ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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瘴気の傷

「ねえ、クリスティーナ。貴女はあの頃から変わっておりませんね」

 

 クリスが小さな妖精、ルビィにぽこぽこ殴られ続けること数分。その間に、りりたんによる互いの紹介は既に終わっていた。

 りりたんが連れて来た妖精がティタニアの名を出したことで、桃子と柚花は薄々察してはいた。やはりクリスは、現女王であるティタニアが加護を与えた少女、その人だったようだ。

 彼女の年齢や不老の謎なども、妖精が関係していると考えれば納得出来てしまう。

 ヘノと関わるようになってから、桃子ですら肌年齢が本当に小学生のものになってしまったのだ。それと同様で、当時のティタニアが相棒たるクリスに対し、不老と見紛う程のアンチエイジングを施していたとしても何も不思議ではない。

 

 一方、クリスティーナらには桃子についての説明が伝えられる。

 曰く、桃子はその身をもって各地に新種の魔法生物を生み出す力を持った新種の存在である、と。

 柚花はそのサポートで、各地に新たな魔法生物を生み出すためには、彼女の配信の力も必要なのだ、と。

 桃子たちの口から説明しても信じて貰えなかったかもしれないが、先代女王ことりりたんのお言葉は流石の信頼度だった。どんなに無茶な話に聞こえても、クリスはきちんと理解を示してくれた。

 

 自分が新種の何か扱いされていることに桃子はしきりに首を傾げていたが、この場の誰もがそれを普通に受け入れているので、桃子もとりあえずは口を挟むことはなかった。頭の横にハテナは浮かんだままではあるが。

 

「私と比べて、ネーレイス様は随分変わりマシたね。人間に生まれ変わったとか、魔法生物を生み出す女の子とか、意味が分かりマセん」

 

『ネーレイス様は、すごいノヨ! 今は女子中学生なのだけれど、成績も中の上なノ! 英語もペラペラで、授業中も起きてるのヨ!』

 

「ふふふ。お勉強もしていますからね」

 

 桃子たちにも分かりやすいように、りりたんもクリスも、そして赤い蝶の妖精までもが、今は日本語で話をしてくれていた。クリスよりも妖精のほうが日本語の発音は流暢である。

 会話の流れからすると、ネーレイスというのがりりたんの前世の名なのだろう。

 流れで成績を暴露されたりりたんは、中の上という微妙なレベルなのに何故かドヤ顔だ。4月から彼女の先輩となる桃子と柚花は残念な気持ちでいっぱいだったが、流石に話の腰を折るわけにもいかないので今は耐える。

 

「そして、この子はルビィ。当時の私の娘の一人なのですが、今生ではこうして眷属として召喚できるようになっていたのですよ」

 

『モモコ、ユカ、よろしくネ。アナタたちがティタのこと、守ってくれたのよネ! どこかの裏切り者と違って!』

 

「ルビィ……違うのよ、ワタシは……」

 

 赤い蝶の妖精の名はルビィ。事情はよくわからないものの、消滅しかかっていた妖精がりりたんの眷属として生き永らえた存在、ということだろうか。半透明気味のその身体は、個としての実体を失くしてしまったということなのかもしれない。

 桃子たちへの自己紹介をしてくれたかと思えば、彼女の意識はすぐにクリスへと向いてしまう。どうやら、ルビィはティタニアの相棒たるクリスに対して、並々ならぬ怒りを覚えているようだった。

 

「ヘイ、小さい妖精レディ。ボスの話を聞いてあげてくれないかよ。ボスは、裏切ったのではありませんか」

 

『なによアナタ! 日本語下手くそネ!!』

 

 サングラスに黒スーツの黒人男性。クリスの護衛であるリヨンゴが、ボスへの暴言に堪らず横から声を挟む。

 先ほどは、この大柄な男性だけがりりたんの眠りの魔法に抵抗出来ていた。対峙したときは呆気なく降参を選んでいたけれど、それでも彼はりりたんの魔法に抵抗出来たという時点で、かなりの力量があると考えられるだろう。

 彼の本性がどのような魔法生物なのかは分からないものの、なんにせよ魔法協会会長の護衛の位置についているだけあってかなりの実力者と考えて間違いはない。

 そしてそんなリヨンゴに向けてなお、赤い蝶妖精のルビィは怒りを露わにしている。

 

 

 

「先輩、あの赤い妖精さん、ヘノ先輩にちょっと似てますね。誰にでもすぐ噛みつきますよ」

 

「あのね柚花、あれはツンデレって言うんだよ」

 

「いまの所ほぼデレてないですけどね」

 

 

 

「ふふふ。ルビィ、クリスティーナにも事情があるのですよ。ねえクリスティーナ。あなたがティタニアに会いに行けないのは、その足のせいですね?」

 

 桃子と柚花がかなり関係ないところに注目している一方で、ルビィとクリスの溝は相変わらず深いままだったのだが、そこにりりたんが一石を投じる。

 それは、クリスの足。

 

 桃子も実は気になっていたのだ。魔法協会の会長であり、更に言えばティタニアの加護を持つ人間が、車椅子姿である、ということが。

 地上の医療を下に見るわけではないのだが、しかしダンジョン内では薬草も治癒魔法もあるため、よほどのことが無い限りは地上の病院よりも早く、確実に治癒することが出来る。

 更には、彼女は世界魔法協会のトップだ。いくらでも、身体を回復させる術はあるだろう。

 だがしかし、彼女は、車椅子だった。

 それも決して、ポーズだけの車椅子というわけではないだろう。彼女のスカートの裾からたまに見える足首は白く、やせ細っていた。健常者の足でないのは間違いない。

 

「クリスティーナ? あなた、その足……いえ、体内も、瘴気に蝕まれていますね?」

 

「……はい……」

 

『エ……それってどういうことナノ?! クリスが、瘴気に……?』

 

 瘴気。それは、ダンジョンに淀む負の念。魔物の本質。悪意の象徴だ。

 先ほどまでクリスを罵っていた赤い妖精が、事態を理解したのだろう。絶望的な表情で、りりたんの、己の主の言葉を反芻する。

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、クリスティーナの身体は瘴気に侵されていた。

 

 彼女のスカートの下に隠れた両脚には、黒く悍ましい爛れが広がっていた。それは、そう。まるでどす黒い火傷のような。

 そして桃子はそれと同じものを見たことがある。

 

「ももたんは、これと同じ傷跡を見たことがありますよね?」

 

「うん。化け狸のクヌギさんが瘴気に侵されて、同じような手足の状態になってたんだけど……」

 

 ポンコの父親、クヌギ。彼は一度、瘴気に身体を蝕まれた。その身が瘴気に飲まれ、彼の身は煤へと化す一歩手前であった。ただ結果的には彼は救出され、様々な人々の協力の下で現在は桃の窪地の管理者となっている。

 窪地での療養と人々の協力によって、彼の症状は時間こそかかるものの回復に向かっているはずだ。

 

「化け狸は魔法生物だからこそ、魔力の循環で瘴気を排出することが出来ます。なので、彼ならばいつかは完治できるでしょう。でも、魔力を循環させる術のない人の身体では、ここまで重症化してしまったものをどうにかするのは難しいのですよ」

 

『クリスは……この足のせいで、ティタに会えないの?』

 

「ヘイ妖精チャン、その通り。うちのボスはこの40年間、ダンジョンには足を踏み込んではいないのよ。瘴気が広がったら最後、ボス自身が煤になって消えてしまうんですからな」

 

 俯いて黙ってしまったクリスの代わりに応えるのは、クリスの護衛であるリヨンゴだ。

 彼の知る限りでは、クリスがダンジョンへと足を踏み込んだことはない。紅珠を利用することで彼女は地上でも魔法の力を行使できるが、それだけだ。

 ダンジョン内で活動するのは、もっぱら彼女を主と慕う人間たちか、リヨンゴのような彼女に従っている魔法生物たちだ。

 

『そんな……じゃあ、ティタは、ティタは……』

 

「ルビィ、ごめんなさい……ワタシ、貴女との約束も守れズ……ずっと……うぅ……」

 

『うぁぁあン、ワタシこそ……ごめんなさいクリス、ごめんなさい、ごめんなさい……!!』

 

 

 

 どうやら、クリスの身体が瘴気に蝕まれたのは、40年前のアイルランドの大規模なスタンピードの際の怪我が原因らしい。

 その際に現れた巨大な魔物によって、少女だったクリスは瀕死の重傷を負った。

 ティタニアの尽力で彼女は命だけは救われた。だけれど――。

 

「クリスさん……ティタニア様に、会えないなんて……」

 

 話を聞いていた桃子は、クリスと同じように妖精に見初められた立場として。どうしても、その境遇を自分に重ねて想像してしまう。

 桃子の場合も、ヘノとはもう、心が通じ合っている。

 自分にとって、ヘノはかけがえのない存在だ。

 

 そのような相手と、会うことが出来ないというのは。もはやそれこそが、呪いではないか。

 桃子は、自分の瞳から涙が零れ落ちるのを止められない。

 

「先輩……」

 

 クリスたちのことを想い、そしてヘノのことを考えて涙する桃子に、柚花はそっとハンカチを差し出す。

 桃子がそのハンカチを受け取り、涙でぐしゃぐしゃにしてもかまわない。ハンカチを差し出した甲斐があったというものだ。

 

 そして、柚花は。

 

 一歩引いた立ち位置で、少しだけ冷めた目で、互いに涙を流し抱擁しあうクリスとルビィの姿を眺めていた。

 そんな柚花に、例の如く何を考えているのか分からない微笑みを浮かべて、りりたんが囁きかける。

 

「ふふふ。ゆかたんのそういう聡明なところ、りりたんは好ましく思いますよ」

 

「私、何も言ってませんけど……」

 

「りりたんのほうが後輩になるのだから、もっと気軽な口調でいいですよ。ねえ、柚花先輩。気づいているのだから、皆さんに教えてあげたらどうですか?」

 

「ぐす……え、柚花、何か知ってるの?」

 

 柚花は確かに、一つだけ、気づいたことがあったのだ。

 その気づきは、りりたんの言葉からして、彼女もとっくに気づいている事のようであり。しかし、どうやら彼女は自分の口からは言わない主義らしい。

 柚花は目の前の魔女――再来月から自分の後輩になるらしい少女にジト目を向けて、小さくため息をついてから、口を開く。

 

「いや、私がどうこう言う前にりりたんが知ってそうなんですけどね。クリスティーナ会長、ダンジョンに潜らずにティタニア様のところに行く方法、私知ってますよ?」

 

「ふふふ。本当に、感情に流されないで、聡明。ももたんとは全く反対で、いいコンビですね」

 

 全てを把握したうえで我関せずと柚花を焚きつけるりりたんは、満足そうに、にこにこと笑っていた。裏で全てを操るポジションにご満悦だ。

 

『ねえ! 何か知ってるなら教えテ!』

 

「ワタシが、ティタニアに会える……のですか?」

 

「日本の東北にある新たなダンジョン、今は桃の窪地って言われている場所なんですけど、あそこってダンジョンの入り口手前に妖精の国への扉が出現しますから、内部に踏み込まずにティタニア様のところに行けるはずですよ?」

 

 桃の窪地。

 長い間、村の人々が利用する不思議な窪地として地上に存在しており。ティタニアの娘の一人でもある、とある妖精がその土地を守護し。そして今は、瘴気の傷を癒すため一人の化け狸が療養している。

 そのような、非常に複雑な事情を持つ場所である。

 

 桃子はその場所を思い返し、なるほどと思う。

 

 あの窪地の崖に開いた巨大な洞穴がダンジョンの入り口だというのなら、光の膜が発生するのはそれより外側だ。つまりは、ダンジョン外と言えるだろう。

 もちろん、その理屈だけでクリスの安全を保障出来るわけではない。ダンジョン外の窪地そのものが瘴気で淀んでいないとも限らない。

 だがしかし、それは大丈夫なはずなのだ。

 何故ならば、そこはクリスと同様に瘴気に蝕まれている一人の化け狸が、魔力を補給しながらも瘴気に侵されない場所として、今も療養している場所なのだから。

 窪地ならば瘴気の傷が進行することはないと、クヌギという実例が証明してくれている。

 

 

 

「りりたん、もしかしてずっと前からそのこと、気づいてたんじゃない?」

 

「ふふふ。だって、クリスティーナったらずっと日本に来ないんですよ。伝えるタイミングなんてないじゃないですか」

 

 今回ようやくおびき寄せることができましたよ、と。

 悪びれることもなくそう言ってのけるりりたんは、相変わらずちょっとばかし性格に問題があるなと、桃子は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある深援隊の会話】

 

 

「ですからわたくし、このダンジョンの果実を元にした酒造のオーナーになっ……て……」

 

「それはオウカが村の酒造で好きに交渉して……って、おい、どうした?」

 

「リーダー、これ、アレじゃないっすか!?」

 

 

 

『――シンエンを率いるものよ。覚悟せよ』

 

 

 

「【天啓】か! シンエンを率いるもの、もしかして俺のことか?」

 

「どうやらリーダーへの【天啓】みたいですね」

 

 

 

『――魔のモノに囲まれ、その臓腑には漆黒の穴が開くことになる』

 

 

 

「……そう、か」

 

「ちょ、待ってくださいよ! そんな!?」

 

 

 

『――粥と、薬の日々が続くであろう。シンロウを、恐れよ』

 

 

 

「……ん?」

 

「……は?」

 

「粥と、薬と言ったのか?」

 

「リーダー、今のどういうことですか? 死ぬわけじゃないんですかね」

 

「ああ……オウカの【天啓】は死を予言することはない、と思うが」

 

「シンロウが何か分かりませんけど、とりあえず、お粥の材料くらいは揃えておきますか?」

 

「俺は一体、どうなってしまうんだ……?」

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