ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子。これは。どういうことだ?」
「え、ええと……わかんない」
ヘノと二人、昨日の道を辿って広大な中庭へと続く炊事場までやってきた。
しかし、そこには探索者たちの姿が見えなかった。
桃子の書置きに気付かなかったのかとも思ったが、どうやらそんなことはなさそうだ。
昨日桃子がおにぎりを作っていた作業台には複数のお椀がならび、探索者たちが食事をとった形跡がある。
更には、羽釜の底には玄米粥らしきものが残っており、彼らがこの場所にたどり着き、食事をとったのは間違いないだろう。
「どっかの襖とかから、また遠くに転移しちゃったのかな……? でも全員で一斉に迷子、なんてことさすがに無いと思うけど」
「よし。桃子。やつらを探してみよう。中にいないなら。外のどこかにはいるだろ」
土間を抜けて、桃子を先導するように屋外庭園を進んでいくヘノ。
桃子も、周囲を注意深く観察しながら、ヘノの後を追いかけていく。
上空に注意を払ってみたが、さすがに烏天狗も一日で復活はしていないようだ。
そうして進んでいくと間もなく、彼ら、7人の探索者たちを見つけることはできた。
しかし、彼らは――。
「桃子。こいつら。なんで泣いてるんだ?」
「いや、私に聞かれてもよくわかんないけど……」
別に、誰かが脱落したわけではない。
昨日数えた人数、7人全員が五体満足で無事である。
しかし、彼らは涙していた。
まるで、深い悲しみを堪えるかのように。
ひとつの、とある岩を前にして。
そこに眠るであろう、誰かのために、祈っていた。
「桃子。こいつら。何をしてるんだ?」
「……いや、なんだかね。ものすっごーく、変な勘違いされてるんじゃないかな、これ」
桃子が建てたカレーおにぎりのお墓に花を添えて、立派な大人である探索者たちが、頬を涙で濡らしていた。
この場所は、本来ならば人が訪れるようなことのない、ダンジョンの第四層。
そんな最果ての地にひっそりと佇む苔の生えた墓石――ではなく、桃子が悪ノリで立てただけの岩――の前で、探索者たちは悲しみに暮れている様子だ。
桃子は思った。どうやら、おそらく、彼らは盛大に、ものすっごい勘違いをしているに違いない、と。
確かに悪ノリしておにぎりを埋めた上に苔岩なんて立てたので、知らない人が見たら年月を経た墓石に見えないこともないだろう。
彼らがどう勘違いしたのかはわからない。名もなき探索者の眠る墓と勘違いしたのかもしれないし、なんなら萌々子ちゃん本人のお墓と勘違いしている可能性すらあり得る。
とはいえ、とはいえだ。
「全然わからないぞ。桃子。あいつら。なんでおにぎりの墓で泣いてたんだ。おにぎりの知り合いだったのか?」
「ええと……ヘノちゃん、そのことは忘れてあげよう」
カレーおにぎりの墓であんな深刻な顔をされても、見てるこっちが恥ずかしいやら、居たたまれないやら。
なんか色々と辛くなってきたので、桃子はヘノをつれて炊事場に戻ってきた。
どういう経緯で全員でおにぎりのお墓参りをすることになったのかはわからないが、彼らとていつまでもあそこにいるわけでもない。そのうち戻ってくるだろう。
その間に、自分たちも何か出来ることをやってしまおうという魂胆だ。
というわけで、炊事場の土間の上り口に腰かけて桃子はいくつかの提案を出してみる。
「とりあえず、今からやること。いつまでここにあの人たちがいるのかはわからないけど、やっぱり今の状態じゃ大変だと思うんだよね。寝場所も、食事も満足にとれないでしょ?」
「そうなのか。そういえば桃子も。寝るときは布団に入るものな」
妖精であるヘノは、桃子と一緒ならば布団やぬいぐるみを寝床にすることもあるが、基本的には花畑で寝るし、なんなら別に人と違ってある程度は寝ないでも問題はない。
しかしそんな妖精たちとは違い、やはり今回の探索者たちも桃子と同じく人間なので、布団でないと眠れないのだろうとヘノも納得する。
「だから、まずはお布団を持ってきてあげようね。つい昨日、大量の一反木綿を倒した部屋にさ、お布団もたくさんあったでしょ?」
「そうだったか。ヘノは。もう。忘れてしまったぞ」
「ヘノちゃん……」
まずはミッションその1。沢山のお布団を用意する。
これは往復の道のりはあるものの、場所がわかっているのでさほど問題はなかった。
途中で3体の唐傘お化けが塵となったが、それだけである。
ちなみにサカモトの剣は邪魔だったので、炊事場の端に立てかけておいた。寝室に置いていても邪魔なのに、持ち歩くとなると邪魔で仕方がないのだ。
桃子たちが昨日の一反木綿のモンスターハウス部屋へと戻ってくると、まだ畳はボコボコに荒らされた状態のままだった。
どうやらダンジョンの自動修復があっても、1日で治るようなものではなかったようである。
ボロボロの床を踏み抜かないように気を付けながら部屋へ入っていき、大きな押し入れから布団を7組引っ張り出して、重ねて担ぐ。
「わー、ヘノちゃーん! これ前が見えないよーっ!!」
「桃子。まっすぐだ。足元にボロボロの畳があるからゆっくりだぞ」
重さ自体は【怪力◎】の恩恵でどうということはないのだが、なにぶん布団を重ねるとサイズが大きくなり、それを抱えると桃子の小さい身体では布団が邪魔で前が全然見えなくなってしまった。
ヘノが布団の上に乗っかって桃子を誘導してくれたので、どうにか時間をかけて部屋を出て、廊下を進み、別室を横切り、ようやく炊事場近くまでたどり着くことが出来た。
曲がりなりにも未踏破ダンジョン内で、前が見えない状態で布団を運んだ探索者など、桃子くらいだろう。世界新記録である。
桃子が布団を隣室に運び込んだ頃、探索者たちは墓参りから戻ってきたようで、どうやら2組に分かれて行動を始めたようだ。
3名は炊事場で食事の準備をしている。とは言っても昨日桃子が覗いた限りでは、あるのは玄米と干し大根くらいだったが。見たところでは、大根の入ったおかゆを作っているようだった。
残り4名は、おそらく周囲を探索しているのだろう。何が現れるかわからない以上、そちらに人数を割くのは妥当な判断であろう。
「じゃあ、この布団は隣の部屋に置いておくとしようね。気づいてくれればいいんだけど」
「一つくらい。廊下にはみ出しておいたら気づくんじゃないか。これでこいつらも。永い眠りに。つけるぞ」
「表現がなんか絶妙に物騒なんだよなあ」
なにはともあれ、ミッション1はクリア。
次はミッション2、である。
「桃子。ミッション2は。何をするんだ」
「んー、どうしようか。やっぱり重要なのは食べ物だと思うけど……あっそうだ!」
少し離れた土間の上り口に腰かけて、炊事場で米を炊く探索者たちを眺めながら、桃子は思い出した。
昨日はおにぎりを作ったので使用しなかったじゃがいもと玉ねぎがリュックに入ったままである。
桃子はリュックをあけて、じゃがいもと玉ねぎを炊事場の上り口に、綺麗な円形に並べ始めた。
「じゃがいもと。玉ねぎだな。並べてどうするんだ。何かの。儀式みたいだぞ」
「えへへ、なんか楽しくなっちゃって」
さすがに【隠遁】で認識阻害がかかっているとはいえ、横で料理なんかを始めればいくらなんでも気づかれてしまうだろう。
なのでとりあえず今は素材だけ提供して、料理そのものは彼らに丸投げすることにした。
そもそも、腕の立つ探索者というものは大抵、野外での料理の一つや二つは作れるものだ。下手すれば桃子よりも的確に材料を活用するに違いない。
「じゃあこれではい、ミッション2はクリアで!」
「なんだか雑になってきたな」
「じゃあ次はミッション3なんだけど……どうしようかねえ。ヘノちゃん、何かある?」
布団を提供して、手持ちの食材を提供した。
他になにか出来ることがあるかというと、たいして何も思いつかない。
「そういえば桃子。井戸があるのを知っているか。水が汲めるやつだぞ」
「水? 水ならここの外でも汲めるとは思うけど、井戸なんかもあるの?」
「昨日は色々あって忘れてたが。ヘノが見つけた。面白い場所の1つだ。近くにあるぞ」
水に困っているわけではないかもしれないが、井戸というからには湧水よりは利便性は高いのかもしれない。
何はともあれ見てみないことには判断もつかないので、桃子はひょいっと腰をあげ、ヘノの案内に従うことにした。
ミステリーサークルこと、じゃがいもと玉ねぎはそのまま置いておけばよいだろう。
探索者が見つけるまで、ミステリーサークルのままで放置されるのだった。
そして炊事場から歩くこと数分ほど。廊下を歩き、今度は庭園とは逆のほうの部屋を抜ける。
すると、今度は本当に面積の小さい、一般的な家庭で言うサイズの中庭が現れた。
「な、なんか……雰囲気あるね」
周囲を高い壁に囲まれているため、全体的に影となり薄暗い中庭に佇む井戸。空気も心なしか、じっとりとしている。
屋根も蓋もない、ただ岩を並べてつくっただけのそのぽっかりと空いた井戸は、まるでそう、ホラー映画で見かけるような佇まいだ。
「な、なんかすごい雰囲気だけど、こんな井戸でも水って汲めるのかな……?」
おそるおそる井戸に近づいて中を覗こうとする桃子に、ヘノが後ろから声をかける。
「桃子。その中に。面白い魔物がいるんだ。人間の女みたいな形で。髪の毛がものすごく伸びてるんだぞ」
「は? ヘノちゃ――」
ヘノの言葉に足をとめて、ヘノを振り返る。と同時に、井戸の中から湿った水音と、何かが井戸の内壁に手をあてるような、ベチョッ、という音。
そして、ガリ……ガリ……と井戸をひっかくような音が、下からだんだんと、近づいてくる。
井戸に潜むなにか。世の中には、井戸には水神が住んでいるという話もあるが、恐らくこれはそれとは違う、もっと禍々しいなにかだ。
井戸の中の、髪の長い女性。それは、妖怪というよりは幽霊のほうが有名である。
皿を割ったことで斬り殺された侍女にまつわる怪談話か。もしくは、呪いの映像を見せることで人々を恐怖に陥れるという、有名な怨念。
「いや、そんなの……どれも遠野関係ないじゃん……」
背後の井戸から、音が近づいてくる。
ガリ、ガリ、ベチョ、ベチョ……音がだんだん近づいてきて。
「桃子。その変なやつ。肉体がおぼろげで。ほとんど瘴気で出来てる魔物だから。多分。【隠遁】も効かないぞ」
「うぇっ……!」
慌ててハンマーを持って振り返ると、井戸から顔を半分出す女の怨霊――とはいえあくまでダンジョンのモンスターだが――と、目が合った。
大きく見開き、血走った瞳と、目が合ってしまった。
「ぴゃああぁぁぁっ!! いやあぁあ!!!」
桃子は恐怖のあまり目を強く瞑り、無我夢中でハンマーを振り下ろした。何度も。何度も。
そして、怨霊がどうなったかは分からないが、井戸を形どる石が崩れて原型を留めなくなったころ。
「桃子。さすがにやりすぎだぞ。魔物どころか。井戸が。壊れちゃったぞ」
「うぅう……ヘノちゃん、こういうのはダメっ、無理……ッ!」
ふわふわ浮いていたヘノを手で鷲掴みにして胸に抱きしめる。そして井戸の残骸を確認することもなく、一目散に小さい井戸庭を飛び出した。
名も知らぬ探索者たちがじゃがいもと玉ねぎを手にして騒いでいる炊事場まで来て、ようやく桃子は落ち着いた。
自分が認識されていないとはいえ、そばに誰かが居てくれているというのは、とても心強かった。
だが同時に、人が居る場所だからこそ、困ったことというのはあって。
「……どうしよう、ヘノちゃん」
「まずは桃子。苦しいぞ。そろそろ離してくれ。どうしたんだ」
ヘノが四苦八苦して桃子の腕から抜け出すと、桃子はしきりに周囲をきょろきょろし、脚をもぞもぞさせている。
「あの、そのぉ……パンツ、替えなきゃ」
「なんだ。もしかして。お漏ら……むぐ」
真っ赤になった桃子につかまって、胸元に放り込まれる。
「ヘノちゃん、隣の部屋いくから、人がこないように見守っててね! でも離れちゃいやだよ!」
「わざわざ行かなくても。ここで脱いでも。桃子の姿は。認識されてないと思うぞ」
「そういう問題じゃないのっ! 絶対離れないでね!」
怒りながらもヘノを放さず縋り付く桃子に、人間はよくわからないな、と改めて思うヘノだった。
【とある若手探索者の手記より抜粋】
○月◇日
なんてこった
仲間と遠野ダンジョンの奥まで来ていたら、なんかとんでもないバケモノが出てきて、仲間とはぐれてしまった
すごい怪我をしてる人がいたから、その場にいた人たちみんなで薬草を出し合って、どうにか流血がとまった
でも僕たちはバケモノがいてマヨイガから出れないって
端末も通じなくて連絡もできない
○月×日
疲れた
帰りたい
○月◎日
あれから歩き回って、水が流れてる場所を見つけた
室内なんだけど、でっかい森がある奇妙な場所だった
森には湧水があるけれど、烏天狗がずっと見張っていて、僕たちを見つけると急降下して襲ってきた
順番で囮役になって、その間に水を汲んで逃げるのを繰り返してどうにか水を確保したけど、もうみんな体力の限界だと思う
そんな中で休んでいたら部屋におにぎりがあった
座敷童子が置いていったらしい 僕は見張りに立っていたのに何も気づかなかった
カレーみたいな味って思ったけど、ベテランの人が言うには、山椒や薬草を混ぜ込んだ味噌のおにぎりなんだって やっぱベテランは物知りだ
食べたら不思議と、みんなの体力が回復した
○月◆日
座敷童子に従って歩いたら、あの厄介な烏天狗がいなくなっていて、本当に炊事場があった
お米と大根と、あと戸棚にいくつかの調味料があったので、湧水を使っておかゆをつくってみんなで食べた
こんなに美味しい食事は初めてだと思った
萌々子ちゃんのことはネットで知っていたけど、その子のお墓があった
もしかしたら別な誰かのお墓かもしれないけど、でも、多分あれは萌々子ちゃんのお墓なんだと思う
不思議とその場所には、あのおにぎりと同じ香りが漂っていたから
こんなダンジョンの奥深くで、人なんて誰も来ない場所で、墓石は苔だらけで
そんな場所にずっと独りぼっちで、それでも僕たちみたいな迷い込んだ人たちを助けてくれているんだと思うと、とてもつらい気持ちになった
この気持ちを、なんて書けばいいのか本当に説明できない
ただただ 感謝しかない ありがとう ありがとう