ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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空へ消えた少女

「今日はありがとうね。柚花のお陰で、スフィンクスさんのブラジャーもようやく形になったよ」

 

「私はロープを提供しただけですけどね。ダンジョン素材で作られたロープですから、スフィンクスさんがよっぽど激しく動かない限りは、そうそう千切れないとは思いますよ」

 

「スフィンクスさん、基本的には寝てばかりみたいだから、そこのところは大丈夫……って、あれ? 窓口さんだ」

 

 日曜日の夕刻。

 その日も妖精の国で時間の大半をスフィンクスの下着制作に使っていた桃子だったが、この日でようやくそれが形になり、ご満悦だった。

 スフィンクスの胸元に合わせた、大きく曲線を描いた白い巨大な布と、その数か所から伸びた固定するためのロープ。

 ブラジャーというにはかなり大味で、どちらかというと胸を隠す布当て程度のものではあるが、あとは後日あれをスフィンクスにプレゼントするだけだ。

 そんな下着制作作業が一段落したところで、桃子は柚花と共にダンジョンを出て、家路につくところであった。

 

 が、ダンジョンを出て、ギルドで探索者カードを提示しダンジョン退出処理をするところで、桃子は気が付いた。受付に、お馴染みの担当スタッフである窓口杏がいる。

 なんだかんだで桃子が利用する時間には高確率で顔を合わせる杏であるが、彼女とて普通に休みを取っている。そして、今日は普通に彼女は休暇だったはずである。

 だがしかし、妙に憔悴した様子の杏が、ギルドカウンターの前に立っていた。

 

「窓口さん。こんばんは、今日はこの時間も窓口さんが担当なんですか?」

 

「あっ、桃子さん、柚花さん! はい……待ってたんです……その、緊急の相談があります。すみませんが、会議室まで……」

 

「え……?」

 

「私たちに、ですか?」

 

 カウンター前に立つ見知った姿に気づいた桃子たち二人が杏に声をかけると、彼女もまた顔をパッとあげて、二人の名を呼ぶ。

 そして、すぐに声を落として、周囲に聞こえないような声量で、会議室まで来て欲しいと桃子たち二人を奥へと誘導する。

 

 いつもと様子が違う。

 桃子と柚花は互いに顔を見合わせてから、しかし何か緊急事態の予感を覚え、いそいそと窓口についてギルドの廊下を行く。

 薄暗い廊下に、三人分の足音が響く。

 

「詳しくは会議室で説明します。ギルドも動いておりますが、桃子さんたちの……いえ、ヘノさんたちの力を借りないといけないかもしれない事態が発生しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その映像は。

 いつもは冷静である柚花から、平静さを失わせるに十分なものだった。

 

 会議室に入るや否や、杏が室内のモニタでその動画を再生した。

 そこに映し出された少女は、つい昨日、柚花と共に見たばかりだった。その動画の主はアイドルを自称する明るい探索者の少女で、彼女はこの土日に、長野のダンジョンへと赴いていた筈だ。

 

 彼女がひとり、休憩だと言ってダンジョン内の台座の上によじ登り。そこで視聴者とやり取りをして。

 そして、視聴者のリクエストに答え、己の魔法スキルの力をカメラ越しに見せようとして。

 そこで「何か」が起きたのだろう。映像を一度見ただけでは、何が起きたのかさっぱり分からない。

 

 だがしかし、最後に映っていたのは。奔放で明るかった少女が、落ちていく姿だった。

 

 蒼い、蒼い空へと。

 

 

 

 

 

「は……? 何ですか、今の……窓口さん、今のなんなんですか」

 

 目の前で、知人の少女の配信動画を見せつけられて、最初はジト目で画面を見ていた柚花だったが。

 その動画を最後まで視たところで、意味がわからないと。柚花は、声を震わせていた。

 

「今のは、本日配信された動画です。この後、カリンさんは音信不通となり、現在は上高地ダンジョン内で多くの探索者が彼女を捜索しています。ですが……分からないんです。カリンさんに何が起きて、どこに入り込んでしまったのか」

 

「分からないわけないじゃないですか! カリン、居場所まで全部配信してるじゃないですか! あの場所、台座で……!」

 

「柚花、落ちついて! 窓口さんに怒鳴ってもどうにもならない! 柚花もそれくらい、分かるでしょ?」

 

 モニタには、先ほどの映像がもう一度流れている。

 恐らく、この部屋で杏も何度もこれを繰り返し見たのだろう。少しでも情報を掴もうと、ヒントを得ようと。彼女の憔悴しきった顔がそれを物語っている。

 しかし、遠いこの地でこの配信動画だけを見た所で、掴めるものなどなにもない。なにもないのだ。

 

 立ち上がり激昂する柚花を桃子が後ろから抑えて、どうにかソファに腰を下ろさせる。

 杏は何も悪くないし、そもそも杏に聞いたところで分かるわけがないのだ。それくらい、柚花だって分かってはいる。分かってはいるのだが、ならばこの映像を唐突に見せられて、どうしろというのか。

 

「っ……! そう、ですね、ごめんなさい」

 

 柚花は、桃子に抑えられるままにソファについて、歯を食いしばる。

 その拳をギュッと握り、どうにかして感情を抑える。その横では、画面の中では明るいアイドル配信者の少女の映像が繰り返され、再び視聴者との問答を続けていた。

 

「……ギルドの方ではカリンさんを救出するどころか、入り口すら発見出来るかどうかもわからないんです。現状、ダンジョンの外からでは、あの場所まで、辿りつけないんです」

 

 ギルドは今、完全に無力である。何故ならばこれは、ダンジョン内にて、まだ探索者たちが到達していない階層のことだから。

 上高地ダンジョンギルドのスタッフたちも、そして現地にいた多数の探索者たちも、いま必死でカリンを探してくれている。だがしかし、分からないのだ。

 彼女が何をどうして、あの空への道を開いたのかが。蒼い空への行き方が。

 

 せめて、彼女の持つカメラがもう少し周囲の状況を映し出していたのなら、事態は変わっていたはずだろう。

 あの映像を見た誰もがそう思う。だがしかし、それを思ったところでどうしようもない。

 

「桃子さん、柚花さん……ギルドとしては本来、お二人に、頼るのは――」

 

 沈黙する桃子と柚花の向かいに座る杏が言葉を絞り出していくが、しかしその最中にガチャリと扉が開く音が室内に響き、杏の言葉は途中で止まってしまう。

 桃子が扉を振り返れば、そこには房総ダンジョンギルド室長であるヤマガタが立っていた。いつもは軽い雰囲気を醸し出すヤマガタも、今この時ばかりは、真剣な表情だ。

 憔悴しきった杏の姿を確認すると、彼は杏の肩に手をあててから、彼女の言葉を受け継ぐ。

 

「桃子くん。タチバナくん。結論から言うけれど、ギルドとしては、妖精の力を人のために利用するわけにはいかない。ギルドの権力で君たちを動かしてはいけない。だから……これは、僕と窓口くんの個人的な頼みになる。妖精の力を、借りたい」

 

 そして彼は、桃子と柚花に向かい、深々と頭を下げた。

 そしてそのまま続ける。

 

「妖精の加護を持つキミたちを通じて、妖精の力を貸していただきたい。探索者に危険はつきもので、本人もそれを分かった上でダンジョンに潜っているはずだ。だがしかし、それでも。助けられる可能性があるならば、僕はそれに縋りたい。頼む」

 

「私からも……お願いします。今は、お二人に頼るしか思いつかないんです。妖精の、魔法生物の力で、カリンさんを……せめて、彼女の安否を……」

 

 職員の二人が、深々と頭を下げる。

 探索者に、危険はつきものだし、それを承知でダンジョンに潜っている。契約書だって全員が書いている。ダンジョン内での事故は、それが年若い少女だろうと、自業自得であるべきなのだ。

 だけれど。そんな理屈で納得できるほど、ギルドの人間たちは非情ではない。どうしようもないならばまだしも、助けられる可能性が目の前にあるのだとしたら、尚のことだ。

 それがギルド職員として重大な規約違反だったとしても、だ。

 

 桃子もなんとなくは理解できる。妖精の力を、魔法生物の強大な力を、ギルドの頼みで利用させてもらう。それは確かに、ギルドとしてはきっと越えてはいけない一線なのだろう。そして、妖精の加護を受けた自分たちは、それを安請け合いしてはいけないのだ。

 けれど、そんなもの。関係ない。

 この事件を知ったのが自宅かギルドかの違いでしかないのだ。たとえ自宅でこの事件を知ったとしても、桃子たちは己の判断で、それが深夜だとしてもダンジョンへと、妖精の国へと向かっただろう。ならばこそ、ギルドの規約など、一線など、あってないようなものだ。

 

「先輩! すぐに戻りましょう! ティタニア様に伝えて、助けてもらいましょう!」

 

「うん、すぐに戻ろう! っと、その前に」

 

 柚花がガバッと立ち上がり、先ほど外したばかりの双剣のベルトを付け直し、己のリュックを背負いなおす。

 そして一歩遅れて桃子も立ち上がり、杏とヤマガタに向き直る。

 

「窓口さん、ヤマガタさん。えと……私と柚花は自分の判断で、カリンさんを救うために、妖精の皆に相談してきます。そして、場合によってはギルドに助力を乞いたいと思います」

 

「先輩……?」

 

「ええと、だから……窓口さんとヤマガタさんは、責任を負うんじゃなくて、私たちにまた今回も、いつもみたいに、巻き込まれた側になってください! ……それが、私からの条件です」

 

 ヤマガタは、個人的なお願いだなんて言っているけれど、それで責任問題が不問になるわけがない。彼は室長の座を追われる可能性もあるだろうし、杏もしかりだ。

 だがしかし、信頼できる二人に居なくなられてしまうのは桃子にとってもマイナスだ。だから今回は、いや、今回も。

 奔放な少女たちの行動に、振り回される大人たちでいて貰おう。

 

「じゃあ、失礼します!」

 

 宣言するだけ宣言し、呆けて言葉を失う大人たちの返事も待たずに部屋を飛び出す桃子たちの背を。

 我に返った二人の大人は、困ったように見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女王ティタニアの間。

 

 花びらの玉座の背後の壁には、大きく印刷された写真が二枚、額縁に入れられて飾られている。

 片や、蒼い花畑で微笑むりりたんの画像。もう一つ、新しく増えたのは、女王となったティタニアと抱擁して微笑む、笑顔のクリスティーナの写真である。

 

 そんな二枚の写真に見守られたティタニアの間にて、今は桃子たちが、妖精たちに一つの動画を見せていた。

 

「うぅ……ヘノぉ、ここ、分かりますかぁ……?」

 

 第一層『森林迷宮』で探索者たちの夜間キャンプを眺めていたヘノとニムが、ダンジョンに再入場してきた桃子たちに気づくのはすぐだった。

 二人ともただならぬ様子で緊急事態だと言い、何だか分からないままにヘノは桃子と柚花の二人につむじ風の魔法をかけ、一緒になって妖精の国へと駆け込んだ。

 

 女王の間へとやってくると、桃子たちは改めて端末を取り出し、女王ティタニアをはじめとした妖精たちの前で、例の動画を再生したのである。

 桃子たちとしては、藁にもすがる気持ちで聞いてみたのだが、しかし返答は実にあっさりと、まるで近所の道を聞かれたような軽さで帰ってきた。

 

「なんだ。ここか。知ってるぞ。前に話したことなかったか」

 

「ヘノちゃん、分かるの! すぐに向かえる!?」

 

「ヘノ先輩、すぐにそこに連れていってください!」

 

 ヘノに飛び掛からんという勢いの桃子と柚花だったが、しかしそこに柔らかい魔法の霧がかかり、二人の頭がスッと冷静になる。

 これはティタニアによる、沈静化の魔法だ。

 人間二人を鎮静化させると、ティタニアは静かに、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

 

「落ち着いてください、桃子さん、柚花さん。この場所はヘノが生まれた場所です。そして……私の感知でも、やや弱ってはおりますが、この少女のものと思われる微弱な魔力を感じます」

 

「ご、ごめんなさい、ティタニア様。でも、微弱な魔力って……一応カリンさんは無事、ということでいいんですか?」

 

「ええ。恐らくは」

 

 ヘノの故郷であるならば、それはティタニアの支配する領域の一つということ。

 つまりは、ティタニアが目を閉じ、その土地に意識を集中すれば、ある程度のことならば把握できるということだ。

 桃子と柚花が息を飲んでティタニアの出す答えを待つと、その答えは「無事」というものだった。

 もちろん、命が無事というだけで、彼女が現在窮地に陥っていないという保証はない。けれど、カリンが無事、というその事実は、柚花たちの頭に魔法でなく本当の冷静さを取り戻すには十分なものである。

 

「じゃあ……すぐに助けに行きましょう。ヘノ先輩、すみませんが、カリンのところに案内お願いしてもいいですか?」

 

「行くのはいいけど。まずは。ヘノたちだけだぞ。後輩。空を飛べないだろ」

 

「柚花さん。恐らくこの少女がいるのは遥か空の高みですから、まずはヘノに見に行って貰いましょう」

 

「うぅ……お二人とも、飛べませんから……めそめそ」

 

 しかし、桃子たちが冷静になったとて、ダンジョンの構造ばかりはどうしようもない。

 途中まで。光の膜を越えた先の土地までは桃子たちも同行は可能だが、そこから先へはヘノとニムで向かい、カリンの状態を確認してくるということに落ち着いた。

 

 桃子も柚花も、今は何もできない。

 それは実に、歯がゆいことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 空のダンジョン。その入り口。

 妖精の花畑から光の膜を抜けたそこは、空に浮かぶ一つの島だった。

 

「え、ここって……空の上、なの?」

 

「桃子さんも柚花さんも、落ちたら危ないから、あまり端に行ったら駄目だよぉ?」

 

「ここから落ちては、流石のボクたちでも助けられないのでは、ないかな?」

 

 膜を抜けて桃子たちが降り立ったのは、グラウンド一つ分程度の広さの、小さな草原だった。

 そして、そこから見える景色は、遥か遠くまで広がる空。カリンの配信映像で見た光景では青空だったけれど、すでに日も落ち、全方位を包む夜空となっている。それはまるで、宇宙空間のようにも見えた。

 

「ノンさん、ここもダンジョンなんですか? えと……その、空のダンジョンっていうことなんですかね?」

 

「そうみたいだねぇ。浮いてる島が沢山ある階層で、一応上のほうには、上の階層に続く島も、あるらしいよぉ」

 

「なるほど、謎は解けたよ。今、桃子くんたちが降り立ったこの地も、空に浮く島の一つなのでは、ないかな?」

 

 今、桃子たちを案内しているのは、鍵の妖精リドルと大地の妖精ノンの二人だ。

 相棒たるヘノたちは、一足先にこのダンジョンの遥か上へと飛翔しており、今頃は遥か上空の島でカリンを探してくれているはずだ。

 

 桃子はそこから見える周囲の風景を、上から下まで見回す。リドルの言う通り、いま自分たちが立っているこの地面も、この階層の中を漂う島の一つのようである。

 地面から先を見れば、目線の下にも、そして遥か上にも星空と、そして漂う雲が存在しており、この位置がどのくらいの高さにあるのかは目算では全く分からない。

 或いは、ここには地面という概念は存在しないのかもしれない。

 

 そして、上を見上げれば。今自分たちが立っているその島よりも巨大な島が複数、雲の間を縫うように浮いている。

 

「この中のどこかに、カリンの馬鹿が落ちちゃったんですね……」

 

「ヘノちゃん、ちゃんとカリンさんのこと、見つけてくれたかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【フルーツ☆タルト所属 カリンの配信チャンネル:配信エラー】

 

 

 誰か! 助けて! ねえ!

 ねえ……みんなぁ! 誰か! カメラ動いてないの?

 誰か、返事してよお!!

 

 目が覚めたら、知らない島にいるんだけど……周り全部空だよ! ……ぐすっ……ねえ、パティシエさん! クルミちゃん! リンゴちゃん!

 やだよぉ、怖いよぉ、誰か来てよぉ……!!

 

『なんだ。お前。意外と元気だな』

 

『け、怪我とかは……してなさそうですねぇ……』

 

 ……へ? だ、誰? お化け?!

 お化けやだ! お化けやだぁああ!! お母さん、お父さん! たちばなぁ! 助けてよぉ!!

 

『なんだか。随分と。うるさいやつだな。どこも弱ってるようには。見えないぞ』

 

『うぅ……な、なんだか、こ、怖がりな人ですねぇ』

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