ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
じゃぶじゃぶ
じゃぶじゃぶ
ぎゅっぎゅ
洗ったパンツをジップに押し込んで、リュックに押し込む。
本当はある程度どこかで干すなりして乾かしたいところだけれど、干してあるパンツを他の探索者に見られたらと考えると、やっぱり恥ずかしい。座敷童子のパンツとか話題になっても困るし。
洗濯物として、帰宅したらすぐに洗いなおさないといけない。
「何はともあれ、これで完璧! 気を取り直して、次にいこうね」
「パンツなんて。わざわざ川で。洗わなくても。さっきの井戸でよかったろ」
「ヘノちゃん、あの井戸は封印だよ。今度、大きな岩で蓋しておかないとだよ」
そもそも、桃子がパンツを穿き替える羽目になったのは、あの井戸の幽霊じみた魔物が原因なのだ。
目が合った瞬間にはパニックになってハンマーで暴れてしまったので、あれが一体なんだったのか、古くから伝わる四谷怪談の幽霊なのか、はたまたホラー映画の怨霊みたいな何かだったのかはわからないが、二度とあれには出会いたくない。
あれともう一度会うくらいならば、河童と相撲勝負をするほうがマシだと、今なら胸をはって言える。
まあ、綿100%パンツの話題はさておき。
「桃子がパンツを洗っている間に。探索者たちは。交代で。布団で寝ることにしたようだぞ」
「わあ、よかったー。お布団運び込んだ甲斐があったねえ」
「しかし。次はどうしようか。井戸がダメだったので。面白い場所は。残っていないな」
庭園の、湧水が流れる小川のほとりに腰をおろして、今日のこれからのことを考える。
探索者たちを助けるとは言ったものの、今のところは食事と寝床がある程度確保できているので、これ以上桃子が何かするようなことは思いつかない。
身の回りの掃除などをしてあげてもいいが、それは陰ながら助けるというよりも、ただのお母さんだ。
「とりあえず、探索者さんたちは大丈夫じゃないかなあ。帰り際に道に迷ってたら、ヘノちゃんに案内してもらう必要はあるかもしれないけど、いつになるのかわからないしね」
「ヘノは。桃子以外の人間に。姿を現したくはないから。案内は嫌だぞ」
ヘノが嫌だというのなら仕方がない。避難してきたとは言っても、彼らは遠野ダンジョンの第三層までやってくる程度には腕の立つ探索者たちだ。
マヨイガの道のりくらいは、自分たちでしっかり記憶していることだろう。
「そうだ。桃子。上の階層で。ヌエが暴れているんだろう。そこならイビキ男も来てるんじゃないか」
「イビキ男って、サカモトさん?」
「そうだ。あの邪魔な剣を。返しに行こう」
確かに、いい加減あの剣をどうにかしたほうが良いとは桃子も思っていた。
いっそのこと、いま炊事場を根城にしている探索者たちに押し付けておけば、巡り巡ってサカモトの手に戻るんじゃないかとも思わなくもない。
ただ、彼らがダンジョンでの取得アイテムと勘違いして持って行ってしまう可能性もゼロではないだろう。
有名パーティのメンバーだけあって、あの剣はかなりの上物だった。
見たこともないような巨大な魔石がついていて、新人とはいえアイテム加工の本職である桃子が仰天するほどだ。
あの魔石は、魔力を吸って鋭さを増すという調整がなされているようだ。あのサイズの魔石に魔力をつぎ込んだならばどれだけの切れ味になるというのか。
使いこなすには技量が必要だろうが、使わずに売っぱらった場合はいくら程になるか考えると、やはり見知らぬ探索者に渡すのは危険だろう。
とはいえ、第三層では大妖怪である鵺が暴れているという話を聞いたばかりだ。
軽い気持ちで顔を出す場所ではない。
「大丈夫だぞ。ヘノだって。ヌエなんて嫌いなんだ。ちらっと覗いて。駄目そうだったら。第三層に入ってすぐのところに。刺していけばいい」
「それはそれで雑だなあ……」
とはいえ、悪くない手かもしれない。
マヨイガに複数人の探索者たちが閉じ込められている以上は、鵺を倒した救助隊はマヨイガの入り口くらいは確認しにくるだろう。
それなら、そこに剣を刺しておけば良いだけだ。
「んー、じゃあ……本当に、様子を少し窺うだけだよ? 私も怖いの嫌だし、ヘノちゃんに何かあっても嫌だよ?」
「安心しろ。ヘノも。ヌエに食われたくはない。無暗に近づいたりは。しないぞ」
そう言いながらもビュンビュンとツヨマージを素振りするヘノは、口に出している台詞とは裏腹に戦う気満々にしか見えないので、桃子はちょっと心配になった。
そして、心配と言えばもう一つ。
「ヘノちゃん、梁の上を通るルートはやめて、さらに遠回りでもいいから別な道からいこうね」
「桃子は。井戸も嫌いだし。梁の上も嫌いなんだな。好き嫌いをすると。大きくなれないぞ」
「食べ物は好き嫌いしてないんだけど、なんで大きくなれないんだろーね……」
成長期もとうに過ぎているので今更大きくなる望みもほぼ無いのだが、身長のことを言われると考え込んでしまう。
とはいえ、手のひらで眠れるサイズのヘノと比べれば、桃子のほうがよっぽど巨人サイズなわけだが。
そんなこんなで、とりあえず小川のほとりから立ち上がり、お尻についた枯葉をはたき落とす。
善は急げ。サカモトの剣を回収して、さっそく第三層への通路を目指し、マヨイガの長い迷宮を歩き始めるのだった。
上層へと続く階段。
7人の探索者たちが残した印を辿っていくルート――ヘノが言うところの滅茶苦茶な順序の道――は確かに長い道のりだった。途中からヘノが移動用の風魔法を纏わせてくれたので、移動に思いのほか体力を食わなかったのが救いだ。
「うわっ……物凄い強風だし、なんか暗いね。上のほうでひっきりなしに雷が落ちてるよ? これも鵺の仕業?」
「雷は。ヌエが崖の上の探索者を。攻撃しているんだな。この風も。自然の風じゃない。瘴気で塗りたくったような。不快で。汚い風だ」
桃子はマヨイガから続く階段の最上段に伏せて、顔だけ出して第三層の景色をうかがっていた。
桃子の肩にしがみつくヘノが、珍しく、本当に珍しく、顔をしかめる表情を見せている。
風の妖精であるヘノにとっては、自然を冒涜するようなこの瘴気の濃い暴風は不快なものでしかない。
そして、鵺は人間のみならず、妖精も襲うのだ。
どうにかしようにも圧倒的に鵺のほうが強く、自分ひとりでは何も出来ない口惜しさで、ヘノの感情は徐々に逆なでされていく。
さて、遠野ダンジョン第三層、深淵渓谷。
桃子が顔を覗かせているのは巨大な渓谷の最深部。つまりは谷底だ。
今までは話に聞くだけで実際にどのような地形なのかは見たことはなかったのだが、顔を覗かせただけでも想像以上に高い崖に挟まれており、ものすごい圧迫感である。
さらには、渓谷の広範囲を覆う黒い雲と、叩きつけるような暴風。
これらが視界を防ぎ、遠くの位置まで見通すことも難しい。
「なんか、上のほうからものすごい魔法が飛んできてるね。鵺はどこにいるんだろう」
「桃子には見えてないのか。あいつ。煙に身を隠す能力があるみたいだぞ。あそこの中腹で。ヌエは。魔法と矢の雨に晒されているぞ」
桃子の肩にしがみついて、ヘノが桃子の目となり状況を解説してくれている。
中腹の岩場には黒いモヤが広がっているだけで、肝心の鵺の姿というのは見えないが、魔法の光が降り注ぐたびに甲高い魔物の声が響くのが聞こえてくる。
ここからではよく見えないが、本当にあの場所に鵺が潜んでいて、魔法と矢の雨にかなりのダメージを受けているのだろう。
この風の中でも鵺に届かせる矢の使い手というのは、どれほどの高レベルの探索者が揃っているのだろうか。ただただ、感嘆するばかりだ。
「崖の上の連中。完全にヌエの居場所を把握しているぞ。鵺が走りまわっても。見破る目を持った探索者が。指示を出しているんだな。桃子の姿も見えるんじゃないか」
「え、私も?」
暴風から隠れるように隙間から戦いを覗いているだけなので、さすがに崖の上から桃子の姿を見られることはないだろうが、【隠遁】すら見破られるとなると、なんとなく緊張を覚える。
桃子は小さい身体をさらに縮めて、階段も一段下に下がって身を隠した。
「人数も。すごいな。おそらく。今日。勝負をつけるつもりだな」
「そっか。きっと、下に探索者の人たちが閉じ込められてるから、だよね」
実際には桃子の献身もあり、四層に閉じ込められた探索者たちはそこまで差し迫った状況ではない。
無論、心身ともに追い詰められはするだろうが、恐らく地上で考えられているほどの最悪な状況ではないはずだ。
しかしそれを知らない地上の者たちは、7人を救出すべく、総力をあげて勝負を挑むことを選んだのだろう。
「みんな、頑張れ、頑張れ……!」
「……あんなやつ。倒してくれ」
階段に身を隠し、暴風に髪の毛をぐちゃぐちゃにされながらも、ジッと崖の中腹を見守る。
今の二人には、見守ることしかできない。
どれくらいの時間戦っていただろうか。
鵺も相当のダメージを重ねているだろうが、いくら鵺が崖の上まで登れないとはいえ、あれだけの落雷が落とされているのだ。崖の上の探索者たちもまた、無傷で済んでいるとは思えない。
実際に、矢や魔法の間隔が広くなり、攻撃が薄くなってきている。
しかし同時に、時折煙の合間から見える巨獣のシルエットが、相当のダメージを受けているのは見て取れた。
すでに、双方の消耗戦に突入している。
桃子は時間も忘れ、瞬きも忘れ、魔法の光と落雷が入り混じるその戦いを、ただ見守っていた。
しかし、変化が起きる。
「桃子。伏せろ」
「えっ?」
大量の落石と、ズン……という大きく低い轟音が地鳴りと共に響く。桃子たちが潜む階段からほど近くに、巨大な何かが落下してきた。
それと同時に、大量の礫が暴風と共にはじけ飛ぶ。
階段に伏せていた桃子にも、容赦なく岩の破片が降り注いできた。
「うっつ、痛……ヘノちゃん、大丈夫?」
「桃子。血が出てるぞ。桃子。血がっ」
「あちゃ、切れちゃったか。大丈夫、掠っただけだから。それより」
桃子が顔をあげると、崩れた崖の下には巨大な獣が倒れていた。
猿のような顔に、虎のような四肢。多くの矢が刺さり受け煤黒に染まった毛皮に、うごめく蛇で構成された尻尾。古来より伝わる巨大な獣、鵺である。
探索者たちの猛攻におされ、崖上から転落してきたのだ。
「すごいっ……勝った……!」
「桃子。まて」
桃子が立ちあがって歓声をあげようとするが、ヘノが制止する。
鵺の落下とともに崖が大きく崩落し、討伐隊も巻き込まれたのかもしれない。崖上からの攻撃が止んでいる。
しかし、鵺は煤にはなっていない。まだ倒せていないのだ。
ならば、つまり。
「桃子。上のやつら。鵺を見失ってるぞ。逃げられるっ」
ヘノの焦った声が二人のいる階段に響く。
ヘノの言葉通り、落石に紛れ、巨大な獣がゆるりと、震える四肢でその巨躯を持ち上げていく。
そして、鵺はよろよろとした足取りで再び煙を纏い、崖上の討伐隊から姿を眩ませようとしていた。
「嘘……せっかくみんな頑張ったのに……」
呆然と、起き上がる鵺を眺める。
皆の努力が無駄になる。敵に、まんまと逃げられてしまうのだ。討伐どころか。撃退すら、できなかった。
「……桃子、桃子っ!」
しかし、呆然とする桃子の前に出て、ヘノが強く呼びかけた。桃子に叫ぶように、懇願するように。
初めて聞いた、ヘノの叫び声。初めて見る、泣き顔。
「ヘノたちが。あいつ倒すぞっ! これ以上。好きにさせたくないっ!」
ヘノが、泣いていた。
「あいつ。怪我したらいつもヘノの仲間を食べるんだ! このままじゃ。あいつ。またヘノの仲間を……!」
その涙に、桃子が呆気にとられていたのはわずか数秒のことだった。
ヘノが鵺を嫌っているのはなんとなくわかっていた。だからきっと、ヘノがひどい目に遭わされたことがあるのだろうと思っていた。
しかし、これは……。
「ヘノちゃん、わかった。私の友達を泣かせる魔物なんて、私だって許せない!」
桃子はヘノの小さな頬の涙を指先で拭うと、両の脚で階段を上がり、第三層へと踏み込む。その手にサカモトの剣を構えて、そこに送れるだけの魔力を送りこんだ。
その横で、キッと鵺を睨むように顔をあげたヘノがツヨマージを掲げ、桃子を緑色のつむじ風で包み込む。
すると、その周囲だけ、叩きつけるような暴風が収まる。
汚れた風に、桃子の邪魔はさせない。
「ヘノちゃん、やろう!」
「もう。今しかないぞ。桃子。飛ぶぞっ!」
ヘノの合図とともに、つむじ風を纏った両の脚で階段から駆け上がり、そのままの勢いで暴風を割き高く翔ぶ。
鵺は明らかに弱っている。弱者である桃子たちが牙を立てるならば、今を逃せば機会はないだろう。
飛翔する桃子の姿に、満身創痍の鵺は未だ気づいていない。
ヘノのつむじ風が桃子の音も匂いも封じているため、背後からの強襲に気付く術がない。
気づいていないならば、こちらのものだ。
認識外からの不意打ちなど、この数年間ずっと、何度も何度も続けてきたことだ。
失敗は、しない!
「大人しくっ!!」
着地の勢いのまま、両の手で力任せにサカモトの剣をその首に突き立てる。
しかしその巨躯は固く、大量の魔力を吸わせたはずの最上級の剣ですら、半ばまでしか刺さらない。
無音からの突然の刺撃に対し、鵺は半ば反射的に前足を高く掲げ、後ろ足だけで立ち上がるようにして己の首にしがみつく敵を振り落とそうとする。
だが。
「たおれろぉぉぉっっ!!!」
しかし、鵺が新たな敵を認識したその時には既に、二撃目が待っていた。
緑色のつむじ風を纏った巨大なハンマーが、その首へと――いや、首に刺さったままの大剣へと、振り下ろされる。
ズガンと腹に響くような巨大な打撃音とともに、大剣に真っすぐにハンマーが叩きこまれる。
大剣は杭となり、巨大な獣の脊椎を、喉を食い破り、そして頸を穿つ。
剣に貫かれた頸からどす黒いモノが飛び散っていく。
巨獣は頸椎と喉を貫かれ、その雄たけびを上げることも許されず、今度こそ確実に、どす黒い闇色をまき散らしながら、渓谷の地へと沈んでいった。
「やったか」
「それ負けフラグだよっ! ……ってて、でも、どうにかなったみたい」
ハンマーの勢いのままに落下し、したたかに全身を地面に打ち付けた桃子だったが、【頑強〇】がしっかり仕事をしたようで、全身に痛みはあるものの動くことに支障はなさそうだ。
「あー……サカモトさんの剣、折れちゃった」
鵺が煤になっていくとともに、谷底に漂っていた雲が少しずつ晴れていく。
そこに残されたのは、鵺の身体の一部らしき紅い珠と、無残に刀身の根本でへし折れたサカモトの剣だけだった。
ハンマーで叩き折ったのは桃子なので、少々申し訳なく思いつつ、これは必要な損害だったと開き直る。
「桃子。戦利品だな。これは。桃子のものだな」
鵺から出てきたなんだかわからない紅い珠を拾って、ヘノはふわふわと桃子の肩、自分の特等席へと着地する。
「私は……ううん、戦ったのは私じゃないもん。貰えないよ」
総力を挙げて戦い、鵺をここまで弱らせたのは崖の上にいる者たちで、自分はたまたま居合わせて、最後の最後に美味しいところを持って行っただけなのだ。
この紅い珠が何なのかはわからないが、戦利品を自分が貰うべきではないと、桃子は首を横に振る。
「じゃあ。ヘノが貰うぞ。桃子がなんと言おうと。ヘノたちが倒したんだ。仲間の仇をとったんだ。女王への。手土産だぞ」
「……そうだね。それが良いね。リュックにいれとこう」
最後に鵺を倒せたのは、あの黒い風を、仲間の仇を消し去ろうとするヘノの強い意思があったからだ。桃子が翔べたのは、ヘノの力だ。
ならば、その証くらい、ヘノが貰うべきなのかもしれない。
気づけば暴風も消え、谷間に漂っていた闇色の雲も消え去った。
遠く頭上から、探索者たちの歓声が聞こえた。
「これで、良かったかな。ヘノちゃん」
「桃子。ありがとう。きっと……よかったんだぞ」
青。黄。紫。白。ほかにも多くの色の、大小様々ないくつもの光たち。
それらの様々な淡い光が二人の周囲をくるりと舞い、そして静かに空へと消えていく。
ヘノと桃子は、最後までそれを、静かに見守っていた。