ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
既に日も落ち、各家庭では夕食を食べ終えている家もちらほら増えてきた頃。
「うん、心配かけてごめんなさい、うん。今日は桃子先輩もついててくれるっていうから。明日はちょっと……」
夕方にカリンの失踪を聞き、それからダンジョン内に戻って色々とやっていたため、すでに随分時間も遅くなってしまった。
さすがにこれ以上遅くなって親を心配させるわけにいかなかったため、柚花は一旦地上に戻り、ギルドから自宅へと電話をかけていた。
柚花の両親は、どちらも若いころにダンジョンに潜っていた経験があり、娘の活動にも理解を示してくれている。一般的な家庭と比べるとかなり奔放で放任主義にも思える両親だが、そのお陰で今の柚花がある。
そんな両親なので、本日のカリン失踪のニュースも把握していたし、そのカリンが娘の同期のパーティメンバーだということも知っていた。
お陰で、事情の説明は早かった。もちろん全てを正直に話すわけにもいかないので、嘘もかなり交えたものだったけれど。
説明の内容は、こうである。
まず夕刻の帰り際、カリンのニュースを聞いて柚花が冷静さを失ってしまい、自分もすぐにでも上高地ダンジョンへ行くと言い出した。
そう言い出して聞かない柚花を、ギルド職員である杏と、探索者の先輩でもあり学園のOGでもある桃子が説得しているうちに、こんな時間になってしまった、という内容だ。
一人では居ても立ってもいられないので、今夜は桃子が千葉の宿泊施設に一緒に泊まってくれる。そして、明日はとてもではないが学校に行ける心情ではなく、房総ダンジョンギルドでカリンの続報を待たせて欲しい、と。
そういう説明で、両親に納得してもらった。
親に嘘をつくのは心苦しいものがあるが、しかし実のところ半分以上は事実でもある。柚花が冷静でなくなったのも、桃子と一緒に過ごすのも、とてもではないが学校どころでないのも事実だ。
それ以上は妖精が絡んでくるので両親にも真実を話すわけにもいかないのだから、嘘が混ざるのは仕方ない。
途中で電話を代わり、柚花の親に説明をしてくれたギルド職員の杏も、実に苦々しい表情ではあるものの柚花の嘘に協力してくれている。そもそも今回は言い出しっぺは杏なので、そこで断れる立場ではない。
「すみません。私のせいで、柚花さんのご両親にもご心配をかけて、学業にも影響が出てしまって」
「いえ、いいですって! 先輩も言ってましたよね、私たちの意思だって。断言しますけど、家に帰ってからカリンのニュースを見てたら、例え深夜でもここまで来てましたよ」
だから、むしろ夕方にそれを知らせてくれたことは、柚花にとってはありがたいことだったのだ。
一度家に帰ってから夜中にダンジョンに向かうとなると、それこそ余計に様々な人に心配も迷惑もかけてしまっただろうから。
「そう言ってくださるとありがたいです。けど、これからどうするか……が問題ですね」
「今ごろ桃子先輩が、妖精の女王様も交えて方針を話し合ってる筈です。カリンが無事なら、あとはあの子を地上に戻す方法を決めるだけですから」
「窓口。おまえも少し。休んだ方がいいぞ。ほら。ヘノのドライフルーツやるから」
柚花と杏が話し合っていると、柚花の服のポケットから緑の光を放つ妖精が飛び出した。ヘノである。
実は、柚花が自宅に電話しなければいけなくなったので、一時的にヘノが付き添い、つむじ風の魔法で柚花を地上へと送り届けてくれていた。
柚花が自分の足で地上まで移動するとなるとどうしても時間がかかってしまうため、高速移動の補助が出来るヘノの出番だったのだ。
地上では流石に人目もあるのでヘノは柚花のポケットに隠れていたのだが、いまこの場にはヘノのことを知る杏しかいない。なので、ヘノは堂々と姿を晒す。
そしてそのヘノだが、柚花のポケットから黄色い木の実のドライフルーツを引っ張り出した。
半分ほど乾燥しているそれは、ヘノが作るドライフルーツの中でもやや大き目で、香りの強いお気に入りのものである。
ヘノはそれを杏に差し出して、強引に受け取らせる。
「ありがとうございます、ヘノさん」
「それ。ヘノが作ったんだ。ねちょっとするくらいに。乾燥させるのが。コツなんだぞ。いいから食べろ」
「すごいですね。はむ……うん、甘くて美味しいです」
杏は日の出ている時間からカリンの動画を何回も見直して、ギルドの回線で何度も上高地ダンジョンと連絡をとり、常に状況を確認してくれていた。
杏はカリンとの縁はさほど深くないけれど、それでも会話を交わしたことも、見習いだった頃の彼女がダンジョンに入る際の受付をしたことも何度かはあるのだ。
自分よりも年下の少女たちが不幸な目に遭うのは、とても辛いことだ。職員としては褒められた感情ではないけれど、杏は個人として、カリンを助けたかった。
柚花が先んじて杏に送った連絡で、カリンの無事を知ったときは、ギルドの施設内で泣き崩れてしまったほどである。
そして、そんな杏に対して、ヘノの見せた優しさ。それが、お気に入りのドライフルーツの提供だ。
杏がドライフルーツを口に含み、しっかりと咀嚼して飲み込んだのを確認したヘノは、どことなく満足げだ。
そして、満足したところで、さっさと柚花の胸ポケットに入り込んでしまう。
「よし。窓口も元気になったな。じゃあ行くぞ後輩。急げ」
「ちょ、ヘノ先輩せっかちだって言われません?」
ヘノの相棒たる桃子、そして柚花の相棒たるニムも今頃は妖精の国でティタニアや他の妖精たちと共に話し合いを進めている頃合いだ。
もしかしたら、柚花が妖精の国へと戻るころには、方針は既に固まっているかもしれない。
ヘノはそれを早く知りたくて、用が済んだら急げ、急げと。柚花をポケットの中から、せっつくのだった。
「あ、お帰りー。どうだった?」
ヘノとともに妖精の国、ティタニアの間へと集まると、テーブルの周囲には桃子と女王ティタニアだけでなく、ニムやルイといった、自我の育っているいつもの妖精たちが揃っていた。
見れば、桃子がノートを出してあれこれと図を書いたりメモを書いたりした形跡がある。柚花がいない間にもそれなりに話し合いは進展していたようだ。
「はい、両親とも了承してくれました。持つべきは探索者に理解ある親ですね」
「私としては、柚花のご両親には申し訳ないんだけどね……」
「先輩が謝ることじゃないです。むしろ土下座で謝って欲しいのはカリンですよ。それより、どうですか? 何かいいアイデアはありましたか?」
「それなんだけどね。私が、あのダンジョン……第二層を、上っていくのが一番確実かなって!」
「は……?」
柚花の耳に届いたのは、女王なりタヌキなりの魔法生物の力を使うでもない。魔法協会やりりたんに助けを求めるのでもない、もっと単純な方法。
やたらと元気よく桃子が宣言したのは、自分が直接助けに行くという、滅茶苦茶アナログな救出方法だった。
桃子の、そして女王ティタニアの話はこうである。
第一に、上層からの救助は期待できない。
仮に第二層へ続く階段の『謎』が解けたとしても、そこからカリンの元へは人の足ではすぐには向かえない。
気球やパラシュートなどの人工物を使おうとしても、そこで問題になるのがあの空に住まう『スカイフィッシュ』という原生生物だ。
魔物ならば人間を襲うだけで済むのだが、スカイフィッシュたちは空飛ぶ物体を見ると群れて突っかかる習性がある。
たいした攻撃力もなく、集団で突く程度しかしてこないが、しかし魔法的な防御を持たない人工物では、いともたやすく破壊されてしまい、墜落するのが目に見えているのだという。
それでも。時間さえかければそれ専用の移動方法を作り出せてしまうのが人間という種族の恐ろしい所だけれど、流石に時間がかかりすぎるだろう。
ならば、魔法生物の特殊な力ならばどうか。
第一候補として上がるのはティタニアによる転移魔法だが、残念ながら転移魔法はそう簡単にどこでも使えるものではない。
ティタニアの魔法で転移するためには、強く魔力の籠った目印などが必要になる。
具体的には、以前一度だけ桃子の紅珠に転移の魔法を付与したことがあったが、あれは紅珠の元となった鵺の領域『深淵渓谷』への扉を一度だけ開くことが出来る、という代物だった。決して、好きな場所に、好きなときに、移動できるものではない。
先代女王ネーレイス。つまり、りりたんは自由に転移していたようにも見えるが、実はあれもまた、彼女自身がマーキングしたポイント同士を繋いだ転移術であり、ティタニアの見立てでは自由にカリンの元に移動できる代物ではないらしい。
クリスの伝手を頼り、世界魔法協会に頼るにしても、ティタニアやりりたん以上の転移魔術の使い手などそうそういないだろう。
世界の魔法生物の中には空を自由に飛行できる者や転移に長けた存在もいるだろうが、そのような存在がわざわざ少女一人のために日本までやってくることなどない。
スフィンクスの転移魔法陣。あれはあくまで『地下遺跡』の管理者たるスフィンクスが、その役目において砂丘ダンジョン内のみで行使できた力だ。
言うまでもなく、上高地ダンジョンにまでスフィンクスの能力は及ばない。
ダンジョンの管理者という楔から解き放たれたリドルならば、自由にあのスフィンクスと同じ魔法陣を行使出来るかもしれないが、彼女がスフィンクスほどに成長するには少なくともあと数十年は必要だ。
そして同じく、鵺の能力の応用で萌々子も『マヨイガ』内を転移しているが、それもまた『マヨイガ』が彼女の領域だからこそ可能な術だろう。
己の領域でもないダンジョンに転移できるような魔法生物など、普通は存在しないのだ。
なので、結論。
桃子が直接上っていき、そこでカリンを保護し、桃子の持つハンマーの紅珠を利用して『深淵渓谷』への転移門を開く。
桃子のハンマーの紅珠ならば、今は魔力が充填されている。『深淵渓谷』への転移術を付与することは可能である。
ただし、その間は【氷結】はもとより、ハンマーに魔力を込めて戦うことも出来なくなるのだが、行き先はあくまで第二層だ。出現する魔物も、妖精たちで対処できるレベルならば、戦闘は考えなくてもどうにかなる。
「――ということなんだよ」
これが、桃子とティタニアが話し合った結論である。
「それって、ヘノ先輩たちが紅い珠を持って現地で転移の魔法を使用するとかじゃ駄目なんですか?」
「後輩。ヘノたちは。自分の魔法は使えるけど。他人の魔法なんか。うまく使えないと思うぞ」
「あ、そういうものなんですね……」
柚花としては、カリンを助けたいけれど、それで桃子が危険な目にあうのでは本末転倒だ。
何としても行かせてなるものかと、頭を回転させる。
「いや、そもそも先輩は飛べないんだから、あそこまで行けるわけないじゃないですか」
「それがねえ、これ見てこれ。さっきティタニア様の説明で気づいたことなんだけどね……」
桃子が見せてくれたのは、ノートの図解だ。
そこにはどうやらあの天空の階層を横から見たイメージ図が描かれているのだが、横から見ると、上空に浮かぶ浮遊島たちは均等な距離を保ち浮いているのが分かる。
「あの浮遊島ね? 実は全部ゆっくり動いてて、それぞれが毎日、定期的にすごく近い距離を通過するんだって」
「もしかして、近づいたタイミングで先輩がジャンプでもして乗り移る、とか?」
「そう! 理由は分からないけど、ダンジョンってそもそも人が頑張れば通れる構造になってるものだから、これも偶然じゃなくて、そういうギミックなのかなって思うんだ」
まるでアクションゲームだ。柚花の脳裏に、動く地面をタイミング合わせてぴょんぴょんと越えていくドット絵の桃子が浮かぶ。キノコならぬ、カレーを食べてパワーアップするアクションゲームだ。
しかし、あれはゲームだから楽しめることなのだ。生身の人間がやるものじゃない。決して。
「いや、でも……やっぱり反対です! カリンのためとはいえ、先輩が落ちたらどうするんですか!」
「えへへ、そこは、パラシュートを背負っていこうかなって」
心配で必死に止めている柚花に対して、何故だか先ほどから桃子はにこにこの笑顔で答えてくる。とうとう、えへへ笑いが飛び出した。
柚花は、なんなのこの人、という困惑を隠しきれないが、しかしとりあえず今は油断を誘うこの笑顔に絆されてはならない。
更に頭を回転させて、反論を叩きつける。
「パラシュートって……いやでも、スカイフィッシュがいるんですよね? 空を飛ぶものに襲い掛かるんですよね? そんなの、パラシュートなんか破られて御終いじゃないですか!」
「そうなの! そこでね、考えたの! スフィンクスさんのブラジャー!」
ブラジャー。
柚花の頭のなかが、数秒ほど真っ白に染まる。
「……え? まさか先輩、あれをパラシュートに? 本気で言ってます?」
数秒ほど呆けてから復帰した柚花が、確認すべく問いかける。スフィンクスのブラジャーとは、つい先日、桃子が縫い上げた巨大な布地だ。
確かにあれならば、程よい弧を描いており、ちょうど端に魔法素材のロープまでついているので、パラシュートっぽくも見える。魔法素材である以上、スカイフィッシュとやらに突かれた程度では問題ないのかもしれない。
だけれど、幾らなんでもそれは無茶というものだ。大きな布があればパラシュートになるかと言うと、航空力学はそんな単純なものではないだろう。少なくとも、ぶっつけ本番でチャレンジするものではない。
「うん。本気で言ってる。この布なら、魔力があるから耐久性は問題ないんだよ。パラシュートとしての機能性とかは分からないけど、最悪ヘノちゃんの力で風を操ればどうにでもなるもの」
確かに、好き放題に風を操れる妖精がついているのだから、航空力学云々を問うだけ不毛だった。
だけど、だけど。
敬愛する先輩をあんな危険な死地へと向かわせたくはない。だからこそ、柚花は必死で更なる反論を考えているのだが、その間にも桃子は続けるのだ。よい笑顔で。
「だからね、私もヘノちゃんの故郷に行けるんだよ。カリンちゃんには申し訳ないけど、私ね、ちょっと嬉しいんだ」
ああ、と。
柚花は敗北を認めた。
なんのことはない。心配していたのは柚花だけだったのだ。目の前の先輩は、空に行くのが「とっても楽しみ」なのだ。
はあ、と大きくため息をついて、柚花は独り相撲の徒労感を味わうのだった。
【とある妖精とアイドル配信者の会話】
「この布は、試作品ポンチョと、言うのさ。熱や寒さを防ぐから、これを被って眠るといいのでは、ないかな?」
「し、試作品ですか? ポンチョ……には見えないけど、でも助かります」
「アイドルさん、どうかねぇ。このくらいの洞穴だったら、横になれるかねぇ」
「あの、ありがとうございますっ。本当に、カリンのために……なんだか、妖精の皆さん、沢山来てくれて……」
「そんなこと、気にしないでいいよぉ」
「なるほど、謎はとけたよ。アイドルくん、キミの端末というものは、魔力の流れが断裂していたのでは、ないかな?」
「えっ、はい? ごめんなさい、カリン、中の仕組みとかはよく分からないです、馬鹿なんで」
「ふむ。さては、アイドルという存在は、魔力の回路には詳しくないという、ことだね?」
「リドル、カリンさんも困ってるし、結論から言おうよぉ」
「つまりだね。ボクが直しておいたから、少しだけなら、この端末を使用できるという、ことだよ」
「え?! ほ、本当ですか!?」
「ただし。中の魔石が砕けているから、まる一日ここで魔力を補充したとしても、数分程度しか使えないのでは、ないかな?」
「それだけでも! 全然、すごい! すごいっ!」
「さっそく、配信っていうの、してみるといいよぉ」
「皆に無事を、報告してあげると良いのでは、ないかな?」
「は、はい! カリン、頑張ります!」