ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「こちらが新宿ダンジョンギルドです。今回の会合は、12階の第一会議室ですね」
「何度見てもでっかいなあ。新宿のギルドって高層ビルなんですよねー」
来たる日曜日。
桃子は朝から、房総ダンジョンギルドの職員である窓口杏が運転する車に乗せられて、大都会にそびえ立つ新宿ダンジョンギルドまでやって来た。
新宿ダンジョンギルドとして案内されたそこは、高さが何十階もある、ザ・新宿と言わんばかりの高層ビルであった。とはいえ、桃子の知るようなダンジョン入り口のギルドとして使われているのは主に地上から2,3階程度。それより上はダンジョン庁の施設として使われている。
そして、もちろんビルに隣接するのはダンジョンへと続く巨大な門だ。
流石日本の中枢だけあって、危険性が高いダンジョンにもかかわらず多くの探索者パーティの姿が見える。
「先輩、あっちに見えるのは都庁ですよ」
「あはは、流石に知ってるよー。でもやっぱり、大きいねえ。すごいすごーい」
桃子は決して地方から来た旅行者などではなく、むしろ生まれも育ちも全てが首都圏である。
実家は千葉寄りではあるが東京都内だ。母校も都内のお嬢様学校だし、就職先の工房は東京都でこそないものの、都内まで電車で数十分の距離であり十分に首都圏内と言えるだろう。
そんな桃子だが、今の姿はどこからどう見ても初めて東京の風景を見る、地方から来た小学生のそれであった。首都圏育ちとはいえ、高層ビルの建ち並ぶ大都会に馴染みがあるかと言えば、決してそんなことはないのだ。
「先輩、迷子にならないでくださいね?」
「桃子さん、はぐれないように私と手を繋ぎますか?」
「窓口さん、それは職権乱用ですよ。先輩は私が手を繋いでおきますから大丈夫です!」
桃子は何も言っていないのだが、気づけば桃子の手は柚花がぎゅっと握っていた。
成人女性に対してその扱いはどうなのかと思わなくもないが、実際にこのビルの周囲は都内で働く人々や、ギルドを訪れる探索者で通行人が多い。
小柄な桃子は人混みがあるとその先を見通すのが難しいのも事実である。なので土地勘のある柚花が誘導してくれるならばそれでもいいかと、手を引かれるままに桃子は柚花についていく。
「あなたたち、やっぱりそういう関係になってるんですか……?」
杏が何か小さな声で呟いていたが、人々の喧騒でその声はかき消されてしまうのだった。
ビルの一階は、探索者の受付窓口が並ぶ、いわゆる桃子もよく知っているギルドのそれであった。
新宿ダンジョンは難易度が高く、探索者に求めるハードルも高い。柚花のように新人の頃から新宿ダンジョンに出入りする肝の据わった者もいるにはいるが、桃子のように都内出身でも新宿ダンジョンを避けて千葉や神奈川のダンジョンへと出向く探索者というのはかなり多い。
それでも、膨大な人々が集まる新宿という立地条件もあり、この日もかなりの人数が受付に並んでいた。
「懐かしいですね。私がこちらに研修で訪れていたときに、タチバナさんと出会ったんですよ」
「あの時はちょっとばかし、私もやさぐれちゃってて……本当に態度悪かったと思います、窓口さんには感謝してます」
「ええ? 柚花、不良だったの?」
「いえ、品行方正な美少女でしたよ。ただ、自分でいうのもなんですけど、他人に対しての塩対応が過ぎたなあって」
柚花がまだ中学生だった頃。
新人探索者としてデビューした柚花は、その【看破】というスキルに振り回されることになる。ダンジョン内であまりに強力なそのスキルはその反面、人間の感情までもを無差別に読み取ってしまうという呪いのような効果を持つスキルだった。
嘘。妬み。色欲。怒り。殺意。探索者たちの隠し持つあらゆる負の感情を読み取ってしまう柚花は、夢見ていた探索者というものに失望し、人を信じられず、進むべき道を見失っていたのだという。
そこで出会ったのが杏であり、杏が語った「房総ダンジョンにもソロで頑張っている女の子がいる」という話が、柚花がソロ探索者の道を選ぶきっかけとなったのだ。
無論、杏の言うソロの女の子というのは、【隠遁】というスキルによりソロを余儀なくされていた桃子のことである。
「当時のタチバナさん、確かにピリピリしていましたからね。同期の女の子……カリンさんでしたっけ? 半泣きでしたからね」
「あの子は馬鹿なんであれくらいの対応で十分ですよ。ああ、なんか思い返したらムカムカしてきた……!」
「ちょ、ちょっと柚花、こんなところで思いだし怒りはやめてね?」
カリンという名前に桃子は聞き覚えはない。だがしかし、同期というからには、柚花が【看破】に振り回されていた頃に一緒にダンジョンに潜っていたのだろう。新人同士でパーティを組まされるのは珍しいことではないので、恐らくはその時のパーティメンバーだった相手の名前だろうか。
柚花のパーティメンバーだった女の子。一体どのような子だったのだろう。
その話をする柚花は「怒り」こそすれ「嫌悪」はしていない。つまりは、そんなに悪い子ではないんじゃないかなという気もするが、しかし流石に情報が名前だけではどうしようもない。
謎の少女、カリンさん。桃子の記憶の中に、その名前だけが刻まれる。
しかし何にせよ、今は怒りのボルテージを上げてしまった柚花を宥めるほうが先決だ。
「じゃあ、先輩。愚痴でも吐かないとこの怒りは収まりませんから、今度私の愚痴を聞いてくださいね? 甘いもの食べながら。私にあーんしてくださいね?」
「えー、なにそれ。甘えん坊じゃん。まあそれくらい、別にいいけど」
怒りを我慢するのと引き換えに出された唐突な要求には面食らうが、柚花と甘いものを食べるのは最近では珍しくもない。
あーんとスイーツを差し出すのも、その程度はヘノとよくやっているので、桃子的には何の抵抗もない。むしろ、それだけで柚花の機嫌が上向きになるなら、幾らでもやってあげようではないか。
桃子は先輩として、年上の姉さんとして、甘えん坊の後輩に呆れつつも笑顔でOKを出す。
「あなたたち、やっぱりそういう関係になってるんですか……?」
それを見ていた杏が、小さく何かつぶやいていたけれど、これまた人々の喧騒に流されていくのだった。
「では、すみません。私は手続きなどがありますから、お二人は先に12階の第一会議室へ向かってください。係の職員が対応しているはずですので」
「はい、わかりました。では窓口さんも、またあとで」
ビル内部にある、関係者専用の大きなエレベーターホール。窓口はギルド職員としての仕事がいくつかあるようでここから別行動となり、桃子と柚花は一時的に二人きりになる。
なんだかんだで桃子と柚花が頼りにしている杏が場を離れると、途端に不安が込み上げてくる。見知らぬ土地で、目上の人間に呼び出されて、身ひとつで会議室へと向かわねばならない。
「柚花、なんか……緊張してきたね」
「まあ、そうですね。さすがに私も、こんな場所に呼ばれるのなんて初めてですし……」
「わー、すごいよ柚花。エレベーターから外が丸見え! 凄い景色!」
「えっ、先輩? 緊張感消えるの早すぎません?」
緊張はする。不安もある。面接前はいつもこういう気持ちだ。
が、それはそれとして、高層ビルのガラス張りエレベーターから見える景色は、桃子にとっては感動的なものだった。
高い場所が苦手な人間は絶対に乗るのを避けた方が良いエレベーターであるが、自分たちが上昇するにしたがって、地上の人々が粒の様に小さくなっていくのは爽快だ。
並の雑居ビルより高い位置に来ると、遠くには関東平野の終着点を示す山々の影が並んでいる。
地上からでは、なかなか見えない景色だろう。
「千葉でもこんなビルはそうそうないからね。写真も撮っておこうかな」
「ほら先輩、写真は帰りにしましょう。もう到着しますから」
「はーい」
桃子にしてみれば、鵺や霜の巨人、バジリスクと対峙した時の方が緊張感も上だったし、あれらは寒気がするような悪意を伴っていた。
それと比べれば、面接だろうが聞き取り調査だろうが、命を奪われるわけでもなし、大したことはないのだ。
そんな桃子に引っ張られて、柚花の方もなんだか緊張するだけ無駄なんじゃないかという緩い気持ちが湧き起こる。霜の巨人に吹き飛ばされ、目の前の先輩が頭から血を流していたときと比べれば、魔法協会の聞き取り調査だろうが圧迫面接だろうが、確かに大したことはない。
桃子の、全てを受け入れつつも無敵の耐久性を誇る鋼鉄のマシュマロメンタルは、後輩である柚花にも確実に感染しつつあるのだった。
エレベーターに運ばれれば、12階などはあっという間だ。
柚花はその大きな箱から降りると、エレベーターホールに設置された案内図にて、目的の会議室の場所を調べ始める。
「ええと、第一会議室は……と。あれ? 先輩?」
しかし、柚花が12階の会議室の場所を確認している間に、桃子はどこかへ消えていた。
まさか本当にこの一瞬で迷子に? と焦った柚花だが、すぐにそれが杞憂であると気づく。
桃子がいたのは、桃子たちが使用したものとは別なエレベーター。
その扉が開き、降りようとした車椅子に乗った外国人女性のタイヤが、エレベーターの扉下の僅かな段差に引っかかり苦戦していたのだ。桃子は、その車椅子の横について手を貸しているところであった。
「あの、すみません。私でよければお手伝いをしても構いませんか?」
「あら、ありがとう。お願い出来マスか?」
「この階に用事ですか? でしたら良ければ、目的の部屋まで一緒にいかがですか?」
美しい女性だった。エレベーターの大きな窓から差し込む日差しが、彼女のブロンドの髪を明るく照らす。
女性のややカタコトの返答に頷いて、車椅子を後ろから押して出てくる桃子。困っている人がいたら即、手伝う。実に桃子らしいなと柚花は思う。
柚花も自分たちの行き先の部屋だけ確認すると、桃子と女性の側へと向かう。ただし、柚花は桃子がフレンドリーに接するのと反対に、少々警戒するように一歩引いてその車椅子の女性の様子を観察する。
金髪に白い肌ということは、海外からの来客だろうか。女性は見た所血色もよく、病気などの気配はあまりない。ならば、足を悪くしているのだろう。
ぱっと見では二十代か、下手すれば十代でも通じそうな容姿だが、柚花は外見年齢というものがどれだけ信用ならないものなのかをよく知っている。彼女が桃子と同じく、実年齢からかけ離れた容姿を持つ可能性は否定できない。
そして、自分たちが言うことではないが、ここは関係者以外立ち入り禁止のフロアである。観光客が来る場所ではない。
ならば、この車椅子の女性は関係者だ。ギルドか、魔法協会か。タイミング的にも、自分たちが呼ばれた理由と関係している可能性が高い。
「手を貸してくれるのは嬉しいのだけれど、保護者の方は? ここは関係者以外立ち入り禁止の階なのだけれど……」
「あの、私これでも成人した一応探索者なんです。そこの子と二人でギルドの人たちから呼ばれて来たんですけど、まだ時間はあるから大丈夫ですよ」
桃子が探索者だと伝えると、車椅子の女性は目を丸くして、桃子の顔を二度見し。そして何か合点がいったように小さく頷いたのを柚花は見逃さない。
柚花の探るような視線に気づいてか否か、金髪の女性は柚花にも顔を向けて、微かに口元を吊り上げるが、そこに特に会話は発生しない。
「では、ご好意に甘えさせてもらいマスね。ワタシは第一会議室へと行きたいのだけれど、お願いして良いかしら?」
「凄い! 私も第一会議室なんです! 奇遇ですね!」
「先輩、それって奇遇とかそういう話じゃ……まあいいですけど。じゃあ行きましょうか、第一会議室はこちらです」
やはり柚花の予想通り、この女性は自分たちが呼び出された話と無関係ではない。
というか、むしろ彼女こそが自分たちを呼び出した側なのではないかと、柚花は思う。見るからに海外からの来訪者だ。日本のギルド職員ではなく、海外に拠点を置く魔法協会の関係者だろう。
そして、魔法協会と言えばどうしても思い出すのが、不老の魔女と呼ばれる人物。嘘か真か、その人物は永遠に若いままの『不老』なのだという。
魔法協会からやってきたであろう、美しく、若い女性。
場合によっては、自分の先輩はとんでもない大物の車椅子を押しているのではないか、と。柚花の本能的な勘が告げる。
その勘が正しかったと気づくのは、もうすぐ先のことであった。
「では、押しますね」
「ええ、よろしくお願いしマスね。モモコさん」
どうやら金髪女性のほうも正体を隠すのをやめたようで、自己紹介もしていないのに名前を呼んでくる。
桃子はあれ? 名前なんて名乗ったかな? と不思議そうに首を傾げているが、柚花は目を細め、半ば睨むように横を進む車椅子の女性に視線を向ける。
が、そこにまた更に、廊下の先から別な声が飛んできた。
女性の声だが、日本語ではなく恐らく英語で、怒鳴り声にも近いものだった。
『またお一人で勝手に! 魔法で抜け出すのはお止め下さいとあれほど……!』
『いいじゃない、自動販売機を見てきただけよ。あなたたちも見てきたら? 面白いものが沢山あったわよ? おでんの缶とか』
『自動販売機におでんなんてあるわけないじゃないですか! 護衛無しに自動販売機を見に行くのは今後禁止します!』
『信じて! おでんは本当にあったのよ!』
驚いて足をとめた桃子をよそに、スーツ姿の女性がツカツカと歩み寄ってきて、車椅子の女性と何やら言い争いを始めてしまった。
桃子も日本の高校レベルの聞き取りならば可能だが、流石に流暢な本場の怒鳴り声などは急すぎて何を言っているのか聞き取れない。
おでんの有無について言い争っている気がするが、流石にそんなわけがない。聞き間違いだろう。桃子は自分の英語力のなさを恥じる。
だがなんにせよ、スーツの女性がお冠だということは理解できる。
そして更に、奥からは黒スーツにサングラス姿の大柄な黒人男性もやってきた。
女性二人が言い争う様子に気付くと肩を竦め、両手を上げて「やれやれだ」というようなジェスチャーを見せる。そして、言い争いをスルーして車椅子を押していた桃子へと近づいて来た。
「ヘイこんにちは、うちのボスがご迷惑をかけますね。あとは我々たちがやりますから、代わるよ」
「あ、はい」
黒いスーツにサングラス。そして物凄く大柄。自分は要人警護をしていますと言わんばかりの姿をしたその黒人男性は、桃子から車椅子を引き継ぐ。
桃子が横にたつと小人と巨人みたいな構図になるが、その見た目の威圧感とは裏腹に、多少妙なところはあるものの流暢な日本語で、口調も軽い。
人は見かけによらないものだなと、首をほぼ真上に向けながら桃子は思うのだった。
『せっかくモモコさんに押してもらってたのに……』
『もう少し立場をお考えください!』
どうやら、車椅子の女性が一人で勝手にどこかに行ってしまったようで、恐らく秘書のような立場なのだろうか、御付きの女性が猛烈に怒っている、というところだろう。
大きな男性に押されて会議室へと向かう車椅子の女性を横目に、柚花が桃子のそばに寄ってきて、小声で囁く。
「先輩、どうやらあの人、相当偉い立場の方ですね」
「そうみたいだねえ。ボスって呼ばれてたけど、もしかして柚花がこの前話してた人なのかな」
「そう、かもしれないですね。不老の魔女、クリスティーナ――」
しかし、桃子と柚花のこそこそ話はそこまで。
御付きの女生と話をつけ終わったらしいクリスが、車椅子ごと二人へと向き直り、堂々とした様子で声をかけて来たからだ。
「ユカさん、モモコさん。改めて自己紹介をするわ、ワタシはクリスティーナ・エリザベス・ウィンチェスター。日本語でいうと、世界魔法……キュウカイ? チョウカイ? なんだったかしら?」
「世界魔法協会、ですよね? クリスティーナ会長」
「ありがとう、ユカさん。そう、その世界魔法協会の、会長よ。クリスでいいわ。初めマシて、よろしくね?」
その瞳に不思議な光を宿しながら、クリスティーナ・エリザベス・ウィンチェスター会長は、桃子たちへとニコリと微笑みを向けるのだった。