ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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魔物にさらわれて

「ヘノちゃん、これ……豆だよ! めちゃくちゃ大きいけど!」

 

 直火で焼かれ、所々が焦げているその緑色の物体は、まさに『豆』だった。

 緑色で、潰れたような楕円形。形だけならばそら豆にも近いが、しかしそら豆特有のすじが入っておらず、独特の皮もない。形状以外はどちらかと言えば色といい質感といい、枝豆の方が近いかもしれない。

 だがしかし、致命的にそら豆でも枝豆でもない部分がある。それは、サイズ。単純に、豆としては大きさがヤバい。

 桃子の目の前のそれは、いわばハンバーガーのようなサイズの豆だった。真ん中に切れ目を入れてレタスやハンバーグを挟めば、豆で具材を挟み込んだ新手のハンバーガーが完成しそうだ。

 鳩に豆鉄砲などと言うが、このサイズの弾丸では鳩も無事では済むまい。可哀想に。

 

「これが。豆か。そういえばもじゃもじゃも。焼いた豆って言ってたな」

 

「これ、滅茶苦茶大きいけど、仮にこれが枝豆だとしたら……カレーの具にもなるし、ずんだ餡も作れるね。きな粉も作れるかな? さすがにお味噌とかお醤油は私が作れないけど……」

 

「桃子。もじゃもじゃが。戻ってくるぞ」

 

「あ、それじゃあ考察は後回しかな。まずは、もじゃもじゃさんのお話を聞くところからだね」

 

 桃子は湯気をたてる焼き豆を前にあれやこれやとその用途について考えていたが、しかしこの豆を提供してくれた主であるビッグフット――改め、もじゃもじゃがやって来たので、口を閉じる。

 

 桃子は今、ヘノやフラムとともに、もじゃもじゃが焼いたという豆を頂いている。

 先ほどまではヘノとフラムの二人が焼き豆を食べるのを木陰から眺めていたのだが、流石に桃子もずっと隠れているのが面倒臭くなってきて、木陰から出てきて一緒に豆を頂くことにしたのだ。

 とは言っても、もじゃもじゃが桃子を認識しているわけではない。彼はあくまでヘノとフラムの二人に豆を振る舞っているつもりだった。桃子がいつものように、こっそり豆をひとつ貰っただけである。

 妖精が二人いて【隠遁】が弱まっているとはいえ、既に周囲も暗い時刻だ。桃子が目立った行動を起こさず静かにしている限りは、認識される恐れもないだろう。

 

 一方そのもじゃもじゃは、妖精たちに豆を分け与えていたらいつの間にか自分の分の食料が無くなってしまったので、不思議そうに首を傾げながら新たな豆をとりに席を外していたのだが、そろそろ戻ってくるようだ。

 

 

 

 

 

「あ、あの、僕はオオアシって言います。ずっと、人と話してなくて……うまく、話せなかったらごめんね」

 

 焚火を囲い、もじゃもじゃは、ぽつぽつと自分に起きたことを語り始める。

 というか、彼はビッグフットでももじゃもじゃでもなく、オオアシという名前があった。探索者なのだから名前はあって当然である。

 オオアシという名前を聞いて「ビッグフットじゃん」と桃子は小さく呟くが、残念ながらヘノにもフラムにもその呟きの意味は通じなかったようだ。

 

「うまく話せなくてもいいぞ! もじゃもじゃ! とりあえず、話してみろ!」

 

「え、あの、僕はもじゃもじゃではなくて、オオアシ……」

 

「それで。もじゃもじゃは。なんでこんなところで。生活してるんだ」

 

「あ、僕オオアシ……えと、なんでもないです」

 

 妖精たちは、人の名前を覚える気がないのか。それとも単に、名前をわかった上でなお、見た目で呼んだ方が分かりやすいのか。フラムもヘノも、彼をもじゃもじゃと呼ぶのをやめそうにない。

 最初は訂正をしていたもじゃもじゃ改めオオアシだが、訂正の声がだんだん小さくなっていき、そして諦めた。

 かなりワイルドで豪快な髪と髭を供えているけれど、その中身は存外気が小さいのかもしれない。

 

「それでね、僕がこんなところに来てしまったのは、ずっと前のことなんだけど――」

 

 

 オオアシの話を要約すると、こうだ。

 

 彼は元々、危険性の低いダンジョンを巡り、各地の第一層をソロで探索するのを趣味としていた。

 ソロ探索者を選んだ理由は、桃子や柚花のようにスキルの影響などでなく、ただただ生来の気質で一人のほうが気楽だったのだそうだ。実際、危険性の低いダンジョンの第一層程度ならば、成人男性探索者がソロで入ることも珍しいものではない。

 

 そんな彼だが、上高地ダンジョンでたまたま、壁画の一か所に止まって動かなくなっているスカイフィッシュを目にした。

 それを見つけてしまったのが、全ての始まりだ。

 

 スカイフィッシュが壁にとまり静止しているなどというのは、とても珍しいことだった。

 はじめのうちは動かないスカイフィッシュを下から眺めていたのだが、可能ならば捕獲してじっくり見てみたいという好奇心に負け、試しに、と。スカイフィッシュに向けて、威力を絞った気絶させる程度の魔法を撃ちこんでみたらしい。

 すると、結局スカイフィッシュは逃げてしまったのだが、その壁画がいきなり自動ドアのように開いたのだという。

 いまこの場にいる面子の知る由もないことではあるが、それは第二層へと続く扉の『鍵穴』から漏れ出る魔力に、たまたま原生生物のスカイフィッシュが反応していたところに、威力を抑えた魔法を放ったという偶然によるものだ。

 カリンやオウカは己の手で触れて魔力を流し込んだが、実際には低威力の魔法を撃ち込むだけでもどうにかなったらしい。あとは命中精度の問題だ。

 

 いきなり開かれた階段を前に、彼の好奇心は抑えられなかった。

 その時にギルドなりに先に連絡をしておけばまた展開は違っていたのだろうが、彼は独りで階段を下りてしまった。

 そこには広い空と、そこに浮かぶ浮き島と。

 

 人間を襲う巨大な鳥の、猛禽類タイプの魔物が居たのだった。

 

 猛禽類の魔物と遭遇してから、彼の回想では壮絶なバトル的な展開があったようだが、そこを割愛して結論だけ言えば、彼は魔物に空へと突き飛ばされた上に、捕まってしまった。

 大空を滑空する魔物と、それに捕まるオオアシ。しかし、そこは所詮は第二層の魔物と言ったところか。魔物がこの島の上空を飛んでいるタイミングで、オオアシが炎の魔法を放つと、魔物はあっさりと煤へと戻り消滅してしまう。

 そして無事――というべきかどうかは分からないが、オオアシはこの島へと不時着したのである。

 

 その過程で探索者用端末も失くし、上層へと戻る手段も失い。

 結局、彼はこの数年の間、この島での孤独な生活を余儀なくされていたのだった。

 この島が、食べ物も水も手に入れることが出来る場所で、かつ浮き島に棲む魔物が居なかったというのは、彼にとっては実に幸運なことだった。

 

「なるほど。魔物に。ここまで運ばれたのか」

 

「う、うん。大きな猛禽類の魔物に、捕まっちゃって。ある意味では、落下してた僕を捕まえてくれた命の恩人でもあるけど……」

 

「お前! 命の恩人! 焼き殺しちゃったのか! ひどいな!」

 

「ご、ごめん、でも僕も、食べられたくなくて……」

 

「じょ、冗談だから! いきなりしんみりするなよぉ!」

 

 フラムの冗談に、オオアシは目に見えてどんよりしてしまう。

 どうやら、一人でサバイバル生活を送れる程度にはタフな反面、人と会話をすると落ち込みやすい性格のようだった。なるほど、これはソロ向きだなと、桃子は納得する。

 

 

 

「ところでもじゃもじゃ。お前。ずっとこの豆だけ。食べて過ごしてたのか?」

 

「うん。主食としてはこの豆を食べてるよ。焼いたり、茹でたり、乾燥させたり、色々な食べ方があるし……あ、でも、他にも、スカイフィッシュとかを食べてるよ」

 

「スカイフィッシュ食べてるの?!」

 

「え? 今、誰か別のひとの声が……? き、気のせいかな、はは」

 

 そして、オオアシがなぜここに居るのかを聞いた後は、食べ物の話だ。

 どうやら、ヘノはオオアシの事情よりも、彼の食生活についてのほうが興味あるらしい。

 言うまでもなく、オオアシは人間だ。そして人間が数年間ここで暮らすということは、それだけ食料があるということだ。桃子としても、この豆を見つけただけでも十分な収穫と言えるけれど、他にもあるのならば、それは聞いておきたかった。

 

 しかし、そこで飛び出て来た『スカイフィッシュ』という名称に驚いたのは桃子だ。

 というのも、桃子もスカイフィッシュというものは知識として知っている。数十年前にどこかの国で広まった、都市伝説の生き物だ。このダンジョンに来てから、それが空中を飛び回っているのを見て驚いたものだ。

 だがしかし、桃子にとってはそれは実在するかしないか定かではない都市伝説の生き物というイメージだったので、それを食べるという発想など一切浮かばなかった。

 そもそもあれは魚なのか、鳥なのか、はたまた虫の一種なのか。それすら定かではない段階では、食材としてカウントしていなくとも仕方のないことだろう。

 

「スカイフィッシュって! なんかずっとびゅんびゅん飛んでる白いやつだな! あれ! うまいのか!」

 

「あ、明日でよければ、ごちそうするよ。網を張ってるから、朝に獲れてるんだ」

 

「そうか。じゃあ。朝になったらまた。来るぞ」

 

「あ、妖精さんたち、行っちゃうの……?」

 

 とりあえず、聞きたいことは聞いた。

 ビッグフットでもなんでもない、ただの迷い込んだ人間だということは分かった。魔物のように桃子を襲う心配もなさそうだ。

 そしてついでに、食べ物の情報も入手出来た。次の食べ物が朝になるというのならば、また朝に来ればよい。

 ヘノがそう判断してその場から飛び立とうとすると、オオアシは縋るようにヘノとフラムに声をかける。

 

 桃子は、オオアシの気持ちが何となくわかる。

 彼は何年間もここで孤独に暮らしていて、いま初めて、人間ではないにしろ、妖精という話し相手がやって来たのだ。

 ヘノたちが居なくなってしまったら、彼は再び孤独になってしまう。

 

 孤独とは、とてもつらいものだ。

 

「安心しろ! スカイフィッシュ食べに! 絶対にくるからな! 約束だからな!」

 

 しかし、フラムの元気な返答に、彼は力なく破顔する。

 そして、笑いながら、その目じりから雫をこぼす。

 

「うん、うん! 美味しく作るから、食べにきてよ! はは、人と話せるなんて……ひとに振る舞えるなんて……夢みたいだ、はは……」

 

「フラム。もじゃもじゃ泣かせちゃ。駄目だろ」

 

「な、泣くなよお! アタシそういうの! 苦手なんだからさぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ヘノちゃん、あの人はやっぱりさ、助けてあげるべきだよね」

 

 そして、オオアシの住処から少し離れた場所で。桃子、ヘノ、フラムの三人は、彼の今後について相談していた。

 それは当然、彼も地上に戻してあげるべきだろう、という話である。

 話を聞く限り、彼はやはり好き好んでこの場所に住んでいるわけではなさそうだった。人付き合いが苦手そうな部分はあるものの、だからと言って本当にこのような人間社会と隔絶した場所で過ごしたかったわけではないだろう。最後に見せた涙が、それを物語っている。

 

「助けるのはいいけどな。桃子。ここで転移魔法を使っちゃったら。アイドルが帰れなくなるぞ」

 

「もじゃもじゃは! 後回しでも、いいんじゃないかな! あいつ、ここで生活できてるしな!」

 

「うん、まあ優先順位としては、カリンさんが優先。女の子だしね」

 

 桃子がカリンを救助するための転移魔法は、一度きりだ。

 ここで転移の魔法を使ってしまえば、再び紅珠に魔力が充填されるのを待ってから、ティタニアに改めて魔法を付与してもらう必要がある。

 オオアシには悪いが、やはりカリンとオオアシのどちらを救助するかと言えば、桃子はカリンを選ぶ。

 

「じゃあ。アイドルを助けたら。またここに来なきゃいけないな」

 

「忙しいな! 桃子!」

 

 カリンを助けたら、魔力をためたあとで再びティタニアに魔法を付与してもらい、またここまでの旅路の繰り返しだ。

 旅路とは言ってもまだ3つ目の島なので、日数的には2、3日もあれば来れる場所なのだが、しかし大変なことには変わりない。

 もう一度狸の里の皆にも手伝って貰わないといけないし、岩の島では何もない場所で一日過ごさなくてはならない。

 とはいえ、その程度の苦労で人ひとりを救えるならば、安いものだ。

 

「明日はさ、まだ次の島に行くまで時間もあるし、あの人にカレーをごちそうしてあげたいな」

 

「桃子が。正体を見せるのは。駄目だぞ。知らない男に桃子がついていかないように。気をつけろって。後輩が。本当にしつこく。言ってたからな」

 

「あはは、柚花ったら、心配性だなあ」

 

 いくら危機感がないと言われがちな桃子とて、ダンジョン内で意味もなく見知らぬ男性と二人きりになるつもりなどない。いや、ダンジョン内どころか地上でもそんなシチュエーションは避けている。

 けれどどうやら、柚花の中では桃子がそこら辺の危機感も薄いのではないかと考えているのかもしれない。

 世間知らずな小学生の女の子じゃないんだから、と、つい笑ってしまう。

 桃子はこれでも19歳だ。保健体育の授業もきちんと受けたし、実はちょっと過激な恋愛漫画だって読んだことのある、大人のお姉さんなのだから。

 

 

 

 

 リドルとノンが、桃子の寝袋を持ってきてくれたのはそれからすぐのことだった。

 

 妖精たちみんなと、豆の話をして、もじゃもじゃの人の話をして。

 なんだかんだで賑やかに、その夜は過ぎていくのだった。

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