ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「パティシエのみんな、おはよ~♪ カリンだよ♪ 今日も昨日と同じく、長野県の上高地ダンジョンにきてまーっす」
上高地。
長野県は松本市の西方。北アルプスとして知られる飛騨山脈の南部、標高1500メートルに位置する日本有数の景勝地だ。
飛騨山脈の一部である火山群の噴火によって作られたその平坦な地形は、その標高の地形としては日本では他に例がない。昭和の時代に道路が開通して以降は、その平坦な土地を利用して観光地としても発展していった土地である。
そして、その上高地の中心から更に1キロ程奥まった場所に、それは口を開いている。
上高地ダンジョン。およそ20年前に北アルプスにて発見された、石と謎の彫刻で象られた迷宮である。
「じゃあまずは昨日見てない人に、もう一度説明しちゃおうかな。え~と、上高地っていうのは、アルプスにあるの」
崖のようにそびえる岩壁と、所々にある彫刻。それがまさに迷路のように入り組んでいるのが、この上高地ダンジョン第一層『岩盤迷路』だ。
魔法光によって照らされてはいるものの、崖のような壁の上方は暗く、同じく岩の天井が空を塞いでいる。
時折天井が開き空が見える場所もあるけれど、しかしとても人間が昇れる高さではなさそうだ。
そのダンジョンの入り口では、白とピンクをベースにしたフリルの多い衣装のツインテール少女がひとり、自撮り棒の先につけた端末に向かって話しかけていた。
彼女の名はカリン。アイドルを自称する、配信系探索者である。
「アルプス知ってる? アルプス。昔のアニメであったよね。女の子がさ、お爺さんとか家庭教師と一緒に暮らしてるやつ、あれだね」
決して狭い空間というわけではないが、カリンの癖のある可愛らしい声はダンジョン内の岩壁に反響して遠くまでよく響く。
ここがダンジョンの入り口から入ってすぐということもあり、通り過ぎていく探索者たちが皆、何事かと彼女をチラ見していく。
そのような視線は慣れたものなのか、カリンは気にせず配信を続けていく。彼女の腕に装着した小さな子機には、視聴者からのコメントが次々と流れていく。
「え? 違うの? でもあれってアルプスでしょ? ここ、アルプスだよ?」
「カリンさん、不毛な話はそろそろやめて、早く行きましょうよ」
「そうよ。入り口で立ち止まって延々と話してたら、下層の発見どころか、宿泊費の足しになるダンジョン素材も見つからないわよ?」
「うええ、それは困る~。ツアー代もなかなか馬鹿になんないもんね。じゃあそういうわけだからパティシエさん、しばらくはカリンの胸元のカメラからの映像になりますよー」
「というわけで、視聴者の皆さん。すみませんが、お話はいったんストップです。今日も昨日と同じく、第二層への階段を探し回ることになります」
アルプスが一体どこなのか。アニメで少女がおんじと暮らしているのはこのアルプスではないのか。スーツ姿の家庭教師は何者なのか。視聴者相手にカリンが不毛な議論を始めたところで、カリンのパーティメンバーの二人がそろそろ止めに入った。
ショートカットで中性的な雰囲気を持つ少女は、クルミ。配信動画では、時折カリンへと鋭いナイフのような、辛辣なツッコミをいれることで有名だ。
そして二人より身長が高く、アンニュイで大人びた雰囲気を持つ少女が、リンゴ。学年は二人と同じ高校二年生なのだが、ポジションとしてはこの二人の保護者であり、まとめ役である。
カリンも二人からストップがかかると自撮り棒での撮影を止めて、配信カメラを胸元につけた小さなものへと切り替える。
胸元のカメラだとカリン自身の姿が映らないのだが、流石にダンジョン探索中は地形も様々で魔物なども出てくるので、自撮り棒で呑気に撮影しながらとは行かないのだ。
この胸元カメラは画面がほどよく揺れるため、映像酔いする視聴者ことパティシエたちがあとを絶たないのだが、それについてはコメントしないのがパティシエたちの暗黙の了解だ。
今日の目的は、配信ではなく、あくまで探索。
この上高地ダンジョンは、現状では第一層までしか存在していない。いくら探しても、第二層への階段がどこにもないのである。
しかし、過去に第二層を探していた探索者が行方不明になったという事件もあり、どこかに通路が隠されているはずだ、というのが大多数の見解だ。
カリンたち一行も探索者向け夜行バスを利用して、その第二層への階段を探しに来たのである。夜はホテルをとり、今日は一泊二日のダンジョン探索の二日目だ。
「パティシエさんたちも、よくこんな配信見続けてくれますね。本当にありがとうございます」
「うちのカリンがいつも変なこと言ってごめんなさいね」
「クルミちゃんもリンゴちゃんも、私の胸に話しかけるのやめてよー。アイドルにセクハラは厳禁なんだからねっ」
「あんたの胸になんて話しかけてないわよ。そのカメラから、配信見てるパティシエの皆さんにお礼を言ってるのよ」
今頃、この配信をどこかで見ている視聴者の画面には、視聴者に向かって話しかけるパーティメンバーたちの姿が映されているはずだ。
カリンの配信チャンネルの特徴として、配信中はカリン本人ではなく、パーティメンバーのクルミとリンゴばかりが映る。哀しいかな、カリンの登場は大半が声だけなのだった。
「カリンさん、お金ためてドローンカメラ買えるといいですね。タチバナさんみたいに」
「クルミちゃん、なんでわざわざタチバナの名前出したの?! さては嫌味か! いいもん、次にタチバナに会ったときは私も有名になって、ぎゃふんと言わせちゃうんだからね!」
カリンの同期の少女、タチバナ。彼女は【看破】という超絶スキルに恵まれ、更には本人も無駄に高スペックであったため、探索者としても、そして配信者としてもさっさとカリンの遥か先へと行ってしまった。
カリンとて、スキルなどの能力面を見れば一般的な探索者と比べてかなり恵まれてはいるのだが、それでもダンジョン用ドローンカメラなどという無駄に高額な品にまでは手が届かない。残酷な現実だが、あれはもっと、選ばれし上位の探索者だけが手にするものなのだ。
週末や連休などに合わせて探索者向けの高速バスを利用し、仲間と共に各地のダンジョンを訪れては配信するのがカリンの主な探索活動だ。
しかしいつかは、タチバナのように上等な機材を使い、新幹線で各地のダンジョンを快適に行き来するのがカリンの目標であった。
三人は、岩壁で作られた迷宮を進んで行く。
開けた景色のダンジョンと違い、岩壁が続くタイプのダンジョンは風景が代わり映えせずに、時折端末で座標やルートを確認しながらでないと道に迷ってしまいそうだ。
「ここってゴブリンは出ないんですね」
「代わりになんか、変な魔獣? みたいなのが多いわね。あとずっと飛んでる妙なのも気になるわ」
「パティシエさんたち、あれが何か知ってる~? 見えるかな? 映ってるかな?」
三人が話題にしているのは、ダンジョンの高みを飛びまわっている白い影だ。このダンジョンは壁に囲まれた屋内ではあるが、天井は高く、そして広い。謎の生物が自由に飛び回る程度の広さはある。そこをしきりに、白く速い『なにか』が飛び回っていた。
原生生物なのか魔物なのかもわからない。いまの所それに攻撃されることもなく、ギルドでの説明でも特に何も言われてはいないので、危険性はないのだろうとは思うが。
三人が首を傾げているところで、カリンのもつ子機へと、視聴者からのコメントが表示される。
「あ、コメント来てる。スカイフィッシュ? へー、あれってお魚なんだってさ!」
カリンの配信に来たコメントでは、スカイフィッシュ、という生き物なのだそうだ。
コメントも1つではなく複数人が同じ名称を書き込んでいるのを見るに、あれは本当にスカイフィッシュなのだろう。
その名を聞いて、中性的な少女、クルミが記憶を辿る。
「スカイフィッシュって確か、ロッズとも言われてる生き物ですよね。昔、海外で目撃情報が出てた、白くて空を飛ぶ、都市伝説の」
「えー、都市伝説も何も、ここで飛び回ってるなら都市伝説じゃなくない?」
「まあ、それはそうなんですけど」
クルミの記憶では、数十年前に話題になったスカイフィッシュというのは、カメラに写り込んだ虫の姿だった、というオチがついていた筈だ。
だがしかし、現に今ここに、白くて速い生き物、スカイフィッシュが存在している。
ダンジョンは何でもありとはいうものの、わけがわからないや、というのがクルミの素朴な感想であった。
時折、魔物の集団と戦い。他の探索者パーティとともに怪しげな大部屋を調べ。鉱石掘りの探索者たちに挨拶をして。天井が外れて空の見えるスポットから、遥か遠い空を眺め。
そのような探索を続けていたが、流石にそろそろ体力のないカリンがバテてきた。
「疲れた~。クルミちゃん、リンゴちゃん、今日もそこの台座で休憩にしようよ~……」
「はいはい、アンタ本当に体力足りてないわね。じゃあ、少しだけこの周囲も見ていくから、そこで休んでなさいよ。それぞれの通路がどこに続いてるかくらいは見ておきたいから」
「カリンさん、大丈夫だと思いますけど、魔物には気を付けてくださいね? 何かあったら、声あげてくださいよ?」
「おっけー。二人とも、あまり遠くいかないでね?」
ここは、先ほど別な探索者パーティと調べまわった大部屋だ。
カリンはその大部屋の巨大な壁画に隣接するかたちで設置された台座の上によじ登り、上からクルミとリンゴの二人に声をかける。ここから見る限り、周囲に魔物はいない。少しの間くらいなら、単独で休憩していても大丈夫だろう。
リュックを下ろし、水筒を取り出して水をこきゅっと飲む。身体に水分が沁み込み、心地よい。
「パティシエさんたち、見える? このダンジョン、この台座が沢山あるけどさ、きっと古代の人たちの休憩所なんじゃないかなー。あ、ごめんね、服汚れちゃってて」
カリンは再び自撮り棒を伸ばして、その先に探索者用端末を取り付け、配信のカメラを端末のものに切り替える。
視聴者たちの画面には、実に久しぶりのカリンの姿が映し出されていることだろう。ツインテールをぴょこぴょこと揺らし、フリルの衣装は所々が土で汚れてしまっている。
胸についたカメラ越しでは分かりづらかったが、カリンとてそれなりに魔物と戦い、岩を上り、土の上を転げたりもしていたのだ。
カリンはその衣装の汚れを恥ずかしく思っているが、視聴者からみればそれはカリンが努力した証であった。
「パティシエさんたち、何か質問ある? ちょうどいいから質問タイムにしちゃうよ♪」
自撮り棒越しに、視聴者たちの画面にもカリンの座る台座の風景が映し出される。
台座そのものはただの平坦なテーブルのようなものだが、その横に隣接した壁には何やら立派な彫刻が彫られていた。
彫刻の意味は、カリンにはよく分からない。雲のような記号は分かる。これはきっと、空の絵だ。しかし、雲と共に描かれているいくつかの物体は分からない。そもそも、雲と一緒に空に浮かぶものなど、飛行機くらいしかカリンには思いつかなかった。
カリンはすぐに彫刻から興味を失くして、視聴者との会話に没頭する。
「え、私の魔法? 補助魔法だから、映像的に面白いのは何もないんだよねえ」
どうやら、カリンの配信を初めてみる視聴者が居たようだ。
カリンの武器は魔法の杖なので、初めての視聴者が見ても彼女が魔法を使う探索者だということは分かるだろう。
だがしかし、実はカリンの得意な魔法は、映像で見て伝わるようなものではなく、見た目的には何も変わらない補助魔法の系統なのだ。
魔法を使った瞬間には不思議な魔力の光が広がるが、しかしそれだけ。映像的な見栄えを求められるような代物ではない。
「あ、でも【身体強化】の魔法だったら3分くらいは強くなれるから、垂直飛びで2メートルくらい跳べるよ? すごくない?」
カリンは、その珍しい補助魔法を3つ覚えている。敵にかける【鈍化】。そして味方にかける【集中力強化】と、己にだけ効果がある【身体強化】だ。【身体強化】に関しては、使用後に急激な疲労感でカリンが確実に足手まといになるので、よほどの緊急時にしか使わないようにしているが。
基本的に、スクロールというものは高額である。なので、一般的にカリンの年齢で三つも魔法を覚えるというのは、やはり金銭的な面で難しい。
しかしカリンの場合、少々事情が違っていた。というのも、一般的な属性の魔法と比べて補助魔法というものは使い手が少なく、魔法協会の管理しているスクロールもまた余り気味だったのだ。
そのため、意外と安価に魔法を覚えられたのは、カリンにとって僥倖なことである。カリンとしてはもっと派手な魔法を使いたかったのも事実だが、スクロールが安いというのは非常に助かっていた。
「のど飴ちゃんって呼ばないで! そんな人には見せてあげません! ……えー? 反省してるの? しょうがないにゃあ」
カリンの名を『のど飴』と呼ぶのは、常連視聴者たちのお約束だ。
もちろんカリンもそれは分かったうえで言っている。とは言え、のど飴という響きがあまり可愛くないので、普通にその名を連呼されてもあまりうれしくはないのも事実だが。
そんな風に、初見視聴者、古参視聴者ともに、カリンとの会話を楽しんでいたのだ。
この時までは。
「この魔法って超疲れるから、特別ね? じゃあ、いっくよ~♪ ミラクル☆シャワー! ていっ!!」
カリンが、オリジナル名称をつけた【身体強化】の魔法を己にかけて、垂直飛びをする。
残念ながら、視聴者に見せるべき彼女の垂直飛びは、全く映されることはなかった。
カリンが手に持ったカメラは、彼女のジャンプと共にブレにブレて、とてもではないがカリンの身体能力を眺めるような映像ではない。
映像は振り回され、カリンの服のフリルと、遥か高い位置の天井だけを映している。
「へ?」
カリンの、間の抜けた声をマイクが捕える。
視聴者たちの画面に映っていた高い天井が、急速に離れていく。
「ふぎゃあああああっ!?」
カリンの絶叫と、ドタドタドタ、という騒がしい音声。
端末をカリンが手で押さえているのか、カメラには彼女の衣服のフリルだけが映されるが、しかし画面が非常に揺れている。
何が起きているのか、視聴者には分からない。
「あっ……」
そして、カリンの声とともに、画面が急に明るくなり、それまでとは全く違う景色を映す。
それは、空。
映し出されるのは、果てしない空と、呆けた表情のまま風に煽られ、雲へと落下していくカリンの姿。
カリンは、どこまでも蒼い空へと、落ちていた。
マイクは、激しい風の音だけを拾い。
そして映像が、途切れる。
これは一人の少女が、高く、蒼い空の上で。
妖精たちに出会い、そして、大きく成長していく物語。
その始まりの日のこと。