ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「先輩、せっかくのお高い焼き肉屋さんなのに、初手カレーはどうかと思うんですよね」
ここは新宿の某所にある、なかなか素敵なお値段の高級焼き肉店。そのVIPルームである。
そこには今、桃子、柚花、そして保護者であるギルド職員の窓口杏に、謎の少女である天海梨々の四人が卓を囲んでいた。
「んー、じゃあミニカレーに抑えていこうかな。でもね柚花、高級焼き肉店のカレーはね、一味違う、高級カレーなんだよ」
「そりゃまあ、そうでしょうね」
「やっぱりさ。カレーはスパイスが命とは言うけど、高級なお肉が入ってるカレーっていうのはそれだけで――」
まだお肉も焼き始めていないというのに、特製のカレーを注文した上、せつせつとカレーについて語り始める桃子。
面倒臭いスイッチを入れてしまったことに気が付いて、諦念の表情でその説明を聞かされる柚花。
それを向かい側に並ぶ杏と梨々が、にこにこと他人事の笑顔で二人を眺めていた。
「ふふふ。私もご馳走になってしまっていいんですか? 杏さん」
「ええ、お支払いは全額、魔法協会側で出してくれるそうですから。桃子さんとタチバナさんの後輩さんというのなら、私としては問題ありませんよ、天海さん」
さて、何故この四人で高級焼き肉店でご飯を食べているのか。
結論から言うと、魔法協会の奢りである。
あの会談は、なんだかんだで、りりたんの乱入によって解決に至った。
桃子と柚花の配信活動は魔法生物のために必要だったということが伝わり、彼女らが警戒していた黒幕の正体もクリスティーナ会長の関係者ということが判明した。よって、会談は早々にその必要性を無くし、終わりを告げたのである。
尤も、柚花の配信に関してはクリスティーナたちはそれでも渋い顔を見せていたので、決して諸手を挙げて受け入れられているわけではなさそうではあるが。
ほか、意識を取り戻した魔法協会の護衛たちが騒ぎだして喧々囂々があったりしたが、概ね会談の場は平和にまとまった。りりたんがちょっとだけマジな魔力解放をしただけで、騒いでいた護衛たちが一瞬で静かになったのだ。実に平和である。
結果的に見れば、桃子と柚花はりりたんとクリスティーナそれぞれの都合に巻き込まれていただけだった。クリスから二人に対する謝罪などもあったが、最終的には『高級焼き肉店を奢る』という形で、無事に軋轢もなく解決するに至った。
やはり、美味しいものがあれば争いはなくなるのだ。それが相手の奢りならば100点満点だ。
「私のことはりりたん、と呼んでくれていいですよ? りりたんも、杏たんって呼んでいいですか?」
「い、いえ、ギルド職員が特定の探索者と愛称で呼び合うのも問題ありますから、出来れば窓口、と呼んで頂けると。私も、では梨々さん、と呼ばせていただきますので」
そしてこちらは、りりたん――天海梨々と、窓口杏の初対面の二人だ。
りりたんは自分の正体を隠し、あくまで『桃子と柚花の学園の後輩』として接している。なかなか面の皮が厚いなあと、桃子は内心感心している。
そんなりりたんと杏のやり取りを見ていた柚花が、テーブル越しに向かいの座席から口を挟む。
「窓口さん、私だけいつまでも『タチバナさん』っていうのも寂しいですし、『柚花さん』って呼んでくださいよー」
「ええ? だってあなたずっと、カタカナでタチバナ、じゃないですか。じゃあはい、次からは柚花さん、でいいですね?」
実は、柚花は杏と出会った当初は探索者としての名義の『タチバナ』を名乗っていたし、周囲の人間にもそれで呼んでもらっていた。
自分の苗字あるいは名前のカタカナ表記。それが、探索者たちの中ではメジャーな流儀である。もちろん法的な縛りなどもないし、誰が最初にそう名乗ったのかも定かではないが、自然にそういう風潮になっていた。
中にはマグマやりりたんのように偽名で周囲に呼ばれている者たちもいるのだが、少なくとも柚花は長い間『タチバナ』で通していた。
けれど、桃子と出会った今は。日常的に、敬愛する先輩から名前で呼ばれることが増えて来て、柚花の中の意識にも多少の変化があったようだ。
「聞きましたか先輩、これで私も先輩とお揃いですよ」
「ええ、それってお揃いっていうの?」
「相変わらず、ももたんとゆかたんはラブラブなのですね」
「あなたたち、やっぱりそういう関係になってるんですか……?」
正面に座る桃子と柚花の、そして横に座る梨々のただならぬ言葉に、杏は小さく驚愕の声を呟くが。
しかし、それは炭火の熱で肉が焼け、上質な脂が落ちて弾ける音にかき消されるのだった。
「ところで、私が眠ってしまっている間にどのようなお話があったのかとか、伺っても大丈夫なんでしょうか? 私、入室直後あたりからの記憶がないんですよね」
卓上の肉を銀色に輝くトングで裏返しながら、杏は今日の会談についての疑問を口にする。
目が覚めてから、ざっくりとした説明だけしかされておらず、実はここで焼き肉を焼いている今も、具体的に何があったのかを把握していないのだ。
「ああ、そっか。窓口さん、ずっと魔法で寝ちゃってましたもんね」
「ふふふ。いくら聞かれたくない話だったと言え、魔法でギルド職員を有無を言わさず眠らせてしまうだなんて。魔法協会の方々も、やり方が荒っぽいですね。本当、酷いことをしますね」
さらっと、杏たちを眠らせた責任を魔法協会のメンバーに押し付けるりりたんが、そこにいた。
ついでに言えば、りりたんは彼女らが室内で聞いたことを思い出せないように細工までしている。
真実を知っている桃子と柚花は「何をぬけぬけと言っているのか」という視線を向けているが、残念ながら杏はその視線に気づかないし、りりたんは視線の一つや二つでは全く気にしないメンタル性を持っていた。
「そう言えば梨々さんも、魔法協会から呼ばれていたんですよね?」
「はい。りりたんのスキルが少々特殊でして、魔法協会の会長さんから、それを直々に見せて貰いたいとお願いされたのですよ。スキルの秘匿のために、皆様には眠って頂いたみたいです」
「あはは、やっぱり海外の人たちって、やり方が大味だったねー。例えるなら、カレーにブロック肉をそのまま入れるみたいな――」
「先輩、私たちは黙ってお肉を食べましょう。それが一番いいです」
ぬけぬけと、嘘のストーリーをすらすら並べていくりりたん。
ここはひとつ、自分もりりたんの嘘に協力しようかと、桃子もりりたんに合わせて嘘のエピソードを口にするのだが、どうやら桃子の今回の演技力は赤点らしい。まだ話している途中だというのに柚花からストップがかかってしまった。
「まあ、そうだね。こんな高級肉なんて、滅多に食べられないからね。忘れない様に味わっておかなきゃ!」
桃子も柚花の言う通り、黙ってお肉を食べることにする。嘘をつくのはりりたんに任せよう。
りりたんの場合、彼女にまつわる真実こそが嘘みたいな話なのだから、嘘をついた方がいくらか真実味があるのだ。
「りりたんは詳しくは伺っていないのですが、ももたんとゆかたんの二人の嫌疑は晴れたみたいで、魔法協会も認めた上で『もっとやれ』っていう感じでまとまっておりましたよ」
「も、もっとやれ、ですか? 私が寝ている間に、いったい何が……?」
「ふふふ。どうなのでしょうね。あの会長さんはこの後も忙しいらしく、山形県の新しく見つかったダンジョンへと今日にでも視察に向かうことになったらしいですね」
「そうなんですか? 車椅子だというのに、会長ともなると大変なんですね……」
桃子と柚花が高級肉を堪能している間も、りりたんと杏の会話は続く。
あの後、桃の窪地の詳細を聞いたクリスティーナ会長は、すぐさま現地への移動をスケジュールに組み込んだ。
さすがにそれは職権乱用じゃないかとも思ったが、元々『ウィッチ』対策としてこの数日は日程をあけていたらしいので、それがまるまる空いた今、クリスティーナのスケジュールは珍しく白紙になっているのだ。
どちらかというと、桃の窪地にて突発的にクリスティーナを出迎えることになったであろう、深援隊リーダーの風間こそが今頃は大変な思いをしているに違いない。
ギルドの偉い人などとはわけが違う。世界のダンジョン業界を牛耳る魔法協会の会長が、幾人もの魔法生物を従えてやってくるのだ。
ストレスで風間の胃袋に穴が空いてしまうんじゃないかと桃子は心配するが、残念ながら桃子に出来ることはない。
今度また、和歌を言いくるめて、連名で少し遅めのバレンタインチョコでも送付してあげれば喜ぶだろうか。
それにしても、と桃子は思う。
桃の窪地は、クルラにはじまり、本物の雪ん子が出没し、怪我した化け狸がやってきて、更にはクリスティーナが魔法生物の護衛たちを引き連れて訪れる。もはや日本有数の魔法生物集合地帯である。
あの土地は、いったいどうなってしまうのだろう。
「先輩。カルビも牛タンも焼けてますよ? 食べないと焦げちゃいますよ?」
「ああ、本当だ。ぼーっとしてたよ」
「では、梨々さん。私たちもずっと話ばかりしていると勿体ないですし、頂きましょうか」
しかし、色々とクリスティーナや桃の窪地に対して思うところはあるものの、高級肉がすでに焼けているというのに考え事をしていてはもったいない。
柚花に声をかけられて、桃子は高級なお肉を味わう作業に戻る。
りりたんと杏の二人も、流石にずっと話しこむのはやめて、網の上で焼けているお肉を吟味しはじめた。
「では、りりたんも遠慮なく頂きますね。ももたん、一番お高いお肉はどれですか? りりたん、それを頂きたいですよ」
「りりたん、意外とみみっちいじゃん」
一番お高いお肉ときた。
はたして、一番お高いお肉はどれだろうか。コースで頼んでしまったので、肉単品でのお値段が分からないのは困りものだ。
桃子はとりあえず、口にいれたら溶けてしまうような上質のお肉をいくつか選んで、りりたんのお皿に振り分けるのだった。
「ああそうだ、ゆかたん。これをどうぞ」
「え? これって……スクロールですか?」
しばらくお肉に舌鼓を打っていると、りりたんがふと思い出し、自分のバッグに手をツッコんで、そこから一冊の本を取り出した。
それは、本は本でも、日本語の本ではない。というか、恐らく厳密には外国の言葉の本ですらないのかもしれない。表紙には謎の言語と、魔法陣が描かれている代物だ。
スクロール。それはつまり、ダンジョン内で行使するための魔法スキルが記された、本物の魔導書である。
「ふふふ。本日のお詫びだと、先ほどクリスティーナ会長から預かっていたのですよ。どうやら時間経過で消失してしまう特殊なスクロールらしいので、契約するなら今の内ですよ?」
「え、マジですか?! ……うええ、【召雷】って雷属性の上位魔法じゃないですか?」
恐らく、りりたんはまた嘘をついている。桃子は何度も見たことがあるのですぐに気づいたが、りりたんは恐らく鞄に手を入れたときに【製本】を使用し、己のスキルにてスクロールを現出させたのだ。
柚花が目を丸くして驚いているその魔導書【召雷】も、いつかの青い花畑でりりたんが披露したのを桃子は見たことがある。
「すごいじゃないですか、柚花さん。魔法協会って、そんな特殊なスクロールも扱っていたんですね」
「ふふふ。色んなスクロールがあるんですねー」
りりたんのスキルを知らない杏が、感心したように呟いている。時間経過で消滅するスクロールなど、杏は聞いたことがない。
だがしかし、目の前のそのスクロールは、本当に魔法を行使できる魔導書でありながら、実在する本ではない。あくまでりりたんのスキルによって作られた偽の魔導書だ。
だから、彼女がスキルを解けば、その瞬間にでも消すことが出来るのだろう。
「ゆかたん、さあ。あなたの為のスクロールなんですから、契約してしまうと良いですよ」
「じゃ、じゃあ……ありがたく」
柚花は目を白黒させ、困惑している。
柚花とて分かっているのだ、このスクロールが目の前の少女のスキルで作り出された代物だということを。
桃子もその困惑する気持ちは分かる。このりりたんという少女は、敵ではないにしろ、味方かどうか判別が難しい存在だ。その彼女から、スクロールなどという物凄い価値のものをさらっと渡されたら、どういう対応をしたらいいのか分からなくなる。
桃子もりりたんから知らぬ間に【創造】を押し付けられて、しばらくの間は色々とそれに振り回されたのを覚えている。
柚花は、恐る恐るその魔導書に手のひらを翳す。
桃子はやったことが無いのだが、魔導書というのは己の魔力を込めて、相性が良ければ自然とその中身が頭に入ってくるのだという。己の中にそのスキルが刻まれる感覚、というのは世の魔法使いたちがよく使う表現だ。
そしていま、柚花がそこに己の雷属性の魔力を込めると、本が青白くスパークする。
そして、一瞬のフラッシュに桃子が目を瞑り、次に目を開いた時には既に本は消えていた。
「あ、消えちゃったねえ……」
柚花はしばし、本に当てていた己の手を眺め。本のあった膝の上を眺めて。手をにぎにぎとして。
そしてふいに、ギルド職員たる杏へと振り返る。
「窓口さん、来週またダンジョン行きますから、そのときにスキル鑑定お願いしますね!」
「ええ、もちろんです。よかったですね、柚花さん」
「はい。ええと……りりたん? も、ありがとうございます」
「ふふふ。預かり物を渡しただけですから。学校の先輩になるわけですからね、これくらい、どうということはないですよ。これから末永く、よろしくお願いいたしますよ」
何はともあれ、新しいスクロールにて魔法を覚えたというのならば、スキル鑑定だ。
桃子は柚花のスキルを知らない。
スキルというのは個人情報だ。世間的にも、他人のスキルは見ないのがマナー、という解釈が一般常識として広まっている。
もちろん、命を預けたパーティメンバーならば互いの能力を把握しておく必要などもあるのだろうが、あいにく柚花も桃子もソロ探索者なのでそういう事情とは縁がない。
ただ、柚花と桃子の場合、単にそういう話をする機会がなかっただけ、とも言える。相手が柚花なら、全部見せ合ってもいいんじゃないかな、とも思う。
「よかったね、柚花。魔法も増えたし、4月になったらりりたんと毎日会えるようになるね」
「な、なんか怖いんですけど……」
桃子は、他人事のように柚花を祝福するが、その言葉は本音である。
りりたんは、なかなか連絡が取れないのだ。こちらから連絡しようにも出てくれないし、恐らく繋がらない様になっている。そのくせ、りりたんからは唐突に通話が来たりする。まさに、神出鬼没なのだ。
その神出鬼没な少女と毎日会えるのならば、それは非常に幸運なことだと思う。
そんな桃子の純粋な祝福の言葉だが、柚花はなんだかぞっとするものを感じてしまうのだった。
魔法協会との会談で始まったとある一日は、そんな風にして、焼き肉の香りと共に、過ぎていくのだった。
【とある会談より】
「でも、ネーレイス様。そうだとしてもワタシは、魔法生物を世に広めるのは反対です」
「クリスティーナ、貴女の言いたいことは分かりますよ。私も、少し前まではそう思っていました」
「ならば……!」
「クリスティーナ、聞いてください。過去の私は、妖精たちは。己の力だけで戦い、敗北を喫しました」
「……」
「だからこそ、今はティタニアには味方を増やしてあげたいと、私は思うのですよ。いつ、あの時と同じ状況になったとしても」
「そのために、モモコさんを利用し、魔法生物を増やす必要がある、と?」
「ふふふ。利用だなんて、人聞きが悪いですよ。桃子さんは、とても善良です。仮に私が桃子さんと同じことをしても、私の【創造】では人に仇なす魔物こそが増えてしまったことでしょう。分かるでしょう?」
「……」
「それに、私が今ここにいるのです。私とともに封印されたものも、いつかはまた現れると考えた方がよい」
「……それは、間違いないのですか?」
「ふふふ。どうでしょうね。クリスティーナ。あなたの作り上げた魔法協会にも、期待していますよ」
「分かりました。次こそは、この身に代えてでも……」
「それと。クリスティーナ、協会のスクロールの蔵書を幾つか、私に譲ってくれませんか?」
「それも、必要なことですか?」
「趣味ですよ」
「そうですか……駄目です」
「クリスティーナ、先代女王たる私に歯向かうのですか? 私の方が偉いのですよ?」
「ネーレイス様。ならば言わせて貰いますが、成績が中の上とは本当ですか? 先代女王様ともあろうものが、せめて学年上位を――」
「あー、あー、聞こえません。あーあ、クリスティーナは勉強勉強とうるさい嫌な大人になってしまいました。とうとうりりたんを怒らせました。もうお土産のお饅頭はあげません」
「……ネーレイス様は、本当に中学生になってしまったのですね」
幕間 魔法協会 了