ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
上高地ダンジョンギルドは。そして、上高地ダンジョン第一層に作られた救助チーム用キャンプは、まだ日も上っていない未明だというのに、慌ただしい動きを見せていた。
ギルド職員が慌ただしく探索者たちに指示を出し、そしてキャンプにて指揮をとっていたインディとジョーンズの二人の探索者も、ギルド職員と連絡を取り合いながら、すぐにでも第二層へと降りられるようにしている。
そして、そこに駆け付けたのは、現在この上高地ダンジョンにいる数少ない高レベル探索者の一人。黒髪を靡かせ、左右にクリップリボンを付けた女子高生探索者タチバナこと、柚花だった。
「こんな時間からすまないな、タチバナさん。不測の事態だ」
「はい、説明はギルドの方から聞いてます! 私は何をすればいいですか?!」
「単刀直入に言おう。キミには第二層の入り口から、出来る限りの魔物を殲滅してほしい」
ダンジョン外のホテルに宿泊していた柚花だが、この事態の解決に必要な人材としてギルド職員からの緊急の呼び出しによりこの場に呼び出された。
このダンジョンに起きている異変。不測の事態。それは、魔物の異常発生だ。
第二層に設置した定点カメラはカリンが滞在している浮き島を中心にして第二層の空を観測していたのだが、そのカメラがとらえたのは、大量の黒い鳥――空飛ぶ魔物たちの群れだった。
皮肉にも、インディが危惧したとおりの事態になってしまった。
魔物というものは、人間の気配を察知し、人間に襲い掛かる習性がある。その魔物たちが、今回第二層の扉の解放と同時に多くの人間が出入りするようになったのをきっかけに、一斉にこの第一層へと続く階段のある浮き島を目指して集まってきたのである。
無論、いくら階段のある島の周囲に魔物が集ったとて、その魔物が第一層まで侵攻するわけではない。なので、本来ならば魔物の異常行動が終息するまで誰も下に降りなければ問題は無い。
だがしかし、今の状況がそれを許さなかった。
階段のある浮き島のすぐ下には、カリンのいる島が浮遊しているのだ。もし魔物の群れが人間であるカリンの気配を察知すれば、彼女が真っ先に襲われることになる。
この圧倒的な量の魔物たちが、一人の少女に襲い掛かる。それは、決してあってはならないことだ。
どうにかして、今出せる戦力で、魔物を削らなければならない。そのための人員が、柚花だった。
「ギルドでは他にも遠距離魔法を使える人員を集めているが、残念ながらタチバナさんほどの殲滅力をもつ探索者は上高地にはいないようだ」
「つまり、私がメインとなって、とにかくあの黒い鳥を撃ち落としていけばいいってことですね!」
「ああ。だが、第二層はまだ暗く、正直視界は悪い。俺たちも君の護衛につくが、決して無理はするな。危なくなったら撤退するからな」
第二層の空は、地上の空とリンクしている。まだ日も登る前の時間なので、第二層はまだ星空を映し出しているだろう。
そんな中、島の周囲を囲う黒い鳥たちを撃ち落としていくミッションは、普通に考えてもかなりの危険と難易度を伴う。
だがしかし、柚花はその両の目に、銀色の光を放つオッドアイに不思議な光を宿しながら、不敵に笑う。
「大丈夫ですよ。私の目は、暗くても魔物の場所は把握できますからね」
「ヒュー、頼りになる美少女ちゃんじゃねえの、じゃ、俺らも行きますか」
柚花は、インディたちの知らない情報を知っていた。
昨日の昼間。設置された望遠カメラがカリンたちのいる島よりも更にひとつ下の島、氷の島を映し出すとき、時折ノイズが走り映像が見えなくなっていたのだ。
それはつまり、今あの島には【隠遁】の持ち主である桃子が滞在しているということに他ならない。
氷の島とカリンの島が近づく時間は、未明から明け方の時間ということは観測で分かっている。つまり、桃子がカリンの島にたどり着くのは、明け方。朝陽が昇る時刻だ。
柚花はその時間に合わせて第二層へと降りるため、既に未明にはダンジョンに潜る準備をしていたのだが、それを見計らったかのような魔物の発生だ。まさに、寝耳に水である。
桃子がカリンと合流するという一番大切なタイミングで起きた、魔物の群れの発生。
柚花は、カリンや桃子が心配だ。いくら妖精たちがいるとは言え、あの量の魔物に囲まれるのは不味い。
だがしかし、心配する気持ちと同時に、いや……それ以上に、柚花は怒りに燃えていた。
自分の大切な人たちの邪魔をする黒い鳥たちなど、許せない。
そのような魔物など、裁きの落雷で全て殲滅してしまおうと、心に決めていた。
「桃子。桃子。起きろ。緊急事態なんだ」
「……ん、え……あ、ごめん、寝てた。ヘノちゃん?」
氷の島に作られた小さな洞窟内で、まだ外も暗い時間に桃子はヘノに耳たぶを引っ張られて目を覚ます。
この日は朝早くの時間に次の島と接近するので、それまで頑張って起きていようと思っていたのだが、どうやら壁に寄り掛かったままいつの間にか寝入ってしまっていたようだ。
ぼんやりする頭のまま、相棒であるヘノに顔を向けるが、しかし様子がおかしい。
ヘノは基本的に無表情だし、声に感情もあまり乗らない。だけれど、それでも。ヘノが何か、焦っていることが桃子には分かった。
「起きたか。もうすぐ島移動の時間だけど。今回は。危険かもしれない。ちょっと。大変なことになった」
「え、危険ってどういうこと……? そういえば、他の皆は?」
「みんな。魔物と戦ってる。あいつら。群れになって。一気に飛んできたんだ」
「え……」
洞窟内には、桃子とヘノだけだ。
いつもならば他に誰かしらが一緒に居たのだが、今日は誰もいない。洞窟の外にある焚き火を見ても、他の妖精の気配がない。
ただならぬ様子に、寝起きが悪い桃子の頭も、急速に覚醒してくる。
そして、ヘノの言葉。魔物の群れという言葉に桃子は言葉を失い、慌てて立ち上がると洞窟の外へと駆け出し、周囲の空を見回す。
暗い夜空は、明け方が近いのだろう。少しずつ、うっすらと明るい色を帯びてきている。そしてその空に、黒い鳥の群れが巨大なる影を作っていた。
桃子の住む首都圏においても、地域によってはムクドリの群れというものを目にすることがある。いったいどこに隠れていたのか不思議に思う程に多くの鳥が群れをなし、まるで一つの巨大な生物のように影を作る光景を、桃子も見たことがある。
今、桃子が見ている景色はまさに、それに似ていた。無論、鳥のサイズも、鳥が作る巨大な影の規模も。こちらのほうがはるかに大きく、危険なのだけれど。
「こ、これ全部魔物?! カリンさん、カリンさんは大丈夫なの?!」
「アイドルも。洞窟に隠れてるし。一応リフィたちもついてるから。隠れ続けてれば。大丈夫だとは思うぞ」
「そ、そっか、それならいいんだけど……」
他の妖精たちは既に、魔物と戦っているという。
けれど、この量と戦うのは流石に無理があるだろう。両手の指の数にも満たない妖精と、空を覆いつくす魔物の群れだ。強さの問題ではない、数の問題だ。
とはいえ、どうやら少なくとも人間であるカリンについては、隠れ潜むことで難を逃れているらしく、桃子はどうにか安堵する。
「それより桃子。どうする。行くか。やめておくか」
「もちろん、行くよ。私がカリンさんと一緒に脱出さえしちゃえば解決だもん。私が行かないわけにはいかないでしょ?」
「わかった。でも。気をつけろよ」
「うん、頑張るよ」
幸いなことに、桃子には【隠遁】がある。
魔物がどれだけ多くとも、どれだけ大きな群れを作ろうとも。それらに認識されない限り、襲われることはない。
桃子が魔物に見つからずに、無事にカリンのもとへとたどり着ければ、そこで【転移】の魔法を発動させて解決するのだ。
だから、魔物を恐れて桃子が足を止める未来など、そもそも選択肢にすら上がらない。
桃子は、砂漠ポンチョを羽織り直し、その上からスフィンクスのブラジャーことパラシュートの入ったリュックを背負う。
リュックを固定すれば、あとはヘノと共に、翔ぶだけだ。
果てなく広がる空には、強い風が吹きすさんでいた。風の中から近づいてくる最後の浮き島の周囲にも、黒い鳥たちが。そしてそれにつられて発生しているのか、数多のスカイフィッシュまでもが飛び回っている。もはや、昨日までの穏やかだった空はどこにもない。
桃子は、空に巨大な影を作るムクドリの群れ、或いは海中の巨大な魚群に巻き込まれたような錯覚を覚えた。
「うーん、風が強い。それに、スカイフィッシュも凄く多いじゃん」
「なんだかもう。わけが分からないことに。なってるな」
次なる島へと飛び移るために、桃子は氷の島の端。崖になっている最端へとやって来たが、しかしそこも状況は変わっていない。
空を埋め尽くす白と黒。そして吹きすさぶ風。あくまで第二層の中だけの現象とは言え、この質量はいつぞやのスタンピードを彷彿とさせる。
「桃子! ヘノ! 島が近づいてくるぞ! このスカイフィッシュ、滅茶苦茶に飛んでるから! 気をつけろ!」
「桃子さん、周囲の魔物はどうにかするから、頑張るんだよぉ」
桃子たちの姿を見つけて、フラムやノンが駆け付けてくる。
彼女たちもそれぞれの力で魔物と戦っていたようだが、しかし正直なところ、焼け石に水だ。
フラムの炎がもっと強大な爆発を起こせたならばそれなりの魔物を削ることも出来たかもしれないが、残念ながらフラムの炎もそこまで広範囲には広がらない。
大地属性のノンの魔法は、残念ながら空の上ではほぼ役に立たない。頑張って数多くの石を飛ばしているが、空を駆ける鳥たちには当たりそうもない。
しかし、戦っているのは、妖精だけではないようだ。
桃子は空を、遥か高みを見上げる。
そこには恐らく、このダンジョン内でいま、最大の殲滅力を誇る魔法が猛威を振るっていた。
「ヘノちゃん、あれ、見える?」
「なんか。凄いことになってるけど。見覚えがあるな。あれは。後輩の魔法じゃないか」
今は、桃子の立つ氷の島もかなり高い位置に移動してきており、この階層の最上段に浮かぶ第一層へと続く浮き島が比較的近く見える。そして、その浮き島が輝いている。
否。
浮き島が輝いているわけではない。ただ、浮き島の周囲に集う鳥たちが連鎖する稲妻に巻き込まれ、雷光とともに消滅しているのだった。
柚花の得意とする魔法【チェイン・ライトニング】が、広い空の上で猛威を振るっていた。
これはもはや相性の問題だろう。稲妻を遮るものの無い空で、密集する群れの中に連鎖する稲妻を叩き込んでいるのだ。
漆黒の猛禽類たちは、それでもなお人間たちの集まる最上段の、第一層と繋がる浮き島へと殺到している。
雷光と共に殲滅されると、その空いた空間に吸い込まれるかのように新たな群れが押し寄せる。そしてそれらが雷光と共に殲滅される。その繰り返しだ。
「後輩も。桃子のカレー食べてるから。前よりも。魔法の威力が。あがってそうだな」
「ニムもあそこで! サポートしてるんだ! あれならそのうち! 魔物もいなくなるかもな!」
「そっか……! うん、柚花が戦ってるんだもん、私も頑張らなきゃね! よろしくね、ヘノちゃん」
「わかった。つむじ風の魔法。かけるぞ」
遥か下からも分かる。
あそこで、柚花が戦っているのだ。
後輩が頑張っているのだから、自分が頑張らないわけにはいかないと、桃子は己に発破をかける。
「空中の! 黒い鳥は任せろ!」
「足場も、滑らないように岩でしっかり固めておいたよぉ」
フラムとノンの二人も、桃子の為に力を貸してくれる。準備は万全だ。
最後の島が近づいてくる。そして、島同士がすれ違っていく。
幅は20メートル近くはありそうだが、しかしヘノとのコンビネーションならば、桃子ならば飛べる距離だ。
桃子は気合をいれて、白い魚と、黒い鳥が飛び交う空に向けて。
つむじ風を纏い、桃子は最後の跳躍を見せた――。
【とある妖精とアイドルの会話】
「おい、人間。絶対にそこから出てくるんじゃないヨ」
「……ふぇ? え? 葉っぱ妖精さん? え、何がどうしたの? 何あれ?!」
「魔物が大量発生したのヨ。多分、この階層中の魔物が、こっちに集まってきたのヨ」
「じゃ、じゃあ、葉っぱ妖精さんも、魔物がどっか行くまで一緒に隠れてやり過ごそうよ!」
「無理なのヨ。魔物は人間の気配に反応するんだから、隠れててもそのうち見つかるヨ」
「そ、そんな……」
「大丈夫、妖精はなかなか強いのヨ。あんな鳥なんて、ちょちょいのちょいだヨ」
「待って! ダメだよ! 葉っぱ妖精さん……リフィさん!」
「だからね、安心していいのヨ。お前はそこに隠れてるのヨ、カリン」