ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「いくら何でも、同じ鳥ばっかりで面白みがないですねっ!」
このダンジョンは、地平線がない。なので実に奇妙なことだが、陽の昇る時間になれば、遥か先の空にどこからともなく、うっすらと太陽が現れては天球を昇っていき、夕刻になれば陽が沈むと同時にうっすらと空の彼方に太陽は消えていく。
今はまだ朝陽の現れる前の時刻ではあるが、しかし空の色が、夜の色から徐々に明るい青へと変わってきている。
いま、その空を埋め尽くさんと、大量の黒い鳥が群をなして舞っていた。
その黒い鳥の群れは第二層入り口となる浮き島へと群がっては、迸る稲妻に巻き込まれ次々と消失していく。
「すげーなタチバナちゃん、こうかはばつぐんだ! ってか?」
「ジョーンズ、ふざけて油断してるんじゃない……ぞっ!」
浮き島の最前に出て、空へと向けて【チェイン・ライトニング】を放ち続けるのは、柚花だ。
彼女のこの魔法は、魔物が密集している状態で最大の威力を発揮する。それが第二層の耐久性の高くない魔物ならば、この魔法の最大の弱点である威力の低さも問題とはならない。
北海道の摩周ダンジョンでは相性の問題で殆ど力になれなかった魔法だが、この空の上ではこの上ない殲滅力を発揮していた。
そしてその柚花の背後をカバーするように曲刀を構えた二人組は、鳥取の砂丘ダンジョンの遺跡探索のエキスパート、インディとジョーンズだ。
いくら柚花の魔法が強くとも、彼女の魔法は前方へ放つ術であり、背後から襲われては流石に対処が難しい。その背中を守るのが、今の彼らの役目だった。
彼らは遺跡探索の専門家であり、決して戦闘が専門ではない。とはいえ、彼らはそれでも経験豊富な高レベル探索者だ。
お世辞にも強いとは言えない上高地ダンジョンの探索者たちに代わり、この時だけは戦闘要員として柚花の背中を守るという任務を負っていた。
今も、襲い来る鳥たちを曲刀で薙ぎ払いながらも、あえて軽い口調で、マイペースのやり取りを続けている。これが彼らなりのやり方だ。
「ってかよ、タチバナちゃん。その魔法【チェイン・ライトニング】だったか? そんなに拡散する魔法だったのか?」
「そういえば、凄いな。鳥同士の距離もそれほど近いわけじゃあないと思うんだが」
戦いながらも、インディたちが目を見張っているのは柚花の【チェイン・ライトニング】の威力である。
探索者タチバナが、その年齢にして高レベル探索者を名乗るだけの実力を有していることは彼らとて知っている。
だがしかし、いま彼らの前で魔物を殲滅する稲妻は、幾ら魔物同士で連鎖するにしても、規模が大きすぎる。いくら群れているとはいえ、鳥の魔物同士は決してそこまで密集しているわけではないのだ。
その『謎』に、口を挟まずにはいられないのもまた、砂丘ダンジョン探索者の習性と言えるだろう。
しかし、その謎はあっけなく柚花本人の口から語られる。
「あれ、お二人とも気づいてません? これ、スカイフィッシュ巻き込んで連鎖してるんですよ」
「あー、そういうこと……か! っとぉ」
「なるほどな! 失念していた! 何もその魔法は魔物のみに拡散するわけではないってことか」
「はい、空を飛ぶものに突進する習性のあるスカイフィッシュです。空飛ぶ魔物がこれだけいれば、スカイフィッシュも滅茶苦茶密集してますからね」
連鎖のタネは、スカイフィッシュだった。
まだ暗いなかではインディたちの目で全てを捕えるのは難しくとも、柚花の【看破】の瞳はそれを捉えていた。
多数の鳥の群れ。そしてその中を飛び回っているのが、それ以上に密集したスカイフィッシュの群れだ。まるでイナゴかトンボの異常発生した空のように、スカイフィッシュが大量に飛んでいる。
柚花は、そのスカイフィッシュをも電撃の拡散に利用していた。
「タチバナさんの魔力次第だが、これならかなり削れそうだな。ジョーンズ、この子に怪我の一つでもさせたら俺らの一生の恥だぞ、気張れよ!」
「わーってる……けど、きっちいなあ!」
曲刀で、どれだけの黒い鳥を薙ぎ払ったか分からない。
柚花の前方の魔物たちはひたすらに殲滅され続けているが、背後から襲い掛かる鳥たちはそうはいかない。柚花も時折別な角度に電撃を放ってはいるものの、全周囲を覆い尽くす猛禽類の群れの中ではそれも限度があるというものだ。
何が何でも、この殲滅戦の要となる少女だけは守り通さねばならない。時には魔物の突進を身体で受け止め、柚花の代わりにその鉤爪に皮膚を抉られる。
第一層から続く階段には上高地ダンジョンの探索者たちも姿を現わし、弱いながらも魔法を放ち、剣を振り、彼らなりにどうにか魔物に対処してくれてはいるが、流石に多勢に無勢と言ったところか。
「お二人とも、もう少し下がりますか? 階段に近づけば多少は背後からの襲撃は減りますけど……」
「しかし、それだと電撃の効率が下がるだろう。俺たちの心配はしないでくれ、これでもお兄さんたちは、修羅場をくぐっているんだ!」
「ったく、インディ、格好つけやがって」
柚花が背後に壁を背負えば、守りは多少楽にはなるだろう。
だがしかし、空に放つ電撃が最大の威力を発揮するのは、柚花が何の障害もない空間へと電撃を放ったときだ。地面があっては、そこに電撃が吸収されてしまう。
インディたちは、己の安全よりも、今は敵の殲滅を優先する。
だが、やはり彼らは戦闘は本職ではない。
死角からの攻撃に。真上から襲い掛かる黒い鳥の姿に、気づいていない。
「ジョーンズ! 上だ!」
そして、それに気づいて顔をあげた時には既に――。
「油断大敵では、ないかな?」
「は?」
インディとジョーンズの頭上に、黄色く光る魔法陣が発生し、彼らに襲い掛かった黒い鳥がその魔法陣に触れると、まるで弾かれるように吹き飛ばされた。
そして、突然のことにインディたちが目を丸くしているところにふわりと現れたのは、小麦色の肌をした一人の小さな少女。
薄黄色の光を放つ小さな手のひらサイズの少女が、額に手をあてた賢そうなポーズで、インディとジョーンズの二人の間に舞い降りた。
「よ、妖精……?」
「うぅ……こっちにも、いますよぉ? わ、私たちも、手伝いますねぇ……」
「はは……すごいな、タチバナさん、肩に妖精が乗ってるぞ」
そして、別な声に振り向けば、そこには先日この地で出会った、気弱そうな蒼い光の妖精が居た。
蒼い妖精が、探索者タチバナの肩に腰を下ろしていた。
その妖精が手を掲げると、優しい水がインディたちに降り注ぎ、この戦いで負っていた幾つかの負傷が塞がっていく。
しかし、インディたちが呆気にとられていたのも数秒。すぐに次々と黒い猛禽類が襲い掛かり、彼らの曲刀を振るう手を止める暇はなさそうだ。
そんな彼らを眺めながら、小麦肌の妖精は笑っている。なんとなく、無駄にドヤ顔だ。
「二人とも。砂園教授の弟子ならば、良いところを見せて欲しいのでは、ないかな?」
「どうして教授を知っている?! いや……キミは、もしかしてリドル、か?」
「はぁあ?! なんでスフィンクスの鍵が砂漠じゃなくて空にいるんだよ! 教授が探してたぞ!」
二人は、砂園教授から聞いていたのだ。
スフィンクスの鍵であったリドルが、少女の姿に、妖精の姿になって。ようやく、自由を手にしたのだと。
その話を聞いても半信半疑なところがあった二人だが、今なら分かる。教授と同じ口癖、教授と同じポーズをとるこの妖精こそが、教授の話していた存在だと。
だがしかし、今は残念ながらそれについて追及している余裕はなさそうだ。
「あは、妖精さんたちの力があれば、百人力ですね。背中は預けますよ、インディさん、ジョーンズさん!」
周囲の空に、島を覆う様に、うっすらと魔法の霧がかかる。
そして柚花の放つ電撃がその霧へと放出されると、先ほどまで以上に広範囲にその電撃が拡散されていく。それはまるで、島を囲う霧が光り輝き魔物を消失させていっているような、不思議な光景だった。
これは、柚花とニムのコンビネーションだ。霧の中では【チェイン・ライトニング】の威力は更に低下してしまうのだが、それと引き換えに電撃がより広範囲に拡散されるようになる。
第二層の魔物を殲滅するのに過剰な威力は必要ない。必要なのは、広範囲へと広がる力だ。
そして今、柚花の【チェイン・ライトニング】はニムの協力を得て、更なる広大な範囲をカバーする殲滅魔法へと進化したのだった。
「ククク……なかなか、壮観な景色だねぇ……」
カリンの隠れる森の上では、三人の妖精が空を眺めていた。
頭上に浮かぶ第一層へと続く階段のある浮き島が白い霧と共に輝き、大量の魔物たちを殲滅させている。
それはまるで、間近で眺める巨大花火のような。壮大で、芸術的な景色だった。
「この鳥たちも、さっさといなくなって欲しいヨ。そうすればカリンも、安全に帰れるのにヨ」
「うふふ♪ リフィったら、カリンさんのこと気に入ってるのね♪」
植物の属性を持つ妖精たちは、この大量の鳥と一羽ずつ戦うような無謀な真似を選ぶことはしなかった。
彼女たちは、そもそも戦いに向いた属性ではない。だがしかし、植物の妖精ならば植物の妖精なりの戦い方があるのだ。
「三人がかりで魔法をかけたことだし、この森は大丈夫かしら♪」
「まあ、カリンくんはあの妙な豆も食べていることだしねぇ……このまま隠れていれば……おや?」
「あいつ、隠れてろって言ったのにヨ。洞窟から顔出してるヨ、やれやれだヨ」
三人がかりの魔法。それは、この地の森が持つ魔力を利用した結界だ。
緑葉の妖精リフィ、桃の木の妖精クルラ、薬草の妖精ルイがそれぞれの力で魔法を維持している限りは、よほどのことがない限り、魔物が外からこの森へと侵入してくることはない。
更には、人間特有の魔力の波をぼやかせる豆も食べさせているので、絶対とは言えないもののそうそうカリンが襲われることはないだろう。
リフィが眼下を覗き見れば、洞窟に隠れているように言ったはずのカリンが、顔だけ出して恐る恐るこの空を覗き見ている。
この数日で、最初は整っていたツインテールもほどけ、可哀想にもう髪の毛はバサバサだ。水浴びもしていたとはいえ、初日と比べれば身体中に土汚れなどが染み付いている。
そんな自称アイドルの姿にため息をつきながら、リフィはさっさと洞窟に入るようにジェスチャーを送る。
残念ながら、リフィの姿があまりにも小さい為、カリンからは緑の光が宙でゆらゆら動いているようにしか見えてはいないのだが。
「リフィ……一応確認だけれど、キミは……」
「安心するのヨ。カリンは、桃子たちと違って、仲間がいるのヨ。だからリフィは、そういうのじゃないヨ」
「ククク……そうかい。まあ、そういうことにしておこうかねぇ」
ルイとリフィは、視線で会話をする。
リフィは、カリンを気に入っている。それはルイやクルラから見ても明らかだ。
だからもしかしたら、リフィまでもが、ヘノやニムと同じ選択をとるつもりなのか、とルイはその眼で問うが、しかしリフィは首を横に振る。
桃子や柚花はソロ探索者だ。それぞれの持つ呪いのようなスキルで、仲間を得ることが出来なかった少女たちだ。だからこそ、妖精の仲間になるという選択肢が存在した。
けれどカリンには、彼女の帰りを待っている仲間がいる。決して桃子や柚花のような孤独な存在ではない。だから、リフィは何もしない。それ以上の選択肢は存在しない。
それだけだ。
それ以上の会話は、ルイとリフィの間には不要なものだった。
「みて♪ 隣の島が、もうこんなに近いわ♪」
「隣の島が、近づいてきたヨ。さては、桃子が跳び移ってくる時間だヨ」
そして森の結界を張ってからしばらくすると、一つ下の浮き島。今は桃子がいるはずの氷の島が、すぐ傍に迫っていた。
どうやらまさに今、島同士がすれ違っているらしい。
「わたし、桃子のこと少し見てくるわね♪」
「そうだねぇ……桃子くんが着いたら、カリンくんの場所へと案内しないといけないからねぇ……」
島同士がすれ違うこのタイミング。つまりまさに今、桃子が島と島の間をジャンプして、渡ってこようとしている筈だ。
クルラは桃子に大きな恩がある。そして、ルイは恩などは無いものの、しかしこの数か月で桃子を仲間と認め、気を許している。
そんな二人が、この森を一時的に離れて桃子の様子を見に行くのは、仕方ないことだ。
「あ、二人とも! すぐ戻ってくるんだヨ! ……まったく、なんだかんだ言って二人とも、桃子が大好きなのヨ」
リフィは呆れたように二人を見送ったあと、ふわふわと一人、カリンの元へと降りて行った。
「空中の! 黒い鳥は任せろ!」
「足場も、滑らないように岩でしっかり固めておいたよぉ」
そして、桃子は今、氷の島から最後のカリンの居る島へのジャンプに挑もうとしている。
空には、数多の黒い鳥と白い魚の群れが飛び交っている。
距離も20メートルと、今までよりも島と島の距離が遠い。
しかし、桃子は信じていた。それでも大丈夫だ。妖精たちの助力もある。そして傍らにはヘノがいる。
「行けるぞ。今だぞ。ジャンプだぞ桃子」
「行ける行ける! ええぇぇぇいっ!!」
己を信じて、桃子は最後の島へと向けて翔びたった――
――が。
それは、誰が悪いわけでもない。
強いて言うならば、ただ、運が悪かったのだ。
「うぐッ……!」
桃子の全身を。頭を。腕を。腹を。散弾を受けたような衝撃が襲ったのだ。
島と島の間で。空の真っただ中で。
桃子に散弾のように降り注いだのは、ただそこを飛んでいただけのスカイフィッシュの群れだった。
決して【隠遁】がスカイフィッシュに効いていなかった訳ではない。むしろこれは、スカイフィッシュの群れにも【隠遁】が効いていたからこそ起きてしまった事故である。
弧を描いて飛ぶ桃子と交差するように。それに気付かないまま、猛スピードで飛翔する白い生物の群れがすれ違ってしまっただけ。
さながら、降り注ぐ流星群だ。
桃子は、視認できない流星群に、身を晒してしまったのだ。
幸運にも、桃子は目などの急所にダメージを負うことはなかった。
また、桃子自身の魔力による強化と、スキル【頑強〇】のお陰か、スカイフィッシュの流星群に晒されても、致命的な外傷を負うことも無かった。
けれど、空中で突如自分を襲う散弾のような衝撃に、桃子は硬直し、体勢を崩してしまう。頭への強烈な衝撃で、視界がフラッシュすると同時に意識が飛ぶ。
そして桃子が意識を手放してしまえばあとはもう、つむじ風の魔法の暴走だ。桃子は空中でぐるりと振り回されると、そのまま猛スピードで見当違いの方向へと吹き飛ばされる。
「桃子!? 桃子!」
「ああ、大変だよぉ! 崖にぶつかるよぉ!」
「なんだ! 事故があったのか!」
そして、これもまた、誰も責められないことだろう。
空中で風に振り回され、意識を飛ばしてしまった桃子の元に、三人の妖精が駆け寄ってしまった。
三人がかりで止めねば、危険だったのだ。意識の無い状態で崖にでも激突してしまえば、無事では済まなかったのだから。
しかし。
――多分。妖精が。3人もいたら。魔物には。見えてるかも。しれないな。
ヘノが、自分のその言葉を思い出すのは。この直後のことだった。