ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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不老の魔女クリスティーナ

 世界魔法協会。その会長である、クリスティーナ・E・ウィンチェスター。

 桃子も柚花から聞いた話でしか知らないけれど、若く美しい女性だ。見た目からは、この人物が世界をまたにかけた組織のトップだとはとても信じられない。

 

「やっぱりクリスさんが、会長さんなんですか? なんか、本当に……その、お若いですね」

 

「先輩がそれを言うのもどうかと思うんですよね」

 

「柚花、お話の途中に混ぜっ返さないの。それに、私はただちょっと成長期が遅いだけかもしれないでしょ?」

 

「いやそれは……はい、ごめんなさい」

 

 桃子の驚きの言葉に対して柚花が茶々を入れる。

 若いと言えば若いが、しかしクリスはそれでも20代ほどには見える。子供にしか見えない桃子の方が、客観的に見ても明らかに若い。

 とはいえ、会話中に茶々を入れたことを先輩に咎められれば、柚花も素直に反省するしかない。ちょっと成長期が遅いだけという理論に関しては内心「その理屈は無理では」と思っているけれど、流石にそれ以上の口は噤む。

 

「ふふ、面白いわね、アナタたち。まあいいわ、室内で適当な椅子に座って待ちマしょう? 他の者が到着し次第、お話を始めマしょうか」

 

 到着した会議室は、さすがダンジョン庁のビルだけのことはある、非常に広々とした空間だった。

 まず目に飛び込んでくるのは、奥側の壁一面に設置された巨大なスクリーン。恐らく、実際に会議の際にはあの画面いっぱいに資料や映像が映し出されるのだろう。

 中央には長くて重厚なテーブルが鎮座し、その左右には革張りの椅子が整然と並べられている。

 桃子や柚花がよく案内される、房総ダンジョンギルドの小さな応接室とは大違いである。

 

 そして、本来ならば魔法協会会長という立場のクリスは一番奥側の上座に座るべきなのだろうが、彼女は自分で車椅子を進めて、中央近くの適当な場所に陣取ってしまう。

 桃子と柚花は顔を見合わせてから、そのクリスの対面に位置する二つの椅子へと腰を下ろした。普段使っている椅子より明らかに高額そうな椅子で、桃子はなんだか椅子に座るだけでも恐縮してしまう。

 

 椅子に座ると、柚花が小さく小声で、桃子に囁いた。

 そしてそれと同時に、パリン、という小さな乾いた音が聞こえた気もする。

 

「先輩。私、ポケットにクズ魔石が沢山入ってるんで。今日だけはちょっと、見逃してくださいね」

 

「え、それって……」

 

 先ほどの音は、そうだ。クズ魔石を砕く音。

 魔力のない地上でも、クズ魔石を砕いてそこに含まれる魔力を使用することで、数秒だけは地上でも【スキル】を行使できる。

 桃子は仕事上、クズ魔石で【加工】のスキルをよく使用しているのだが、それと同じことを柚花は行っている。

 柚花のオッドアイが、一瞬だけ不思議な光を伴う。北海道の事件の後遺症で銀色になってしまった左の瞳が、より透明度の高い光を放つ。それは彼女のスキル【看破】が使用された証だ。

 

「やっぱり、予想通りです。クリスさんの周りの護衛の皆さん、多分みんな魔法生物です」

 

「ええ、そうなの?」

 

 室内には、桃子と柚花、そしてクリスの三人だけが卓についている。

 それ以外の人員としては入り口のあたりに日本のギルドの職員と思われるスーツ姿の男性が2人と、クリスを護衛するような位置取りで、先ほどの男女を含めた魔法協会側の人員が4人待機している。恐らく部屋の外にも他に誰かしら居るのだろう。

 そのうち、魔法協会からやってきたクリスの護衛のものたちが、人間ではないという。それが、柚花が【看破】で把握した、今の状況だ。

 

 魔法生物は本来、地上では生活できない。なぜなら、その身に宿る魔力が拡散してしまうから。だがしかし、魔法協会ともなるとそれを補う方法もあるということなのだろう。

 

「それがありなら、私もヘノちゃん連れてくれば良かったな」

 

「ヘノ先輩は誰にでも噛みつく荒くれみたいなところありますから、こういう場には連れてこない方がいいと思いますよ」

 

「えー、流石にそんなこと……そうかな、そうかも、そうだね」

 

 誰にでも噛みつく荒くれとは、流石に酷い言い草だ。

 桃子は柚花の言葉を否定しようかと思ったが、しかしその時桃子の頭に過ったのは、過去のヘノの数々の勇姿だった。

 桃子がピンチだというのに一反木綿との空中戦に熱中していた。青い花畑では先手必勝とばかりにりりたんにツヨマージで強風を叩きつけた。化け狸の里では常にツヨマージで全方位威嚇していた。スフィンクス相手には、リドルが安全を保証していてもなお、ツヨマージを出して臨戦態勢だった。

 なるほど、荒くれかもしれない。

 桃子は納得した。

 

 

 そして、そうこうしているうちにギルド職員が更に幾人かやってきて、クリスと何かやり取りをしている。

 気づけば桃子たちの背後には杏も控えている。会話に参加するわけではなさそうだが、彼女は桃子たちの保護者であり、ギルド内での後見人といったところだろうか。実際のところ桃子は成人女性なのだが、この場で桃子を大人だと思っている者は本人だけである。

 

「それじゃ、始めマしょ。ササカワ・モモコさん。タチバナ・ユカさん。今日はよろしくお願いしマすね」

 

「えと、よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

 準備が出来たらしく、クリスが開始の挨拶を口にする。

 だがしかし、それはとても世界レベルの組織の会長とは思えぬ、まるで友達に話しかけるような気さくな口調であった。

 はじめはもっとお堅い尋問を覚悟していた桃子たちだったが、クリスにうまく乗せられてしまっているのか、会議という雰囲気にはならない。

 

「その前にクリスティーナ会長、質問よろしいですか? 今日は私たち二人と会長だけなんですか?」

 

「クリス、で良いですよ。一応ワタシの護衛たちと、日本のギルドの方も何人か立ち会いマスけど、お話はワタシたち三人で進めマしょう」

 

 率先して柚花が手をあげ、質問を述べる。

 柚花の疑問は全くその通り。この広い会議室へと案内された時点で、もっと大人数からの圧迫面接じみたやり取りを覚悟していた桃子たちだったが、席についているのはクリスと桃子、柚花のたった三名。室内には人数こそ多いものの、実際に会談として言葉を交わすのはこの三人だけ、ということなのだろう。

 無論、初めから『魔法協会の幹部との会談』とは伝えられていたのだが、まさかの言葉通りだった。そこには裏もなにもなく、クリスとの会談という意味だったようだ。

 

「ギルドの人間は、これでも減らしてもらったのよ? あまり多くの『人間』には聞かせられない事情も、ここでなら話せマスよね?」

 

 そして、最後に小さく加えたクリスの言葉が、はっきりと桃子と柚花の耳にも届く。

 どうやらつまりは、そういうことらしい。『人間』には聞かせられないようなことも包み隠さず話してね、という意味の、牽制である。視線でそう、語っている。

 緩い空気で油断しそうだけれど、やはり彼女はいくら若く見えようが、海千山千の会長なのだなと。桃子は目の前に座る女性の人物評を改める。

 

「でも、モモコさんは魔法協会について詳しくないようですから、先ずはそこから説明させてもらいマしょうか」

 

 まずはしかし、本題には入らずに、会長直々による魔法協会の説明から始まった。

 

 魔法協会とは、この40年ほどで一気に拡大した組織である。はじめはアイルランドを中心に、一部の探索者たちの相互協力の組織として始まった。

 しかし、彼女らはダンジョン内での魔法使いの地位向上と、『スクロール』の公的な管理を謳い、大規模なスタンピードの余波で混乱し続けたイギリスダンジョン業界をまとめあげ、そこから一気にその規模を増大していく。

 今では世界規模の組織となり、各国の機関とは距離を置いた独立した立場として、ダンジョンの管理を担う一端となっている。

 

 その活動内容は主に魔力技術提供や、『スクロール』の管理だが、危険なダンジョンへの人員派遣、ダンジョン災害時の救助、あるいはダンジョン外での世界的な人道支援活動なども行っており、現在ではその影響力は計り知れない。

 奇しくも、日本でもダンジョンが一気に増えたのがおおよそこの30年内の話なので、日本のダンジョン庁の設立、発展には、彼女ら魔法協会との相互関係も大きかったという。

 

「以上が、表向きの活動内容デスね」

 

「えと、じゃあ、魔法生物の保護っていうのが、裏の活動内容……ということですか?」

 

「ええ。人間の生み出す瘴気を浄化し、世界の平穏を守ってくれているのが彼らです。ですから、彼らの安寧を乱すことは許されマセん」

 

「人間の生み出す瘴気……?」

 

「ああ、そこもまだでしたか……」

 

 そして、裏の活動内容。

 つまりは魔法生物絡みの話だが、しかしここで、桃子の知らない話が飛び出てくる。

 ダンジョンの奥には瘴気が蔓延っており、魔物たちはその瘴気を糧にする。そこまでは桃子も聞いてはいたが、その瘴気がどのようにして生まれたのかは知らない。聞いていない。

 

「モモコさん。今の日本は、とても平和ですよね?」

 

「日本、ですか? ええ、まあ」

 

「ワタシの生まれ育ったアイルランドもそうでした。あの頃は他国と比べて人間同士の争いも少なく、皆が穏やかに過ごしていマシた。それは、人々の生み出す瘴気を、ダンジョンが吸い込んでいたから。妖精たちがそれを浄化し続けていたから」

 

 アイルランドの妖精たち。つまりは、ティタニアがまだ少女だった頃の話だ。りりたんが、女王として妖精の国を治めていた頃の話だ。

 瘴気とは、つまりは負の念。マイナスの魔力。人に仇をなし、凶悪な魔物たちにとってはその命の源。北海道にて、仮面の男ツインペアーが、高らかにそう説明していたのを思い出す。

 そして負の念とは、つまりは感情だ。ならば、その膨大な量の負の感情を生み出しているのは誰か? それはやはり、地球上で一番感情を持て余している生物、人間なのだろう。

 人間たちの生み出す負の念は、ダンジョンへと吸い込まれていく。結果として、地上は平和になる。ダンジョンの瘴気という、負債と引き換えにして。

 

「最終的には、人間の生み出す瘴気のほうが増してしまい、あの事件の日にその平和は全て失われマしたが……」

 

「じゃあ、じゃあ……今の日本はティタニア様……その、魔法生物たちが平和にしてくれてるっていうこと……ですか? 人間の負の念が多すぎて、アイルランドの妖精たちは……その、全滅してしまったっていう、ことなんですか?」

 

「……そう、ね」

 

 沈黙。

 

 知らなかった事実に、桃子と柚花は沈黙してしまう。そして、背後に立つ杏もまた、息を飲む気配がする。

 杏は成り行きで桃子や柚花といった特殊な探索者の担当となってしまっただけで、彼女の立場はあくまで一般の受け付け職員である。本来ならばこれは上層部だけが知るべき事柄なのかもしれない。

 

 そして杏だけでなく、その話を語っていた側のクリスまでもが、俯き、沈黙してしまっていた。

 

『クリス会長……』

 

『大丈夫よ、大丈夫』

 

 秘書の女性が心配げにクリスの肩に手をかけ名を呼ぶと、クリスも顔をあげて大きく深呼吸する。

 どうやら、クリスもまた、瘴気に関して思う所があったのだろう。アイルランドのスタンピードで、彼女もまた何かしらを失ったのかもしれない。そう、桃子は理解する。

 

 

 

 

「失礼しマした。続けマスが、ワタシは彼女たちの安寧を乱すことは許すわけにはいかないのです」

 

「それで、単刀直入に言うと、私の配信内容が協会の目的にそぐわない、ということなんですね」

 

「柚花……」

 

「はい。初めはそれを追求し、バアイによっては貴女方を糾弾することも可能性として考えていマシタ。ですが……」

 

 そして、長かったけれど、ようやく本題だ。

 魔法協会は、人間の生み出す瘴気を浄化してくれる存在である、魔法生物たちを護らねばならない。

 それは魔法生物たちが良き隣人だからという理由だけではなく、現実問題として、地上の平穏を守るためでもあった。

 今の平和が、ダンジョンに住まう魔法生物たちの尽力によるものなのだとしたら、それを損なうのは人間社会にとっても大きな損害だろう。そこまでは理解できるし、否定のしようもない。

 

 そこで問題になるのが、柚花の配信だ。

 柚花の配信は、ダンジョンを救うため、ひいては魔法生物であるコロポックルの復活の為のものではあったのだが、しかし魔法生物たちの平穏を守るという目的とは合致しない。

 妖精やコロポックルの存在は、確かに元からある程度は知られてはいた。しかし今回はそれを、派手に広めすぎてしまったのだ。魔法協会として、許容できない程に。

 更にはその広めてしまったのが、本来自分たちが保護すべき【魔法生物の加護】を持つ少女たちだというのだから、魔法協会も頭を悩ませていることだろう。

 

 だがしかし、そういう理由で一方的に糾弾されることも半ば覚悟していた柚花と桃子であったが、続くクリスの言葉は実に色々な意味で、意表をついて来るものだった。

 

「調べによると、ヨロイ=マン。ミスイリアにミスターアカヒト。ミセスカザマ。ウドン=エアロにウドン=マグマ、ウドン=ヒョウガ、タナカ。マタギ=マンとその弟子たち。最近だとミスタースナゾノらもそうですね。ほか、貴女方は様々な人々やダンジョンを、救済していマスね」

 

 もしかして彼女は笑わせに来ているのだろうか。

 所々に挟まる珍妙な名称に、桃子も柚花も、顔を俯かせて必死に平静を装う。

 背後に控える杏も、何かを誤魔化すかのようにしきりに咳をする。向こうでは日本のギルド職員が咳き込み出した。

 

 桃子もどうにか深呼吸で心を落ち着かせて、今の話を脳内で整理する。どうやらクリスが手にしている資料には、ここ最近の桃子の活動内容がまとめられているのだろう。

 名称はともかく、話の内容自体は、決してふざけているわけではない。

 それは明らかに極秘資料、極秘案件だが、相手は魔法協会のトップ。情報を知る立場にいて当然だ。ちらほら紛れていた珍妙な名称も、彼女の立場からすれば些細なことなのだろう。

 

「ヌエー、フロストジャイアント、バジリスク。これらの凶悪なモンスターを撃破したのも貴女たちの力でしょう? ワタシはそれを、素晴らしいことだと評価しマス」

 

 そして続いて、これは最近撃破された特殊個体。

 フロストジャイアントとは北海道に現れた霜の巨人のことだろうが、本来はあれを倒したのはツインペアーに扮していたりりたんだ。どうやらりりたんは巧妙に己の存在を秘匿しているようである。

 結果として、あれを倒したのも桃子たちの手柄ということになってしまったようだが、流石にあれを倒したと思われるのは過大評価が過ぎる。

 しかし、桃子のそんな感想など知らぬとばかりに、クリスの言葉は続く。

 

「本来ならば、記憶を読み取るコトも考えマシたが、加護を持つ貴女たちにはその手法も使えマセン」

 

 

「なので、直接伺いマしょう」

 

 

 クリスが、桃子たちへと微笑みを向ける。その瞳は、不思議な光を伴っているように見えた。

 どうやら、配信に対する聞き取りというのも、今回の会談における真の目的ではなかったようだ。

 

 

「貴女たちを裏で動かしている、ウィッチ。自らは闇に潜み、裏で全てを操っている魔女。それは一体、ナニモノなの?」

 

 

 魔法協会が警戒しているのは、桃子たちの背後にいるもの。

 魔女を名乗り、桃子に不思議なスキルを押し付けた、謎の存在。

 目の前の無垢な少女たちを惑わし、魔法生物の情報を拡散するように誘導している、真の黒幕。

 

 

「そのウィッチが私の大切なあの子を脅かすつもりならば……なんとしてでも。世界魔法協会の名において、対処しなければならないわ」

 

 

 それが、彼女たちにとっての、本命だ。

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