ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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星空の下で

 カリンがこのダンジョンへと落ちてきてから、三日目の夜のこと。

 

 

 

「ククク……こんな時間に起きてしまったのかい? 今は夜中なのだけれどねぇ?」

 

 薬草を飲んでからずっと眠っていたカリンは、寝袋の中で目を覚ました。

 頭の中がまだぼやけていて、今の状況が上手く把握できない。

 ただ、洞窟の入り口から覗き見える先には、既に星の瞬く夜空が広がっている。正確な時刻までは分からないが、少なくともとっくに夜になっていることだけは把握できた。

 

「……あの、ありがとうございます、だいぶ楽になりました」

 

 目を覚まし起き上がったカリンに気づいた深い緑色の髪をした妖精が、飲み水の入った器を差し出してくれる。カリンはそれを受けとり、水で喉を潤してから、周囲の状況を窺う。

 水をくれたのは、昼間に薬草を煎じてくれた薬草の妖精だ。

 薬草の効果はてきめんだったようで、昼間の喉の痛みは、すでに消え去っている。まだ頭がぼんやりしており、全身がやや重くはあるが、これは風邪や薬草の影響ではなく、夜中までずっと寝ていたからだろう。

 目の前にいる薬草の妖精は、人間が嫌いだと言ってはいたが、しかしそれでカリンを蔑ろにするつもりはないらしい。視線こそ合わせてくれないが、どうやら寝ているカリンの様子をきちんと見ていてくれたようである。

 カリンが洞窟の入り口側を見ると、そこには別な二人の妖精たちの姿もあった。

 

「お酒……美味しいわ♪ リフィの果物から作るお酒、素敵だわ♪」

 

「素敵じゃないヨ。リフィの果物を勝手にお酒にするんじゃないヨ。水でも飲んでくるといいヨ」

 

「だって、美味しいんだもの♪ ほら、リフィも飲んで頂戴♪」

 

「うわぁ! ……美味しいヨ」

 

 なんだか、二人で木の実の殻を器にして、お酒を酌み交わしている。

 妖精たちは見た目が年若い少女の姿なので、まるで子供たちがお酒を飲んでいるように見えなくもない。

 もちろん、人間ではないのだからお酒を飲んだところで問題はない筈なのだが、カリンは少しだけ心配になった。

 

「ええと、あちらは……」

 

「あれはただの、酔っぱらいさぁ。いつものことだから、気にしなくていいねぇ」

 

 どうやら、妖精たちがお酒を飲んで酔っ払うのは、珍しいことではないらしい。

 見れば薬草妖精の前にも木の実の器が置いてあり、彼女も直前までお酒を飲んでいた様子がうかがえる。

 

 カリンは良くも悪くも想像の斜め上をいく「妖精は酔っぱらう」という事実に、しばらく言葉を失うのだった。

 

 

 

 

「妖精さん、えっと、お名前は……」

 

「……キミ流に言うなら、『薬草妖精』さん、とでも呼びたまえ。『毒草妖精』さん、でも構わないがねぇ……ククク」

 

「じゃあ、薬草妖精さんは、人間が……その、嫌いなんですか?」

 

 気を取り直して、カリンは目の前に佇む深い緑色の妖精、薬草妖精に問いかける。

 そう。昼に話したときに、彼女は人間が嫌いだと言っていた。それを思い出したので、再び彼女に聞いてみようと思った。

 

「ククク……そんなこと、聞いても楽しくはないだろう? やめたまえよ、そんな話題は……」

 

 カリンは、妖精が人間を嫌うのが何故なのか知りたかった。

 もちろん、聞かなくても困ることなど何もないし、もしかしたら薬草妖精はそれを話したくはないかもしれない。ただの興味本位と思われても仕方がない。

 けれど。どうしてそんなことを聞くのか? と問われれば、カリンの中でその答えははっきりしている。

 

「わ、私……妖精さんたちと、仲良くしたい……です」

 

「ククク……だから、嫌われてる理由を知りたいのかい……? キミも、奇特だねぇ」

 

 恐る恐る見つめるカリンの視線を避けるように、薬草妖精はカリンに背を向ける。

 そして、小さく、言葉を続けた。

 

「人間は、傲慢で、欲深く、すぐに力を振りかざす……とても危険な生き物だとは、思わないかい……?」

 

「え、と……おも、います」

 

 薬草妖精の並びたてる人間の悪いところは、人間であるカリンも重々承知しているものだった。

 残念ながら、人間社会には汚い物事が沢山ある。なんなら薬草妖精よりも、カリンのほうが人間の汚い部分を多く知っていることだろう。それこそ当のカリンとて、人を妬みもするし、ズルいこともするし、悪いことだって考える。

 まるで目の前の妖精に己の悪しき心を見透かされているような気がして、カリンが沈んだ気持ちになっていると、しかし目の前の薬草妖精は更に言葉を続ける。

 

「だけれどねぇ……ただの危険な生き物で終わらず、それに負けない優しさを持つのが厄介なところさぁ。ククク……人間というものはその光で、すぐに妖精の心を奪いに来るからねぇ……」

 

「えと、それって、嫌ってるところ……のお話なんですか?」

 

 カリンが己の汚点を見つめて反省していると、今度は何故だか『優しさを持つ』という話が飛び出してきた。しかし、それは普通に考えれば、嫌う部分ではない。むしろ、美点だと思う。

 薬草妖精の言いたいことが分からず、カリンはきょとんとした顔のまま、小さなその背中を見つめる。

 

「好きに受け取りたまえ。とにかく、その光によって、人間に心を奪われた妖精の成れの果てが、あれさぁ」

 

「あれって、お酒の妖精さん、ですか?」

 

 薬草妖精の言葉は、ちょっと漠然としていて、難しい表現も使っていて、カリンにはその全てをすぐに理解するのは難しい。

 だけれど、人に心を奪われた妖精、というのがいることは分かった。

 薬草妖精の視線の先でお酒を飲んでいる、綺麗な色に光る妖精が、その「人間に心を奪われた妖精」だということも。

 

「彼女は一度、人間たちを魔物の脅威から守るために、その命を失いかけているのさぁ。彼女だけじゃない、過去にも人間のために傷ついた仲間が、二度と会えなくなった仲間がいるから……私は人間を、許すわけにいかないのさぁ……」

 

「あ……」

 

 続く言葉は、カリンにも理解できた。

 そして、目の前でカリンに背を向ける薬草妖精の、人間を嫌う本当の理由が、そこにあるのだと理解できた。

 

 誰かのために命を捨てること。

 それは決して、人同士でもあり得ない話ではない。ドラマや物語でなら、幾らでも美談として扱われる出来事だ。

 だけれど、目の前の妖精は、それで仲間を失った。ならば彼女にとって、人間は仲間の仇なのだ。

 

 妖精だって、仲間を失うのは辛い。その原因を恨み続ける、暗い気持ちもある。

 人間と同じなのだ、と。妖精たちも自分たち人間と同じく、恨みや悲しみの心を持っているんだ、と。カリンはその小さな背中を見て気づく。

 

「ククク……分かってはいるさ。これは逆恨みさぁ。でも、カリンくん」

 

 薬草妖精は、一度だけ言葉を止めて。ゆっくりとカリンを振り返り。

 今まで合わせなかったその視線を、カリンへと向ける。嘘を許さない、暗い熱を持った瞳で、カリンを見つめる。

 

「もしキミのせいで、仲間になにかあったならば。私はキミを、許さないからねぇ……?」

 

「わ、私は、そんな……」

 

 カリンが言葉を失う。

 この暗い熱を持った妖精に、自分はどう応えるのが正解なのか、自分はどう応えられるのかが、分からない。

 しかし薬草妖精はすぐに視線を外して、クククと笑い声をあげてカリンから離れていく。

 

「ククク……冗談さぁ。少し私も、酔いが回っているみたいだねぇ。全部、作り話として、忘れたまえよ」

 

 残されたカリンは、唖然として。でも、先ほどの妖精の言葉が、とても嘘とは思えなかった。

 薬草妖精は冗談だなどと言っているけれど。あれは薬草妖精の心の声なのだと、彼女の心の底にあった本当の気持ちなんだと。根拠はないけれど、そう思えた。

 

「こら、ルイ♪ あまりカリンさんをいじめちゃ駄目よ♪」

 

「人間、あいつもさっきまでお酒を飲んで酔ってるだけだから、あまり気にしちゃ駄目だヨ。ほら、寝袋で添い寝してやるから、もう一度寝るヨ」

 

「……うん、ありがとうね。葉っぱ妖精さん」

 

 思いがけないやり取りで、冷や水を浴びせられたような気持ちのカリンだったけれど。

 今は、でも、横になって。この目を閉じることにした。今は、頭のなかが整理できていない。

 明日の自分なら、この答えをすぐに出してくれるかもしれない。

 

 顔のすぐ横で添い寝をしてくれた葉っぱ妖精からは、少しだけ、お酒と果実の匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桃子。まだ起きてるのか? もう夜中だぞ?」

 

「あ、ヘノちゃん。ごめんね、なんだか目が冴えちゃって」

 

 氷の浮き島の夜。桃子は何となく目が冴えてしまい、寝袋から抜け出し、フラムが灯した焚火の前で暖を取っていた。

 島を囲う空が星空へと移り変わってから、すでにかなりの時間がたっている。本来ならばもう眠りにつくべき時間だろう。

 

「氷め! 全部溶かしてやる! アタシの炎のほうが、凄いんだ!」

 

「す、凄いんだ、じゃないですよぉ。凍った地面を勝手に溶かしたら、地面がドロドロになっちゃいますよぉ?」

 

「でも、氷って溶かしたくなるだろ! ほら、ニムも水撒いてみろ!」

 

「うわぁ……じめじめしてて、良いですねぇ」

 

 焚火の向こうの広場では、なんだかフラムとニムが騒がしくしている。

 火の妖精と水の妖精が、それぞれ炎や水を地面に向かって放っており、何をしているのかさっぱり理解できない光景だった。

 

「ええと、あの二人は……」

 

「あれはただ。氷溶かしごっこをしてるだけだから。気にしなくていいぞ」

 

 氷溶かしごっこ。

 ルールは全く分からないけれど、それはきっと、とってもエキサイティングな遊びなのだろう。

 桃子は気にするのをやめた。

 

 

 

 

「ヘノちゃん、えっと……あの豆、なんて呼ぼうかな」

 

「桃子としては。『そら豆』は紛らわしいんだったか。じゃあ。『でか豆』でも。『でかそら豆』でも。構わないぞ」

 

「じゃあ、とりあえずでか豆にしておこうか。ヘノちゃんは、でか豆のこと知らなかったの?」

 

 でか豆。それは、一つ前の島にて、数年間の遭難生活を送っていた探索者であるオオアシが主食としていた巨大な豆だ。

 豆そのものの形状としてはそら豆のような潰れた楕円形の物体であるが、食べた感じからして、巨大な枝豆と言ったほうがものとしては近いだろう。大空のダンジョンにあるけれど、決してそら豆ではない。

 しかし、名前はさておき。

 その豆についての疑問なのだけれど、ヘノはあの豆を初めて食べたようなことを言っていた。

 だがしかし、このダンジョンはヘノの故郷である。ならば、あの豆のことも知っていそうなものだが、と思い、聞いてみたのだ。

 

「うーん。全く知らなかったわけじゃ。ないけどな。そんなこと。聞いてどうするんだ? あんまり。面白くないぞ」

 

「私、ヘノちゃんとあの豆の木の馴れ初め、聞きたいな。だって、ヘノちゃんの故郷のダンジョン食材だよ?」

 

「変なことを。知りたがるんだな。やっぱり桃子は。面白いな」

 

 ジッと見つめてくる桃子の微笑みを受け止めて、ヘノはうーんと考え込む。

 あの豆の木を最初に見た時のこと。うろ覚えだけれど、ヘノは少しずつ語りだす。

 

「そうだな。ずっと昔。気になってかじってみたことはあるぞ。でも。苦くて。固くて。周りの袋も邪魔で。口の中がイガイガするだけだったから。ヘノはあれを。食べ物だとは思わなかったんだ」

 

「思わなかったかあ」

 

 ヘノが豆料理を知らなかった理由。それは、桃子がなんとなく想像していた通りの答えだった。

 桃子が知る限り、妖精たちは果物などを好んで食べるけれど、彼女らは決して『調理』という工程を挟まない。つまり、彼女たちの食事は基本的に、生だ。

 火を通したりとか、茹でたりとかをしない。ついでに言えば、水にさらしたり、なんなら水で洗って食べたりもしていない気がする。

 そういう意味では、遭難したアイドルと同じ名を冠するカリンの実も、妖精たちの中では食べ物足りえないのかもしれない。あれはとても良い匂いだが、生で食べるようなものではなかった筈だ。

 

 とにかく、生では食べられないあのダンジョンに実る豆は、ヘノにとっては食べ物ではなかったのだ。食べ物じゃないから、今まで食材の話をした時も、話題にあがることなど無かったのである。

 せめてダンジョン内の探索者たちの語る情報として耳にする機会があればまだ食材として認識出来ただろうが、奇しくもここは未発見の階層だ。探索者たちの噂になる筈もない。

 

「前に食べたときは。ただの苦い木の実で。終わったんだけどな。まさか。あんな美味しい食べ物になるとは。思わなかったぞ。もじゃもじゃは。火で焼いただけなのに。豆を美味しくしてたんだ」

 

「苦かったのってきっと、アクだよね。事前に水に晒しておいたのかもしれないね」

 

「わかんないけど。桃子の好きに料理していいと思うぞ。あと。豆と言えば。もじゃもじゃが。ずっと魔物に襲われず。無事に生活してた謎が。とけたぞ。桃子の魔力だ」

 

「ええと……私の魔力?」

 

 桃子は豆の調理方法について考えていたのだが、しかしヘノが突然予想もしていなかった方向に話を持っていく。

 豆の話をしていたつもりだったのだが、豆の島で生活していた探索者であるオオアシの話がいきなり出て来た。

 そして更には、それが桃子の魔力に関係しているという。さっぱりわからず、桃子は首を傾げる。

 

「その豆を食べると。一時的に。魔力が目立たなくなるんだ。魔力だけじゃなくて。人間の独特の気配も。少し薄くなっている気がするぞ。多分。豆を食べたせいだ」

 

「え、それって凄くない?」

 

 驚きの効果が、そこにあった。

 でか豆を食べると、その効果として魔力が目立たなくなる。そして人間の気配も薄くなる。

 それはつまり、食べる魔物避けだ。それが本当ならば、ダンジョン探索の安全性が格段に跳ね上がるのではないか。

 

「まあ。桃子の【隠遁】ほどじゃ。ないけどな。でも。桃子」

 

 桃子の【隠遁】は気配どころか姿をほぼ完全に認識できなくなる、驚きの効果を持つスキルだ。

 でか豆はさすがにそこまでの強力な効果を発揮するわけではないのだろうが、しかしそれにしても、それを食べ続けることで魔物に襲われないまま数年間生活できた実績があるのならば、魔物避けとしての効果はなかなか得難いものであろう。

 

「桃子がでか豆を収穫して。他の人間たちに食べさせるなら。あとで。毒が無いか。きっちりルイに見て貰わないと。駄目だぞ」

 

「え、毒? 私は、いまの所大丈夫だけど……」

 

 桃子は慌てて自分のお腹に手をあてる。

 言われてみればその通りで、ダンジョンで初めて食べる食材というものは、まずは毒などの人体に害のある成分が入っていないかどうかを調べる所がスタートだ。いくらオオアシが無事だったからと言って、サンプルがひとりでは安全性を保障するには少々心もとない。

 でか豆は、先ほどのカレーの唯一の具材である。当然ながら桃子も、一種の豆カレーとしてしっかり食べた。そしてそれに加えて、桃子は焼き豆も食べている。

 もしあれに毒素が含まれていたならば、そろそろ体調に変化があるかもしれない。

 

「まあ。桃子はお腹が丈夫だからな。お腹の中も。スキルや魔力で強くなってるんだろ」

 

 桃子はスキルや魔力でお腹が丈夫。その理屈は、否定しようにも否定しきれない部分がある。

 今までも桃子はダンジョン内で様々なものを食べて来たのだが、やはりダンジョンという自然の中で食べる以上は、どうしても衛生的な部分が地上より劣ってしまう場合が多いのだ。

 だがしかし、桃子はダンジョン内の食べ物や水でお腹を壊したことも、それで発熱や蕁麻疹などの症状に見舞われたことも無い。

 もしかしたら、本当に『頑強〇』スキルで胃腸が強くなっているのだろうか。

 

「おーい! ヘノ! 桃子をあんまし夜更かしさせたら駄目だぞ!」

 

「ヘノぉ、も、桃子さんはすぐに朝起きれなくなりますから……あまり夜更かしは駄目ですよぉ? ヘノも一緒に、ね、寝たらどうですかぁ?」

 

「ご、ごめんね、朝弱くて。でもありがとう、フラムちゃん、ニムちゃん」

 

 豆について話し合っていると、夜中だというのに実に元気な声をかけられる。

 どうやら、妖精たちの間では桃子は朝起きられない人間としてカウントされているようだ。否定しようにも、完全に事実なので、否定しようがなかった。

 

 仕方ない、無理してでも今日は早く寝よう。桃子はそう、心に決めるのだった。

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