ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
(う……なんだか……お酒くさい……)
桃子は今、朦朧とした意識の中でもなお、周囲の変化を感じ取っていた。
先ほどまではスカイフィッシュの衝撃で意識を手放した上、その後は呼吸も難しい強風と、強烈なGの連続で散々な目にあっていたのだが、今は何か暖かいような、懐かしいような。不思議な魔力に包まれているのが分かる。
そして、呼吸をするたびに肺に入って来るのは、どこかで嗅いだことのある桃の香りと、強烈な酒精の香り。
これはこれで、呼吸をするだけで悪酔いしそうな状況だが、しかしそれでも、桃子の身体は安心感を覚える。
桃子はいま、クルラ――いや、巨大な神獣、ウワバミ様に飲み込まれた状態で浮遊していた。
クルラの浄化の力によって、桃子を攫った黒い鳥は既に消滅している。あとは、桃子がゆっくりと目を覚ますのを待つだけだ。
だが。
『……あら、もう限界みたい……桃子、ごめんなさいね♪』
しかし、クルラがこの姿を維持するには、残念ながら魔力が足りなかった。
限界を察すると、クルラは桃子を口からペッと吐き出して、己も空気が抜けたように縮んで行き、小さな妖精の姿に戻ってしまう。
クルラの魔力の光はすでに弱々しく、本人もヘロヘロの状態ではあるが、いつかのように消滅することはない。ただただ、魔力の大半を使い果たし脱力しているだけである。
「桃子。桃子!」
すぐに追いついたヘノが、すぐさま桃子のリュックの紐を引っ張る。これは事前に桃子から説明を受けていたことだ。
もし桃子が落ちるようなことがあったら、紐を引っ張ってパラシュートを出さなければいけない、と。
空中でバサリと広がったスフィンクスのブラジャーは、しっかりと広がり、パラシュートとなる。風を受け、桃子の落下速度を緩やかにしてくれる。
空気の流れなどはヘノが調整すればどうとでもなる。とにかく今は、一度どこかの島に着地しようと、ヘノが風を操ってパラシュートを誘導する。
「う……私……痛っ……」
「桃子。気づいたか。大丈夫だぞ。ヘノがいるから。大丈夫だからな」
そして、強風から、強烈なGから、謎の酒臭さから解放された桃子が意識を取り戻すのはこの後すぐのことだった。
「ククク……どうやら、衝撃のダメージが思いのほか、大きかったようだねぇ……」
「ルイちゃん? ……まって、私、どうなって……痛っ……」
浮遊感で意識を取り戻すと、そこは空中だった。
自分に覆いかぶさる白い影は、頭上に広がるパラシュートのものだろう。
どうにか覚醒した意識で周囲を見回せば、自分の身体は空中を浮遊するパラシュートに吊るされており、目の前では薬草の妖精ルイが桃子の目を覗き込んでいる。考えようとすると、鈍い頭痛が桃子を襲う。
恐らく現在はルイが魔力を注ぎ込み、桃子の体内の状態を確認してくれているのだろう。桃子は魔力そのものは見えないが、何となく、自分のものではない力が体内を駆け巡っているくすぐったいような感覚がある。
そしてルイのすぐ横ではヘノが心配そうに桃子を見つめており、なぜかポンチョの内側には、ぐったりとした状態のクルラが眠っている。
「クルラが。助けてくれたんだ。今は。ルイに頼んで。桃子の怪我を。診て貰ってるんだ」
ヘノの声は、沈んでいた。
淡々と呟くような喋り方はいつもと同じだけれど、ずっと一緒にいた桃子には、ヘノが落ち込んでいることが分かってしまう。
「そっか……私、失敗しちゃったんだ……」
「すまない……」
「ううん。ヘノちゃんは悪くないよ。でも……カリンさんは……? そうだ、カリンさんは!」
カリンの島へとジャンプする前後の記憶がいまいち思い出せず、自分の身に何があったのかがわからないのだが、しかし桃子とて馬鹿ではない。今の状況を見れば分かる。
自分は、失敗した。
しかしそこで、桃子は思い出す。あの島には魔物が沢山発生していたのだ。
桃子が辿りつけなかったならば、カリンはどうなるのか。しかし、目の前にいる薬草の妖精ルイは静かに、桃子の唇に手をあてて、黙らせる。
「……今は治療中だ、少し黙り給え。カリンくんの場所には、フラムとノンが急行しているよ」
「桃子。あっちにはリフィもいるし。きっと大丈夫だから……桃子は。頼むから。今は。自分の心配をしてくれ。本当に。危険だったんだ」
ヘノとて、カリンがどうでもいいわけではないのだ。
けれど、けれども。ヘノにとって一番大事なのは、桃子なのだ。優先順位があるとすれば、桃子が最優先なのだ。そればかりは譲れない。譲るわけにはいかない。
泣きそうな目でそれを語るヘノを見て、桃子は何も言えなくなってしまった。
――本当に、それでも私は心配してますからね!
出発前に聞いた柚花の言葉が、今更ながら、桃子の胸に突き刺さった。
リフィは、奮闘していた。
洞窟からそれを見ていたカリンが『孤軍奮闘』という言葉を知っていたとしたら、彼女の脳裏にはその言葉が浮かんでいたことだろう。
カリンの隠れる洞窟は、リフィの力によって封じられていた。
リフィに追いすがろうとするカリンを邪魔するように、植物の枝が伸び、まるで頑丈な柵のように。或いは牢獄の様に、出入り口を塞いでしまったのだ。
「葉っぱ妖精さん! リフィさん……!」
リフィは、植物を操って襲い掛かる黒い鳥たちを抑えようとするが、彼女の魔法は戦闘向きではない。
そして残念ながら、速度の面でもこの魔物たちには大きく後れを取っていた。
木々の隙間を抜け空中から強襲する魔物たち。紙一重でその爪を躱し、或いはその爪に吹き飛ばされ、リフィの放つ緑の光が大きく揺れる。吹き飛ばされる。
それでもリフィは力を持った妖精だ。生半可な魔物に簡単に倒されるほど軟弱ではない。
再び緑の光が舞い上がると、周囲の植物を一気に成長させて鳥たちへと向かわせる。
数羽の鳥はその伸びる緑に捕まり、そのまま地面に叩きつけられて煤へと帰るけれど、しかしその木々の隙間を抜けた魔物によって、再びリフィが弾き飛ばされる。
魔物たちもまた、目の前の小さな魔法生物が人間を守っていることに気が付いていた。
集団で、標的をこの魔法生物へと定めていた。
そしてカリンの目から見ても分かるほどに、リフィの放つ光は小さくなっていく。
「この! このっ! リフィさんをいじめないでよ! 馬鹿鳥! カリンが標的なんでしょ!!」
頑丈な枝で作られた柵は、今のカリンの腕力では多少曲げることは出来ても、それだけだ。
とてもではないが、抜けられそうにない。
それでもカリンは、藻掻いていた。
――過去にも人間のため……傷ついた仲間が、二度と会えなくなった仲間が、いるのさぁ……。
カリンは、妖精たちの話を思い出す。
妖精は、優しくて。人間が怖いくせに、すぐに人間を好きになってしまう。そして、人間なんかのために、命を捨ててしまう。
いやだ。
いやだ。いやだ。
「カリンだって、カリンだって戦えるんだ……! 【身体強化】! 【身体強化】! 【身体強化】!」
カリンは、覚悟を決めた。
足元に転がっていた己の杖を振りあげて、【身体強化】の魔法を繰り出す。
この魔法は、数分間の自己強化のあとで、その反動でまともに動けなくなる諸刃の剣だ。けれど、その間だけは。何重にもこの魔法をかけることが出来る。
それは、カリンすら知らなかった魔法の運用法だ。あのとき、この島に落下するときに、自分を守るために我武者羅になったことで知った使い方だ。
その後は、意識を失うかもしれない。魔物の群れの中で意識を失ったら、その後の運命など分かり切っている。
けれど、目の前でリフィが自分を守って戦っている。
そして、既に大地に落ち、窮地に陥っている。
「守られてるだけじゃないんだ……カリンだって……戦えるんだ! 私だって、リフィさんを守るんだからぁ!!」
強化された腕力で、リフィの張った木の枝をへし折り、牢獄となった洞窟から飛び出す。
目指すは、地面に落ちたリフィに止めを刺そうとしている黒い鳥たちだ。
空は飛べなくとも、森の中まで降りてきている鳥にならば、カリンの杖は届く。
「馬鹿、来ちゃ駄目……ヨ」
「カリンにも! リフィさんを! 守らせてよぉっ!! 馬鹿ぁ!! このっ! このっ!!」
カリンは、戦闘経験はない。だから、ただひたすらに杖を振るった。
もともとはリフィではなく、このカリンこそが魔物たちの標的だ。その標的が自ら出て来たのだから、鳥たちはリフィではなくカリンへと向かってくる。
次々に襲い来る黒い鳥を相手に、背後に光を失いかけたリフィを庇うように、カリンはとにかく滅茶苦茶に杖を振るった。
今のカリンは、何重にも【身体強化】を重ねがけし、いわば超人的な身体能力を備えている。動きが素人だろうが、武器がただの杖だろうが、その力で振り回された杖に触れれば、鳥たちは一瞬で煤へと帰っていく。小さな竜巻のようなものだ。
「お前は……本当、バカだヨ。戦えないくせに……ヨ」
「はぁ、ふぅ、リフィさんだって、たいして強くないじゃん! はぁ、はぁ、カリンのこと……馬鹿にできないでしょっ!」
だがしかし、それも時間制限つきの力でしかない。
だんだん、カリンの動きが鈍くなってくる。肩で息をしているし、足元もふらついてきている。身体強化の反動で、急速にカリンの残った魔力が失われていく。
魔力が失われれば、人間は立ち上がることすら出来なくなる。鳥たちは襲い掛かるのをやめ、カリンが力尽きるのを待った。
が。
「でも。力を……貸してあげるヨ。一緒に、こいつら……倒すヨ」
「……うん! うん!」
緑の光が、カリンを包み込む。
これは、リフィの力――いや、森の力だ。
緑葉の妖精リフィが、この森と、カリンを繋ぐ。森の魔力がカリンへと流れ込む。
今、この時だけは、カリンの魔力は自然と共にある。
尽きぬ魔力が、カリンに満ちていく。
消えかけた【身体強化】の魔力が再び満ちて、カリンの身体を超人的なそれへと変えていく。
「カリン。他の仲間が来るまで、大暴れするヨ!」
「うん! アイドルの大暴れ、見せてあげるんだから!」
森の中に。
縦横無尽に杖を振るう小さな竜巻が発生した。
一方その頃。
森でカリンとリフィが奮闘しているとは知らず、桃子はパラシュートに揺られたまま、ルイの治療を受けていた。
どうやら外傷はなくとも、体内のダメージが大きかったようである。脳へのダメージこそなかったけれど、内臓や血管が随分と痛んでいたらしい。
ルイの治療を受けながら、桃子は自分の心臓がドクドクと鳴るのを感じていた。身体が熱を持ち、覚醒したはずなのに、意識がまだ朦朧としている。鈍い頭痛も続いている。
これは、想像以上に身体にダメージがあったのだなと、桃子は自分の身体に無理させすぎたことを反省する。
「桃子。とりあえず。治療しながらでいい。安全な島へと降りよう」
「うん……」
「ククク……安心したまえ。体内のダメージは、殆ど回復してきているねぇ。アルコールで身体が火照るのばかりは、我慢してくれたまえよぉ……?」
「アルコールだったの?!」
どうやら、この身体が熱を持つ感じは、ただのアルコールの影響だった。
そういえば、先ほどヘノから説明があった。桃子はなんと、魔物ごとウワバミ様に丸呑みされていたのだという。
助かったからいいものの、どうやらクルラの体内にいるだけで桃子は少し、酔ってしまったようだ。先ほどから感じていた頭痛も、実のところ原因はクルラのお酒である。
「桃子。火照ってるのか。じゃあ。涼しい氷の島まで。上昇するか」
「うん……うん……?」
そんな桃子を心配するように、ヘノは気を利かせて涼しい島へと向かってくれている。
氷の島は涼しいというよりはむしろ気候としては非常に寒いのだが、砂漠ポンチョもあることだし、身体をクールダウンする分にはちょうどいいのだろう。
カリンの島へと辿りつけなかったことに意気消沈した桃子は、ヘノに運ばれるままに、パラシュートと共に上昇していく。
風にのって、上昇していく。
ヘノの起こした上昇気流に運ばれて、桃子たちは勢いよく上昇していく。
「……あの、ヘノちゃん? これ何してるの?」
「飛んでるんだぞ。このブラジャー。下から風を送ると。好きな方向に移動できて便利だな」
桃子は、パラシュートに揺られたまま、急速に意識が覚醒していく。
驚きのあまり、目が真ん丸になってしまう。
今のヘノの言葉を、すぐには理解できなかった。桃子の頭の中のミニ桃子たちが、必死に叫んでいる。そんな馬鹿なと。今までの苦労はなんだったんだと。
だがしかし、実際に今、桃子たちはヘノの起こした上昇気流に運ばれ、勢いをつけて空を昇って行っている。
「待って! 待って待って! これって……」
桃子は、一度言葉を止めて。正しい単語を脳内に導き出す。
パラシュートではない。パラシュートは、緩やかに下降していくものだ。
上昇気流で飛び上がるものは、他にある。それは――。
「パラグライダーじゃん!!」