ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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打ち倒す者

「桃子なら。勝てるんだな……?」

 

 ヘノの縋るような視線に、桃子は力強く。こくりと一度、頷いて見せた。

 残念ながら、ヘノの風の力では、この石化の呪いを放つ蛇には敵わない。そして【隠遁】が勝利の鍵となるならば、その魔力を乱すヘノの存在はむしろ足手まといとなるだろう。

 ヘノは、桃子から離れなければならない。

 

 一番大切な桃子を守れないどころか、足手まといになってしまう自分のふがいなさに、ヘノは唇を歪めて、うつむいてしまう。

 

 しかし、そんなヘノの前に、桃子があるものを差し出した。

 それは、ここに来るまでの間ずっと、桃子の腕に装着されていたものだ。

 強化アクリルとミラースプレーという、現代技術による鏡の盾。神話の時代にはなかった鏡の盾だ。大皿程のサイズのそれを桃子は腕から外して、ヘノに渡す。

 

「一応、ではあるけど。ヘノちゃんは、これ持っててね?」

 

「これ。桃子の鏡の盾だろ」

 

「うーん、私が使っても、身体を隠し切れないからあんまり意味がないんだよ。このサイズなら、ヘノちゃんは全身隠せるからね。それでね、ヘノちゃん」

 

 ヘノの身体からすれば大分大きいけれど、アクリルなのでサイズの割には軽い盾だ。ヘノがそれを受け取るのを確認すると、桃子は言葉を続ける。

 これは、大切な作戦だ。

 ヘノにしか頼めない、重要な話だ。

 

「私が失敗しちゃったら、ヘノちゃんはこの鏡でうまく身を隠しながら、上層まで戻って欲しい。それで、窓口さんでも、風間さんでも、サカモトさんでもいい。信頼できる人のところに飛んでいって、配信者のりりたんに、助けを求めてもらってね?」

 

 桃子が失敗したとき、という前提に、ヘノは少しだけ眉をひそめる。

 だけれど、桃子の話を大人しく最後まで聞き、その言葉の意味を吟味する。

 

「りりたん……魔女か。確かに。どうにかできるのは。あいつしか。いないな」

 

「もしかしたらりりたん、今も私のこと覗き見てるのかな? そうだとしたら、一応伝えておこう」

 

 りりたんは、ちょくちょく桃子の冒険を覗き見していると言っていた。

 覗き見行為そのものに対してはさすがの桃子もあまり嬉しくは思っていないけれど、今のような緊急事態ならば、話は別だ。

 今のこの状況を、りりたんが覗き見してくれていることを祈るしかない。

 

「りりたん、もしこれを見ているなら。私が失敗しちゃったら。妖精の皆を助けてあげてください。ついでに私と砂園教授も、助けてくれたら嬉しいけど……ええと、よろしくね!」

 

 桃子は顔をあげて、なにもない空中に向かって、そのメッセージを送る。

 果たして、りりたんが見ているかはわからない。見ていたとしても、声までは伝わっていないかもしれない。そうだとすると、桃子は見当違いな独り言をしているオモシロ少女だが、多少の恥をかく程度で保険がかけられるなら安いものだ。

 

「なあ。桃子。ここにしばらく隠れてるんじゃ。駄目なのか? 魔女なら。そのうち。来てくれるかもしれないだろ」

 

「ヘノちゃん。それは、そうかもしれないけど……」

 

 ヘノの言うことは間違っていない。

 恐らくりりたんならば。今のメッセージを見ていなかったとしても、きっと何かしらの力で桃子たちの危機に感づいてくれるだろうし、なんだかんだで助けてくれると思う。

 それが何時間後か、何日後かだとしても、彼女はきっと助けてくれるに違いない。

 それを信じているから、桃子もこんな状況でいくらか気丈に振る舞えるのだ。だが、しかし。

 それとこれとは、別な話だった。

 

「……あのね。実は私は今、とっても、あの蛇に対して、怒ってるんだよ」

 

 桃子は、顔を俯かせて。ぎゅっと、耐えるように、その手で砂漠ポンチョの袖を強く握る。

 ヘノのお陰で不安が和らいだ今。桃子の心にあるのは恐怖ではなく、別な感情だった。それは、強い怒りだった。

 

「教授も、仲間の人たちも。フラムちゃんも、リドルちゃんも、ノンちゃんも、過去にここに来た人たちも……誰一人として、蛇のオモチャなんかじゃ、ないんだよ……!」

 

 桃子は、目の前で石にされてしまった妖精たちを。

 何年ものあいだ、冷たい迷宮内で鏡の盾を構え続けている砂園教授を。

 スフィンクスの間で、絶望の表情で固まっていた探索者たちを。

 そして。

 この第四層で見てしまった、死ぬことも許されず、生き返る望みも失い、ただ風化するだけという残酷な最期を迎えるしかできない、数多の石の欠片を。

 数多の探索者の成れの果てを、思い出す。

 

 彼らは皆、戦ったのだ。

 皆、ダンジョンで、戦いの中でその命を散らす覚悟はあったかもしれない。だけれど。それでも。

 

 あんな最期は、あんまりではないか。

 

「これは、私のわがまま……なのかもしれないけど。お願い、私に、あの人たちの無念をはらさせてほしい」

 

 これは、桃子のわがままだ。

 ダンジョンの深層で最期を迎えるのに、良いも悪いもない。全ては、下層に潜るという判断を下した本人の自己責任だ。

 それでも、彼らの気持ちを、無念を背負いたかった。同じ人間として、仇をとりたかった。

 せめて、人としての死を、迎えさせてあげたかった。

 それは、桃子のわがままだ。

 

 だけれど、相棒たる風の妖精は、そのわがままを肯定してくれた。

 

「……わかった。桃子。絶対に。勝つんだぞ」

 

「うん。ヘノちゃんの応援があれば、私は百人力なんだよ。だから……信じててね!」

 

 桃子は、ヘノに鏡の盾を持たせると、立ち上がり。

 そして、ひとり。

 

 柱に隠れるのをやめて、バジリスクの視界へと、身を躍らせた。

 

 巨大な蛇は、今も、柱の裏から獲物たる風の妖精が出てくるのを待ち続けていた。

 そこに、目の前に。真っ白な布地に身を包んだ『打ち倒す者』が存在することにはまだ、気づいていない。

 

 

 

 

 ドクン、ドクン。

 

 桃子の心の臓が音をたてる。

 リドルたちの見立て通り、桃子の【隠遁】はバジリスクにも効いている。

 だがしかし、絶対に気づかれないという確証はない。

 何かのきっかけで、バジリスクがその存在に気づいてしまえば。見えない存在への違和感を覚えてしまえば。桃子がバジリスクのどこかに触れてしまえば。そのときは【隠遁】を破られ、桃子が呪いの餌食になることだろう。

 

 桃子は、音を立てないよう。慎重に進んで行き、まずはリドルとノン、そして少し離れた場所に落ちたフラムの魔石を拾い集める。

 彼女たちが戦いの余波に巻き込まれ、この小さな石に傷がついてしまったら取り返しのつかないことになる。

 桃子は彼女らの魔石を大切に、丁寧に、己の懐奥深くへと仕舞い込んだ。

 背後からは、ヘノの視線を感じる。桃子はちらりとヘノを振り返り、コクリと頷いてみせてから、邪悪なる蛇へと向かって歩を進める。

 

(バジリスク……片目が石になってる……?)

 

 息を殺してバジリスクに近づいていくと、そこで桃子は気づくことが出来た。

 なんと、目の前にいる巨大な大蛇は、片目を失っていたのである。

 

 その巨大な蛇は、その右目こそ禍々しい呪いの光を放っているけれど、逆側の左目は白く濁っていた。

 少し近づいてみれば、その左目は石と化しているようだ。それは、石化の呪いで石になった、教授たちと同じ色。同じ石だ。

 

 これは恐らく、神話のエピソードの通りなのだろう。

 教授の作った鏡の盾により、左目の邪視の力が跳ね返されたということなのだろう。

 そしてバジリスクは、己の呪いの力によって片目を失ったのだろう。

 

(砂園教授……本当にすごいや。即興で、その場にあった道具だけで、バジリスクの目を無力化したんだ……)

 

 心の中で、教授の判断力に感嘆の声を上げる。よくも即興で、そこまでの行動をとることが出来たものだと、尊敬の念を抱く。

 教授の石像が構えている磨き上げられた盾は、鏡として、立派にその役目を果たしたのだ。

 バジリスクの片目を奪い、そして半ば石化してなお、バジリスクはあの鏡の盾を恐れて近づこうとしない。

 

 ならば、桃子のやることはひとつ。教授がやり残したことをするだけだ。

 力の限り。魔力の限り。もう片方の瞳にハンマーの魔力をぶつけて、無力化する。

 生物の瞳を狙うことに抵抗がないわけではないが、相手は命を、尊厳を玩具にする憎むべき魔物だ。同情はしないし、迷いもない。

 

(一撃で。一撃で決めなきゃ……!)

 

 一撃。

 それで、もし残った右目を奪えなければ、いくら【隠遁】が効いているといえど、桃子の存在は露呈するだろう。

 その時は、桃子には呪いに抗う手段はない。

 そうなれば、ヘノは嘆き悲しむだろう。柚花やニムも、ティタニアも、心に傷を負うに違いない。

 

 それだけは、嫌だ。

 

 桃子は、バジリスクの右目が見える位置まで移動する。そして、ハンマーに魔力を注ぎ、【拡縮】の魔法を解いて巨大化させた。

 今、目の前にあるこの瞳に視られたら、それで終わりだ。

 桃子の心臓は鼓動を早くする。

 

 バジリスクがハンマー等に対する衝撃耐性を持っていることは、もちろん可能性としてはあり得る。今までも何度か、衝撃耐性を持つ魔物には苦い思いをさせられたことがある。

 だがしかし、桃子のハンマーには【氷結】の魔法が付与されている。バジリスクは爬虫類だ、寒さには弱いことだろう。

 桃子は魔力を【氷結】へと回し、一気に振りかぶり。

 

(こんのぉおおお!!!)

 

 そして、全力で、魔力を込めて、振り抜いた。

 

 

 魔力の、冷気の爆発。

 

 

 そして。

 

 

『グォオオオ!!!』

 

 

 冷たく暗い遺跡に、頭部の半分を凍り付かせた、強大なる魔獣の咆哮が響く。

 

 しかし、ここで桃子は己の敗北を悟った。

 

 桃子は、バジリスクを甘く見ていたわけではない。全力で、己の魔力を込めて、ハンマーを振り抜いた。

 だがしかし、単純に。純粋に。バジリスクというその強大なる巨獣は、強かった。

 認識外だからと言って容易く不意を突けるほど、甘くはなかった。

 

 桃子が魔力を込めたハンマーを振り下ろそうというその時。桃子の大きく膨れ上がった魔力が、ハンマーのインパクトよりも早くバジリスクへと到達してしまっていたのだ。

 そしてその瞬間に、桃子の唯一の勝ち筋である【隠遁】は見破られた。

 それは時間にして、コンマ数秒の差。一瞬の差だ。

 だがしかし、この第四層を支配する巨獣が反射的に身をよじるには、十分なものだった。

 

「あっ……!」

 

 左目を狙った一撃は、バジリスクが身をよじることで左目から逸れてしまった。

 全力で叩き込んだのだ。左目から逸れたとしても、その周囲の鱗は弾け飛び、肉は削げた。【氷結】の冷気によって、抉れた肉を中心にその体躯は凍り付き、バジリスクにも多大なるダメージを与えているのは間違いない。

 だがそれでも、致命傷ではない。

 爆発の煙が晴れると、そこにはバジリスクの無事な左目があった。そしてその瞳は確かに、確実に、桃子を認識していた。

 

 そして、その瞳が禍々しい光を桃子へと放つ。

 

 桃子の纏った白い布の裾から。フードから零れ出た髪先から。桃子の身体は石へと変貌していき――。

 

 

「桃子!」

 

 

 そのとき、突風が吹いた。

 敗北を悟り、石になることを覚悟した桃子は、風に吹き飛ばされながらも、その光景を見た。

 それは、時間にすれば一瞬の出来事だ。だけれど、それは桃子の瞳には、とてもゆっくりと見えた。

 

 バジリスクの左目が呪いの光を放出したその時、一つの光が飛来した。丸い光が、桃子とバジリスクの間に、呪いの視線から桃子を隠すように、飛び込んできたのだ。

 いや、違う。桃子が丸い光だと思ったそれは、鏡だ。

 ヘノが、丸い鏡に隠れるようにして全身でそれを抱え、その鏡をバジリスクの左目に突きつけるようにして飛び込んできたのだ。

 

 これ以上ないというタイミングで。

 桃子を守るように構えられたその鏡は、バジリスクの呪いの光をはじき返す。

 

 

『グゥオオオオオオオオッ!!!』

 

 

 巨獣の苦悶の雄たけびが、再び。

 冷たく暗い、深淵の遺跡に響き渡る。

 

 

 

 

「ヘノちゃん……ヘノちゃんっ!」

 

 突風に吹き飛ばされた桃子だが、しかし今回はすぐに起き上がると、その風を起こしたであろう主を探す。

 バジリスクは苦痛で暴れているが、そんなのはどうでもいい。今、桃子にとって一番大切なのは、ヘノの安否だった。

 しかし、桃子の心配はすぐに霧散する。

 桃子がヘノを探しに行くより早く、緑色の光を纏った妖精の方から桃子の胸へと飛び込んできたのだ。

 

「やったぞ! 桃子! やったぞ!」

 

「うん! やったよ、ヘノちゃん!」

 

 ヘノの構えていたアクリルの鏡の盾は、その役目を終えて石へと変わってしまった。

 だがしかし、アクリルミラーひとつで、バジリスクの邪眼を封じることが出来たのである。

 和歌と親方が製作したこの盾は、かのアレクサンダー大王がバジリスクを撃退した伝説の盾に並んだのだ。値千金どころではないだろう。

 

「でも。まだだぞ。やるぞ! 桃子!」

 

「うん! うん! やるよ! やるよ!」

 

 だがしかし、バジリスクを滅したわけではない。これだけの魔物だ、時間を与えれば再び傷を癒し、もしかしたらその邪眼すら回復してしまうかもしれない。

 皆の石化を解くためには、絶対に、ここで討伐せねばならない。

 

 桃子とヘノは、互いに見つめ合っていたその視線を、目の前で暴れ狂う大蛇、バジリスクへと向ける。

 魔力はまだ、大丈夫だ。

 ヘノがいれば、桃子はいくらでも頑張れる。先ほど使い果たしたと思った魔力も、ヘノの応援があれば、絞り出せる。

 

「いくぞ! 全力だ! 翔ぶぞ!」

 

 ヘノのつむじ風が桃子の両脚を包み込むと同時に、桃子は蛇の頭上目掛けて翔んだ。二人のタイミングは完璧だ。

 空中で、桃子はその愛用のハンマーを振り上げる。

 

 

 

 メジェドとは、古代エジプト神話にて『打ち倒す者』という意味を持つ。

 ならば、白い衣に身を隠し、存在を認識できないこの少女は。

 間違いなく、バジリスクにとっての『メジェド』だった。

 

 

 

 桃子の持つハンマーは、バジリスクに匹敵するであろう魔獣、鵺の魔石を取り込んだハンマーだ。その魔石が魔力を得て、強く、強く輝きだす。

 桃子の魔力。ヘノの魔力。そしてそれだけではない。桃子の懐からは石となってもなお、フラムが、リドルが、ノンが、魔力を分け与えてくれている。

 

(ありがとう、みんな)

 

 桃子は、三人の妖精たちの力が流れ込んでくるのを感じながら、バジリスクへとハンマーを振り下ろす。

 迷宮の壁をも破壊する、妖精たちの魔力を注ぎ込んだ一撃を、まだ氷塊の残る蛇の頭部へと叩き込む。

 

 

 

「みんなの自由を、返せえええぇぇぇぇッ!!!」

 

 

 

 深淵の遺跡を、光輝く魔力の爆発が照らしだした。

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