ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「そっかー、私が家で宿題してる間に、先輩たちはそんな大冒険をしてたんですね」
桃子が暗い遺跡にて大冒険をしてきた二日後の日曜日。
妖精の花畑では、桃子の近況を聞いた柚花が感嘆の声を上げていた。
そう、長かった柚花の謹慎がようやく解けたのである。
人の噂も七十五日というけれど、あれだけ話題を独占していた奇跡のコロポックルも既に過去の話題となり、ダンジョンの話題は七十五日もかけずに新たな話題で埋め尽くされていた。尤も、そちらにもコロポックル同様に桃子が大きく関わっている事件なのだが。
しかしそのお陰で柚花も注目が薄れて、およそ一か月ぶりに妖精の国へと訪れることが出来たのだ。
久しぶりに柚花がやって来たことで、午前中はニムが大はしゃぎだった。
柚花と二人でサワガニを採ったり、妖精の国にある湖で水遊びをしたりと遊び回っていたのだが、そのニムは今、騒ぎ疲れたのか柚花の膝の上でぐっすりと寝息を立てている。
桃子と柚花は花畑の上に腰を下ろし、ニムを起こさぬように気を使いつつ、互いに最近あったことを報告し合っていた。
とは言っても、柚花は自宅で学校の溜まっていた課題やらをやって過ごしていただけなので、もっぱらここで語られているのは桃子の砂丘ダンジョンでの冒険譚だ。
まさについ一昨日の夜。桃子たちがリドルを追いかけて地下遺跡に潜り、バジリスクを撃退し、教授たちの石像を運びだした際のあれこれだ。
「うん。あの時は急すぎて、柚花にも連絡する余裕がなくってさ、ごめんね?」
「まあ、無事に帰ってきてくれたみたいですし。結果オーライですから、とやかくは言いませんけど……」
柚花としては、自分の知らないうちに桃子が未知の深層まで潜り、更には単独で正体不明の特殊個体を相手取った話など寝耳に水でしかなく、桃子の危機感やら何やらについては言いたいことも多い。
けれど、今回は聞く限り、事の起こりは突発的な出来事であるし、何より結果として何人もの人が救われたというのだから、柚花としても怒るに怒れない。
それに、膝の上ではニムが寝息をたて、視線の先では沢山の小妖精たちが輪投げ遊びに興じている姿を眺めながらでは、文句を言う気も抜けていくというものだ。
「あの、それでね? この件は出来れば窓口さんには内密にお願いできないかな? 流石に今回は、不可抗力というか、なんというか……」
「いいですけど。でも多分、窓口さんにはもうバレてるんじゃないですかね? 先輩のやったこと、既にネットニュースで出回ってますし」
そう言って柚花が取り出したのは、探索者用端末だ。
柚花が少し操作すると、ダンジョンの出来事をまとめたニュースサイトが表示される。そのトップに君臨している記事は当然というかなんというか、砂丘ダンジョンにて石化した探索者たちが発見された、という内容のものである。
彼らの呪いはすでに解けており、あとは時間をおけば人間に戻るということを桃子は知っているのだが、それを知らない人々からすれば非常にショッキングな出来事だ。話題性も十分すぎる程で、柚花の謹慎が早々に解けるわけだ。
そして柚花が画面をスライドさせていくと、石化した探索者たちの関連記事として『メジェド様』の情報もあるようだ。
どうやら、今回の石化した探索者たちはメジェド様が救い出したものである、という趣旨の記事だった。確証もないのによくそんなことを断言するな、と桃子は思ったが、しかしメジェド様こと桃子が助けたことに間違いはないので否定もできない。
一体どこからそんな情報が漏れたのかと桃子は柚花の端末にてその記事を読ませて貰うことにした。
「なにこれ、メジェド様が緑、赤、黄色の妖精と、黒い蝶を引き連れて『地下遺跡』へと潜っていく姿を見たという、探索者の証言……」
「うわぁ、メジェド様がサンドワームを轢き殺したって書いてますね。先輩、まさかとは思いますけど、そんなことしてたんですか?」
「あはは、えへへ」
言われてみれば、リドルを追いかけて急いでるときに、探索者たちが戦っていたサンドワームを轢いた気がする。
実のところ桃子はそのことをあまり覚えていないのだが、あの時は妖精を三人も引き連れていたのだ。【隠遁】の効果はかなり薄れていただろうから、その場にいた探索者に目撃されていたとしても仕方がない。桃子は、柚花の「ヤバい人を見る目」から逃れようと、視線を泳がせて愛想笑いをする。
だがしかし、それはそれとして、一つだけその記事内に気になる部分があった。
「黒い蝶……か」
「ティタニア様が蝶々の羽根ですし、小妖精にも蝶々の羽根の子は何人かいますけど、誰かがついて行ってたんですかね」
「……うん、きっと、心配してついてきてくれてたんだね。全然気づかなかったけど」
何のことはない。桃子の知り合いで、黒い蝶の羽根を持つ存在など限られている。桃子の脳裏に浮かぶのは、深海のような瞳をしたあの少女――の、分身のほうの妖精姿だ。
どうやらあの黒い蝶の羽根を持つ妖精は、この証言を信じるならば、最初から桃子たちについて来てくれていたようだ。
ヘノと二人だけ残されたときに、虚空を見上げ、彼女に、りりたんに向けて語り掛けてしまったことを思い出す。あれを間近で本人が聞いていたのだと考えたら、桃子はちょっと恥ずかしくなってきた。
「本当、気難しい子だなあ、もう……」
いたのなら声をかけてくれても、手助けをしてくれても良かったのにと、思わなくもない。
けれど彼女はきっと、最後にピンチに陥ったときに、桃子が人間としてバジリスクを討ちたいと語った気持ちを、きちんと尊重してくれたのだろうと思う。
あるいは単に最初から能力の相性を見抜き、桃子ならば勝てると判断して高みの見物に興じていただけかもしれないが。
なんにせよ、りりたんはちゃんと桃子たちを、ティタニアの娘たちを見ていてくれたのだ。
桃子が嬉しそうに微笑むのを、柚花は不思議そうに見つめていた。
「でも、良かったー。あれからちゃんと、教授たちは無事に回収されたんだね」
「記事によれば、石化状態の教授さんたちは、無事に鳥取の病院に運ばれて、治療を受けるみたいですよ」
バジリスクを倒した後。桃子たちはスフィンクスの協力もあり、教授をはじめとした石像たちを、『地下遺跡』への入り口。つまりは『熱砂砂漠』にある下層への階段へと置いてきた。
だが、その石像が無事に探索者たちに見つかったのか、そしてきちんと地上まで連れて行ってもらえたのかまでは把握していなかったのだ。
記事によればどうやらその心配は杞憂だったようだ。あの夜のうちに全員発見されており、土曜の朝には地元の探索者たちの手によって全ての石像が地上へと運び出されたらしい。石像を地上まで運び出そうとすると人力では大変だが、カートを使ったのだろう。実に便利な乗り物だ。
当然といえば当然なのだが、世間は石化の呪いについて侃々諤々と意見を交わし合っている。
いくつかの記事を見ても、石化現象の恐ろしさを語る記事ばかりだった。石化が時間で解除されるとは誰も思っておらず、いかにしてこの呪いと戦うか、どのようにして呪いの解除を進めていくか、それらを話し合う緊急の有識者会議なども開かれるそうだ。ちょっとしたパニックとも言える。
今現在の日本において。石化した探索者たちが見つかったという痛ましい内容のニュース記事を見て、嬉しそうに目を細めて笑っているのは桃子くらいだろう。
「病院で石化の治療って、何をどうするのかね。まあ、ノンちゃんが言うには日数が掛かるだけでそのうち戻るらしいし、なんにしても治療が失敗することはないと思うけど」
「でもまあ、自然に戻るって言っても、後遺症とかが残らないとも限りませんしね。適切な治療があるならば、それに越したことはないと思いますよ。それに、これ見てください」
「なになに? 魔法協会の幹部が現地入り……」
関連記事には小さく、鳥取に魔法協会の人間が向かったという旨が書かれている。
桃子は思い出す。つい先日も柚花との会話に、魔法協会の会長の名前が出て来たのだ。確か、クリスティーナという女性で、不老だとか言われているのだったか。年齢に関しては桃子も19歳にして不老疑惑があるので、他人事ではない。
「会長かどうかはわかりませんけど、呪いの除去が可能な魔法使いが鳥取まで来てくれたんじゃないかって、予想してる人は多いですね」
「そっか、良かった。呪いの除去があれば、教授たちも、もっと早く、安全に戻って来られるじゃん。リドルちゃんも喜ぶね」
その道のプロが来てくれるのなら、安心だ。
魔法協会ならば、呪いに対応できる専門家がいるに違いない。その人たちが協力してくれるならば、教授たちも無事に復帰できることだろう。
色々と無茶してしまったし、行き当たりばったりの救助活動ではあったけれど。結果として、沢山の人を救えたなら。
本当に、良かった。
桃子は改めて、心からそう思う。
「おい。後輩。ヘノの特製の。出来立てドライフルーツだぞ。沢山食べていいんだぞ」
「わ、ヘノ先輩これまた随分色々ドライしましたね。凄いじゃないですか」
柚花と二人、鳥取の探索者たちのことを話していると、桃子の相棒たるヘノが声をかけて来た。
実は先ほどからこの場にいなかった彼女は、一か月ぶりに妖精の国へとやって来た柚花のために、わざわざ果物をかき集めて、特製のドライフルーツを大量に作ってくれていたのだ。
柚花の復帰祝いともいえるし、ただ単にヘノが自分の新しい才能を自慢したかっただけかもしれないが、なんにせよ柚花は大量のドライフルーツに目を輝かせている。
「ヘノちゃん、お帰りなさーい。じゃあ、ヘノちゃんも一緒に食べようか」
「今日のデーツは。試しに種を先に抜いてみたんだぞ。面倒臭かったから。もうやらないけどな。味見で。沢山食べたけど。美味しかったぞ」
「ヘノちゃん、味見で沢山食べちゃうのはだめじゃない?」
あははとヘノに笑いかけながら、桃子はひょいとヘノを手で捕まえて、自分の膝の上に座らせる。
柚花の膝の上にはニムがお昼寝中なので、桃子の膝の上にはヘノが来るべきなのだ。これでお揃い、みんな仲良しである。
ヘノは桃子の膝の上でくつろぎながら、人間二人がドライフルーツを食べる姿を下から見上げている。
「それにしても。デーツはともかく。他のオアシスにあった木の実は。してやられたな」
「何かあったんですか?」
「あはは……何かあったと言うか、何もなかったと言うか。実はあのあと、オアシスに立ち寄ってみたんだけどね。オアシスにあった果物って、既に元から妖精の畑に植えられてたものばかりだったの」
そう、新たな食べ物を求めて訪れたオアシスだったが、オアシスで採れる果物類は、全て妖精の国の畑で収穫できるものばかりだったのだ。
他の妖精の誰かがオアシスで果物を採取してきていたのか、或いはたまたま同じ果物が実っている場所がどこかにあったのか。なんにせよ、同じ果物を持ち帰っても意味がない。
こればかりは仕方がないことではあるが、ヘノとしては他の誰かに先を越されてしまった形なので、その事実が判明したときはなかなかに悔しそうであった。
「それはまた、残念でしたね」
「まあ、砂丘ダンジョン全体で言えばサボテンっていう収穫もあったし、私は満足なんだけどね」
「ヘノは。満足してないぞ。次は。もっと。他の連中が行ったことのない場所から。果物とか。探すぞ」
ヘノがいつもの無表情のままで鼻息荒く、ふんすと鼻を鳴らすので、人間二人はその姿が可愛らしくて、ついつい笑ってしまうのだった。
「そういえば先輩。さっきの、教授の仲間がどうやってスフィンクスの間までたどり着いたのかっていう謎ですけど、結局どういうカラクリなんでしょうね」
「うーん。一応、可能性としてはこれかなーっていう説はいくつか思いついたんだけど、実際のところはわかんないや」
そして、次なる話題は『謎』である。
教授の仲間たちはバジリスクに襲われた後に、いったいどのようにしてスフィンクスの間まで戻って来れたのか。
教授より先に石化してしまった仲間は、本当にいなかったのか。
それについて柚花にも先ほど相談してみたのだが、柚花も不思議がっているものの、真相にはたどり着けそうにない。
おそらくきっと、何か情報が足りていないのだろう。
「そんなの。すひんくすにでも。聞きに行けば。一発でわかるんじゃないか?」
「それはそうなんだけどね。でも、この謎は謎のままでいいかな。いつか機会があったら、リドルちゃんにでも相談して、解いてもらうことにするよ」
「新たな謎ですか。リドルさんなら、喜びそうですね」
「うん。リドルちゃんは砂園教授の娘だもん。その調子で立派な探偵になってくれるんじゃないかな」
「リドルさん、別に探偵目指してはいないと思いますけどね。ところで、そのリドルさんはどちらへ?」
そういえば、桃子はふと気づく。話題の中心たるリドルを先ほどから、見ていない。
妖精の国はなんだかんだで広大な上に、桃子には見えない光の膜の扉が様々な場所にあるので、一時的に見当たらなくても何もおかしいことはない。
だがしかし、リドルが見当たらないとなると、二日前の夜のことを思い出してしまう。あの時、桃子たちがリドルの不在に気づかなかったら、追いかけて行かなかったら。その時はどうなっていたのか。
「リドルなら。ノンと一緒に。ピラミッドに行ったぞ。鍵を隠してくるらしいぞ」
「ああ、鍵の役目も一緒に思い出したんだもんね、リドルちゃんは」
教授が鍵を手放して以降は、次なる鍵の所有者を探すべき鍵の意思が消失しており、結果としてスフィンクスの鍵は10年以上見つかることがなかった。
その反省を活かして、今回はきちんとリドルが程よく難易度の高い場所に鍵を隠し、勇気と叡智を持つ探索者がいればそれとなくヒントを与えていくことにするらしい。
なんだかマッチポンプな気もしないでもないが、リドルとスフィンクスが話し合って決めたことだ。管理者たる彼女らが決めたことならば、『地下遺跡』においてはそれが正解なのだろう。
リドル一人では少々不安だが、ノンも一緒に居るならば、きっと大丈夫だ。
「うぅ……あ、あれぇ? 私、いま、チュパカブラに襲われる夢を見てました。こ、怖い」
「ニムさん、おはようございます。まだ早い時間ですけど、またどこかに遊びに行きますか?」
ヘノや柚花とそれからしばらく色々なことを話していると、ようやくお昼寝からニムが目を覚ましたようだ。
ニムの夢にまで出て来たチュパカブラ。リドルが自信満々に答えていたチュパカブラ。チュパカブラとは、もしかしたら妖精の中では有名な都市伝説なのだろうかと桃子は疑問に思う。
それとも単に、桃子が知らないというだけで普通にどこかのダンジョンにチュパカブラが生息しているのかもしれない。朝昼晩で足の数が変わるチュパカブラ。あまり遭遇したくはない。
ニムが起きたので、柚花もそっとニムを膝からおろして軽くストレッチをする。
時刻はまだ昼下がり。明日が平日なので夜になったら桃子も柚花も地上に帰らねばならないが、まだまだ一緒に探検に出かけられる時間だ。
「わ、私、滝の迷宮で……柚花さんと二人で、ジメジメした午後を、す、過ごしたいです」
「オッケーです! あ、先輩、レインコート借りていきますね?」
「うん、いいよー。鏡の盾も使ってみてよ。感想聞きたいし」
「これが噂のアクリルミラーですか? 滅茶苦茶綺麗じゃないですか」
琵琶湖ダンジョン第三層『滝の迷宮』。あそこは常に滝の水飛沫があちこちに舞い上がっているので、なるほど確かにニムの好むタイプのダンジョンだ。出てくる魔物も電撃に弱いタイプがメインなので、柚花とニムが探索に行く分にはもってこいだろう。
それならばと、柚花にレインコートを貸し出すついでに、和歌に作って貰ったアクリルミラーのバックラーも柚花に装着してもらう。これは一度、バジリスクによって石にされてしまった盾だが、元凶を撃破したことで元の美しいアクリルミラーバックラーへと戻ったのだ。
これについて。和歌からは感想を聞かせてくれといわれたものの、冷静に考えると桃子が魔物と正面切って戦うようなことなどないので、バックラーなど不要なのである。
なので、使用してみた感想は柚花に丸投げだ。
「ヘノちゃん、私たちもどこか探検いく?」
「今日は。一緒に。お昼寝でもしないか。桃子が一緒に居るだけで。ヘノは。嬉しいからな」
柚花とニムが琵琶湖ダンジョンへと遊びに行っても、ヘノはまだずっと桃子の膝の上だ。
先日、リドルが教授を大切に思っていたこと。しかし、その教授は既にいなくなっていたということ。その話を聞いてから、二人きりの時のヘノは少々甘えん坊になった。
リドルにとっての教授のように、自分の前から桃子がいなくなったらと想像し、とても寂しくなってしまったのだという。
「ん……そうだね。大好きだよ、ずっと一緒にいようね。ヘノちゃん」
「ヘノも。桃子のこと。大好きだぞ」
目の前に広がるのは、色とりどりの花畑。
小さな妖精たちが、輪投げでエキサイトしすぎてちょっとした大乱闘にまで発展するのを眺めながら。
桃子とヘノは、まったりとした昼下がりの時間を、静かに過ごすのだった。