ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「次の島が。近づいてきたぞ。そろそろ準備するか」
「うわあ、なんだか巨大な空飛ぶ岩山って感じの島だね」
風吹く大空の前に立ち、桃子は次なる浮き島を眼前に迎えていた。
一つ目の島である小山と森の浮き島で過ごすこと数時間、ヘノの言う通り、次の島との距離がかなり近づいて来ていた。
この階層の巨大な浮き島たちは常に動いており、およそ一日に一度、それぞれの距離が一番近くなるタイミングがあるのだという。
そして今、その島同士の近づくタイミングが訪れようとしていた。
小山の島の端は大きな崖のようになっているのだが、その崖から見上げると、巨大な岩山のような浮き島が近づいて来ている。
ここから見る限りではその浮き島には森も何もなく、岩だけで構成されているのが見て取れた。
見上げた位置にあるその浮き島が、少しずつ高度を下げていく。
岩山の島が、今いる崖に一番近づいたとき。島同士がすれ違う短い時間が、乗り移るタイミングだ。
だが、島同士の距離が近くなると言っても、親切に接岸してくれるわけではない。
すれ違いの際の島同士の距離、およそ10メートルほど。それを桃子が、自分の足で飛び越える必要がある。
「も、桃子さんが……うまく乗り移れなかったら……き、きっとどこかの島に落ちて、ペチャンコに……めそめそ」
「泣くなニム。桃子がペチャンコになったときは。みんなで膨らませるぞ」
「カートゥーンアニメじゃん……」
残念ながら桃子はカートゥーンのキャラクターではないので、高所から落ちたらペチャンコでは済まないし、空気をいれても膨らまない。
もちろん、失敗したときのために特製のパラシュートを背負っているし、りりたんも助けてくれるとは言っているのだが、しかしそもそも落ちたくはない。
なので、桃子は精神を集中する。
ヘノのつむじ風の魔法で、すでに桃子の両脚は風を纏っている。
今までもこの魔法で、それこそ10メートル以上の距離を翔んだことも何度もあるし、魔物と戦うわけでもなく、ただ移動するだけなら失敗する要素がない。
とは、頭で理解はしているのだが――。
「ひええ、これをジャンプして渡らなきゃならないのかあ……」
さすがに怖い。崖の下は、どこまでも続く空だ。
こういう場合、地面が見えるほうが怖いのか、底のない空のほうが怖いのか、有識者の意見を聞いてみたいなと桃子は思うのだが、恐らく底のない空に落ちたことがある人など世の中でも数える程しかいないだろう。桃子が知る限りでは、そんな所に落ちたのはカリンだけである。
桃子は、緊張に負けないよう、息を整える。
ここで緊張していつものジャンプが出来なくなってしまったら、全てが台無しだ。
「よし。桃子。助走つけて。ジャンプだ」
「ま、まって! 待って! 覚悟決めるから!」
岩山の島が、目の前に来た。島と島が接近し、たった今、すれ違っている。
その途端にヘノがいきなり急かすものだから、桃子は逆にリズムが狂ってしまう。
慌ててヘノに待ってもらい、改めて深呼吸して、己のリズムを作っていく。今の桃子ならば、オリンピックのアスリートの気持ちが少しは理解できるかもしれない。
「よし、大丈夫、大丈夫! 行ける、行ける……!」
「ほら。ほら。今だぞ。行けるぞ。全力だぞ。ジャンプだぞ」
「うわああああぁぁぁん!」
リズムを作った途端、やはり耳元でヘノがひたすら急かすものだから、もうリズムも何もなくなってしまった。
しかし、流石にこれ以上悠長にしていられない。桃子はとにかく、叫んだ。リズムとかそういうことを考えるのをやめて、叫んで、走って、とにかく全力で地面を踏み抜いた。
「す、すごい……も、桃子さんが、大空を飛んでますねぇ」
青い空の中を、桃子が大きな弧を描いて飛ぶ。
それを横から眺めていたニムは、その珍しい景色に感動してしまうのだった。
桃子が、大空を飛んでいた。
「はあ、はあ、し、死ぬかと思った……!」
「やったな。桃子。なかなかの。ジャンプだったぞ」
結論から言えば、桃子はどうやら10メートルどころか20メートルくらいは跳んだようだ。
今回は魔物と適切な距離を保って戦うわけでも、障害物に気を付けながら走るわけでもない。とにかく、大きくジャンプするのが目的だった。なので、ヘノのつむじ風の魔法も細かい調整は省いて全力全開の状態だった。
そして更なるサポートとして、空中ではヘノが桃子を持ち上げるように背後からの強風を吹かせていたため、文字通り、桃子は物凄く風にのって飛んだ。
地面のない空中で、己の想像以上に高く舞い上がってしまった桃子の心臓が縮み上がるくらいに、それはもう、高く、凄い勢いで吹き飛んだ。
最終的には、無事に着地出来たものの、桃子は生きた心地がしなかった。
今までの人生では、バジリスクの目前に一人立ち向かったときが一番心臓に負担をかけた瞬間だと思っていたが、たった一か月でその記録を上書きしてしまったかもしれない。
そんな理由で、岩場にへばりついて放心状態の桃子だったが、しかしそこでかけられた声によって、ようやく魂が戻ってくる。
「おや。桃子くんは既に、疲労困憊なのでは、ないかな?」
「桃子さん、物凄く高く飛んでたねぇ」
「リドルちゃんにノンちゃん?!」
桃子の知る限り、言葉の最後を「ないかな?」で締める少女など一人だけだ。
同じ口癖のおじさんも一名ほど知っているが、流石にこの場にはいない。
魂が戻ってきた身体で声の主を探すと、黄色い光を纏う二人組、鍵の妖精リドルと大地の妖精ノンが、桃子の頭上にふよふよと浮いていた。
「リドルたち。先にこっちの島に。来てたのか」
「桃子くんがここに来たときに、何か問題でもあったら困る、からね」
「リドルと見て回ったけど、岩ばっかりだよぉ。私たちは居心地よいけど、桃子さんには居心地が悪いかもしれないねぇ」
大地の妖精ノンはもとより、砂と石ばかりだった砂丘ダンジョン出身のリドルにとっても、居心地が良いらしい。
もしかしたら、桃子には見えないけれど、この島には大地の属性の魔力が多量に漂っているのかもしれない。
しかし、ノンの言う通り、岩しかない空間というのは桃子にとっては居心地が良いとは言い難い。
「岩しかないのか。じゃあ。この島では。何もやること。なさそうだな」
「桃子さんが休めるくらいの洞穴は作っておいたからねぇ。案内するよぉ」
「わ、ありがとうノンちゃん! 助かるよー」
ノンは、昨日はカリンのために洞穴を作ってくれたはずだ。
そして今日は桃子の為に洞穴を作ってくれたという。
連日の大仕事を進んでこなしてくれる上に、妖精たちの中では一番常識的と言っても過言ではないその人格。その上で、行動の読めないリドルの手綱も握ってくれている。ノンという妖精は、実に有能な妖精である。
「じゃ、じゃあ……適当な岩場に、桃子さんの飲み水を、た、溜めておきますねぇ……」
「あとで。フラムを呼んで。桃子のための。焚き火を作って貰わないとな」
「桃子くんの夕食は、ルイとクルラが、そろそろ何か持ってきてくれるはずでは、ないかな?」
ノンに続いて、他の妖精たちもあれやこれやと話し合い、桃子の身の回りを世話してくれている。
空と岩しかないこの未知の土地で。桃子一人だったら何も出来ないこの場所で。妖精たちは皆で桃子をサポートしてくれている。
彼女たちの優しさが、ひときわ桃子の心を暖めてくれるのだった。
桃子は、ちょっと嬉しくて、涙ぐんだ。
「ククク……滋養強壮に効く、薬草カレーさぁ。本当は……毒を入れたかったけれどねぇ」
「お酒がないのが残念だわ♪ 桃子が大人になったら、一緒にお酒を飲みましょうね♪」
「桃子が大人になるまで! あと十年は! 必要だろ!」
「実はねぇ、桃子さんは、本当はもう大人なんだよぉ?」
「桃子くんは、まさに『謎』そのものでは、ないかな?」
その後、桃子が使う小さな鍋と、カレールーと、冷凍うどん。それにいくつかの薬草を持ってルイとクルラがやって来た。
ニムはフラムと交代するようにカリンの元へと行ってしまったが、ノンの作った窪みにニムの水が大量に入っているので、カレーを作る材料としては問題なし。
いつものように、【カレー製作】で手早くカレーを作り、ポンコのうどんで煮込みカレーうどんを製作。これが本日の夕食である。
今回のように、お米を炊く余裕がないときには、ポンコが氷部屋に置いていく冷凍うどんが実に役に立っている。
ポンコは練習で余ったうどんを無駄にせずに済むし、桃子たちはカレーうどんを食べる。どちらもお得な関係だ。
最近はなんだかカレーライスよりもカレーうどんが増えてきてしまっており、ジワジワと食生活がうどんの民に侵食されつつある危機感を覚えなくもないが、だがしかし、それで助かっているのは事実だ。
帰ったら、化け狸たちには改めてお礼を伝えないといけないなと、薬草カレーうどんで体力を充実させながら、桃子は考えるのだった。
焚火のあかりに照らされて、妖精たちは桃子の年齢についてああだこうだと話し合っている。当の本人である桃子は複雑な気分でそれを眺めているのだが、正解は「成人だけどお酒はまだ飲めない年齢」だ。そしてあと8か月もすれば、堂々とお酒を飲めるようになる。
とはいえ、そもそも前に不可抗力でお酒を飲んだときに桃子はすぐに真っ赤になって倒れてしまったので、体質的にお酒には弱い可能性が高い。
そんな桃子がクルラと一緒にお酒を飲める日が来るのかどうかは、桃子本人にもちょっと、分からない。
「ねえヘノちゃん」
「なんだ桃子。カレーうどんだけじゃ。足りなかったか? さっきの島から。木の実とか。持ってこようか?」
「ううん、そうじゃなくて。ええとさ、ここが、ヘノちゃんの生まれた場所なんだねえ」
焚き火を囲んで盛り上がる妖精たちをよそに、桃子はヘノの横に座り直して、静かな空を見上げる。
カレーうどんを食べ終えた頃にはすでに日も沈み、この階層も夜の景色となっている。360度、上から下まで全周囲が星空だ。まるで宇宙に浮いている気分になる。
ここはとても、不思議な空間だ。そして、ここが己の相棒である、ヘノが誕生した場所だ。
「そうだな。ヘノは。気づいたら。この空を飛んでたんだぞ」
「綺麗な場所だね」
「そうか? 気にしたことなかったけど。桃子がそう言うなら。そうなのかもな。どうだ。すごいだろ」
ヘノにとっては生まれたときからこの景色だったので、ここが特別美しい場所だという認識はない。
どちらかと言うと、大地が広がっており、そこに様々な探索者たちが訪れる他のダンジョンのほうがヘノとしては面白いのだが、しかし生まれた場所が綺麗と言われるのは悪い気もしない。
「えへへ、来られて良かった。ヘノちゃんのこと、更に知れちゃった」
「明日は。次の島だ。この階層のこと。もっとたくさん。知れるぞ」
「うん。カリンちゃんのところまで、あと島が3つか。沢山知れちゃうね」
ヘノの生まれた故郷を、旅する。
桃子のやりたかったことが、カリンの救助という目的ではあるものの、達成できてしまった。
カリンには申し訳なく思いつつ、桃子はカリンに少しだけ、感謝しているのだった。
そして、そんな桃子とヘノのいちゃいちゃした空気など知ったことかと、大声で割り込んでくる妖精がひとり。
「おいヘノ! 桃子! 次の島と言えばな! なんか変な生き物がいたから! 気を付けたほうがいいぞ!」
先ほどまで一番高所の島、カリンの元にいたフラムだ。
どうやら彼女は上から降りてくる際に、次の島も軽く偵察してきてくれたようであるが、その次の島についてなかなか不穏な情報が飛び出てきた。
この階層の魔物たちは、主に空を飛ぶ者たちであり、島の陸地ありきの魔物は恐らくは存在しない。そういう話ではあったが、しかしそれは絶対というわけではない。
ヘノも知らない魔物かもしれない。或いは島に住む原生生物だったとしても、その生態次第では桃子にとっては脅威になり得る。
「変な生き物って。なんだ?」
「なんか! 毛むくじゃらで! 二本足で歩いてたぞ!」
「毛むくじゃらで、二本足……っていうと、ビッグフットとか、獣人とか、かな」
「ヘノが居たときは。そんなの。いなかったと思うけどな」
毛むくじゃらで二本足。
最近よく聞くチュパカブラは朝が四本足で昼と夜が三本足という話だから、恐らく違うだろう。違っていてほしい。
ならば、思いつくものとしてはビッグフット、イエティ、獣人、あるいはドワーフなどの亜人の可能性もある。或いは、猿やゴリラのような動物か。
しかし、色々考えたところで、情報が少なすぎて推理しようがない。
桃子とヘノは、頭にハテナを浮かべながらも、顔を見合わせるのだった。
【上高地ダンジョン専用 雑談スレ】
:本当によかった、女の子が無事で。
:上高地ダンジョンに妖精が住んでるとは思いもしなかったわ
:なんかすごく嬉しい
:今まで、たった一層しかない、一部の鉱石掘りばかりが集まるマイナーダンジョンだったしな。これからは探索者増えるんじゃないか?
:そういうハッピー気分になるのはカリンちゃんがちゃんと救出されてからにしような
:昨日の夜はどん底のお通夜状態だったんだ 無事が確認されて浮かれるのは許してやってくれい
:そうだぞ。俺も今日は第二層の入り口を探すチームに参加して調べまくったが、さっぱり音沙汰なし。カリンちゃんの仲間の子たちが憔悴しきってて、見てられなかった。
:そうなんだよな あの配信映像で、具体的な場所まで絞れたのにわからない
:でも第二層、空の上だったな
:3年前にさ、行方不明になった探索者いたじゃん? それもやっぱり、空に落ちたんだろうか
:ソロの探索者だったからカリンちゃんほど話題にならなかったけど、第二層に行っちゃったのかね。
:その人はどうなったんだろうな。妖精たちが助けてくれたりしなかったのか。
:3年はなあ・・・。
:お前ら、お通夜状態になるのやめろよ! 女の子の無事が確認されたんだから、今はハッピーになろうぜ!
:お通夜とハッピーが交互に入り混じるカオス
:ギルドから情報リーク 明日、第二層への入り口探すための技術をもつ探索者たちが、何人か上高地に到着するってさ
:さすがにギルドも今回は行動が速いな