ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
僕が石にされてから、途方もなく長い時間が過ぎたように思えるし、実は全然時間が過ぎていないようにも思える。
これが、石になる、ということなのだろうか。
僕の周囲には、冷たく暗い、闇の遺跡が広がっている。
時折あの巨大な蛇が姿を現わすが、それだけだ。
時間の感覚も分からなくなったこの身体で、僕は夢を見続けていた。
それは、過去の様々な場面。
夢を見ている間だけは、まるで時間を巻き戻したかのように、僕の脳裏に人間としての感覚が蘇ってくる。
『きょうじゅ、おはよう』
「やあ、おはようリドル。さてリドル、昨晩の続きの話なのだがね」
『きょうじゅ、まずははみがき、では、ないかな』
「おっと、そうだった。実は新しい謎を思いついてしまってね、気が急いてしまったよ。というのもだね、その謎というのがまた――」
『きょうじゅ、はをみがいていないのでは、ないかな』
「おっと、そうだった。仕方ない、謎は後回しだな」
懐かしい夢を見た。
それは、この砂丘ダンジョンの第四層へと挑む少し前のものだった。
その夢は、何の変哲もない、ただの日常の夢だ。
……いや、意志を持つ鍵と生活をしていたのだから、何の変哲もないわけでも、ただの日常なわけでもないか。
どう考えても、あれこそ『非日常』と呼ぶべき日々だったのでは、ないかな。
僕は、懐かしい己の相棒のことを、思い出していた。
「リドル。キミはこの遺跡について、キミたちに役目を課した存在について、どう思うかね?」
『ボクは、よく、わからないのでは、ないかな』
「本当に考えているかい? ふふ、だがしかし、そうだね。キミは役目を指定されただけだ。必要以上の知識も持たされていないようだしね」
『ボクは、ちしきが、ほしい。きょうじゅと、なぞをとけるように』
石にされてから、だんだん昔の記憶が薄れていくのがわかる。
子供の頃のこと。学生時代。家族のこと。……ほか、多数のものを僕の石の脳は忘れ始めている。今はまだそのことを認識しているが、そのうち忘れてしまったという事実すら忘れてしまうのだろう。
夢として思い出す出来事も、最近のことばかりだ。いや、もしかしたら外の時間は途方もなく長い年月が過ぎているかもしれないので、最近とは言い切れないか。
すでに、僕が思い出せるのは、リドルと出会った後のことばかりだ。それ以前の記憶が、薄れていく。
僕は、どんどん石へと変貌していってしまう。
夢から覚めれば、またこの場所だ。冷たく暗い、闇の遺跡だ。
僕はこのままここで、風化していくのだろうか。
『砂園……このスフィンクスが、其方らの通行を認めよう』
「スフィンクス。最後に一つ、いや二つだけ。まずはこの、リドルを頼む」
『……ああ。其方、勝手に我が鍵に名などつけおって』
「それと、もう一つ。確認したいことがあるのだが、いいかね?」
『構わぬ、言うが良い』
「キミは、ここにいる全員を第四層へと通す。それは撤回しないと言うことで、良いかな?」
『当たり前であろうが。たった今、この者らの代表として其方が、我が試練に応え、力を示したであろう?』
そういえば、共にこの第四層へと潜った仲間たちはどうなっただろうか。
石化の邪眼を持つあの大蛇――おそらくあれは、バジリスクだ。
あの呪いを受けてしまったのだ。僕が囮になったとはいえ、彼らが上層へと戻れない可能性の方が高いだろう。
今頃、彼らも僕と同じく、この暗い遺跡のどこかで、風化を待つ石として孤独な時を生きているのだろうか。
だけれど、もし彼女が。
僕の策を受け入れてくれたならば。
「試練を突破した者が第四層へと潜ったならば、それ以降の干渉が許されていない、キミはそういう『役目』だったね?」
『砂園よ、何が言いたい?』
「スフィンクス。キミは、僕を彼らの代表だと勘違いをしているようだが。僕は彼らの分まで試練を解いたつもりはないんだよ」
『なんだ? 意味の分からぬ戯言を――』
「聞くんだスフィンクス! 彼らはだから、試練を突破はしていない! 試練を突破していない彼らが、たった今、第四層まで潜ってしまっているんだ!」
『……続けよ』
「ならば、キミは彼らには干渉が許されるはずだ! ……そう、彼らが危機に陥ったとき、この部屋へと呼び寄せることが可能なのでは、ないかな? 彼らに正しく試練を受けさせる『役目』のためにね」
『……其方、さては我を謀ったか?』
僕はあのとき、賭けに出た。
それまで、季節が巡る間、僕は何回もスフィンクスと対話をし、彼女に課せられた『役目』というものを知っていった。
彼女は『役目』に縛られている。縛られすぎている。
だけれど、その『役目』を逆手に取れば。
第四層で僕たちの手に負えない何かがあった際には、仲間だけでも救えるかもしれないと、あの時考えていた。
第四層には、何があるか分からない。
命を失う可能性も高いだろう。実際には今このように命を失うこともなく、石へと変貌してしまったのだが、同じことだ。
しかし、その時に。もしスフィンクスが、その『役目』を果たしてくれたのならば。僕の意図を、読み取ってくれたならば。
彼らは助かるかもしれない。間に合わなかったとしても、のちに鍵を得る誰かに、この情報を。バジリスクの存在を、伝えられる筈だ。
「これ以上の話し合いは辞めておこうか。あくまで、彼らを通したのがキミの勘違いでなければいけない。話し合いなどしようものなら、僕たち全員がグルだと判定されてしまうよ」
『ははは……あはははははははははは!! ああ、そうだな! 万が一にも、仮に我がそのような間違いをおかしてしまったならば、その場合は試練を突破できぬ無力なものたちには、改めて試練を受けさせる必要はありそうだ!! 愉快だ、実に愉快だ! ……だがなあ、砂園よ』
「ああ」
『其方は試練を突破している。其方には、我ももう干渉はできない。意味は、わかるな?』
「ああ。大丈夫だ。僕は、覚悟の上だ」
石になってしまった僕から見える景色は、暗い遺跡だけ。
時折あの蛇が、憎々し気に僕を睨みに来るけれど、鏡を構えている僕には近づきたくないようだ。
きっと僕たちは、こうして永劫、にらめっこを続けるのだろうね。バジリスク。
『教授……! 教授……! きょうじゅ……ッ!!』
しかし、その時は突然だった。
暗闇の中に、僕を呼ぶ声が聞こえた。見知らぬ小さな少女が見える。僕はこの少女には、覚えがない。
だけれど。
『ボクを……もう、一人にしないで……うぐ……ひっく……ボクは……教授に……もっと、色々……聞きたいんだ……!』
そうか。
キミは、とうとう自由な意思を、手にしたんだね。
リドル。
「そしてその後、メジェドに。白い布を纏った『打ち倒す者』に、助けられた……というわけでは、ないかな?」
「なるほど。メジェド神。それに、妖精たち……ですか」
「妖精たち魔法生物については、貴女の方がよく知っているだろう? ミス・クリスティーナ」
「……妖精と言っても、彼女たちは様々。生マれ方も、その力も、各々の個性も千差万別ですから、ワタシにも分かりマセんよ」
ここは暗いダンジョン内などではなく、白く明るい、病室のベッドの上だ。
ある日、僕は気が付いたらベッドで眠っていた。状況を把握するまでに流石に時間がかかってしまったが、どうやらあのバジリスクが打倒され、石となっていた僕は探索者たちによって救出されたらしい。
そして、病院にて僕の呪いを解除してくれたのが、目の前にいる車椅子の若い女性――いや、実年齢では齢50を越えている、僕よりも年配の女性だ。
彼女のややカタコトの日本語が、いまは耳に心地よい。
世界魔法協会。その会長たる、クリスティーナ・エリザベス・ウィンチェスター。人間の中では最高峰の魔法使い。
どのような成り行きかは分からないが、最高峰たる彼女が僕を治療してくれたようである。
僕は身体そのものはこの10年間で歳も取っておらず、今は健康そのものだ。一方彼女は車椅子に座った若い女性。どちらがこの病院の入院患者だかわかったものではない。
しかし、実のところ彼女の目的は僕の救出ではなく、僕を救出したリドルの、そしてその仲間たちの情報だったようだ。
魔法協会は、ダンジョンの魔法生物たちの保護活動も行っているという噂は聞いたことがあるが。もし彼女たちが、リドルとスフィンクスに害を成す可能性があるならば……。
「僕はただの石像だったからね。はっきり何かを見たわけでも、聞いたわけでも、ないのさ」
「砂園教授。何か勘違いなさっているかもしれマセんが、ワタシたちの目的は、魔法生物を護ること。決して彼女たちを困らせないと、お約束いたしマスよ」
残念ながら、僕の演技力は大したことが無かったようだ。
あるいは、不老の魔女として君臨するこの目の前の魔法協会会長には、今この場で【スキル】を行使する手段でもあったのだろうか。
先ほど一瞬だけ、彼女の瞳が不思議な色を持った気がした。
「……うっすら覚えているのは、白い布の『打ち倒す者』と、緑色の小さな妖精。そうだな、丸い鏡と、何故だか小さな棒か何かを持っていたのは覚えているけれど、それだけでは、ないかな」
「……それは、日本の爪楊枝のようなものではありマセんでしたか?」
「爪楊枝? はて、どうだったか。そこまで判別はつかないが、しかしサイズ的にはそれくらいかもしれないね」
イギリス人の女史から「爪楊枝」などという単語が飛び出してくるとは思わなかったが、しかし言われてみれば嫌に的確な例えだ。緑色の妖精は、爪楊枝を持っていたのだろうか。
しかし、その爪楊枝の話を最後に、クリスティーナ女史はその場で黙って、何かを考え込んでしまったようだ。
個室の外には彼女のSPが構えているようだが、そうは言っても見た目は車いすの華奢な少女と個室で二人きりだ。
唐突に黙られてしまうと、僕も非常に困ってしまうし、時間を持て余してしまう。
こういうとき、リドル、キミがいてくれれば、僕も心強かったのだけれどね。
再びあの遺跡に潜れば、僕はキミに再会できるだろうか。
なあリドル。その時はまた、様々な謎について、話し合うとしようじゃないか。
六章 メジェド様 了