ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
朝陽に照らされた空を裂くように、一筋の雷光が走る。それから数秒の時をおき第二層に響き渡るのは、一つの轟音。
それは、瘴気を焼き払う、大いなる雷神の矢。
浮き島から放たれた巨大な雷が。第二層の魔物たちを率いていた存在を、本来ならば人の届かぬ彼方に潜んでいたその存在を撃ち抜き、一瞬で煤へと還す。
その瞬間、探索者たちの勝利は確定した。
「さっきの雷で! 魔物たちが! 人間を襲うのを止めたみたいだぞ!」
「どうやら、いつものダンジョンに戻ったみたいだねぇ」
轟音の後。カリンとリフィを守るように戦っていた妖精たちが空を見上げると、そこにあったのはつい先ほどまでは狂ったように人間を取り囲んでいた黒い鳥たちが、各々自由に空へと解散していく姿だった。
魔物は人間を襲う。だけれど、本来は今回のように全魔物が集結して襲いかかるようなことはない。あるとすれば瘴気の暴走状態であるスタンピードか、もしくは彼らを操る格上の魔物がいた時だ。
どうやら先ほどの巨大な雷が、どこかにいたその格上の存在を倒したのだろう、というのが妖精たちによる推測だ。
「き、きっと……さっきの雷は、柚花さ……じゃなくて、えと、ええと、探索者のタチバナさんの、魔法ですよぉ?」
「え……タチバナが、来てくれてるの?」
先ほどまでは魔力切れで動けなくなっていたカリンだけれど、今はニムの癒しの水で最低限の魔力を補給し、普通に動けるまでは回復していた。
そのタイミングで先ほどの落雷と、魔物の解散だ。
妖精たちが、あの雷はどうこう、魔物のボスがどうこう、侃々諤々と話し合っているのをポカンと眺めていたのだが、水の妖精ニムの言葉の「タチバナ」という名前にカリンは反応を見せる。
「彼女だけではないさ。上の島では、インディとジョーンズの二人も戦っていたのでは、ないかな?」
「え、その二人って……砂漠のおじさんたちまで?」
ニムに続いて、鍵の妖精リドルも探索者たちの名を挙げていく。
どうやら、カリンの知らない間に、遥か上に浮かぶ小島には様々な知り合いたちが集まっていたらしい。
カリンは知らなかったのだ。ずっとライバル視していたタチバナが、自分を助けるためにあの小さな島で戦っていたことを。砂漠で出会ったおじさんたちが、自分を助けるために迷宮の『謎』を解いてくれたことを。
そんな事実を知らされて、カリンの瞳にうっすらと光が滲む。
「あ……な、泣かないで、だ、大丈夫ですよぉ? ちゃんと、ク、クルミさんと、リンゴさんも、いらっしゃいましたからねぇ……?」
「うん、うん、みんな……来てくれてたんだ……」
カリンの涙の意味を少しばかり勘違いしたニムが慌ててフォローを入れるが、カリンはそれを聞いて、更に俯いて。
己の胸に手をあてて、声をあげないまま、しゃくりあげるのだった。
「カリン、お前は疲れてるんだから、休んだ方がいいヨ」
しばらく泣いていたカリンだが、立ち上がると、本日の配信の準備を始めていた。
この数日は、朝陽が昇ってから数分間の配信をすることを日課にしていたのだ。だから、今日も配信をするのだという。
昨日までと比べればあまりに状況が違い、カリン自身も心身ともにかなりの疲労があるはずだ。それを知っているリフィがカリンを止めようとするけれど、カリンはリフィに輝くような笑顔を向けて、首を振る。
「リフィさん。カリンね、素敵な人間の仲間と、妖精の友達に囲まれてて。いま、とっても幸せなの」
「幸せなのは、見れば分かるヨ。とってもいい笑顔だヨ」
「うん! だからいま、とっても配信したいんだ♪ 世界中のみんなに、カリンはとっても幸せなんだよって、伝えたい!」
カリンは笑顔で、端末を地面に立てかける。
カメラを朝陽の方向へ向ける。配信画面ではカリンが逆光で見づらくなってしまうかもしれないけれど、今はこれでいい。
配信を見ているみんなにも、この太陽を見せたかった。
カリンの見てきたなかで、これはきっと、一番幸せな朝陽だから。映像として、残しておきたかった。
「全く……そのあとちゃんと、休むのヨ」
「うぅ……感動ですねぇ……」
あくまで数分の配信だ。カリンに危険があるわけでもない。
最後まで渋っていたリフィだけれど、笑顔のカリンに押し負けるようにして、カメラの画角に入らない位置に移動する。
カメラの前には第二層を照らす朝の太陽を背負ったカリン。
そして、そのカメラの後ろには、配信するカリンと向き合うように。緑葉の妖精リフィが。水の妖精ニムが。火の妖精フラムが。鍵の妖精リドルが。大地の妖精ノンが。
空で出会った妖精たちが並んで、カリンの配信姿を見守っていた。
【フルーツ☆タルト所属 カリンの配信チャンネル】
みんなー、カリンだよー!
今日は何曜日だっけ、金曜日? 木曜日だっけ? まあいいか、今日の配信だよー♪
みて、ダンジョンにも朝陽が昇ってるよ。今日は朝陽をバックに配信するね! 皆にもこの綺麗な朝陽を見せたくなっちゃったんだ♪
ええと、見ての通り、いまはとってもカリンはボロボロです。
実はさ、さっきまで滅茶苦茶いっぱいの魔物を退治してたんだよー? カリンね、妖精さんと一緒に、このステッキを振り回してね。
そりゃもう、すごかったんだよ♪
魔物がたくさんいてさ、妖精さん、最初はカリンは隠れてろーなんて言って……それで、妖精さん、私を守るために、すごく痛い思いして、守ってくれて……死んじゃうんじゃないかって……ぅ……ほんと、怖くて……。
だから……だから……。
……だからねっ、私も、守られてるだけなのは嫌だから、一緒に戦ったよ♪
そしたら、他の妖精のみんなも助けに来てくれて、もっと上の島ではさ、クルミちゃんも、リンゴちゃんも。タチバナも、インディさんとジョーンズさんっていう砂漠で一緒になったおじさんたちも、戦ってくれてたって……。
ええと、なんていうか。
言いたいことが分からなくなっちゃった。
……ありがとう! みんな、本当に本当に、大好き♪ みんな、愛してるよ♪
って、伝えたかったから、配信しちゃいました。
カリンが、地上に戻れるのはいつになるかはわからないけど……カリン、みんながいるから、頑張れるから……。
『カリン! 後ろ! 後ろみろヨ!』
へ? まって、駄目だよ声入っちゃうよ?!
『声くらいいいヨ! カリン、助けがきたんだヨ!』
『うぅ……朝陽に照らされて、き、綺麗です……』
『気持ち良さそうに空を飛んでるよぉ』
『こうなったら! アタシもいくぞ! 一緒に飛ぶぞ!』
『ボクもいくと、するかな?』
え? え? えぇえええ?!
て、天使様? 天女様?! あれ、妖精さんの仲間なの?!
『そうだヨ。妖精たちの仲間が、カリンを助けにきてくれたのヨ』
「おまたせっ、カリンさん。迎えにきたよっ」
昇り始めた太陽を後光のように背負い、風に靡く白い衣を纏った少女が、カリンの待つ浮き島へと舞い降りた。
頭上に巨大な白布を羽ばたかせ、太陽を背負ったその姿は神々しい。それはまさしく、空飛ぶ羽衣を纏った天女の降臨だ。
「て、天女様……? それとも、空の、妖精さんなの?」
「え?! いや、私は特にそういうのじゃないんだけど……」
天女が、カリンに慈愛の微笑みを向けている。
――というのは、あくまでカリンの目から見た光景。
実際には、ヘノがスフィンクスのブラジャーに風を送り込み、パラグライダーの要領で空を駆けて来た桃子である。
ヘノ、クルラ、ルイという三人の妖精を連れているため【隠遁】の効果も薄くなり、このような派手な登場をしたことでカリンにも桃子の姿が認識出来ているようだ。
だが、どうやらまだ細部の認識は甘く、巨大ブラジャーをヘノの風で飛ばしたパラグライダー――略してヘノグライダーを天女の衣か何かと勘違いしているのだが、残念ながらその勘違いが訂正されることはない。
「ククク……天女でも妖精でも、構わないだろう? ここで名を明かす訳にもいかないしねぇ……?」
「そうだぞ。それに。もとから。カレーの妖精みたいなものだろ」
「素敵よ♪ 空の妖精さんね♪」
正体を明かすわけにもいかないのだから、天女でも妖精でも、勘違いしたままにしておけ、というのが妖精たちの意見である。
確かに妖精たちの言う通り、ここで自分が人間だとか言い出しても話が面倒臭くなるだけなのは間違いない。なので、桃子は取り敢えずカリンの勘違いに乗っかることにする。
いまこの瞬間から、巨大ブラジャーは天女の羽衣。桃子は空の妖精ということになった。
それはそれとして、己の相棒からもカレーの妖精と思われていたことには色々と話し合いが必要だなと、桃子は心のメモに留めておいた。
「ええと、空の妖精……だよ? ごめんね、遅くなっちゃって。よく頑張ったね、カリンさん」
「ふわぁ……天女様ぁ……」
ふわりと舞い降りて、カリンの前に着地する。
やはり桃子の方がかなり小柄で、カリンを見上げるような構図になるが、それは仕方ない。
安心させるように笑顔を向けて、カリンの頭に手を伸ばして撫で撫ですると、カリンはなんだか妙な声を上げる。きっと喜んでいるのだろう。
カリンは、直接触れられているので【隠遁】の効果は消えているはずなのだが、それでも不思議と桃子に対して信仰のような、憧れのような、不思議な視線を向けている。
きっと、カリンは慣れない野宿でかなり疲れて判断力が鈍っているのだなと、桃子はカリンを不憫に思う。
「本当は、ちゃんと人がいるダンジョンにカリンさんを転移させようかと思ってたんだけど……」
「え……転移、ですか?」
「今ならね、カリンさんとも一緒に飛べると思うから。はいっ、私のこと離さないでね?」
「え? ええ? わ、きゃーっ?!」
とりあえず、桃子の目的はカリンを救助することだ。
ヘノに聞いたところ、あとカリン一人ぶんくらいなら問題なくヘノグライダーで運べるらしい。
なので、桃子がカリンを抱えて、第一層へと続く島まで運んでしまおう、ということで話はまとまっている。
直接カリンを運んでしまえば、カリンはすぐに仲間の元に帰れる。そして一回きりの転移の魔法は、豆の島で助けを待つオオアシのために使用出来る。実に合理的な判断だ。
というわけで、有無を言わさず桃子はカリンを抱き上げる。
背中にはパラシュートに繋がるリュックを背負っているので、カリンの背と膝裏に腕を回し、お腹側にカリンを抱き上げるようにする。いわゆるお姫様抱っこだ。
「カリン、大人しくするんだヨ。また落ちたら、次は助けないヨ」
「や、やだっ、大人しくします! 空の妖精さん、お願いします!」
突然のお姫様抱っこ。しかも相手は空の妖精とはいえ、見た目は自分よりも遥かに小柄な女の子だ。
カリンは突然のことで驚きと共に身じろぐが、しかしリフィの脅しのような言葉が効いたようで、すぐに大人しくなる。そして遠慮がちに桃子の首に手を回し、抱きしめるように上半身を密着させる。
一方、抱きしめられた側の桃子も、実は汗やらなにやらをかいているはずなので、くっつかれるのは少々恥ずかしい。とはいえ、流石にそんなことを言っていられないので我慢である。
「よし。じゃあヘノちゃん、みんな。お願いしていいかな?」
「じゃあ、アイドルの荷物はアタシたちに任せろ!」
「そういえば。配信中だったのでは、ないかな? これは消しておくと、しようか」
桃子はカリンが配信中だったことなど知らなかったので、のほほんと、堂々と、カリンの眼前に姿を現わしていた。
果たして、それまでのやり取りはどこまで配信されていたのだろうか。
逆光な上、一応は【隠遁】があるのではっきりと素顔まで撮影されている可能性は低い。ただ、今回は多くの妖精を引き連れているので、空から舞い降りる姿は配信されてしまっているだろう。
あるいは、その時点ですでにバッテリー残量が低下し、配信機能は停止していたかもしれないが。
しかし、どちらにせよ結局リドルが魔力の流れをあっさりと切断してしまったので、端末は機能を停止している。
桃子は配信には気づいていないし、リドルもわざわざそれを報告しない。そんな調子でも世の中は、意外となるようになるのだ。
「準備はいいな? じゃあ。飛ぶぞ」
「きゃああっ?! と、飛んでる、飛んでるよぉお?!」
ヘノがツヨマージを掲げると、カリンと、それを抱き上げる桃子の背後から強風が吹き、ヘノグライダーが二人の身体を持ち上げる。
ふわりと桃子の身体が地面から離れると、そのまま大きく、ゆっくりと。二人の身体は浮き島から離れていく。
朝日に照らされた果てなき空を。
いま。アイドル少女と空の妖精が、天女の羽衣とともに舞い上がるのだった。