ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
上高地ダンジョン第二層。
地面の存在しない、いくつもの浮き島だけが存在する、果てなき空。
その空を照らす朝の光の中で、一人の少女を救出するための桃子の旅路が今、終着を迎えようとしていた。
カリンを抱き上げた桃子は、ヘノグライダーによって大空へと舞い上がる。
未だスカイフィッシュは飛んでいるけれど、魔物の群れが消え去るのと同時に、スカイフィッシュの異常行動も終わりを告げた。パラシュートはしきりに突っつかれてはいるものの、桃子たちに先ほどのような流星群が降り注いだりはしない。
カリンは不安定な高所への恐怖だろうか、ギュッと目を瞑り桃子にしがみついていた。
桃子は最初こそこの飛び方には緊張していたけれど、既に慣れたようで空中の景色を堪能している。
が、そんな空の旅は時間にして数分も経たずに終わりそうだ。すでに桃子の眼前には小さな浮き島が見える。
小さな島では、驚きの顔を浮かべた見知った顔の数々が。ヘノグライダーで空を舞っている桃子を、そしてカリンを見上げていた。
彼らはみな、突然現れた空を舞う天女に――柚花だけはスフィンクスのブラジャーを操り空を飛ぶ桃子に――驚きの表情を見せている。
「とうちゃーく! ほらカリンさん、目を開けてみて? みんなが待ってるよ?」
どうやら探索者たちからは、太陽を背負うかたちで舞い降りた桃子はよっぽど神々しい存在に見えたのだろう。桃子が近づくと、自然に距離をとり、着地する場所を開けてくれた。
桃子はヘノに目で合図をすると、開かれた地面にすたっと着地して、ゆるりとカリンを地面に下ろす。
そして、おろおろするカリンの背を押して、カリンの帰還を待ち望んでいた少女たちの元へと促した。
狭い島だ。カリンがよろめきながら数歩も進めば、互いの手と手が触れあう距離だ。
「あの……クルミちゃん、リンゴちゃん……ただいま、ただいまぁ!」
「カリンさん、ごめんなさい……独りぼっちにしちゃって……!」
「本当に……カリンのお馬鹿、もう一人で勝手にいなくならないでちょうだい……」
三人の少女たちが、涙を隠そうともせずに抱き合っている姿を生で見られて、桃子はやりきった笑顔を浮かべる。
このために、カリンを仲間のもとに帰すために、桃子はこのダンジョンへとやってきたのだ。これにてミッションクリア、である。
桃子はヘノに合図して再び空へと浮かび上がる。
今は、8人もの妖精が桃子と共にいる。すでに【隠遁】の孤独な魔力は乱され、ほぼ効いていないと考えてもいいだろう。なので、あまり探索者たちに近づきすぎて顔を覚えられても困るのだ。
そして、ふわりと浮かび上がった桃子の元に、この地にいた9人目の妖精が声をかけてくる。
「ふふふ。お疲れさまでした、ももたん」
「りりたん、やっぱり助けてくれたんだね、ありがとう!」
「ももたんが落ちたら助ける約束でしたからね。あんな落ち方をするとは想定外でしたけど、りりたんは約束は守りますよ」
「そっかー、それならもっと早めに落ちておけばよかったなあ」
それは、黒い蝶の羽根に、漆黒の衣をまとった妖精。というか、妖精りりたんだ。
りりたんはにこやかに桃子に声をかける。ヘノをはじめとした8人の妖精たちも、以前ならともかく今ではりりたんが何者なのかは把握しているので、口を挟まずに遠巻きにその様子を眺めていた。
先ほどは柚花の肩に乗っていたことから、りりたんは柚花の手助けをしてくれていたのだろう。
どうやら彼女は『落ちた時は助けてあげますね』という言葉通り、桃子がスカイフィッシュの流星群に撃ち落とされた時点で、助けに来てくれたようである。
大切な後輩である柚花を助けてくれていたことについては、桃子はりりたんに感謝している。と同時に、自分が魔物に捕まった時にも助けてくれても良かったのに、とも少しばかり考えてしまう。
しかし、りりたんの行動原理について考えても仕方ないと思い直し、桃子は思考を放棄した。
なお、りりたんが桃子を助けに行かなかったのは、ギリギリまで桃子のピンチを眺めていたからだ。りりたんは推しへの愛情表現が少々歪んでいる。
そして、りりたんと桃子の挨拶がひと段落したところで、ヘノが肩の上から声をかけて来た。
「おい。桃子。あそこに。後輩と酒飲みがいるけど。どうする? 挨拶していくか?」
「ううん、今の私は空の妖精だからね。柚花とオウカさんには、また次の機会にお礼を言うよ」
島の上では、カリンたち三人が泣きながら抱擁しているけれど、ギルド職員をはじめとした上高地ダンジョンの探索者たちと、そしてインディとジョーンズの二人はこちらをチラチラと覗き見ている。『謎』が大好きな彼らのことだ、多くの妖精を従えた「空の妖精」のことが気になって仕方がないのだろう。
桃子たちの事情を知っているはずのオウカはクルラとジッと見つめ合い、謎の以心伝心で語り合っているが、おそらく両者ともお酒のことでも考えているのだろう。それしかあり得ない。
そして、柚花は。
笑顔だけれど、ジト目。まるで「話が違うんですけど、帰ったら全部説明してもらいますからね」とでも言いたげな視線を桃子に送っている。目と目で通じ合う。こちらも以心伝心だ。桃子は目を逸らした。
「なら。これで解決だな。じゃあ。戻るか? もじゃもじゃも。助けてあげないといけないしな」
「待って、私はいいけど……」
そこで桃子は、それまで黙っていた一人の妖精を振り返る。
なにも言わず、口を真一文字に閉じたその妖精に。桃子は優しく、声をかける。その背中を押すように。
「リフィちゃん」
「うん、わかってるヨ」
泣きながら抱擁していた3人に、新緑のような緑の魔力が降り注ぐ。
それは緑葉の妖精の魔法。
ニムやルイほどの治癒の力はないけれど、新緑の優しい魔力は、少女たちの傷ついた心が癒えるまでの間、そっと保護してくれるだろう。後悔を、自責の念を、緑葉の魔法が静かに包み込んで行く。
その優しい光に気付いたカリンが、涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげると、そこにはこの数日間、ずっと寝食を共にしてくれた妖精の姿があった。
「おい、カリン。もう変な所に落っこちるんじゃないヨ」
「リフィさん! わ、私……あ、あのね……」
カリンは、言葉が出てこない。
リフィに伝えたい言葉は沢山あるはずだ。他の妖精たちももちろん恩人だけれど、その中でもリフィは、一番カリンを気にかけてくれた。心配してくれた。守ってくれた。
なのに、伝えたい気持ちばかりが溢れて、それらがうまく言葉にならない。
「仲間を大切にしろヨ。仲間の二人も、カリンのこと、守ってやるんだヨ」
「は、はい……もう、二度と手放しません」
「カリンを助けてくださって、ありがとうございました」
「じゃあ、さよならだヨ」
事情を知らないクルミとリンゴも、カリンの様子を見ればこの妖精がカリンの恩人であることくらい理解できる。
二人とも、緑葉の妖精へと頭を下げて、心からの感謝を伝えている。
そして、カリンは。
「ま、待って! もう、会えないのかな……わ、私、色んなこと、リフィさんに伝えたいのに……なんて言えばいいのか、わかんなくて」
「……カリンは、本当に泣き虫なのヨ」
涙が止まらないカリンの顔の前にきて、リフィはその瞳を覗き込む。優し気に、目を細めて。
「リフィは、いつも色んなダンジョンで葉っぱを見てるヨ。カリンが、葉っぱを大事にしてたら、いつかまた会えるヨ」
「うん、うん……葉っぱ、大事にするよ! たくさん、おうちでも葉っぱ育てるよ!」
「それがいいヨ。きっといつかまた、会えるヨ」
最後に、カリンの頭をひと撫ですると、ふわりと空へと舞い上がり。
そして、空の妖精とともに。他の妖精たちとともに。果てしない空へと、朝日に溶け込むように、消えていった。
「タチバナ、おじさんたちも、ありがとうっ」
リフィとの別れを終えると、ようやくカリンは他のメンバーに向き直る。
クルミとリンゴも、リフィの魔法で心が保護され、先ほどよりも元気そうだ。涙の時間は終わり、今からは、お礼のあいさつの時間だ。
まず、カリンは自分の同期。新人の頃のパーティメンバーで、それ以降も何かと配信で噛みついていた相手――タチバナの前に立つ。
「タチバナ、あの……」
「気にしないで下さい。私はあくまでギルドからの依頼で来ただけですから」
「このタチバナちゃんな、口では無関心ぶってるけど、この数日はカリンが! カリンが! って、滅茶苦茶キミのこと心配してたんだぜ?」
「なっ!? や、やめてくださいよ! そういう話するの!」
カリンを前にして。なお、クールで無関心な素振りを決め込んでいたタチバナこと柚花だけれど、しかしそのクール女子の仮面は脆くもジョーンズの告げ口で崩れていく。
事実、ここに来てからの柚花はカリンを心配する素振りを隠そうともせず、それはもう頑張った。心配もした。
それはあくまで本人がいないから出来たことであって、柚花としては本人の前でそのような素振りは見せるつもりなど無かったし、今後も無関心な間柄で通すつもりではあったのだ。
しかし、ジョーンズの告げ口でその真実は暴露される。
そして、柚花の【看破】で視えてしまう。カリンの感情が、みるみる喜びの色に染まっていくのが。
「こら、茶化してやるなジョーンズ。でもまあ、カリンちゃんは、いい友達に恵まれたな」
「うん、うん……タチバナ、ごめんね、悪口ばっかり言って……」
「あ、や、私が塩対応なのも、凄い美少女なのも、高スペックなのも事実なので、別に悪口を言われたとは思ってません。それに……まあ、唯一の同期が、軽口叩くくらい別に、構いませんし」
柚花とて、分かっているのだ。中学生の頃の柚花は、【看破】に振り回されて、過剰に人を疑っていた。
カリンは確かに、柚花に嫉妬心や敵対心を向けることも多かったし、普通に天然でムカつく態度をとられることもあった。けれど、それと同じくらい、良いところもあったのだ。友愛を向けられていたのだ。
子供だった柚花は、その良いところを見ないフリをしてしまった。マイナスの感情を向けられても、自分が傷つかないように。最初から友達でいることをやめたのだ。
柚花は、今でもまだ大人とは言えないけれど、当時の自分の未熟さを理解すると同時に、カリンには申し訳ない気持ちも湧き上がってくる。
が、それはそれ。これはこれ。
今更素直になれる間柄ではないので、やはりツンツンしてしまうのだった。
尤も、ジョーンズの告げ口のお陰で柚花の本心を知ったカリンは、どれだけ柚花がツンツンしても喜んでしまっているのだけれど。
しかしなんにせよ、この空気はとても居心地が悪いので、柚花は強引に話題を変えることにした。
「ああ、それよりカリン。気のせいかもしれませんけど……」
「え……う、うん」
キッと顔をあげて、カリンの目を見つめる。
柚花はカリンと最後に会ったのは今となっては随分前なので、もしかしたら気のせいかもしれない。
だが、しかし。
「なんか、やたらと身長伸びてません?」
「へ?」
目線が、高いのだ。
中学生の頃は、カリンは柚花よりも少し小さかった。だからこそ、ロリコン気質の探索者たちからちやほやと持ち上げられ、本人もその気になってしまったのだ。
下心満載の成人男性と、それで調子にのりだす同年代女子の間に挟まるという、柚花にとっては非常に忘れがたく、苦々しい思い出である。
そのカリンの目線が、明らかに自分より上なのだ。
無論、この数年の間に順調に成長していった可能性もあるが、しかしそれは次なるクルミとリンゴの言葉で否定される。
「あ、実は私もそんな気がしてました……カリンさん、目線が妙に高いなって」
「ええ、実は私も気のせいかって思ってたけど、やっぱり大きくなってるわよね? 言っちゃなんだけど、ボディラインもなんか……成長してない?」
「え、ええ?! い、いや、わかんないけど、そうなの?! ……言われてみれば、下着もきつかった気がする」
つい数日前まで一緒にいたパーティメンバーから見ても、カリンの目線が高くなっているらしい。
これは、カリン本人がそんなことを考えていられない状況だったから気づかなかったというだけで、やはりダンジョン内で何かしらの力が働き、急成長したということなのだろう。
「そ、そっかー。カリン、大人のオンナに大きく成長しちゃったかー。モテモテになっちゃうねー」
「あくまで物理的に、ですけどね。頭の中身は子供じゃないですか」
「あはっ、クルミちゃんの辛辣なツッコミ、うれしいなー」
「お馬鹿、そんなことで喜ぶんじゃないのよ」
あははは、と笑い合う三人組から離れて、柚花は思案する。
これがもし、ダンジョンの食べ物などの効果だとしたら、とても危険である。せっかく小さくて可愛い先輩がカリンのように成長してしまったら、困る。嫌いになんてならないが、先輩は小さいままでいて欲しいと思う。
実際には幾度か繰り返した【身体強化】の重ねがけで、カリンの潜在的な成長が一気に引き出されただけであり、既に成長期が過ぎている桃子が大きくなる心配はない。桃子には酷な話である。
けれど、それを知らない柚花は、これからしばらくの間は桃子の成長の可能性に頭を悩ませるのだった。
「ほら、皆さん。無事を喜びあうのも良いですけれど、そろそろ戻りますわよ? カリンさんは、数日は病院で検査ですわ」
「あ、はい! あ、でも最後に少しだけ……」
大団円を見届けて、そろそろ休憩したくなったオウカがパンパンと手を叩き、少女たちに撤退を促す。
けれど、カリンが顔をあげて、物理的に成長した身体で島の端へと移動し、眼下に広がる空を見下ろして。
大きく息を吸い。
「リフィさん、みんな、ありがとうございましたーっ! カリン、皆のこと忘れないよーっ!!」
きっと、その声はこの空のどこかにいる妖精たちにも。「また会えるヨ」と言ってくれたあの子にも。
しっかりと、届いたことだろう。