ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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桃子14歳

「ちくちく、ちくちく」

 

 3月のとある週末。

 妖精の国の桃子たちが利用している寝室では、ヘノとニムの両者は、柔らかいベッドの中央で二人ともお昼寝中だ。抱き合う様にして気持ちよさそうに眠っている。

 そしてその相棒たる桃子は、ちくちく、ちくちくと。針と糸を使い、大量の木綿生地を一枚一枚縫い上げている。

 桃子が今回制作しているのは、リドルから頼まれた品物である、スフィンクスの下着だった。

 

 鳥取の砂丘ダンジョン第三層『地下遺跡』の守護者たるスフィンクスだが、彼女は上半身が美女にも拘らず、その豊満すぎる超巨大サイズの胸を一切隠していない。

 それを前々から砂園教授が心配していたらしく、リドルを通して桃子が下着製作を請け負うことになったのだ。

 下着と言っても、あくまで桃子が作れるのは胸を隠すための巨大な布地程度のものだ。本格的な機能性や見映えも考えた衣装が欲しくなったら、それはその道のプロに頼るほかないだろう。魔法協会なら巨大な魔法生物の衣装の相談にも乗ってくれるだろうか。

 

 何はともあれ、今回は見切り発車ではなく、きちんとスフィンクスの胸のサイズや曲線にあわせて、型紙――というか、設計図を先に書き起こしてから制作している。

 消費する素材の量が量なので、試作品ポンチョのような失敗作を生み出すわけにはいかない。

 

「先輩、お裁縫も得意だったんですね。こっちの砂漠ポンチョ、縫い目がかなりしっかりしてますね」

 

「あ、それね、一通り縫ったあとに【加工】で仕上げたらそうなったの。だから私が縫ったわけじゃないんだよねえ」

 

「ええ……なんか【加工】って万能すぎませんか? 畑の横にある椅子とテーブルも【加工】で作ったんですよね?」

 

 柚花が砂漠ポンチョを手に持ってその縫い目を確認してみると、非常にがっちりと布同士が縫い合わされていた。縫い目そのものは粗が多くて見栄えとしてはやや問題があるものの、しかし最終的な耐久性だけを見るならばかなりのものだ。

 というのも、その秘密は桃子の所有スキルの一つ【加工】である。尤も、現在はスキル判定での表記上は上位スキル【創造】で上書きされているが。

 そのスキルは、ダンジョン内でならば、あらゆるものを文字通りに加工できるスキルだ。

 所有者のもともとの技能に左右されるが、元から工作ごとが得意分野である桃子が使用すれば、椅子やテーブルを作るDIYならそれなりの質のものが制作できる。さほど得意でない裁縫でも「時間をかければこれくらいは出来るだろう」という範囲内ならばスキルで制作が可能だ。

 戦闘などには使えるスキルではないものの、日常生活においては神がかり的に便利な、ちょっとした万能スキルの一つである。

 

「柚花もひたすら手製の投石機を組み立てていけば、もしかしたら会得できるかもよ? 私もそうやって、気づいたら【加工】と、ついでに【怪力】と【頑強】も身に付いてたよ」

 

「……ちなみに伺いますけど、先輩って、14歳の頃はダンジョンでどんな風に過ごしてたんですか?」

 

「んー。ほとんどの時間は、木を切って、組み立てて、あと岩を運んで、カレーを作ってたかなあ。木と岩はいくらでもあるし、自由に工作できたからね」

 

 桃子はなんてことはないとでも言う様に、自分がこのスキルを会得した過程を語る。

 新人としてダンジョンに入れるようになる14歳、中学生の頃。

 一人で房総ダンジョンに訪れるようになった桃子は、それからひたすらに手製の投石器を制作していたのだ。その日々の中で会得したのが、【加工】【怪力】【頑強】と言ったスキルたちであった。

 その覚え方と言えば単純で、とにかくひたすら木材を加工して、岩を運んで、カレーを作る。本当にそれだけだ。魔物との戦闘すら挟まずに本当にそればかり行っていたのだ。

 もちろん、本人にその素質がなければスキルを得ることは難しかっただろうが、幸運にも桃子にはその素質も備わっていたようで、以来【加工】にはだいぶお世話になっている。

 

「なるほど、先輩にとってダンジョンは巨大な工作部屋だったわけですね」

 

「【隠遁】で、魔物に襲われる心配もなかったからね。たまにゴブリンの集落から木材とかも拝借してたんだよ?」

 

「ゴブリンから建材盗み出した探索者なんて先輩くらいでしょうね」

 

 桃子にとっては、懐かしい思い出だ。

 はじめは、小柄で非力な14歳の桃子が、どうにかしてゴブリンを倒そうと思っただけなのだ。そのために、投石器を作ろうと考えたのが始まりだった。

 それから長い間、木材と向き合う日々が続く。はじめのうちは魔物と戦ったわけでもないのに擦り傷や打ち身だらけで、親や杏を心配させたものだ。

 その後、投石器を改良していく過程で、ターゲットであるゴブリンの集落から素材を持ち出したり、身についたスキルで身体能力的にもゴブリンより強くなっていたりと、改めて考えると本末転倒な成長を見せているのだが、しかしなんにしても結果オーライだ。

 その日々があったからこそ、今の自分があるのだと、桃子は確信している。

 

「柚花は、どんな風だったの? まあ、話せる範囲で良いけど。新宿ダンジョンって、私は怖くて入ったことないからさ」

 

 桃子が中学生の頃は、概ねそんな感じだった。エピソードとしても、実は桃子のソロ探索は非常に変化に乏しいものだったので、語ることもあまりない。

 なので、次は逆に柚花の中学生時代を聞いてみた。【看破】に振り回され、柚花本人にとってはあまりいい思い出ではないのかもしれないが、それでも柚花の新人時代というものに興味がある。

 

「んー、私の新人の頃ですか? まあ、基本的には引率の探索者のチームの後衛として、周囲に目を向けてましたね」

 

「まあ、さすがに新人がいきなり前線で戦うなんてことはないか」

 

「新宿ダンジョンって、古代都市の廃墟みたいな場所なんですよ。壁とか柱とか、崩れた建物が多いんで、魔物もどこに潜んでるか分からなくて――」

 

 新宿ダンジョン。それは、日本有数の高難易度と言われるダンジョンだ。

 危険な環境という意味では、コロポックルの守護を失っていた摩周ダンジョンのほうが危険だったろう。毎夜ごとに瘴気が吹き荒れたあの環境は、本来ならばとても人間が足を踏み込むような場所ではなかったのだから。

 一方新宿ダンジョンは、どれだけ難易度が高いと言われてもティタニアの庇護下である。下層の邪悪な魔物が第一層にまで出現するわけではないし、瘴気が吹き荒れるわけでもない。少なくとも、環境そのものに人間が殺されることはない。

 では何が高難易度なのかというと、単に魔物の知性が高い。これに尽きる。

 

 新宿ダンジョンの第一層には、房総ダンジョンと同様の魔物であるゴブリンが出てくる。ゴブリンというのは本来非力で知能も低く、大抵のダンジョンにおいては最弱の魔物として扱われている。

 だがしかし、新宿ダンジョンのゴブリンは賢いのだ。

 地の利を活かし探索者を罠にかけ、探索者が紛失した、或いは奪い取った人間の武器を活用し、そして弓などの遠隔攻撃方法をマスターした個体もいるという。

 それが新宿ダンジョンで最弱の魔物、ゴブリンだ。

 他の魔物もさもありなん。明らかに賢く、強い。これでは生半可な探索者が入り込んでも、簡単に罠に嵌められ、武器や防具を奪われ魔物の糧となるのが目に見えている。

 

 そして、初めのうちは柚花もそんな新宿ダンジョンについて語っていたのだが、次第に話の方向性が変わってくる。

 それは、当時パーティを組まされていた、表向きのパートナーだったカリンの話題で、柚花がヒートアップしてしまった。

 

「――それで、カリンの馬鹿、ロリコンのおじさんたちにちやほやされて調子に乗っちゃって、そのうちフリフリ衣装でダンジョンに乗り込んで、アイドルになるとか言い出して」

 

「それはまた、随分と個性的な子だったんだねえ」

 

「とにかく、私にも嫉妬心むき出しにして、ライバル宣言とか馬鹿みたいなことしてきて。私は徹底無視してましたけどね」

 

「それが、窓口さんが言ってた、カリンさんが半泣きになってた、っていうあたりかな? でも、聞いてたら楽しい子じゃん」

 

「まあ、離れて眺めてる分には良いかもしれませんけどね。傍目には明るくてポジティブで、まあ可愛かったですし? ただ、いくら拒否してもしつこいし、すぐ大人に騙される馬鹿だし、すぐ感情的になるし、組まされた側としてはたまったものじゃないですよ」

 

 どうやら、カリンという少女はかなり個性的だったようだ。アイドル路線を目指す配信者というものは確かにあるし、多くの人に見られる以上は可愛らしい衣装を着こむ女性探索者だって別におかしいわけではない。

 しかし、フリフリのアイドル衣装となると、流石にそれでダンジョンに潜るというのはどうかしていると思われても仕方がないだろう。

 まあ、桃子の知人にはダンジョン内で本格的なドレスを着込む、どうかしている少女もいるのだけれど。

 

「見てくださいこれ! 今も、こんな感じで色物のアイドル路線続けてるんですよ、ホント馬鹿」

 

 柚花はヒートアップしながら、自分の探索者用端末を開いて、桃子に配信動画サイトを表示してみせた。

 そして、柚花は簡単な操作だけでとある配信者のチャンネルを表示し、ちょうど先ほど始まったばかりのライブ配信を再生する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【フルーツ☆タルト所属 カリンの配信チャンネル】

 

 

 パティシエのみんな~、お待たせ~! 皆のアイドル配信者、カリンだよ!

 今日はねー、長野県の『上高地ダンジョン』の、第二層を探す配信だよ~!

 ここは、ええと……あの天然水と、家庭教師のアニメで有名なところ!

 

『もしかして、アルプスのことですか? カリンさん』

 

『カリン、一応言っておくと、天然水は南アルプス。ここ上高地は北アルプスね』

 

 はい、パーティの頼れる仲間、クルミちゃんとリンゴちゃんでした! 賢いね! 1000点満点!

 とにかく、アルプスのダンジョンなんだけど、ここって第一層しかなくて、どこかに第二層の入口が隠れてるはずだって、探索者の皆で頑張って探してるんだよねー。

 今日はそこに潜り込んで、有り余るアイドル力で第二層を見つけて、ちやほやされちゃおうっていう計画だよっ♪

 

 

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 ね~、多分ここ、第二層なんてないんじゃないかなあ。どれだけ歩いても、岩と壁と変な彫刻ばっかりだよ~。

 華のなさが砂漠とどっこいだよ~。

 

 前に第二層を見つけて行方不明になった人? がいるらしいけど、きっと気のせいだよ。だって、階段なんてないんでしょ?

 

 そうだ! さっきから見かける、このめちゃくちゃ目立つ台座、明らかにこの台座が怪しいじゃん! ここに隠しスイッチでもあるんだよ。だから一旦ここで休もうよ!

 

『カリンさん、相変わらず根性なしっぷりがヤバイですね』

 

『まったく。まあ明日もあるし、今日はひとまずここでお弁当でも食べましょうか』

 

 わーい!

 リンゴちゃん大好き! クルミちゃんはリンゴちゃんの爪でも剥いで飲んでてください!

 

『なんで私がいきなり生爪剥がされなきゃならないのよ……』

 

『それを言うなら、爪の垢を煎じて飲む、ですよ。カリンさんこそリンゴさんの爪の垢を煎じて飲みますか?』

 

 そうそう、それ!

 クルミちゃん、お茶をいれるのうまいから、お茶ことわざにも詳しいよね。

 パティシエさんたち、知ってる? クルミちゃんはこんなツンツンしてるけど、私が泊まりに行くといつも私のために甘いミルクティいれてくれるんだよー?

 

『ちょ……! プライベートの話は禁止だってあれほど……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、お馬鹿な子なんですよ」

 

「あはは……まあ、お友達の子たちは大変そうだったね。でも、楽しそう」

 

 しばらくそのライブ配信を流してから、柚花がぽちっとクリックしてその窓を閉じる姿を、桃子は眺めていた。

 なるほど確かに、かなり個性的な少女だった。

 柚花の言う通り、フリフリの衣装でアイドル配信者を名乗っているようだが、もしかして新人だった中学生の頃からこの路線を貫いているのだろうか。

 そうだとしたら、なかなか気合いが入っているなと桃子は内心感心する。人と違うやり方を貫き通すというのは、簡単に出来ることではないのだから。

 そんな桃子の中のカリンに対する高評価を感じ取ってか、柚花は拗ねたようにちょっと口元をとがらせてしまう。

 

「あーあ、先輩は誰にでも優しいですからね」

 

「えー? でも柚花も、根っこは優しい子だと思うよ? ね、ニムちゃん」

 

「うぅ……チュパカブラが……こ、粉々に……むにゃ……」

 

「ほら、ニムちゃんもこう言ってるでしょ?」

 

「いや先輩、耳ちゃんと聞こえてますか? 今の寝言聞いてましたか?」

 

 さすがに無理があった。

 

 だけれど、今のニムの寝言はともかくとしても、桃子は見てしまったのだ。

 カリンという少女への文句を並べながらも、柚花がお気に入りブックマークからボタン一つで「カリンの配信チャンネル」へと飛んだのを。

 なんだかんだ言いながらも、柚花が元パーティメンバーとして、カリンという少女を今でも気にかけているということなのだろう。

 人に近づくのが怖いけど、決して人が嫌いなわけじゃない。ハリネズミのなんとやらだ。

 

「やっぱりさ、柚花は、優しいよね」

 

「あーもう、本当に先輩は、先輩ですね! そういう風に言われると私もどういう顔をしたらいいのかわかんないんですけど! こうなったらふて寝させて貰いますね!」

 

 きっと、まさに今、柚花を慈愛の目で見ている桃子の感情も、柚花には形として視えているのだろう。

 拗ねたように唇を尖らせ、耳をほんのりと赤くしたもうすぐ高校三年生になる後輩は、ニムとヘノの横に顔を埋めてふて寝をしてしまう。

 

 桃子はそんなお昼寝三人組を眺めながら、ちくちくと針を進めていくのだった。

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