ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「カ、カリンさんはちゃんと、私たちが、ま、守ってあげますから、安心して下さいねぇ? で、ではぁ……」
「あ、あの! 少しだけ待って貰えませんか! 妖精さん! 一つお願いがありますっ!」
「ク、クルミ?!」
「カリンさんに、届けてほしいものがあるんです!」
「うぅ……聞いてませんけどぉ……こ、怖い……」
「いっち、に、いっち、に」
上高地ダンジョン、第二層。果てしなく広い空と、そこに浮かぶ幾つかの浮き島で構成されたダンジョンだ。
その第二層に浮かぶ浮き島の一つ、無骨な岩肌だけがひたすら広がっている島の上で、非常に童顔で小柄な三つ編み少女が延々と身体を動かしていた。
その傍らには、緑色の光を放つ妖精が浮かんでいる。
「桃子は。その体操。好きなんだな」
「これね、ストレッチって言うんだよ。筋肉とかスジとかを伸ばして、固くなった身体をほぐしてるの」
実は前日、この岩肌の島の一か所に大地の妖精ノンが、桃子が横になるための洞穴を作ってくれていた。
桃子はそこでリュックを枕にし、妖精が運んできてくれた砂漠ポンチョをシーツ代わりにして眠ったのだが、いくら安全が保たれるとはいえやはり岩肌をくりぬいた洞穴だ。
ルイが、しっかり眠れる薬草を煎じてくれていたため、眠りにつくことは出来た……が。
起きたらもう、体中が痛いのだ。
桃子はなんだかんだでお嬢様育ちである。ダンジョンでも基本的には日帰りか、あるいは妖精の国の人間を駄目にするベッドを利用しているので、実は硬い地面で眠るということは今まで経験したことが無かったのだ。
奇しくも三つ上に浮いている島で昨日から同じ状況になっているアイドル少女がいるのだが、とにかく体中がギシギシ痛む感覚があった。
なので、桃子はひたすら身体をほぐすため、ストレッチを繰り返しているわけだ。
「桃子。身体が固くなっちゃったのか? 石化の後遺症か?」
「あはは、大丈夫。ちょっと、固い場所で寝たから身体中が痛くて。ストレッチでリフレッシュしてるんだよ」
「痛いのか? 怪我とかしてたら。ニムかルイを連れてきて。治して貰うから。その時は。言うんだぞ」
「ん、ありがと」
ヘノが心配そうに桃子に近づいて、桃子の身体中を念入りに触ってチェックする。
怪我をしていたなら、治癒の力を持つ仲間を今すぐにでも呼び出さねばならない。だがしかし、ヘノが見る限りでは、少なくとも外傷や石化の兆候はなさそうだ。
夜の間は桃子を守るために仲間の妖精たちもこの島に集まっていたのだが、空が明るくなり、桃子が無事に夜を越せたのを確認したら、また夕方ごろまで解散となった。なので、今ここにいるのはヘノだけだ。
だから今は、ヘノが桃子を守らなければならないのだ。
そんなヘノの覚悟を知ってか知らずか、一旦姿勢を正した桃子が、軽い気持ちでヘノに声をかける。
「身体が痛かったのもあるけどね。今日ってほら、夕方までここで過ごさないといけないわけじゃない? それまでやることも無いから、たまにはこういう風に身体を動かしておこうかなって」
そう、桃子の言う通り、この島は見るものが無い。
つまり、次の島が近づいてくる夕方までは、ただただ暇なのである。
この浮き島は、広さとしてはかなりの広さがあるのかもしれないが、しかしその全てが無骨な岩場だ。流石に桃子も、そこをわざわざ探索して回ろうとは思わない。
手ごろな岩場を探して鉱石掘りでもすれば、もしかしたら稀少なダンジョン鉱石が掘れるかもしれない。しかし残念ながら、今は岩盤を砕くハンマーが使用できないし、そもそも鉱石などというやたらに重い荷物を増やすわけにもいかない為、その選択肢は選べない。
ヘノと二人、端末でネットサーフィンをしていても良いのだが、桃子の端末とてバッテリーが無限にあるわけではない。魔力を補給することで多少はバッテリーが復活するとしても、わざわざ暇つぶしの為に消費するべきではないだろう。
なので。
とりあえず、桃子は手持無沙汰を解消するために、ひとりで黙々と運動していたのである。
「あっ、そうだ、ヘノちゃんもストレッチやってみない? たまには運動しない? 妖精の子達って、あんまり身体動かさないでしょ」
「構わないぞ。ヘノはどうすればいい? 桃子と同じ体操。すれば。いいのか」
「そうそう。例えば、前屈っていうの。こうやって脚をまっすぐ伸ばした状態で、その足に手をぐいーって」
比較的地面が平たくなっている岩盤に腰を下ろして、脚をまっすぐ伸ばす。そしてそのつま先に向けて、手をグイっと伸ばしていく。いわゆる前屈だ。
桃子は自慢ではないが、身体はかなり柔らかい方だと自負している。学生の頃はぺたりと身体が曲がって、本当に子供の身体みたいだとクラスメイトたちから驚かれたものだ。
しかし、どうやら妖精であるヘノはそんな桃子以上に柔軟なようで、ぺたりと上半身を自分の足にくっつける。
「わ、ヘノちゃん、ものすごく身体柔らかいじゃん、すごい! じゃあ、次のストレッチね。こうやって足を開脚して、同じように前に倒すのとかはどうかな」
「こうか」
「うわっ、やわらかっ」
次は開脚前屈。これまたヘノは、何の苦もなくぺたりと上半身を地面にくっつける。
桃子は驚きながらも他の姿勢をヘノにあれこれと伝えていくが。
「こうだな」
「凄い、よくくっつくね」
「どうだ」
「え?! まって、どうなってるの?!」
「こうだな」
「ヘノちゃんがぺちゃんこじゃん!!」
どうやら、風の妖精たるヘノは、桃子の想像よりも遥かに柔軟な身体の持ち主のようだった。
そもそも身体の構成素材からして違うのだから人間と比較しても仕方ないのだが、少なくともヘノに限っては肩コリなどに悩まされることはなさそうだ。
そんな驚きと共に、岩の島の昼間は過ぎていく。
「う、うぅ……カ、カリンさん、受け取ってくださいぃ……こ、このままだと、ス、スカイフィッシュに、食べられちゃいますよぉ」
「ええっ?! お水妖精さん、どうしたのそれ、何かの布袋?! わ、うわー!」
桃子たちがストレッチでペチャンコになっている頃。
そこから三つ上に浮かんだ島では、葉っぱ妖精さんことリフィとともに島を探索するカリンの元に、やけにボロボロになった布袋の塊がゆるりと飛んで来た。見上げれば、白い生き物――スカイフィッシュが、しきりに空飛ぶ布袋の塊をつついているのが見える。
否。
よくよく見てみればそれは布袋の塊が飛んでいる訳ではなく、布袋を掴みよろよろと飛んできているのは、お水妖精さん。つまり、水の妖精ニムだった。
スカイフィッシュの猛攻に晒されて今にも落ちそうなそれをカリンは慌てて受け止めると、それはただの布袋ではなく、どうやら人間用の寝袋のようだ。
スカイフィッシュに突進され、所々破けて、中の綿がはみ出ている箇所も数か所あるものの、寝具としてはそれでもまだ機能性を失ってはいないだろう。
カリンがそのボロ寝袋をよく見たら、マジックで『上高地ダンジョンギルド』と記名してあるので、これはどうやらギルドからの支給品か、或いはギルド職員が使用していたものなのかもしれない。
「これ、知ってるヨ。人間が夜にこの中に入って眠るやつだヨ」
「そ、そうなんですよぉ。さ、さっきですねぇ……上の浮き島に、探索者さんたちが、やってきたんですよぉ……」
「え!? みんな、みんなは大丈夫なの?! 無事なの?! 心配だったんだよ」
無惨に開けられた穴からはみ出た綿を押し込んでいたカリンだが、しかし浮き島に探索者たちがやって来たという話で、つい寝袋をその場に落としてしまう。
探索者たちがやって来たということは、あの台座の謎を解いて、第二層まで降りる手段を見つけたということだ。
カリンにしてみれば何をどうしたのかは理解出来なかったのだが、誰かが第二層への道が開く手順を調べあげ、自分を探しに来てくれたということだ。
「大丈夫じゃない状態なのも、皆から心配されてるのも、お前のほうだと思うヨ」
「カ、カリンさんの、朝の配信で……布団がほしいって、言ってたので……そ、その場にいた探索者さんの、ね、寝袋を……差し出してくれた、みたいですよぉ」
「みんな……カリンのこと、助けに来てくれてるんだ。よかったよぉ……」
朝のたった数分の配信でも、多くのコメントが書き込まれている。だから、自分の配信が多くの人たちに伝わっているということは、理屈では分かっていた。理解はしていた。
でも、たった数分ではそのメッセージを読んでいく余裕もなく。そもそも、画面越しの相手というのは、どうしても身近な人間とは、違うのだ。
第一層で離ればなれになってしまったクルミやリンゴが、自分が消えたことに本当に気づいてくれているのか。ギルドはもう第二層への救助を断念してしまっているのではないか。本当はこのまま救助なんて来ないのではないか。
そんな拭いきれなかった不安が、ようやく、ボロボロの寝袋とともに、拭われたのだった。
リフィは泣き崩れるカリンの代わりに、大きな葉っぱで寝袋の穴を塞いでいき。ニムはカリンに釣られてボロボロと泣き続けていた。
最上段の浮き島の昼は、こうして過ぎていった。
「そっかー、カリンちゃんは寝袋貰えたんだね、よかった」
無骨な岩肌の上で。カリンの様子を見に行っていた妖精の報告を聞いて、桃子は安堵する。
自分も堅い地面の上で眠った結果、体中が痛いのだ。何の準備もせずにこの空のダンジョンへと落ちて来たカリンも、同じように硬い地面で眠っていたのだろうと、桃子は少しばかり心配していたのだ。
だがしかし、それは既に杞憂である。地上の探索者たちからの贈り物として、カリンは布団をゲットした。
これで、あと数日。カリンのつらい夜が多少は楽になることだろうと思う。
「桃子も。寝袋あったら。嬉しいか? 誰かにとってきて貰うか?」
「んー、あったら助かるけど……でも、寝袋なんてそもそも妖精の国になくない?」
「そんなの。イビキ男たちに。用意させれば。すぐだろ」
妖精の国のベッドは、素材は何だか分からないが、マシュマロとお餅と綿菓子を足したような、人を駄目にするベッドだ。寝袋ではない。
そして、桃子も柚花もあくまで日帰り前提のソロ探索者だったので、やはり寝袋など持ち込んでいない。
つまり、妖精の国には寝袋などというものは無いのだ。むしろ、ヘノが寝袋というものの存在を認識しているだけでも意外なことだった。
そんな、妖精の国に存在しない寝袋をどこで用意するのかと尋ねれば、それは即答。イビキ男――サカモトに用意させる、という返答が帰ってきた。
サカモトもいきなり妖精が出てきて寝袋を要求されても困るだろうが、だがしかしなるほど、桃子は納得する。
桃の窪地にはサカモトに限らず、クヌギや風間といった妖精たちの事情を知る者たちが常駐している。そんな彼らに寝袋を借りるというのは、一番確実な方法と言えるだろう。
「まあ、あんまり迷惑かけない程度なら……甘えちゃおうかな」
「じゃあ。あとで。誰かに取りにいかせるぞ」
いつもの桃子ならば、人様に迷惑をかけたくないと、自分が我慢していたかもしれない。
だがしかし、今は桃子が無理をして体調を崩してしまえば、それはすなわちカリンの救出が遅れてしまうことになる。
それはさすがに、カリンが可哀想だ。それならば、クヌギたちに多少の迷惑をかけるほうがいくらかマシだ。
だから、桃子はヘノの提案を受け入れる。
「……でも、その前に。島の移動だね」
「ああ。次の島は変なのがいるらしいからな。一応。警戒しておくか」
桃子たちが会話している間に、その岩盤から見える景色は大きく変わっている。
青かった空はオレンジへと染まっていき、だんだんと暗くなっていく。
そして、桃子たちの正面には、次なる浮き島が迫ってきていた。
今いる浮き島よりも明らかに巨大な、緑の山を背負った浮き島が、だんだんと近づいて来ている。
次の島もまた広大だ。そしてそこには、二足歩行の謎の生物が巣食っているという。
その巨大な島を眺める桃子とヘノの周囲には、緑の、黄色の、白の、赤の、様々な色の妖精たちが再び集いはじめ。
その島が一番近づいてくるタイミングを、待ち構えているのだった。