ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
『乙女が成長し、太陽を得たそのとき、空の妖精が降臨す』
『それは白き羽衣を纏いし、乙女を救う、大いなる母』
『案ずることは、なにもない』
石壁で囲まれた部屋に響き渡ったそれは、新たなる【天啓】だ。
カリンが消えた部屋に柚花とオウカが到着したその後。
その場にいた探索者を取りまとめていた上高地ギルド職員や、カリンの仲間であるリンゴとクルミ。そして、別なダンジョンからやって来たという遺跡調査専門の探索者たち。
それぞれが互いの自己紹介を終えた後しばらくしてから、オウカのスキルが発動した。彼女の【天啓】は、その室内に響き渡り、そこにいたすべての探索者たちの耳に届く。
「え……オウカさん、今のって……」
柚花は、事前の話と違うその【天啓】の中身に、困惑する。
もともとは、オウカと柚花の間で話し合って、時間が全てを解決する、という体の嘘の【天啓】を読み上げようという話だった筈だ。
だがしかし、今のは空の妖精とか、白き羽衣とか、妙に具体的すぎやしないか。
しかし、驚いている柚花の視線にオウカは意味深な微笑みを返すだけであった。
「カリンさん、助かるんですか……?」
「救いの母……本当に……」
「わたくしの【天啓】は、回りくどい表現こそしますが、そこに語られた運命は絶対。案ずることは、なにもありませんわ」
しかし、柚花がここで驚いていても仕方がない。
当初の目的通り、今はこのカリンの仲間である少女たち、クルミとリンゴを。そして恐らくこの上高地に訪れているであろう、カリンの家族を安心させるのが何よりも先決だ。
そのために柚花は、名指しでオウカを呼び出して貰ったのだ。
柚花もオウカの横に立ち、クルミとリンゴに出来るだけ優しい声色で声をかける。イメージは、どんな時でも優しい、あの先輩だ。
「そうですよ。だから、お二人は安心していいんですよ。カリンよりもお二人のほうが憔悴して弱っちゃってどうするんですか。ね?」
「タチバナさん……」
柚花のそのオッドアイには、不安と焦りでいっぱいだった彼女らの感情に、安堵の感情が芽生えていくのが視える。
やはり、理屈や根拠というものを無視して言葉を紡げる、オウカという存在を連れてきたのは正解だった。
「それに、第二層の扉だってすぐに開きますよ。ね、インディさんにジョーンズさん、解析終わりました?」
そして柚花は、他より1メートルほど高くなっている謎の台座の上にいる二人の探索者へと視線を向ける。
彼らは、鳥取の砂丘ダンジョンからやって来た二人の探索者だ。カリンともそれなりに縁があったらしく、カリンのニュースを知り遠くから緊急でここまでやってきてくれたらしい。
柚花はこの二人のことは、話に聞いて知っている。
インディとジョーンズは砂漠で死にかけたところを桃子に救われた経歴をもつ二人組だが、あとから聞いた話によれば、彼らは砂園教授の志を受け継いだ弟子たちだ。
そして彼らは、自力でスフィンクスの鍵を探し出した、真の叡智と勇気を持つ者たちだ。
スフィンクスの出す試練こそ突破できなかったものの、少なくとも彼らならば、これくらいの『謎』を解き明かすくらいは容易いはずなのだ。
そして、やはりその分析は正しかった。
「ああ、オッドアイのお嬢ちゃん。あとはその眼で魔力の鍵穴の場所を探ってくれりゃすぐだ」
「この壁画は扉なんだ。必要なのは、鍵穴に魔力を注ぎ込むこと。『ピラミッド』にあるのと同じだ。正しい鍵穴に、的確に魔力を注ぎ込めば解錠される」
「ではタチバナさん、お願いいたしますわ」
この壁画こそが、第二層へと続く扉だった。後は、柚花が【看破】にて。魔力を注ぎ込むべき鍵穴を探し出せばいい。
インディとジョーンズ、オウカは役目を果たした。次は自分が役目を果たすだけだ。
柚花のオッドアイが不思議な光を放ち、その台座に隣接した巨大な壁画を睨みつけた。
「あなた方、いいですわね? 絶対に、崩れるんじゃありませんわよ?」
「まさか、『ピラミッド』を探索している俺たちが人間ピラミッドになるとはねえ……」
「ジョーンズ、面白いこと言ってないでもっと踏ん張れ!」
「あ、オウカさん! そこ踏まないで! あーっ!!」
そして今、柚花の視線の先では実にシュールな光景が繰り広げられていた。
その場にいた男性探索者たちが複数人集まり、台座の上でスクラムを組んでいる。それはまさに、男子学生たちによる組体操を彷彿とさせる。
そして、その上に靴を履いたままよじ登るのは、探索者パーティ深援隊の誇る治癒のエキスパート、オウカである。
なぜこんなことになったのか。
それはひとえに、魔力の鍵穴が想像以上に高い場所にあったから、である。
その壁の彫刻は、高さはゆうに6メートルほどまである、巨大な壁画だった。
描かれているのは、空の絵だ。
全面に広がる沢山の雲と、その合間にはいくつかのひし形のものが描かれていた。今なら分かるが、これは第二層そのものだ。果てしなく広がる空と、そこに浮かぶいくつもの浮き島だ。
そして、最上段に描かれた浮き島の少し上に、言われてようやく気付く程度の小さなひし形が雲の隙間に隠れていた。
それが、第二層の入り口である小さな浮き島そのものであり、魔力を込めるべき鍵穴であった。
こんなもの、いくら【看破】と言えど、言われなければ気づくわけもない。事前に砂丘ダンジョンの探索者たちがギミックを解析してくれたのは僥倖だ。
その問題の鍵穴だが、その位置は絵の最上段。5メートルは超えた場所である。
どうやらカリンの【身体強化】は、本人の自己申告よりも遥かに高い位置まで跳び上がることができたようだ。
あの事件のとき。カリンは、その身に魔法を纏った状態で、思いきり跳んだ。そして、運動診断テストのごとく、手の届くギリギリの壁をタッチした。そこがまさに、このダンジョンに隠された魔力の鍵穴だとも気付かずに。
そんな馬鹿な話があるか、と柚花は思わずにいられない。
とんだ偶然だ。とんだ奇跡的な確率だ。だがしかし、それを引き当ててしまったのがカリンという配信者なのだった。
そして今は、カリンのように魔法を纏って5メートルの高さまでジャンプできる人員などいないために、人海戦術で男性陣がオウカのための足場となっているのだった。
魔法を流し込むだけならば柚花でも良かったのだが、さすがにちょっと、男性の山に登るのは抵抗があった。なので、同じく魔法使いであるオウカに代わって貰ったのだ。
さすがのオウカも複雑そうな表情を見せたが、しかし男性陣を端から順に踏みつけていくオウカの姿は、気のせいかとても様になっていた。
「では、魔力を流し込みますわよ? いきなり崩れ落ちることの無いよう、お願いしますわね」
オウカがその小さな浮き島の絵に手をあて、魔力を流し込む。
すると、音もなく、最新の自動ドアのように。劇的なギミックを想像していた探索者一同にしてみれば、拍子抜けするくらいに、あっさりと。
「ひ、開いた……」
全員が息を飲むなか、誰かが、小さく呟いた。
自動ドアのようにその巨大な壁画が中央で割れ、そこに新たな階段が姿を現わした。
階段から吹き込む風が、その場にいた探索者たちの髪を揺らす。
長らく第一層しかないと思われていた『上高地ダンジョン』の。
謎とされていた第二層への階段が、確認された瞬間だった。
「お、降りてみよう!」
その場にいた探索者の誰かが叫ぶ。
長らく探しても見つからなかった第二層が、見つかったのだ。探索者ならば、その先に降りようと考えるのは当然だ。
だがしかし、すぐにそれを制する声が上がる。それは上高地ダンジョンの探索者ではなく、砂丘ダンジョンという過酷なダンジョンからやって来た探索者、インディの声だ。彼の声が、石壁に反響し、皆の耳に届く。
「待て! 慌てるのは危険だ! この先は皆も知っての通り、空に落ちる可能性がある場所だ! 何があるか分からない以上、降りる人間は絞った方が良い。未知の階層の恐ろしさは、俺はよく知っている」
第二層という浅い階層だとしても、未知の階層であることは間違いない。
そして、インディの言葉を聞いた探索者たちは、彼のホームダンジョンである砂丘ダンジョンでの、石化された探索者たちが救助された事件を思い出す。
未知の階層は、何があるか分からない。少なくとも、冷静さを失った状態で我先にと降りるような場所ではない。
砂丘ダンジョンの事件は、探索者たちにその意識を植え付けるには十分な出来事だったのだ。
「……とりあえず、私は行きますよ。何があるか分からない場所ならば【看破】は必要なスキルだと自負しています。クルミさんとリンゴさんは当然降りる権利があるでしょうが、絶対に私より後ろに居てくださいね」
「わたくしも、同行いたしますわ」
柚花が、そしてオウカが名乗りを上げる。彼女らのスキルは、未知と戦う上で確かに有用だ。それはこの場の全員が納得する所であろう。
そして当然のように、カリンのパーティメンバーの二人が降りることにも、誰も異議を唱えるものはいない。
「なら、上高地ダンジョンの代表の方と、罠に詳しい俺もついていく。残りの皆さんは申しわけないが、ここで待機していてくれ」
そしてインディが、その場で取りまとめ役を担っていた上高地ダンジョンのギルド職員を一人呼び寄せる。
あとのメンバーは留守番だ。ジョーンズは残念そうにしていたが、ひらひらとインディに向かって手を振り、さっさと行け、とジェスチャーを送る。
残された者たちは、先陣を切る6名の背中を、固唾を飲みながらも見送るのだった。
「島……ですね。凄く狭いですけど」
階段は、さほど長いものではなく。少し降りていけば、すぐにその先に明るい空間が顔を見せる。
そこは、空に浮かぶ小さな島だ。グラウンド一つ分どころか、ひと部屋ぶんの広さがあるかないか、といった程度の島。
カリンのように階段を転げ落ちたならば、慣性のままに島から放りだされ、果てのない空へと落ちていくことは必至であろう。
「カリンさん! カリンさん!」
「お待ちなさい。貴方がたまで落ちたら笑い話にもなりませんわよ。タチバナさん、あなたの【看破】で、何か視えまして?」
島の端から空へと呼びかけようとするクルミをオウカが制し、落ち着かせる。ここでクルミまでが落ちてしまっては、二次被害もいいところだ。
クルミとリンゴが無謀な行動に出ないよう、インディとギルド職員の二人が彼女らの両脇に出て、壁になる。
そしてオウカと柚花はここで視線を合わせて、頷きあう。
ここまで、台本通り。
実は、オウカと柚花だけは知っている。もう一人の協力者が既にここには、待機しているはずなのだ。柚花の気配を感じとり、事前にここに来てくれているはずなのだ。
柚花は大きく息を吸い、用意していた台詞を言い放つ。
「空に、妖精さんが飛んでいるのが視えます。妖精さん! 妖精さん! すみませんがお話を伺っても宜しいでしょうか?」
「うぅ……あ、あの、ええと……わ、私が妖精さんですよぉ……? あ、あなたたちは、ど、どなたですかぁ……?」
そして、柚花の声が響くと同時に、ふわりと島の影から舞い上がってきたのは、一人の小さな妖精だった。
蒼い光を身に纏う、小さな小さな少女。
妖精の姿を初めてみるメンバーは、その姿に小さく息を飲む。妖精の、妙に棒読みな口調を気にするものなど、いない。
「妖精さん、私たち、上層からやってまいりました探索者ですわ。お話を少し、伺っても宜しいでしょうか?」
「わ、私で良ければ……そ、そのぉ……あれぇ……ええと、なんでしたっけ……?」
ずいと、他のものが口を挟む前に、オウカも一歩前に乗り出して妖精へと語り掛ける。これで、柚花とオウカの二人が、妖精との交渉役としての立場を得た。
さすがにここで更に横から口を出すメンバーはいない。
明らかに台詞を忘れてしまい、柚花に視線で助けを求める妖精に違和感を持つメンバーもいない。
「あの、私たちのお話を聞いてくれませんか?」
「そ、そうでした、そうでした……はい、お話を聞きます、よぉ……?」
少々顔が引きつる柚花だが、とりあえずはなんとか台本通りだ。
ここで、カリンの無事を妖精の口から伝えてもらう。そして今後のカリンの安全を、妖精の言葉で保証してもらう。
クルミとリンゴが見ているこの状況で、そのやりとりを完遂することこそが、今回の柚花のミッションであった。いまの所は順調だ。
しいて言えば。
この配役は、対人が苦手なニムではなく、ノンあたりに頼むべきだったかなと。少しばかり己の相棒の大根役者ぶりに冷や汗をかく柚花であった。