ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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バジリスク

「フラムちゃん? ねえ、フラムちゃん……?」

 

 フラムがいない。

 

 薄暗く、冷たい空気の漂う遺跡の通路の一角で、桃子は周囲の時間が止まったかのような錯覚に陥る。

 フラムがいたはずの場所に、見知らぬ魔石が落ちているのだ。

 それは、フラムの瞳の色のように、暖かく、そして熱を持つ、炎のような色の魔石だった。

 

 桃子はふらふらと、ひとりその魔石へと近づくが、しかし不意に『それ』の存在に気付いてしまう。

 それは、桃子たちを、観察していた。それは、巨大な蛇であった。いくつかの柱に巻き付くように、蛇行して。シュルシュルと。それが、妖精たちにも気づかれることなく、桃子たちへと接近していたのだ。

 音もなく近づいたそれが、その大蛇が、禍々しい光を片目から放ち、こちらを見ている。

 表情など解らぬ蛇の瞳だというのに、そこから泥沼のように纏わりつく悪意が伝わってくる。久方振りの獲物を見つけた、下卑た喜びが伝わってくる。

 その禍々しい光こそが、呪いの視線なのだと。あれが、教授たちをもの言わぬ石像へと変えて来たのだと、理屈ではなく感覚で、理解出来てしまった。

 

「なに……あれ……」

 

「駄目だ。桃子っ」

 

「えっ?!」

 

 呆然と呟いた桃子の身体はしかし、唐突に吹いた突風で浮かされ、背後の柱の裏まで吹き飛ばされてしまった。

 背後の壁に激突し、したたかに背中を打ちつけ、肺の中の空気を全て失ってしまったような衝撃で数秒程呼吸が出来なくなる。

 何が起きたのか一瞬わからなかったのだが、気づけばヘノが桃子の胸元にしがみついている。どうやら先ほどの突風は、ヘノが桃子を吹き飛ばすために起こしたもののようだった。

 

 桃子は漸く周囲の状況を理解する。ヘノの風が、桃子をあの巨大な蛇の視線から外れる位置まで吹き飛ばしたのだ

 

「桃子。いいか。よく聞け。フラムは魔物にやられた。多分。石にされたんだ」

 

「ヘノちゃ……え……」

 

「絶対。この柱の影から出るな。頼む」

 

 ツヨマージを構えたヘノの手は、震えていた。

 桃子は漸く、今が緊急事態なのだと、一番恐れていた状況になってしまったのだと、頭の中で理解した。

 本当は遭遇せずにいられればそれが一番良かったのだけれど、どうやらその希望は叶わなかったらしい。桃子たちは、一番ありがたくないパターンを引いてしまったようである。

 

 第四層に潜む石化の魔物――巨大な蛇と、出くわしてしまった。

 

「……わかった、今は隠れよう」

 

「おい。リドル。ノン。お前たちも――」

 

 そして桃子の安全を確保したヘノは次に、残りの仲間たちへと向き直る。

 先ほどからずっと、リドルとノンは石像と化している教授の肩の上にいたはずだ。教授が構えている鏡の盾の裏にでも避難してくれれば、一時的とはいえ安泰だろう。

 だがしかし、ヘノの思惑は大きく外れてしまい。風の妖精の、いつも無表情な顔が、悔し気な色に歪む。

 

「お前たち。なんで……」

 

 ヘノの視線の先には、教授の肩の上にのったまま、既に身体の半分ほどが石と化したリドルとノンの姿があった。

 

「ヘノ、桃子くん。すまない。ボクたちも手遅れの、ようだね」

 

「ごめんねぇ。ヘノみたいに、素早く動けなかったんだよぉ」

 

「嘘、二人とも、身体が……!」

 

 ヘノは速さに秀でた風の妖精で、瞬発力の面では他の妖精よりも勝っていた。だから、すぐに桃子と共に柱の裏へ隠れられた。だがしかし、リドルとノンの二人は、ヘノほど迅速な退避行動をとれなかったのだ。

 教授の肩の上で、リドルとノンは互いに寄り添いあって。抱きしめ合うような姿勢のまま、足元から徐々に石へと化していく。

 

 けれど、桃子には分からなかった。

 その身体が脚から徐々に石化していっているというのに、リドルとノンの顔に絶望はなく、意外なほどに、落ち着いた表情をしているのだ。

 

「……大地の力で、少しだけ抵抗できるけど……呪いの力はやっぱり、強いよぉ」

 

「でも。ノンが呪いを抑えてくれるお陰で。ボクにも、出来ることが残っているのでは、ないかな?」

 

 リドルとノンの二人は、まだ動くその手を蛇へと向けて、己の魔法を発動させる。大地の力を込めた大岩が。不思議な理を秘めた魔法陣が。妖精たちの前に現れる。

 柱の陰に隠れた桃子とヘノからは蛇の姿は見えないけれど、蛇のいるであろう方向に向けて、ノンの作りだした岩をリドルの魔法陣で弾き飛ばすようにして、次々と射出していく。

 リドルの魔法陣はスフィンクスが使用したものと同じ紋様のものだった。恐らくあれは、転移の魔法陣の下位互換。リドルの魔法力ではスフィンクスの真似事が限界だが、それを利用しノンの岩を射出させることで、うまく攻撃魔法へと転化している。

 

 大砲のように、いくつもの岩が着弾する音。壁や柱が崩れる音。

 

 そして、巨大な何かが激しく動き、その場を這いずる音が桃子の耳にも届く。

 

「リドル……ノン……」

 

 ヘノが、掠れた小さな声で、砲撃を続ける仲間たちの名を呼ぶ。

 名を呼ばれた彼女たちは、攻撃の手を緩めない。岩を射出し続ける。

 だがしかし、じきに二人の魔法は止まってしまう。

 見ればすでに、リドルとノンの両腕まで、石化が進んでいた。ノンの大地の力でも、やはり呪いによる石化を抑えることは出来なかった。

 

 しかし、だ。

 リドルとノンの表情には、安堵が浮かんでいた。

 

「あははははははははは! ……ヘノ、桃子くん。検証は、済んだよ。キミたちに、情報を託すことが、できるよ」

 

「こ、怖いよぉ……大きな蛇が……こっちを視てるよぉ……でも、蛇は、魔力を見ずに、視力に頼ってるねぇ……」

 

 リドルとノンは、蛇だけでなく、周囲の柱や壁を崩落させるように岩を射出していった。

 そして、彼女たちはそれに対する蛇の反応を眺めて、観察して、確信する。

 蛇は、崩れる石壁や、あるいは地面を転がる柱の欠片に至るまで、動くもの全てに呪いの力を発動させていた。魔力を持たず、ただ転がるだけの柱にも、だ。

 もちろん、元から石である柱を更に石化させたとして、人間である桃子がその違いに気づくことなどないだろう。いや、風の妖精ヘノでも、そんなものの見分けはつかない。

 だがしかし、この迷宮で生まれたリドルは。そして、大地の属性をもつノンは、それに気づくことが出来た。

 

 あの大きな蛇は。生き物と岩の区別もついていない。魔力が見えていない。

 ただ、視界の中で動いているものに、その眼で認識したものに無差別に呪いの力を発動させているのだ。

 

 だとしたら、リドルたちが心配することなど、なにもない。

 

「あははは、つい……笑ってしまったけれど、どうやら……何も恐れることが、ないのでは……ないかな」

 

「おい。リドル。どういうことだ!」

 

 ヘノが叫ぶ。柱の影から身を乗り出そうとする風の妖精を、桃子がその手で慌てて抱きよせる。

 

「見えないものは、石化できないんだよぉ……だから……ヘノは……桃子さんから……離れて……」

 

「も……くんなら……かて……」

 

 石化は、二人の首より上まで廻ってしまう。

 だがしかし、二人は最後まで笑顔のまま、桃子とヘノに言葉を伝えようとする。恐れることはない、と。

 そしてやはりフラムと同様に、全身に呪いが廻った時点で、それぞれの魔力を象徴する色の魔石となって、教授の石像の足もとに転がり落ちる。

 カツン、という小さな音が、妙にはっきりと桃子の耳に届いた。

 

「リドル! ノン!」

 

「ヘノちゃん……駄目……っ! 堪えて!」

 

 リドルたちを助けようとするヘノを、桃子が必死で引き寄せる。

 先ほどとは逆だ。桃子を必死に押し止めたヘノだったが、とうとう仲間たちが次々と石化されていく姿に、ヘノ自身が耐えきれなくなってしまった。

 しかしそれでも、柱の影から出てしまっては、蛇の呪いが届いてしまうのだ。

 

 そして桃子はそんなヘノを、ぎゅっと自分の胸元に押し込む。

 仲間が三人も、立て続けに消えてしまった。残されたのは、たった二人だ。

 

 ヘノも、桃子も。震えていた。

 そんな恐怖と絶望の中で、パートナーの温もりだけが、互いの心を守ってくれていた。

 

 

 

 バジリスク。

 

 神話にも語られる、呪いの巨大なトカゲ、或いは蛇とも言われている魔獣のひとつ。

 恐らく、この第四層に巣食うあの蛇こそが、バジリスクなのだろう。

 そして諸説あるけれど、バジリスクの神話には、鏡にて邪視を跳ね返すことで撃退したという逸話がある。

 

 半分ほど石化してしまっているものの、教授が金属盾を磨き上げ作り出した、鏡の盾。そして己の腕に装着しているのは、アクリルミラーによる小さな鏡の盾。

 二つの鏡の盾とともに、桃子はその逸話を思い出していた。

 

 

 

 

 静かな空間に、どこかで滴っている水滴の音だけが響く。

 

「あの蛇。ばじりすくって言うのか。こっちまで。来ないな」

 

「きっと、教授の鏡があるから、近づきたくないんじゃないかな」

 

 しばらく二人で抱きしめ合うことで、桃子もヘノも、どうにか落ち着きを取り戻していた。

 妖精たちが石になったとて、それは教授たちと同じく、呪いで石になっただけ。

 呪いならば打ち破ることが出来るのだ。解除することが出来るのだ。だから、まだ仲間を助けることは出来る。絶望する状況ではない。

 

 幸い、バジリスクは教授の石像が構えている鏡の盾を警戒してか、それより近くには近づいて来ない。やはり、鏡というのはこの蛇に対して絶大な効果があるようだ。

 いま二人が隠れている柱の裏は、ちょうど教授の鏡に守られている。バジリスクの領域たるこの空間内での、数少ない安全地帯の一つと言えるのだろう。

 

「よし。桃子。逃げよう。逃げて。すひんくすでも。女王でも。魔女でも。誰か助けを呼べばいい」

 

「うん……でも、ヘノちゃん。多分それ、無理なんだよ。出口、塞がれちゃってるんだよね」

 

「……そうか。そうだな」

 

 桃子たちは、この階層の構造を把握していない。

 一方、バジリスクはこの階層を把握しているのだろう。先ほど通ってきた入り口側の通路へ続く道を、蛇の巨躯が塞いでしまっているのだ。

 どうやらバジリスクは、侵入者たちを逃がすつもりはなさそうだ。

 

 桃子はそこで、一度大きく深呼吸をして。

 冷静に、現状をまとめる。そして、一つの考えをヘノに聞かせる。

 

「ヘノちゃん抱きしめてて、ちょっと落ち着いてきたよ。ヘノちゃん、今から私が話すこと、ちゃんと聞いてね?」

 

「わかった。桃子の話。聞くぞ」

 

「さっきのリドルちゃんとノンちゃんが遺した言葉、覚えてる? あの二人、笑ってたでしょ? あれはきっと、勝利を確信してたんだよ。私の推理が正しければ、私はバジリスクに勝てるかもしれないの」

 

「意味がわからないぞ。どういうことなんだ?」

 

 リドルとノンの二人は、石化されながらも、余裕の笑みを崩さなかった。あれは、勝利を確信した笑みだろう。

 ヘノにはあの二人の言葉の意味が全く分からなかったのだが、桃子にはなんとなく、思い当たることがあった。そして、その根拠となる事柄も。

 

「私、フラムちゃんが石にされたとき。バジリスク……でっかい蛇と、眼があったんだよ」

 

「どういうことだ? 目があったら、石化しちゃうんじゃないのか?」

 

「うん。多分、私は目があったと思ってたんだけど、実際には私が一方的に見てただけなんだと思う。バジリスクは、私の姿が見えてないんだよ。【隠遁】が、発動してたんだよ」

 

 不思議なことに、魔力で生きる魔法生物たちは桃子を認識できるのに、瘴気を糧とする魔物たちには【隠遁】は通じるのだ。

 だからこそ、魔力を目視できずに視力に頼る魔物に対しては、桃子の【隠遁】は圧倒的な優位性を誇る。そのルールは、どうやら特殊個体と呼ばれる強大な魔物すら例外ではないようだ。

 

 バジリスクは、魔力を見ていない。視力に頼っている。その二つは、ノンが最後の力を振り絞って伝えてくれた情報である。

 無論、本物の蛇ならば視力以外に、聴覚や嗅覚なども持つだろう。そして蛇の種類によっては、ピット器官と呼ばれる、熱源を探知できる部位もあるはずだ。

 だがしかし、視覚でも、聴覚でも、嗅覚でも、熱源でも。結局のところは同じこと。

 

 

 認識できない対象に、呪いはかけられない。

 

 

 バジリスクにとっての、天敵――打ち倒す者が、今。ここにいる。

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