔力あってこそだ。

 なので、彼女たちはティタニアを母と呼ぶ。そして、そこには当然ながら父というものはいない。父という存在がどのようなものなのかは、リドルも知識でしか知らなかった。

 

 けれど。父と母の元で生まれ育ったという、人間の桃子がそういうのならば、間違いないのだろう。

 砂園教授が、リドルの父親なのだ。彼は間違いなく、お父さん、だったのだろう。

 

 

 

 一方、湿っぽい空気が少々苦手なヘノとフラムの二人は、桃子たちから少し離れて、その様子を見守っていた。

 

「アタシ……こういう空気は苦手なんだよ。魔物がいないかどうか、周囲を見てくるよ」

 

「気を付けろよ。なにかあったら。いつもの大声。出すんだぞ」

 

 フラムはヘノにそう言い残し、炎のような赤いオーラを漂わせて、周囲を確認してくることにしたようだ。

 そんなフラムの小さな背中に声をかけて、ヘノも桃子たちの周囲に風の結界を張り、周囲の警戒を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「桃子くん。この教授が構えている、この板が何なのか。探索者のキミなら……わかる、だろうか?」

 

 一通り泣いたリドルが、おずおずと、リドルが桃子に問いかける。

 どうやら、教授との再会の感情とは別に、ここにはまだ『謎』があったようだ。流石にリドルもこの後に及んで一人で考えるのはやめ、人間である桃子の意見を伺う。

 石像の教授は、大きな板状の金属に身を隠すようにして屈んでいる。これが何なのか、リドルには分からなかったのだ。

 

「これ、もしかして鏡? あ、いや……違う、これは金属の盾を磨いたんだ。それで、こういう鏡の盾を作ったんだよ」

 

 大きな金属の板など、いかに探索者と言えどもいちいち持ち歩くことはない。あるとしたら、それは盾だ。

 教授が構えているそれは、恐らく大きさや形状からして、盾。だがしかし、これは普通の盾ではない。恐らくこの板の上から張り付けられていたであろう防御のための魔法素材やコーティングを全て剥ぎ取り、無機質な金属板が丸出しとなっている。

 そして、恐らくはそれを、ありものの道具を使い、磨き上げたのだ。

 まるで、鏡のように。

 

 ちょうど桃子も今、左腕に鏡の盾を装備している。

 これは和歌と親方が桃子のために制作してくれたもので、即興で磨いた金属よりもはっきりと、それを覗き込むリドルの顔を映し出していた。

 

「あのね、石化の呪いで有名な魔物には、視線を武器にする魔物が多いんだって。だから、その視線を跳ね返すために、鏡を使ったっていう伝承が残ってるの」

 

「……なるほど。さては教授は、この盾で。魔物と戦ったのでは、ないかな?」

 

「ぐす……リドルのお父さんは、その場で武器をつくっちゃったんだねぇ」

 

「うん、うん! きっと、そうだよ。やっぱりここの魔物は、視線で相手を石化させるタイプなんだよ。教授はだから、鏡を作ったんだ……」

 

 桃子は確信する。

 この階層に住まう魔物の正体は分からない。バジリスクか、コカトリスか、ゴーゴンか、はたまた桃子の知らないもっと別な何かかもしれない。

 だけれど、教授はその対策として、鏡を作ったのだ。

 つまり、恐らくこれは、石化ガスなどのようなものではなく、鏡で反射出来るタイプの呪いだったのだろう。

 少なくとも、教授はそう判断したのだ。そして、教授の判断ならば信じられる。

 

 この階層の魔物は、その視線で石化させる魔物だと考えて良いだろう。

 これは、非常に大きな情報だ。絶対に、持ち帰らねばならない。

 

「で、でも、その鏡も半分くらい、石になっちゃってるよぉ」

 

「即興の鏡じゃ、反射しきれなかったのかな。それとも何か、教授でも見逃したことが……?」

 

「桃子。推理もいいけど。ここは危険なんだ。早く上に戻ろう」

 

「あ、そうだね」

 

 教授は鏡を使っても、それでも石化に抗うことは出来なかった。

 そして、教授の構える鏡の盾も、残念ながら半分ほど石と化している。

 即興の鏡では反射が足りなかったのか。それとも、教授ですら見逃していた何かがあったのか。桃子は深く考え込むが、しかしすぐにヘノからの声で我に返る。

 

 考えるのは後でも構わないのだ。

 今はとにかく、リドルを。そして石像と化した教授を、安全な第三層まで連れ帰るのが先決だ。

 

「リドルも。ノンも。今は考え込んでる場合じゃないぞ。今なら。みんなで帰れるんだ」

 

「うん、教授さんも私が抱えていくよ。私、ダンジョン内だったら力持ちだからね。それなら一緒に帰れるでしょ?」

 

「……そう、なのだね。ありがとう、桃子」

 

 教授は石像になってしまったのでそれなりに重そうだけれど、ダンジョン内ならば桃子は【怪力◎】と、そして持ち前の魔力による身体強化で、なかなかすごいパワーを発揮出来るのだ。

 教授は桃子よりも体格の大きい男性だけれど、屈んで身を小さくした姿勢なのは好都合だ。抱え方を工夫すれば、どうにかなりそうだ。

 

「よし。フラム。そろそろ行くぞ。お前もこっちに――」

 

 そして、ヘノはフラムへと声をかける。

 フラムは湿っぽい空気が苦手だと、少しだけ離れた場所で魔物を警戒していたはずだ。

 だけれど、フラムへと声をかけたヘノの声が、途中で途切れた。

 

 何かと思い、桃子がそちらを見ると、少し離れた場所を浮遊していたフラムの姿が。彼女の、炎の明るさを思わせる魔力の光が。

 ふと、消失した。

 

 

「え?」

 

 

 カツン。

 

 

 小さな石が、遺跡の床にぶつかる音が響く。

 フラムがいたそこには、赤い、炎を思わせる色をした、石が。小さな魔石が、床に転がっていた。

 

 

「フラム……ちゃん?」

 

 

 そして、そこにはもう。武器を愛する明るい少女は、いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【砂丘ダンジョン専用 雑談スレ】

 

 

:ようやくキャンプに戻って落ち着けたから書き込みにきたよ

 

:お帰りなさい、何か発見でもあった?

 

:メジェド様を見た

 

:例の砂嵐か

 

:いや、砂嵐ではあったんだけど、その先頭を走る、というか飛ぶ? メジェド様をはっきりと見たよ。白い布と足しか見えなかったけど

 

:マジか!

 

:嘘だったらお前、カート没収だぞ

 

:やっぱりあの高速砂嵐はメジェド様だったのか

 

:もう少し詳しく

 

:詳しく書こうにも、戦ってたサンドワームが、超スピードでカッ飛んでいくメジェド様に轢かれて千切れた これだけ

 

:轢かれたのか

 

:巻き込まれなくてよかったな

 

:それで恐らくだけど、ピラミッドの方角に直進していったよ

 

:速すぎて俺は見逃したんだけど、メジェド様の周囲に緑と黄と赤の光があったらしい

 

:なんだそれ、魔法か?

 

:あと、これは見間違いかもしれないけど、最後に黒い蝶々が飛んで行った

 

:砂漠に蝶々はいないが・・・

 

:メジェド様ってそういう蝶の眷属とかの言い伝えは何かあったっけ?

 

:黒い蝶・・・って、なんか不吉だな

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