ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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空の魔物たち

 水曜日。日曜日の昼にカリンが第二層へと落ちてから、三日が経った。

 

 とはいえ、その三日間のうちにカリンの無事を知らせる配信が始まり、そして地上のダンジョンでは長らく不明とされていた第二層への扉が開かれた。ダンジョンに住まう妖精と巡り合い、カリンへと寝袋を届けることもできた。

 お世辞にも経験豊富な探索者が訪れるような場所ではなかった上高地ダンジョンだが、今は別なダンジョンをメインに活動する遺跡調査の専門家や、【天啓】や【看破】という未知のダンジョンを探る上でこの上なく強力なスキルを持つ探索者たちが集まることで、カリンの救出に向けた作戦は驚くべき速度で進行している。

 初日の絶望的な状況から考えると、奇跡的な速度ともいえるだろう。

 だが、進みが良かったのはここまでだ。

 

 第二層へとたどり着いたら、次は『空』という途方もない大敵が、探索者たちの道を阻んでいた。

 

 

 別空間を繋ぐ、第一層から続く階段を下りた先。

 遥か高みの空に浮かぶ小島には、現在は数人の探索者たちが降り立っていた。

 階段が見つかった初日こそ、その場にいた探索者たちは我も我もとこの地に降り立ったのだが、しかしいざこの浮き島へと降り立つと、彼らの殆どは己に出来ることは何もないと理解し、すごすごと第一層へと戻って行った。

 この空を前にしたら、もはや個々の探索者の能力だけではどうにもならない。

 これ以上先へ進むためには、探索者ギルドが主体となって、この空についての『調査』を進めていき、まずこの階層を理解する必要があった。

 

 現在は、緊急の調査要員として、鳥取の砂丘ダンジョンから訪れたインディとジョーンズが中心となり、この第二層の調査が進められている。

 砂漠と空。メインとなる環境こそ違えど、彼らは『ダンジョン調査』の専門家だ。この度、上高地ダンジョンギルドから正式に、陣頭指揮を依頼された。

 そして彼らのサポートとしては【看破】という有用なスキルを持ち、更には雷撃の魔法にて魔物を遠距離から撃退できる柚花が選ばれ、この浮き島に降り立っている。

 

「インディさん。ドローンはどうなりましたか?」

 

「駄目っぽいな。試しにヘリウムガスのバルーンなんかも飛ばしてみたんだが、あの白いのが厄介だ」

 

「あれ、スカイフィッシュだろ? 都市伝説としては知ってたけど、まさかこんな場所で邪魔されるとは思わなかったぜ」

 

 浮き島に降り立ち、ドローンやバルーンを飛ばしてみるも、原生生物たるスカイフィッシュが障害となっていた。

 人が地上を歩く分には彼らは決して凶暴な生き物ではないのだが、しかし何かしら空に物体を浮かべたとき、意外な攻撃性を見せた。

 彼らは縄張り意識が強いのか、宙に浮かぶ物体を見つけると、突撃を繰り返すのである。並の耐久性の人工物ではすぐに破損してしまい、安易なバルーンやドローンではカリンを助ける手だてになり得ない。

 この1日でスカイフィッシュの性質が大分判明してきたのでそれ自体は大きな進歩であるのだが、しかしこの様子では眼下に浮かぶ巨大な浮き島に降り立つ日はまだまだ先になりそうだ。

 

「タチバナさん。先日の妖精の姿は、見えないだろうか」

 

「あー、まああの時は本当にたまたま通りすがりだったみたいで、いまの所は見てないですね」

 

「まあ、仕方ねーわな。妖精なんか俺らだって初めて見るし、こないだ遭遇出来たのが奇跡みたいなもんだよな」

 

 妖精とは、ニムのことだ。

 彼らが初めてこの地に降り立ったときに、降りて早々に妖精であるニムと遭遇し、そこで妖精の口からカリンの情報を得られた。また、ニムが立ち去る前に、カリンへの支給品として寝袋を運んで貰うことが出来た。

 妖精は人間たちには警戒心が強かったようだが、【看破】という不思議な目を持つ探索者タチバナと、【天啓】という能力を持つ探索者オウカが中心となり妖精と交渉し、妖精の協力を勝ち取ったのだ。

 とはいえ、妖精とはそれきり。残念ながら、それ以来ここに妖精は近づいていない。

 

 というのが、ギルドの把握している妖精の話。

 

 実際のところは言うまでもなく、全て柚花とニムが口裏を合わせていたことだ。

 

 最初に柚花が降り立った際は、柚花の気配を感じ取ることが可能なニムが「たまたま近くにいた妖精」として人間たちの前に姿を現わす。そこでカリンの無事を保証して貰い、何はともあれクルミとリンゴの精神状態を安定させる。と、いうのがもともと想定していたシナリオだった。

 まさかそこで、ギルド支給の寝袋をカリンに渡してあげて欲しいなどという頼み事をクルミたちが言い出すのは想定外だった。だがしかし、言われてみれば、硬い土の上でカリンを数日間眠らせるわけにもいくまい。

 自分の身体よりも何十倍も大きな寝袋を押し付けられてニムはかなり困惑していたが、こっそり手を合わせてニムに謝罪する柚花の顔を立てるためにも、頑張って寝袋を運んでくれたのだった。

 

 なお、その後は柚花とニムとの間では「柚花が強くニムを呼んだとき以外は姿を現わさない」という取り決めをしている。

 そもそもニム自身も本来は人前に姿を現わすべきではない存在な上、柚花としてもカリンのためとはいえニムを便利な運び屋にするつもりはない。

 なんせ、本来は時間をかけさえすれば桃子がカリンを救出してくれるはずなのだ。なので、わざわざ地上からあれこれする必要を柚花は感じていなかった。

 カリンの為に、本当に必要なものがあるときだけニムにお願いする、ということになっていた。

 

 本来ならば、壊れていない新たな端末をカリンに送ってあげても良いのではないかとも思ったが、それはすなわちカリンの配信により妖精たちの情報が拡散されるリスクが大きくなるということだ。

 つい先日クリスティーナに釘を刺されていた柚花が言えたことではないかもしれないが、あまり妖精たちの情報を配信するのはやめてほしいので、柚花の独断で、しばらくはカリンには壊れた端末で我慢して貰うということにした。

 

 

 

 

「インディさん、ジョーンズさん。他に何か、気づいたこととかってあります?

 

「気づいたことなあ。おじちゃんたち、やっぱ空よりも砂漠の方が得意なんだなーっていう気づきがあったくらいかな」

 

「空の上が得意な人っていうのも、あんまりいないと思いますけどね」

 

 遺跡調査のプロことインディとジョーンズのうち、ノリが軽いほうのジョーンズが柚花の質問にへらりと笑みを浮かべて答える。

 柚花が聞きたかったのは、別に彼らについての話ではないのだが、しかしここで無言の時間を過ごすよりは多少の雑談を交えても良いだろう。

 柚花の【看破】で見ても、この二人は柚花に対して妙な気を起こしていない。というか、未知のダンジョンに対する警戒心と好奇心でいっぱいで、横に立つ美少女女子高生に対する気持ちなど殆ど存在していない。

 話には聞いていたが、砂丘ダンジョンの探索者は本当に頭の中が『謎』でいっぱいなのだろう。ずっと望遠鏡を覗き込んでいるインディはもちろん、軽薄そうに話しているジョーンズですら、頭の中ではずっとこのダンジョンのことを考えているのが丸わかりだ。

 

 この二人がかなりの変人なのは間違いないが、柚花としては下手に色目を使われるよりは遥かにマシなのは確かだった。

 

 そこで、双眼鏡で眼下の浮き島を眺めていたインディが柚花たちを振り返り、口を開く。

 

「気づいたことと言えば、魔物だな」

 

「魔物……ですか。まあ、今日も何匹か倒してますけど」

 

 この階層も、ダンジョン内である以上は魔物が存在する。

 そして階層に現れる魔物は、空に潜む。

 柚花は【看破】による情報の発見も期待されているが、それと同時に雷撃属性の魔法にてこちらへ近づいてくる魔物を先手をとって撃退する役目を担っていた。

 

「あの黒い鷹だか鷲だかわかんねーけど、猛禽類っぽい見た目のやつだよな」

 

「ああ。それなんだが、気のせいじゃなければ、昨日よりも増えてると思わないか?」

 

 猛禽類のような姿の魔物が、この空に潜む魔物だった。

 鷹や鷲のようなシルエットだが、全身が黒く、見ようによっては巨大なカラスにも見える。

 探索者たちにとって幸運なのは、この魔物たちが地上の鳥とは違い、一度島の近くに来てから様子見を挟む習性があるということだ。

 遥か遠くから一直線に高速で飛び掛かられては迎撃が難しいが、堂々と間近でその姿を現わしてくれるならば、ある程度の経験を積んだ探索者ならば迎撃は可能だった。

 第二層の魔物ということもありその大きさに反して耐久力も低く、魔法という遠隔攻撃を持つ探索者ならば対処は容易ではある。

 

 しかし、インディの言う通り。まだこの地に探索者たちが降り立って二日目ではあるが、昨日よりもその数が増えているように感じる。

 

「これは確証があるわけではない、ただの俺の推測だが。もしかしたら、俺たち上層から来た多くの人間たちの気配に反応して、この島へと集まってきているのかもしれない」

 

「私たちがここに居ることそれ自体が、魔物をおびき寄せている可能性がある、っていうことですか??」

 

「……おいおい、インディ。それってマズくないか?」

 

「その可能性は、ある。ここに留まるのは、調査のための最低限の人員だけにした方がいいのかもしれない」

 

 いま彼らがいるこの階段のある浮き島。そこに魔物が集まりつつある。

 そして、この島に最も近い浮き島には、戦う力を持たないカリンがいる。

 もし、カリンの浮き島にもこの魔物が増えてきているとしたら――。

 

「そんな……」

 

 ジョーンズを。柚花を。そしてその背後に居る何人かのギルドから派遣された探索者たちを見て、インディは神妙にその推測を語っていく。

 

 妖精たちがいれば、この程度の魔物の対処は容易いはずだ。

 だけれど、柚花の心には、じわじわと不安が忍び寄っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「けほっ……けほっ」

 

「ククク……ちょっとばかり、喉が腫れているねぇ……」

 

「人間。お前やっぱり、疲れがたまってたんだヨ。今日は島の探索はやめて、寝て過ごせヨ」

 

 一方そのカリンだが、昼を過ぎて午後となっても、寝袋の中で横になっていた。

 その横には既にカリンにとってお馴染みになった葉っぱ妖精ことリフィの他、薬草の妖精ルイ、そして桃の木の妖精クルラが並んでいる。

 

「風邪かなー、残念だな。葉っぱ妖精さんの解説ってとっても面白いし、色々なことが知れるから楽しみだったんだけどなあ……けほっ」

 

「きみ、変なものでも吸い込んだのではないだろうねぇ……? どちらにせよ、今日は……あまり外を出歩くのは、おすすめしないさぁ……」

 

「大人しく、お酒でも飲んで身体を温めたらどうかしら♪ お酒、飲むかしら?」

 

「あ、あの、私まだ、お酒は飲んじゃいけないんですけど……けほっ」

 

「残念だわ♪ じゃあ、わたしが飲んじゃいましょ♪」

 

 結論から言うと、カリンは体調を崩してしまった。すごろくで言うなら、一回休みである。

 この浮き島に落下してから三日。ここは決してさほど寒い島というわけではなく、むしろ気候的には過ごしやすい島ではあるけれど、やはり慣れない環境での無理がたたったようだ。

 前日に寝袋が届いたのはカリンにとっては幸運だった。もしこの状態でなお硬い地面で寝ていれば、体力も回復せず、体調もどんどん悪化していっただろう。

 

「……ほら、薬草をすり潰したものさ。苦いけれど、効果は格別……ククク」

 

「い、頂きます……ふぐっ……にがいぃぃい……」

 

「ククク……いい顔をするじゃあないか……」

 

 この植物の妖精たちは、カリンが体調不良ということが判明したために、ニムと交代する形で島へとやって来た。

 ルイは本来この地に来るつもりはなかったのだが、カリンの容態を診て欲しいと他の妖精に頼まれ、渋々やってきたのである。

 ニムやリフィでもある程度の治療は出来るが、しかし風邪のような症状に限って言えば、薬草の妖精であるルイのほうが確実に適任なのだ。

 なお、クルラはオマケでついて来ただけだ。

 

 カリンの症状を見るや否や、ルイは島をまわっていくつかの薬草を採取してきて、特製の調合で薬草を作ってくれた。

 だがしかし、どうやらそれはカリンにとってかなりの苦味を持つものだったようだ。水で流し込むカリンは、とてもではないがアイドルを自称する少女がしてはいけない顔をしている。

 

「ルイの薬草は、魔力も充実してるから、今日一日寝てればそのうち回復するのヨ」

 

「うふふ♪ 薬草、全部飲んだわね♪ 偉いわよ♪ わたしのお酒も、魔力は充実してるのよ♪ 欲しかったら、言ってちょうだいね♪」

 

「うー、はい……」

 

 薬草を飲み込んだものの、未だに喉にはその苦味が残っており、更には飲み込んでもなお鼻から抜ける呼吸が薬草のキツイ香りを胃から運ぶ。

 どうしようもない苦味とツンとした香りにしかめっ面をしながらも、カリンはどうにかルイへと向けて、頭をさげる。

 

「ありがとうございます。なんか、迷惑ばかりかけちゃって……けほっ」

 

「ククク……そう思うなら、ダンジョンに入るのを辞めたまえ。人間など、いないほうが私たちは、平和だからねぇ」

 

「そ、それは……」

 

「んふふ♪ ごめんなさいね、この子は過去に色々あって、人間を嫌ってるのよ♪ あなたが悪いわけではないわ♪」

 

「クルラ、余計なことは言わないでもらいたいねぇ」

 

 この薬草の妖精が最初に来た時から、カリンは薄々勘付いてはいた。

 少なくともこの妖精にとっては、自分は招かれざる客であり、決して好意的な感情を持たれてはいないのだろうな、と。

 それでもなお、カリンに対して薬草を煎じてくれたのだから、余計に頭の下がる思いである。

 

 自分という個人が嫌われているわけではない。それはカリンにとっては、多少の救いではあった。

 けれど、人間という種族が嫌われている。それはそれで、カリンにどんよりと重くのしかかる事実である。

 初日に風の妖精たちに声をかけられた時から、カリンは無条件に妖精たちを信頼し、甘えてしまっていた。だからこそ、余計にショックだった。人間が嫌われている、という可能性を、今初めて意識したのだ。

 

「妖精さんたちは、人間のこと……その、嫌いなんですか?」

 

「リフィは、自分から関わろうとしたことはないヨ。人間なんてみんな野蛮だし、葉っぱにいじわるするのヨ。まあ、お前はマシだけどヨ」

 

「わたしは、人間は大好きよ♪ 赤ん坊も、若い人も、お年寄りも。善いところも、悪いところも、みんなみんな、とっても愛おしいわ♪」

 

「……ククク。この酔っぱらいが、特別なだけさ。さてカリンくん、余計な詮索は止して、さっさと眠りたまえよ。そろそろ薬草の成分も効いてくるだろう」

 

 まだ、カリンは彼女らに聞きたいことはあった。

 なんで人間を警戒しているのか。何が悪かったのか。自分に出来ることはないのか。

 

 けれど、急激に重くなってきた瞼に逆らえず、ストン、とカリンは寝袋の中で眠りに落ちる。

 

「ルイ、あなたわざわざ、睡眠効果まで加えたのね♪」

 

「まあ、今日は寝ておくに限るヨ。変な鳥も、飛び回ってるのヨ」

 

 そして、洞窟の入り口から見える外の景色をリフィは眺める。

 洞窟の前には木々が並んでおり、空から強襲を受けることはない。

 

 けれど、黒い魔物たちの何羽かは人間であるカリンの存在に気付きつつある。空から、カリンの動向を監視している。

 洞窟に集う植物の妖精たちは、空に集まりつつある瘴気の魔物たちの存在を、その身で感じ取っていた。

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