ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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エアチェイス

 黎明の空に浮かぶ島と島の狭間。強風が吹き抜けるその空の谷間で。

 

 意識を失った桃子が吹き飛ばされぬよう、三人の妖精がその身体を必死に掴んでいた。

 妖精は、身体のサイズに反してそれなりの重さならば持ち上げることも出来る。仲間内でも力自慢のフラムもいたため、三人がかりで桃子一人を掴んで浮くくらいはどうにか可能だった。

 おかげで、桃子が吹き飛ばされる勢いのままに崖に衝突する事故は避けられたけれど、しかし状況は芳しくない。

 

 空にはまだ魔物が多い。

 桃子に激突してきた憎きスカイフィッシュたちの群れも多く行き交っている。

 少なくとも、今のこの空は、桃子にとってはかなり危険な場所だ。

 

「桃子! おい。桃子!」

 

「き、気絶してるみたいだよぉ。す、すぐにルイかニムに診て貰わないとだよぉ」

 

「んぐぐ! とにかくアタシたちで引っ張って! 島の上まで! 連れてこう!」

 

 このダンジョンの島々は、ゆっくりと空を漂っているように見える。

 だがしかし、いざ近くから見てみれば、実際にはそれぞれがかなりの速度で空を進んでいる。

 今はその猛スピードで移動している島に置いて行かれる前に、桃子を陸地に届けなくてはならない。

 

 妖精たち三人は力を合わせ、一番近い陸地へと桃子を運ぶが――。

 

「ヘノ! 気を付けろ! 鳥だ!!」

 

 

 

 それは、黒い猛禽類。

 この空に巣食い、我が物顔でこの空を荒らす魔物たちが、ヘノたちを取り囲んでいた。いや、魔物が取り囲んでいるのは、気絶した人間だ。

 妖精が三人がかりで支えることで桃子の落下こそ免れたものの、しかし皮肉にも【隠遁】の効果が大きく薄まり、魔物たちにその姿を晒すことになってしまった。

 

「こいつら。桃子を。狙ってるのか」

 

「ど、どうしよう、桃子さん、起きてよぅ」

 

「もう! やばいぞ! 桃子を掴んだ状態だと、うまく戦えない!」

 

 ヘノとフラムが手をかざして炎と風で牽制するが、その度に桃子を支える力がなくなり桃子の身体がぐらりと大きく傾く。

 ノンが一人で支えているが、ノンはフラムほど重たいものを持てない。いくら桃子が小柄とはいえ、限界がある。

 

 魔物とて、獲物を選ぶ。

 先ほどまでは最上段の浮き島の人間たちに群がっていたけれど、彼らは気力も充実し、獲物としては活きが良すぎる。

 そしてここに、気絶した人間が空から湧いてでるように現れたのだ。それに引き寄せられ、魔物はどんどん増えていく。

 

 ヘノたちも必死で桃子を守るが、しかし多勢に無勢。次第に状況が悪化していく。

 そしてとうとう、一羽の魔物が風と炎の隙間をすり抜ける。申し訳程度に空中に現れた岩も空振りに終わり――。

 

「しまった!」

 

 桃子が、その大きな鉤爪で掴まれ、妖精たちの手を離れてしまう。桃子を捕らえた猛禽類はそのままスピードを落とさずに空を駆け抜けていく。

 妖精たちもすぐにそれを追いかけるが、周囲に集まった鳥たちが邪魔をする。炎で、風で、邪魔な猛禽類たちを薙ぎ払うその数秒の間で、桃子を捕らえた個体との距離は大きく開いてしまう。

 

「桃子! あの鳥。このっ」

 

「任せろ! あんな鳥! すぐにアタシの炎で……!」

 

「駄目だよぉ! 桃子さんに当たったら大変だよぉ!」

 

 風の妖精であるヘノはツヨマージから放出する魔力で風の刃を作り出し、火の妖精であるフラムは力の限りの炎を飛ばそうと魔力を込めるが、しかしそれはノンに止められてしまう。

 魔物を撃退しても、それで桃子に傷を負わせてしまっては本末転倒だ。ヘノとフラムは悔しそうに、しかし黙ってその攻撃準備の手を止める。

 

「とにかく。追いかけるぞ……!」

 

「畜生! あいつ! 全然止まらないぞ!」

 

「桃子さん、桃子さん、目を覚ましてよぉ」

 

 ヘノは今、悔しさでギリギリと唇を歪めながらも、しかし頭の片隅では冷静に三つ目の島で出会った遭難者であるもじゃもじゃの言葉を思い出していた。彼もまた、この猛禽類に捕まり攫われた人間だ。

 もじゃもじゃは、隙をついて炎の魔法でこの魔物を撃退し、あの島に着地したという。

 いまの所は、桃子は鉤爪で掴まれているだけだ。少なくとも外から見て分かるような怪我を負わされる様子はない。

 ならば、今は様子見に徹して、もじゃもじゃと同じように魔物が隙を見せた時に桃子を奪い返そうとヘノは考える。

 

 距離はひらいてしまったものの、風の妖精であるヘノはスピードでは鳥型魔物に後れを取ることはない。

 火の妖精フラムと大地の妖精ノンはだんだんと置いて行かれ、今は桃子を掴んだ黒い鳥を、緑の風が追い立てる構図となっていた。

 

 

 

 

(なに……私……どうしちゃったんだっけ……)

 

 桃子は、朦朧としていた。

 ダンジョン内では、桃子は【頑強〇】というスキル効果もあり、滅多なことでは大きいダメージを負うことはない。少なくとも、自分ではそう思っていた。

 だけれど、ボクシングなどのスポーツでも同じことが言えるが、全く予期せぬタイミングに訪れた死角からの衝撃というものは、本人の想像以上のダメージがあるものだ。

 桃子本人も、視界が白く点滅したその瞬間から、意識が朦朧としている。自分が今どうなっているのか、自分に何があったのか、分からない。頭が働かない。

 

(う……きもち……わる……)

 

 ただ理解できるのは、自分が何かに捕らわれて、物凄い風の中を振り回され。

 そして、身体中に物凄いGがかかる程度には、超高速で飛行しているということだけだった。

 

 

 

「くそ。あの鳥。しつこいな。グルグル回ってるのか」

 

 ヘノは鳥を追いかけ回していたが、流石はダンジョンの魔物。ただ飛翔するだけならば、原生生物の鳥よりも圧倒的に速く、そしてしつこい。

 既に先ほどまでいた氷の島は遠く、既にオオアシのいた豆の島を越えて岩の島近く下っていったかと思えば、ヘノから逃げるようにまた再び上昇し、再び氷の島近辺へと戻ってきた。

 ヘノが速度にだけ集中すれば追いつくことは可能だが、追いついてから風の魔法を使おうとすればその隙に距離をとられてしまう、いたちごっこだ。

 救いなのは、桃子はがっちり掴まれているだけで、外傷に繋がるようなダメージがなさそうなところだ。

 尤も、強制的に終わりのないジェットコースターに乗せられているようなものだ。桃子の体調にはかなりのダメージが蓄積されている。

 

 しかし、そのような追いかけっこにも、変化が訪れた。

 それは、桃子を連れた黒い鳥が、氷の島の崖下を滑空しているときのことだ。

 

 ふわりと、その正面に舞い降りたのは、二人の妖精だった。

 ひとりは、暗い緑色の髪をした、じっとりとした雰囲気の薬草の妖精ルイだ。ルイは何やら、焦ったような険しい顔で魔物を睨みつけている。

 そしてもう一人は、黄金色の光を放つ妖精。しかし、その姿は――

 

 

「まったく……思いのほか、時間がかかってしまったねぇ……」

 

『時間がないのよ♪ だから、桃子は返してもらうわよ♪』

 

 

 ――黄金の光を放つ巨大な白蛇。

 

 人間より遥かに巨大な白蛇が、突如として魔物の正面へと舞い降りた。

 ヘノはその蛇を知っている。それは『ウワバミ様』と呼ばれる、とある村で信仰されていた、村を守護する存在だ。

 そしてそれは、桃の妖精クルラの、もう一つの姿である。

 

 

 人々を守護する力を持つ神獣。魔物を浄化する黄金の光を放つ巨大な白蛇が。

 正面からその巨大な顎を開き。

 

 桃子もろとも、飛翔する魔物を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーよーインディにリドルちゃんよ、もうかなり敵さんは減ってきたんじゃねえかぁ?」

 

「……いや、ジョーンズ。確かにもう殆ど残ってないのは確かだが、これは違うな。最悪の状況かもしれん」

 

 第一層へと続く、空の最上段に浮かぶ浮き島では、ただひたすらに柚花とニムによる広範囲電撃による魔物の殲滅が繰り返されていた。

 しかし、黎明の空が徐々に明るくなっていくに従って、その周囲の風景に変化が訪れる。

 先ほどまでは空を埋め尽くす量にも思えた黒い鳥の姿が、今では大分、それこそ目でみて数えられる程度には減ってきていた。

 

 しかし、それでもなお、【チェイン・ライトニング】を撃ち続ける柚花の顔色は冴えない。

 むしろ、魔力も大分減っており、そろそろ限界を迎えそうなほどなのに、その歯を食いしばり電撃を放ち続けている。

 その肩にのる水の妖精も、涙目になりながらも必死に柚花をサポートし続けている。

 

 どうやら、彼女たちは、インディの言う『最悪の状況』に既に気づいているようだ。

 

「は? どういうこった? 魔物は減ってるだろ」

 

「ジョーンズ、下の島をよく見ろ。魔物たちの大半を削ったのは確かだが、残りの魔物はこの島を標的にしなくなっただけだ」

 

「そう。魔物たちは、より力の弱い人間を、あの島に見つけてしまったのでは、ないかな?」

 

 既に魔物の数も減り、タチバナの背中を守るのはインディ一人でも事足りる。

 そこでようやくジョーンズは崖下から、カリンのいる浮き島へと視線を向けることが出来たのだが。

 そこに見えた景色は、インディと、そしてスフィンクスの鍵の化身である妖精、リドルの言葉通りだった。

 

「チッ……! アイドルちゃんが、魔物に囲まれてるのかよ……!」

 

 ジョーンズが見たのは、カリンがいるはずの島と、その上空に群れをなす、黒い鳥たちの影だった。

 

 

 

「なんで! なんでカリンが囲まれてるの!? なんで……ウワバミ様が、あんな下にいるの! 先輩、先輩……!」

 

「うぅ……リフィたちは……ヘノたちは……な、何をしてるんですかぁ……?」

 

 全てを見下ろせる位置にいた柚花からは、それが見えていた。

 先ほどまでは、この最上段の浮き島へと魔物が集まり、柚花がそれを殲滅するというやり方で、順調に魔物を削っていくことが出来ていた。

 けれど、途中からその歯車が狂ってしまった。

 カリンのいた浮き島に張られていた、魔力の壁のようなものに綻びが出来たのだ。その綻びは徐々に大きくなっていき、とうとう魔物たちにカリンの所在が把握されてしまった。

 そしてそれと同時に、カリンの島よりも遥か下。桃子がいたはずの氷の島よりも更に向こうに、黄金の魔力を持つ巨大な白蛇が出現した。

 柚花があれを見るのは二度目だ、見間違えるわけがない。あれはクルラが神として覚醒した姿、ウワバミ様だ。

 

 遥か遠くで、桃子の身にも、何かがあったのだ。

 

「ニム。ボクたちも、下へと向かおう。これはただ事では、ないのさ」

 

「わ、分かりました……! こ、ここはもう、大丈夫そうなので、わ、私たちも、カリンさんと、桃子さんの元へと……む、向かいます!」

 

 リドルも、いつもの飄々とした空気ではなく、真剣な表情で下方の島々を眺めている。

 この島の人間たちを魔法でサポートしていたリドルとニムだが、既に魔物がこの島から離れているのであれば、彼女たちはこの場に居続けるべきではない。

 他の妖精たちに何かあったとしたら、今動けるのはリドルとニムだけなのだ。

 

「ニムさん、リドルさん、先輩とカリンをお願いします……!!」

 

 そして二人の妖精は、柚花と視線を合わせると強く頷いて。

 そして、未だ残る黒き鳥の間をすり抜け、カリンの居るはずの浮き島へと滑空していくのだった。

 

 

 

「インディ、どうする」

 

「……通達、第一層のキャンプに誰かすぐに連絡を! 俺たちには、まだ手がある!」

 

 絶望的な空気が訪れる中、この作戦の司令塔であるインディが、第一層へ続く階段にいる探索者へと声を張り上げる。

 彼は、リドルやスフィンクスも認める、叡智あるものだ。あの砂園教授が弟子として認める探索者だ。

 この状況で彼は、カリンを救う次の手立てを考えていた。それは、いまの自分たちに出来る、数少ない一手。だけれど、うまく行けばカリンを救える一手となる。

 

「だそうだ、タチバナちゃん。大丈夫、俺たちはまだ出来ることがある。希望は捨てちゃいけねえぜ」

 

「……そう、ですね。はい、希望は捨てません」

 

 ジョーンズから、魔力回復効果のある薬草を手渡され、少しだけ渋い顔をしながらもそれを口に含み、咀嚼する。

 普段ならば苦手な味だが、今はそれどころではない。

 何が何でも、希望を繋がなければならない。

 

 

――乙女が成長し、太陽を得たそのとき、空の妖精が降臨す

 

――それは白き羽衣を纏いし、乙女を救う、大いなる母

 

――案ずることは、なにもない

 

 

 もし、あの【天啓】が嘘ではなく本物だったとしたら。カリンのもとに希望が降臨するはずなのだ。

 白い砂漠ポンチョを身に纏う、座敷童子やドワーフを生み出してきた、大いなる母が訪れるはずなのだ。

 

 それは、もうすぐだ。

 

 太陽は。間もなくこの空に、その姿を現わすのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやらあっちもこっちも緊急事態だヨ! カリンを守る結界が破れたヨ!」

 

「葉っぱ妖精さん! リフィさん! 一緒にここで隠れようよ! 洞窟の中まではきっと鳥も襲ってこないよ!」

 

「カリンは魔物のしつこさを分かってないんだヨ。あいつら、すぐに来るヨ」

 

「じゃあ、じゃあ……!」

 

「……いいから、お前は静かにそこに隠れてるんだヨ。いい子にしてるんだヨ」

 

 

 

「リフィがちゃんと、助けてあげるからヨ」

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