ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ん……ふわぁ、なんかすっごく寝ちゃった」
「あ、ヘノぉ、桃子さんが……お、起きましたよぉ?」
「桃子。ようやく起きたか。次の島が近づくのは。明日の朝だから。もっと寝てていいぞ」
ノンが作ってくれた洞穴の中で、寝袋に包まっていた桃子が目を覚ます。
この寝袋は、今回の騒動について話を聞いたポンコの父であるクヌギが桃子の為に用意してくれたものだ。もちろん、そのもの自体はクヌギではなく、深援隊メンバーの風間やサカモトが用意してくれたものなのだろうが、なんにしてもしっかりとした良い寝袋である。
砂漠ポンチョで寒さを遮断し、寝袋の中でぬくぬくと眠る。カリンを救助するための旅路とは言え、惰眠をむさぼるのは実に幸福なことであった。
そのまま惰眠を貪り続け、昼過ぎにようやく起きてきた桃子の顔をみたヘノの一言目が、上記の台詞である。
「ええ……いやあ、さすがに今からまた寝るのはちょっと大変だよ。なんか夢見も悪かったし」
「なんだ。変な夢でも。見たのか?」
「んー、なんかね、妖精のみんながおかしくなっちゃう夢で、すごく怖かったんだよ」
「こ、怖い夢ですねぇ……」
桃子は、ニムに水を出してもらってそれで顔を洗いながら、先ほど寝袋で見ていた夢を思い出す。
惰眠を貪ってはいたものの、見ていた夢は決して幸福でハッピーな夢というわけではなかったのだ。
決して幽霊が出たり悪人に襲われたりというような悪夢だったわけではないが、だがしかし、なんとも奇妙で不気味な夢だった。
「ヘノたちが。おかしくなったのか。どんな風に。おかしかったんだ」
「なんか、ヘノちゃんたちが急に私に向かって念仏みたいなのを唱えだして、ティタニア様がそれをにこにこ眺めてるの。怖かったー」
念仏。或いは、呪文。
特にフラムやヘノが、桃子に向かってずっと何かしらの言葉を繰り返していた気がする。眠り続けろだの、武器を抱け、だの。
「なんだそれ。意味がわからなくて。怖いな」
「ま、正夢じゃないと、良いんですけど……うぅ……めそめそ」
「一日あるならさ、この島も探索してみていい? 寒いのなら、砂漠ポンチョ着てれば大丈夫だしね」
「そうだな。じゃ。あっちの森でも。見て回るか」
「じゃ、じゃあ、私も一緒に……い、行きますねぇ」
朝……というか既に昼過ぎではあるけれど、寝起きの準備を終えた桃子が、ヘノとニムに声をかけた。
この浮き島は、桃子の吐いた息が真っ白に染まるような冷気を纏う島であるが、だからと言って一日中洞窟の中で過ごすというのも暇である。
なので、もしかしたら新たな発見があるかもしれないと思い、桃子は妖精たちに探索を呼びかけ、声をかけられた二人も特に断る理由もないため、桃子についていく。
初めて訪れた土地の地面を踏みしめて歩くのは、何度経験しても、心が高揚する。
柚花や杏からも、警戒しろ、と口を酸っぱくして言われているのだが、やはりどうも、警戒心よりもワクワクする心理の方が上回ってしまうのだ。
白い息を弾ませながら、桃子は見知らぬ木々の間を進んで行く。
「ところで、他のみんなは? もうどこかに遊びに行っちゃったのかな?」
「リフィは。アイドルのところだな。ルイとクルラも。一緒に居るんじゃないか」
「そっか。リフィちゃんたちがついてくれてるなら、カリンさんも大丈夫だね」
桃子はこの旅をそれなりに楽しんでしまっているが、あくまで目的はカリンの救出だ。
カリンが桃子のようにこの第二層での生活を楽しめているのならばいいのだが、流石にカリンの状況を考えると呑気に生活を楽しむどころではないかもしれない。
ならばせめて、カリンが心細くならない様に、カリンに危険が迫らない様に、信頼できる妖精たちがついてくれているのならば、桃子も安心できる。
「あと。他の連中は。しばらく。一緒にいたけど。魔物が集まってきちゃったから。一時的に。解散することにしたんだ」
「ん? 魔物で解散? どういうこと?」
「そ、それがですねぇ。も、桃子さんの寝袋を、皆で囲んで見てたら……うぅ、魔物に見つかってしまったようなんですよぉ……」
そして続く話は、桃子にとっては寝耳に水だった。
どうやら桃子が寝ている間に、桃子の近くまで魔物が集まってきていたのだという。
というのも、だ。そもそも魔物という瘴気で動く存在は、本能的に人間を襲う性質がある。
しかし桃子の場合だと、【隠遁】というスキルのお陰で魔物にも認識されず、そして当然襲われる機会というのが殆ど存在しないのだ。だからこそ、妖精たちも呑気に桃子の野宿を受け入れている。
だがしかし、それはあくまで【隠遁】が効いている間の話なのだ。
桃子の【隠遁】は、妖精がすぐ身近にいると、その特殊な魔力構成が乱されるようで、効果が薄くなっていく。そして、【隠遁】の効果が薄くなると同時に、魔物たちに桃子の存在を感じ取られてしまうのだ。
「そ、そっか……寝てる間でも、妖精の皆が近いと【隠遁】が掻き消えちゃうんだね」
「多分。妖精が。3人もいたら。魔物には。見えてるかも。しれないな」
今までの経験則としては、桃子についてくる妖精がひとりの場合は誰かに見つかることなどほぼない。ただし、人目を引くような巨大なハンマーを持ったままうろついたり、鉱石ポイントを派手に破壊していたり、或いは他者の目の前で戦闘や爆走など激しい動きを見せたりと、つまりは目立つ行動をとっていた場合、相手にぼんやりと視認されることがあり得る。
次に、今と同じく妖精が二人の場合。この場合は更にスキル効果が弱まり、まだノイズが多いとはいえ映像記録にもその姿が映り込むようになる。もちろん、派手な動きを見せれば他者からも視認される確率が上がるだろう。
そして、それ以上の数の妖精が共に居るならば。桃子の【隠遁】は、その効果の大半を失っていく。
「も、桃子さんが野宿するときは、ある程度距離を取らないと、いけませんねぇ……」
「そっか、そうだよね。失念してたけど。気を付けないとだねえ」
今までは桃子が野宿をするようなことはなかった。
日帰りで自宅にも帰れるし、妖精の国の中でなら【隠遁】の効果が失われたところで何の影響もない。
だから、寝ている桃子が魔物に襲われる可能性など、妖精たちですら考えていなかったのだ。
なので、次からは気を付ける必要がある。
とは言え、気を付けるとは言ったものの、桃子に出来ることなど妖精たちと距離を置いて寝る、くらいしかない。
どちらかと言うとそれは、桃子ではなく妖精たちが気を付けるべきことだろう。
「あれ? あの豆……ええと、でか豆は、魔力を隠す効果があるんじゃないの?」
「隠すとは言っても。あくまで。ある程度の話だからな。時間が経てば。効果も弱まるし。そこまで。万能じゃないぞ」
「それもそっかー」
思いついたのは、もじゃもじゃビッグフットことオオアシの食べていた大きな豆だけれど、どうやらその豆の効果を維持するには定期的に摂取する必要があるようだ。
オオアシのように、三食しっかり豆を食べて。その上で、寝るときには魔物から目視されない森の中に小屋を作るのが、一番正解なのかもしれない。
そんな話を続けながら、氷の浮き島の森を探索する一行だが、桃子はふと、一つの樹の前で立ち止まる。
それは、特徴的な葉の形で知られる樹木。
「ねえ、この木、楓っぽいね。ほら、葉っぱの形がカエルの足みたいなのが特徴なんだよ」
「ほ、本当ですねぇ……お、面白い木ですねぇ」
楓と言っても、楓の種類だけでも何十種類も存在し、しかもこれはダンジョンの中の品種である以上、地上のものとはまた違った品種と考えるべきだろう。
だがしかし、葉っぱの形が楓ならば、これは楓の亜種と考えても構わないだろう。
そして桃子は、そこで一つの閃きを得た。
「楓の木……そうだ! ねえニムちゃん、可能ならでいいんだけど、この木の樹液をさ、器か何かに集めたりできないかな?」
「桃子。樹の汁なんて集めて。どうするんだ? ベトベトするだけじゃないか?」
「あのね、楓の樹液って、メイプルシロップっていう、甘い蜜の原料になるんだよ。例えるなら、ハチミツみたいなの。もしかしたら、この樹からそれが採れないかなーって」
そう、メイプルシロップだ。
あくまで目の前にあるのは、そこはかとなく楓っぽい、ダンジョンに自生している新種の樹だ。なので、必ずしも地上の樹木と同じ性質を持つとは限らないし、シロップが獲れるとも限らない。
だがしかし、可能性の話と言えど、ハチミツみたいなシロップと聞けば、ヘノはもとより、ニムも興味が湧いてくる。
「そうなのか。じゃあ。ニム。出来るか?」
「うぅ……樹さん、少しだけ、傷つけますねぇ……」
樹液を抜くには樹の表面に多少の傷をつける必要があるので、ニムとて進んでやりたい行いではない。ただ、食への好奇心は何よりも抑えがたい代物だ。
ニムはさっそく樹木の表面に小さな傷をつけ、そこから己の魔力により樹液を吸い出すように取り出していく。
桃子の腰につけた工具入れにはこういう時のためのポリ袋も入っていたので、集まった樹液はそのポリ袋に入れてもらう。
「ぺろり。本当だ。なんとなく。甘いな」
ヘノが興味本位でその集まったポリ袋を舐めてみるが、成程確かに、ほんのりと甘さを感じられる。
とはいえ、あくまでほんのりだ。これを舐めるならば、妖精の国の果物を食べるほうがよっぽど甘いとヘノは思ったし、実際にその通りだ。
「これはあくまで原材料。これを沢山あつめて、長時間煮込んで水分を抜いたら、メイプルシロップとかメイプルシュガーとか、はちみつやお砂糖みたいなのができるんだよ」
「なるほどな。水分を抜くだけなら。乾燥させれば。すぐだぞ。ほら。どうだ」
桃子の説明を聞いたヘノは納得する。果物も、そのまま食べるよりも乾燥の魔法でドライフルーツにした方が甘みが増すのだ。
きっと、それと同じ理屈なのだろうとヘノは理解すると、片手間でそのポリ袋に満たされている樹液に乾燥魔法を叩きつけていく。
あとは、あっという間だった。
シュウ、という音と同時に、みるみるうちにポリ袋の液体が減っていき、その色を琥珀色へと変えていく。それと共に、周囲に甘い香りが漂ってくる。
そしてそれを繰り返していくと、ポリ袋の中の液体は消え去り、袋の中には極々わずかばかりの、琥珀色の塊が転がっていた。
「わっ?! え、もう出来たの? ……わ、これメイプルシュガーだよ!?」
桃子がその塊の、ほんの端っこ数ミリだけを指先につけて舐めとってみると、それは確かに、地上でも見知ったメイプルシュガーそのものの味だった。
それを見たヘノとニムも、続いて袋の中に身体ごとつっこみ、交互にその塊を舐めてみる。
「本当だ。甘いな。なんか。面白いな」
「お、面白いですねぇ……」
そうして三人で舐めとれば、ごく僅かだったメイプルシュガーはあっという間になくなってしまった。
正直な気持ちを言えば、物足りなくはある。
だがしかし、満足いく量のメイプルシュガーを欲するならば、今のポリ袋一杯分の樹液では足りたものではないだろう。
「この木、妖精の国に移植できないかなあ。もう少し定期的に樹液を貰えれば、シロップとかメイプルシュガーが作れるようになるんだけど……」
「さすがに。ここまででかい木だと。難しそうだな。今度。それこそ。リフィに相談してみるか」
「き、木に傷をつけるので、リフィに相談せずにやると、怒られそうですしねぇ……」
もっと樹液を採取出来るならば、料理に使える程度にはメイプルシュガーやメイプルシロップが制作できるだろう。
だがしかし、いまの所は即断出来るものではなさそうだ。そもそも、甘味に関しては大量の果実のお陰で全く困っていないのも事実である。
なんにせよ。まずは今回の救助作戦が全て終わってからだ。それから、リフィにも相談してみるとしよう。桃子はそう、結論付けた。
【とある妖精たちとアイドルの会話】
「すごい、すごーい! 下着も着替えもある……!」
「ククク……カリンくんの着替え一式に、これはなんだい? 食料かい?」
「わ、これはインスタント食品って言って、お湯をいれたら食べられる奴です。こっちは……サプリメントだ! ええと、栄養の入ったカプセル、でいいのかな?」
「なるほどねぇ……興味深いじゃあないか、私も少し、この中身を分けて貰ってもいいかねぇ」
「どうぞ、どうぞ。私も何が入ってるのかよく分からないですけど」
「お酒は? お酒は入ってなかったのかしら♪」
「お酒は流石に、そもそも私が飲めないので……」
「人間。こっちの機械はなんだヨ。なんか。お前の端末と同じのが。入ってるヨ」
「えっ?! わあ、新品の端末だーっ! すごい、すごいっ」
「ククク……良かったじゃあないか、これで、外と連絡がつくんじゃないかい……?」
「ちょ、ちょっと試してみますっ!」
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「うわーん、IDとかパスワードとか、ここじゃ何にもわかんないから、設定できないよ~」
「それはそれは、どうしようもない話だねぇ……ククク」
「なんだか分からないけど、使えないものを寄越すなんて、第一層の連中も気が利かないのヨ」
「元気出して、カリンさん。ほら、お洋服を綺麗なのに着替えたら、こっちのカップラーメン、食べましょ♪ すごいわ、チャーシュー入りよ♪」
「ぐすん……食べます」