ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ドワーフやザシキワラシ、マーメイドたちと協力して、貴女たちが人々を救助してきたのは知っていマス。各所で目撃されている緑色の妖精は、モモコさんのパートナーよね?」
ああ、そういうことになってるのか、と。桃子は感心した。
桃子ではなく、緑色の光を放つ妖精に注目すれば、確かに関連性を見いだすのは容易いだろう。しかしそれでも、桃子=魔法生物、とまでは辿り着かなかったらしく、あくまで桃子たちが魔法生物と協力態勢にある、という考察に落ち着いたようである。
実際に今となっては座敷童子たちは単体で存在しているので、あながち間違いとも言い難い。
「その中で、初めにウィッチの名が出たのは、ビワコダンジョン。恐らく、ミスイリアたちを救い出すのと引き換えに、貴女は何かを求められた。違いマスか?」
違いません。桃子は脳内でうんうんと頷く。
クリスの語る推理は、正解である。初めて会ったとき、りりたんはイリアたちを救うのと引き換えに、桃子に人魚姫の噂を広めるように求めて来たのだ。
魔女、という名称についてはその当時のイリアの証言が発端だろう。あの時、りりたんはノリノリで魔女様を演じていた。
そして、先ほどの発言からすれば、彼女たちは人間の記憶からある程度は直接情報を聞き出すことが可能なのだ。
これは恐らく、イリアとアカヒトの記憶は読まれている。少なくとも彼らの記憶から、北海道の事件の裏にも魔女が暗躍したことまでは辿り着いたはずだ。
桃子は実に、厄介なことに巻き込まれてしまったようだ。
「どうします? 先輩。話しちゃってもいいんですかね」
魔女の情報。
それはすなわち、りりたんの正体を話す。りりたんの情報を伝える、ということだ。
実のところ、りりたんについては守秘義務もなにもない。それどころか、彼女自身も配信者としてネット上で己の姿を晒している。
なので、友達の一人として紹介する分には何も問題ない。
ただ、魔女として紹介してしまうのは、どうなのだろうか。
「あの、えと……クリスさん! いったん二人で、作戦タイムを……話し合いをさせてもらっていいですか!」
「ええ、ご自由にどうぞ?」
とりあえず、ここは一度柚花と二人で相談させてもらいたいと思ってタイムをかけてみると、クリスは快く許可を出してくれた。
世界に名だたる魔法協会の会長に対して会議中に作戦タイムを申し出るなど、普通に考えれば言語道断である。後ろで見ていた後見人代わりの杏は既に冷や汗が止まらないのだが、見守られている少女二人はそんな保護者の気持ちなど露知らず。
二人で一度座席を離れて、部屋の端でこそこそと小声の作戦会議を開くのだった。
室内にいる日本のギルド職員たちは冷や汗をかき。魔法協会の会長とその護衛たちが日本の自動販売機についての雑談を始めた頃。
部屋の隅にて、桃子と柚花は作戦会議を開いていた。
「先輩、そもそもなんですけど、りりたんの話っていうのはどういう扱いなんです?」
「どうって……うーん、アンタッチャブル?」
「触れてはならない、と」
実のところ、りりたんについては桃子自身もあまりよく分かっていないことが多い。なので、どうしたらよいか、判断も難しい。
桃子が分かっているのは、まず彼女の前世が妖精の女王であり、ティタニアの母親でもあるということ。そして、桃子が知る限りは一番の、滅茶苦茶強い存在である、ということだ。
更には、その固有スキル【製本】によってありとあらゆるスクロールを作り出し、様々なスキルや魔法を使い分けることも出来る。もはや何でもありだなと思わなくもない。
そして次に、彼女は人間をあまり好きでないこと。
先ほどの瘴気の話を聞いた後では、何となくそれも理解できる。彼女の国を、彼女の子供たちを滅ぼしたのは、人間の生み出した負の念だ。いくら彼女が当の人間に転生したとはいえ、素直に人間に心を開くのは難しいのだろう。
その割に配信者なんていうものをしているのだが、それは柚花にも言えることだ。生身の人間とコメント越しの人間。本人にしか分からない違いというのがそこにはあるのだろう。
そして最後に、非常にマイペースかつ秘密主義である、ということだ。
なんせ彼女は、桃子のことを友達と呼んでおきながら、自分のことを殆ど教えてはくれないのだ。それどころか、連絡を取るのも一方的であり、桃子からの連絡も受け取らない宣言をしている。
改めて、そんな友達ある? と疑問に思う。
それと不確定の情報として追加するならば、琵琶湖での一連の騒動が解決した後のこと。
琵琶湖へ持ち込まれた兵器開発に関わっていた企業の、日本部署の役員が複数人、謎の失踪を遂げたというニュースを桃子は見たことがある。
それが何を意味するかは分からないし、琵琶湖の事件に関係しているかどうかなど、全くわからない。
だがしかし、桃子はそのニュース記事を読んだとき、脳裏に浮かんだのは青い花畑の少女が意味深に笑う姿だった。
「とは言ってもですよ、先輩。りりたんも私たちと立場はそんなに違いはないわけじゃないですか? あくまで人間の中学生なわけですし」
「んーでも、もうすぐ中学卒業して、高校生になっちゃうんじゃないかな」
「それはどっちでもいいです、ちゃんと聞いてください」
ピシャリと後輩に叱られた。
「私としては、りりたんのことはりりたん本人を呼び出して、直接確認してもらうのが一番確実だと思うんですよ」
柚花の意見としては、こうだ。
自分たちからは、りりたんの秘密は極力話さない。
ただし、本人の名前だけは白状し、あとはりりたんと魔法協会の間で話し合ってもらう、といったものだった。
桃子と違い、柚花はりりたんと直接の知り合いというわけではない。文化祭で一度道を教えて、北海道ではツインペアーという不審人物と行動を共にしたことはあるけれど、どちらにせよそれでりりたんと仲が良くなったなどということはない。
なので、桃子のようにりりたんに遠慮をせずに、思い切った判断が出来る。
「まあ、そうだよね。どうせ私たちが何も言わなくても、魔法協会が本気で調べればそのうちわかるだろうし……」
「じゃあ、そうしましょう。前世とかなんとかまでは私たちから説明することじゃないでしょうから、そこは本人に聞いてもらうとしましょう」
「まって、まって。せめて一度さ、私からりりたんに連絡してみるよ。出てくれるかは分からないけど――」
桃子としても、柚花の判断に積極的な賛成を示しはしないけれど、現状はそれが一番だと思う。
だがしかし、それはそれとして。
友達の情報を勝手に人に伝えてしまうというのにはやはり、抵抗がある。これはもう、桃子のモラルの問題だ。
なので、せめてダメ元で自分から一度りりたんに連絡を取ってみようかと思い、ポケットから自分のスマホを取り出したのだが。
スマホが着信音を奏でる。バイブレーションが震える。
そして、画面に『着信 りりたん』の文字が映る。
「先輩。電話鳴ってますよ?」
「すごい、物凄いデジャヴを感じる」
いつぞや、北海道の摩周ダンジョンへ向かうバスの中でも、全く同じことがあった。
前回は普通に驚いたが、今回は二回目だ。ある程度は、りりたんはそういうものだと理解している。
「先輩、まだ電話鳴ってますよ?」
「で、出ます! 出るよ、出るからね!」
室内に響く着信音に、ギルド職員も、そして魔法協会のメンバーたちも桃子に注目している。
桃子は気を取り直して、いざ。通話ボタンを押して、スマホを耳に当てた。
「はい、もしも――」
『もしもし、私りりたんです。いま新宿ダンジョンギルド前にいますよ』
一方的にそれだけ言って、通話は切れてしまった。
「怖いよっ!? メリーさんじゃん!!」
「モモコさん、ユカさん。今のお電話は? メリーというのは、ウィッチの関係者かしら?」
「あはは、ええと、メリーさんっていうのは日本の都市伝説というか、怪談話の一つで、電話口の相手とは関係ないっていうか……」
どうやら桃子の電話口の対応で勘違いされてしまったようで、室内の視線は桃子に集まっていた。
桃子は大人数に見られるということにさほど慣れてはいないので、ちょっとばかし気後れしてしまうが、自分はいま、柚花の立派な先輩として、年上のお姉さんとしてこの場にいるのだ。
ならば、気後れしている場合ではない。お姉さんだから。
「えとですね。電話口のりりたん……ええと、そのウィッチなんですけど、もうすぐここに来るみたいですよ」
「りり……? え、この場所に来るの? ウィッチが?」
桃子の言葉に、クリスは目を丸くして驚いている。クリスの周囲の護衛たちも、一瞬互いに顔を見合わせて、何やら首を振ったりしている。
どうやらもしかしたら、魔法協会としては『ウィッチ』がここに訪れるとは思いもしなかったのだろう。
しかし、冷静に考えると、だ。
りりたんのやっていることは殆どが人間の域を超越している。
助かる見込みのなかったイリアやアカヒトを深層にて治療し、桃子に不思議なスキルを植え付け、北海道ではツインペアーなる架空の人間に変身して暗躍していたことくらいは、クリスティーナたちも把握していることだろう。
その正体が一体何なのかと考えたとき、迷宮に住まう何かしらの魔法生物――或いは知性を持つ特殊個体――だと考えるほうが自然なのだ。まさか、人間の、しかも女子中学生だとは思うまい。
ウィッチが来る。その情報にクリスティーナが困惑していると、更なる困惑が彼女へと襲い掛かる。
その声は、部屋の外に待機していたはずの一人のギルド職員のものだった。
「会談中失礼いたします! 実はその、探索者の少女が一名、この会談の関係者だから入れるようにと一階受付けにいらっしゃるのですが」
「少女? ……その探索者の名前は?」
少女、と聞いてクリスは桃子の姿をちらりと見遣る。
クリス本人もそうなのだが、魔法生物が絡む場合は、それに関係する人間の外見年齢などは当てにならないものだ。
子供に見えても、その実は成人女性だということもあるのだから、それだけで相手を判断するのは早計だということを、彼女は知っている。
「はい。天海梨々という名の15歳の探索者です。探索者カードを確認したところ、ごく普通の女子中学生の……あっ」
「ふふふ。話が長そうなので、来ちゃいましたよ」
受付からの連絡を報告していたギルド職員の横から、スルリと。一人の少女が、その広い会議室へと入室する。
漆黒の髪に、深海を思わせる暗く蒼い瞳。服装はいつぞやのような黒いドレスではなく、黒い制服姿だ。恐らく、彼女の通う中学校の制服なのだろう。柚花は一度だけ、この服装を文化祭で見たことがあるはずだ。
美少女、である。
しかし、それだけでは表現できない、謎の魅力を、謎の威圧感を、彼女はその身に纏っていた。
魔法協会の護衛たちは、クリスティーナ会長を守るように、りりたんへと警戒心むき出しの視線を投げかける。懐に手を入れているが、もしかしたら拳銃のようなものも所持しているのだろうか。
しかし、そのような敵意のこもった視線を受けてもどこ吹く風で、りりたんはその手に一冊の本を取り出す。先ほどまでは何も持っていなかった手にはいま、一冊の魔導書が開かれていた。
それは、彼女のスキル【製本】で作り上げたものだ。彼女はその特殊なスキルで、様々なスクロールを具現化出来る。そしてその本を読み上げるように、りりたんは詠唱を紡いだ。
「まずは、部外者の皆さんには眠って頂きますよ。夢の涯はすぐそこに──【眠りの香】」
これは、いつだったか桃子が初めて彼女の領域、青い花畑に訪れたときに、妖精であるヘノとニムを眠りに誘った睡眠の魔法である。
あの時は桃子は魔法の効果範囲から除外されていたようだが、それから数か月たった今、その魔法が再び桃子の目の前で行使された。ダンジョン内ではなく、地上で、だ。
室内にいたギルド職員たち、そして部屋の外にいた職員たちが、その場で崩れ落ちる。
クリスを庇う様にしていた護衛たちも、あるものは抗いきれずに眠りに落ち、あるものはその場で膝をつき、あるものは目の前にある机にしがみつくようにして、まだどうにか眠りに対する抵抗を試みているようだが、しかしその意識が途切れるのも時間の問題だろう。
唯一、大柄な黒人男性の姿をした彼だけが、クリスを守るようにりりたんの前へと仁王立ちする。柚花が言うには、彼も人間に擬態しているだけで、何かしらの魔法生物なはずだ。
「ぐ……ウィッチが、こんなに小さなお嬢さんだとは、インドジンもびっくりです……」
「リヨンゴ! ダメよ……!!」
クリスが声をあげるが、リヨンゴと呼ばれた男性は懐から何かを抜き取る。それは拳銃などではなく、一つの紅い魔石だった。
それは桃子の持つ、強大な力を持つ鵺の魔力を凝縮した紅珠と同質のものだ。リヨンゴの手に持つ紅珠から、強大な魔力が湧き上がる。
どうやら、あの魔力の塊である紅珠を常備することで、彼らは地上での活動を可能としているらしい。そしてリヨンゴは、その紅珠を掲げて魔力を解放しようとするが――。
「ふふふ。霜の巨人に、バジリスク。私も最近、大きな紅珠を二つも拾ってしまったのですよ。どうします? 魔力量でもこちらの方が有利ですよ?」
りりたんもまた、懐から二つの大きな赤い魔石を取り出した。その言葉通りならば、一つは摩周ダンジョンに現れたあの巨大な存在、霜の巨人。そしてもう一つは、砂丘ダンジョンに巣食う大蛇、バジリスクの紅珠だ。
バジリスクを倒したのは桃子だが、桃子が完全に失念していたその紅い珠は、りりたんが回収していた、ということなのだろう。
「でも、今日はお話をしに来ただけですから、そんなに警戒なさらずともよいですよ」
先に手を出しておいてそれを言うのかという思いが桃子たちの頭に浮かぶが、さすがに口には出さない。
「ボス……すんません、お手上げだね」
「いいのよ、リヨンゴ。ごめんなさい、大丈夫だから……」
リヨンゴはりりたんに歯向かうのをやめ、ひらひらと両手をあげる。降参だ。
クリスの言葉に従う様に彼は後ろへ下がると、りりたんとクリスティーナの二人が、正面に向かい合う。
桃子と柚花が口を挟む空気などそこにはない。二人とも静かに、離れた場所でその様子を窺っている。
『ふう。これで、ゆっくりとお話できますね? およそ40年ぶりですかね、クリスティーナ』
『え……?』
『私の姿を、忘れたのですか? まあ、当時と比べて随分と変わってしまった自覚はありますけれど』
『う、嘘……そんな……』
りりたんが英語で。クリスティーナに声をかけ。そしてクリスティーナもまた、その瞳を驚愕で見開き、母国の言葉で小さく何かを呟いた。
一瞬の静寂。
しかし、その静寂を破る新たな声が、室内に響き渡るのだった。
『クリスのバカーッ!!!』
『えっ?!』
それは、りりたんの懐から飛び出した、小さな一人の妖精だ。大きさはヘノと大差ない。
艶やかな赤い髪を靡かせて、その背にはティタニアのような蝶の羽根を持つ、華やかな妖精だった。
だがしかし、その妖精の身体は半分ほど透けている。まるで、実体のないホログラムのように。
その小さな赤い蝶の妖精は、会議室の長いテーブルを飛び越えて、クリスティーナ目掛けて一直線に襲い掛かる。
そして。
『ティタのこと任せたノニ、何で、何でティタを……ティタニアを独りぼっちにしたノ! ふざけないで! ふざけないで! ふざけないでッ!』
『そ、そんな……ルビィなの?! ルビ……いた、地味にいたいっ、ちょっとルビィ……待って……!』
ルビィと呼ばれた、その妖精は。ぽろぽろと、その瞳から涙を流しながら。
クリスティーナの頭を、その小さな手で。小さな拳で。ぽこぽこ、ぽこぽこと。殴り続けているのだった。